ロルフィングハウス フェスタ FESTA

モニターBさんの感想(セッション9 | 40代 女性)

モニターBさんの9回目が終わりました。

今回は、朝起きた時に、首や肩に違和感が出てきたらしく、そこから「どんな枕がいいのか?」という話になりました。

みなさんの中にも、悩まれている方がいらっしゃるかもしれません。

感想の後に、「枕」だけではなく、「靴」であったり、「カバン」であったり、「身体に身に着ける触れるものとの、上手な付き合い方」を、みなさんと一緒に考えていけたらと思います。

それではBさんのセッション9の感想をどうぞ。

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先日、9回目の施術を受けてきました。

スタートして9ヶ月が経ち、1度ものすごい腰痛に襲われ驚きましたが、身体の修復機能が元に戻ろうとするあまりに出てくる痛みと言われ、そんな力がまだ自分にあるのだなぁと思って今日まで。

ほぼ痛みや、違和感に悩まされることもなく、順調にここまで過ごしてきました。

最後の1回を迎えるに当たり、急に出てきたのが、首と肩の凝りや違和感。

それも朝起きた時。
今まで枕はずっと同じものを使用していたのですが、バスタオルを折り畳んだだけのもの。

そのことを相談すると、身体のバランスが整ってきて、自分の身体が柔軟に受け入れられるだろうから、新しい枕に変えてみるのもいいかもと言われて、ただし、店員がおすすめするものではなく、自分が寝て試してみて、1番深く呼吸できるものがいいと教わり、早速探しに。

今は厚みもあるものの柔らかいタイプに寝ていて、朝起きた時の首と肩の痛みからは解放されました。

自分の身体を見た時に、変化してきたのがわかる部分、わからない部分もありながら、それでも間違いなく、身体が正常な位置、状態になってきたのを実感している自分自身でした。

今まで整体、マッサージ、接骨院と、自分なりにかなり情報収集をし、厳選して行ってみましたが、可もなく不可もなく。

そこで出会ったロルフィングは、まさに自分を正常な状態に変えてくれる(戻してくれる)ものでした。

最後に、そのロルフィングの良さを、周りの人に伝えるということの難しさに困惑している事も、お話しさせてもらいました。

でも私なりに伝えていき、最終回を楽しみに迎えたいと思います。

※全体の内容が変わらない程度に、加筆、修正しています。

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「休みたいのに、休めない、この身体」

人間は、多くの時間を「睡眠」に費やしています。

人が一生を生きる中の、「1/3」ほどの時間は「眠っている」のです。

それだけ大きな割合なので、「どう寝ているか?」ということは、健全な身体にとって、とても大切なポイントになってきます。

「睡眠時間」をどれだけ確保したとしても、「睡眠の質」が悪ければ、身体は適切に疲労を回復することはできずに、翌日にそれを「持ち越す」ことになります。

それがどんどん「蓄積」していくようになると、朝から身体が重だるかったり、疲れがまだ残っている感じがしたり、なんとなく気分が落ち込んでいたり、それが腰痛、肩こりなどの身体の症状に転じていく人もいます。

僕個人としては、「きちんと眠ることができれば、ある程度の、肉体的、精神的な問題は解決する」と言ってもいいくらい、それくらい「睡眠」というのは大切だと考えています。

寝る直前まで、パソコンやスマホの画面を長時間眺めていたり、仕事などの悩みなどをずっと考え続けていたり、シャワーをさっと浴びるだけで、ゆっくりとお風呂に浸からなかったりすると、人間の生命に「自然な規律、秩序」を与えてくれている「自律神経」は、そのバランスを崩してしまいます。

少し専門的な言葉で言うと、「交感神経優位」の状態になってしまって、身体は「ON」のままで寝てしまうのです。

本来であれば、「睡眠」の際には、「副交感神経優位」になって、身体が「OFF」になるのが普通なのですが、上記のような状態で寝てしまうと、「眼はつぶっているけど、身体が休息してない」感じになってしまいます。

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夜に副交感神経が優位になると、寝付きが良くなってぐっすり眠れ、心身の休息と回復がしっかりと行われる。例えば、副交感神経には血管を拡張させたり、ホルモン分泌を増加させたりする働きがある。血管が拡張することによって血液やホルモンが体中の細胞に運ばれやすくなる。血液は、体内の細胞に栄養素を運び、細胞からの老廃物を受け取る働きがある。これによって、細胞は効率よく、栄養の吸収と老廃物の排出を行うことができる。」

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ロルフィングに来てくださる方の中にも、「副交感神経優位の状態への切り替えがうまくできなくて、ゆっくりと眠れていないんだろうな」という人が、結構な割合でいらっしゃいます。

そういう人の場合には、まずは「休める眠れる身体」になっていくのを当面の目標にしていきます。

「睡眠の質」が変わってきてくれると、本当に驚くように、身体の様々な不調が改善していくことが多くなっていきます。


「寝る」という姿勢

仰向けで寝られない」という人は意外に多くて、長時間寝ていると、腰が痛くなってきたり、首が張ってきてしまって、必ず「横向きで寝ている」という人がいらっしゃいます。

そういう人は、身体の構造の「歪み」が大きく、「左右差」がかなりあったりします。

そもそも、「眠る」ための「寝る」という姿勢が、その人にとって「不快」であれば、当然、身体は「リラックス」することができません。(もちろん、「副交感神経優位」にもなりにくくなってしまいます。)

つまり、先ほど書いたような理由だけはなく、「寝る姿勢」そのものに何か問題があっても、「睡眠の質」は低くなってしまいます。

「姿勢」というのは、「立つ」、「座る」だけではなく、「仰向けで寝る」というのも大切で、ヨガでは「シャバーサナ」と呼ばれ、一番最後に行われる、とても重要な「ポーズ(アーサナ)」の一つにもなっています。

「立つ姿勢」の時には、自分の体重分の重力が、常に身体にかかっている状態なのですが、それが「寝る姿勢」になることで、「重力の影響を、なるべく少なくした状態」にすることができます。

「立つ姿勢」を改善したい
    ↓
重力が常にかかっている
    ↓
寝ることで、重力の影響を少なくする
(力が抜けやすくなる)
    ↓
ロルフィングなどの、身体に対するアプローチの効果が出やすくなる
    ↓
身体の制限が解放され、「寝る姿勢」が改善される
    ↓
起き上がって、身体をまた重力がかかった状態にする
(もしも不具合があれば、微調整する)
    ↓
「立つ姿勢」が改善される

上に書いたように、「寝る姿勢」というのは、「立つ姿勢」にも深く関係していて、互いに影響を及ぼし合っています。

10シリーズが進んでくると、最初は「仰向けで、長時間寝ることができず、すぐに横向きになってしまう」という人も、身体の構造のバランスが取れてくるので、「仰向けで寝るのも苦にならない寝る姿勢の改善)」ようになっていきます。

そうすると、夜に実際に「眠る」際にも、「休める時に、休める身体副交感神経優位にスムーズに切り替えできる身体)」になっているので、「睡眠の質」が上がることはもちろん、「立つ姿勢」にも目に見える変化が出てきます。

さらには、「睡眠薬(または睡眠導入剤)」を、長年手放せなかった人などは、その薬の量が減ったり、ほとんど飲まなくてもいい状態になる人もいらっしゃいます。

繰り返しになりますが、「まずは休める身体になって、ぐっすり眠ることで、身体が適切に休息、回復すること」が、身体に痛みや不調がある人には、最優先のポイントになってくるのです。


「最高の枕」は存在するのか?

ここまでをまとめてみると、

○「睡眠の質の低下」は、あらゆる「身体的、精神的問題を引き起こす要因」にもなっている。

○「質の高い睡眠」とは、身体が「副交感神経優位の状態で寝ること」を意味していて、「乱れた生活スタイル」や、「過度のストレス」は、それを妨げてしまう。

○「仰向けで寝る」というのも、「姿勢」の一つであり、それが不快であれば、睡眠の質は下がってしまう。

○「寝る姿勢」が改善されると、「睡眠の質が向上する」ことはもちろん、「立つ姿勢」にもいい影響を与える。

ということになります。

ここからは、Bさんも気にされていた「枕」のことも考えていきたいと思います。

「枕にはどんな役割があるのか?」ということを改めて考えてみると、「寝る姿勢が、なるべく身体にとって負担がなく、心地いい状態であるためのサポート」をしていると考えることができます。

それでは、「なるべく身体にとって負担がなく、心地いい状態」というのは、何で「評価チェック)」できるのかというと、下の2つのポイントを挙げてみました。

・「首、腰、背中などに、張りや不必要な緊張などはないか?
・「呼吸は深くできているか?

結論から言うと、以上の2つのチェックをパスしたものが、「あなたに合う枕」ということが言えると思います。(もちろん、この他にも評価、チェックは考えられます。)

つまり、「(誰にとっても最高の枕」という「絶対的」なものは存在せず、「今のあなたには合っている」という「相対的」なものしかないのです。

最近、「ドイツの医師が認めた」というものや、「枕に悩んできた人の90%が満足した」などの「付加的な情報」がついたものが、世の中には溢れ返っているように感じます。

これは「枕」だけではなく、「靴」などの「身体に身に着ける触れるもの」でもそうですし、多くの「健康法」にも言えることです。

でも、Bさんのように「バスタオルを畳んだもの」が合っている人もいるでしょうし、「海外の高級枕」が合っている人もいるでしょうし、これは「その人の身体の状況」によって変化するものなのです。

友人の朝の目覚めを劇的に改善してくれた枕が、必ずしも「自分に合うかどうか」はわかりませんし、「99%の人が満足した」ものでも、「残りの1%」が自分であるかもしれません。

「じゃあ、結局は「自分に合うもの」を選べばいいってこと?」という風に感じられるかもしれませんが、それはそうなのですが、枕などの「道具や方法」に焦点を合わせて判断するのではなく、もう少し「自分の身体の声」に耳を傾けてほしいのです。


「いい枕」を決めるのは、「自分の身体の声」

先に紹介した2つのチェックは、どちらも「自分の身体の状態を感じる」ということをしています。

みなさんは、「自分の身体の状態を感じて、それを自分の言葉で伝えること」ができますか?

普段から、布団に寝る時に、「どこかに緊張はないかな?どこか布団に沈んでいないところはないかな?」などと、「自分の身体の状態を感じる身体の声に耳を澄ます)」ことを「習慣」にしている人であれば、下のように感じられる人もいます。

「今日は、腰が反っていて、うまく布団に沈んでいない感じがする。そういえば、今日は少し念入りに床掃除をしたから、そのせいで腰に負担がかかっていたのかもしれない。腰の反りだけじゃなく、首も少し張っているような気がする。首が落ち着く場所を見つけたいから、少しだけ右に傾けてみよう。あ、ここなら自然に呼吸が入ってきやすいし、腰も少し布団に落ち着いてきた感じがする。身体が少しずつリラックスしてきた」

自分の「寝る姿勢」に関して、ここまで「(良し悪しの評価」ができています。

もしもそういう人であれば、様々な「枕」を試してみたとしても、

枕A「この枕は高さがありすぎて、喉の前が詰まって呼吸がしにくい」

枕B「いい値段がするから期待したけど、少しやわらかすぎて、寝返りの際に、腰と背中に余分な力が入る感じがする」

枕C「手頃な値段なこの枕だと、高さもやわらかさもちょうどよくて、身体全体が布団にぺたっと沈む感覚で、首の動きも自由になる。そして、とても呼吸が自由になる」

というように、「道具と自分の身体との関係性」を「評価」することが可能なのです。

これが、そもそもの「寝る姿勢」に関して、「布団に全身が馴染む感じがする時は、すごく調子がいい」とか、「首が落ち着かない時は、あまり調子が良くない」などと、「自分なりの大まかな基準」がない人だと、「(枕などの)条件」を変えたとしても、それによって起こる「身体の変化(これが一番、大切です)」を、適切に「評価」することが難しくなってしまうのは当然のことです。

このことを、「食べ物」を例に出して考えてみます。

もしも、いつも食べ慣れた「お味噌汁の味」であれば、「今日は具のバランスも、お味噌の加減も、出汁の具合も完璧に近い」であったり、「今日は少し、具がクタッとなりすぎていて、少ししょっぱいかも」などと、「自分なりの大まかな基準」が、みなさんそれぞれにあると思います。

そうすると、「これがミシュランガイドブックに載るほどの、予約がなかなか取れない料亭のお味噌汁です」と出されたとしても、「感動するほどにおいしい」と思う人もいれば、「おいしいのはわかるけど、やはり実家のお母さんのお味噌汁がおいしいかな」と感じる人もいるかと思います。

その一方で、「このトルコ料理、おいしいからどうぞ」と勧められても、「基準が構築されてくるほどの体験の量」がないので、「うーん、おいしいんだろうけど、どうなんだろう?」という感じになってしまって、そこで頼るのが、「トルコ大使館が認めた味」というものや、「トルコで今一番人気のお店の味」などという「付加的な情報」を知ることで、自分を納得さようとするのです。

身体に関わる仕事をしていると、「仕事で使う椅子はどんなものがいいんでしょうか?」とか、「〇〇というトレーニングは効果ありますか?」や、「食事はマクロビとか、オーガニックした方がいいですかね?」などと聞かれることがありますが、みなさんはもう答えが予想できるかと思います。

すべては、「(道具や方法を選ぶ前に)自分の身体を感じることができていますか?」ということなのです。

椅子であれば「座る姿勢」に関して、トレーニングにしても、食事に関しても、「普段の自分の身体の状態基準となるもの)」がわかっていなければ、様々な「道具や方法」を変えたところで、「本当にそれを身体が喜んでいるのか?」というのがわからないのです。

Bさんのように10シリーズの後半にもなると、身体の構造のバランスが整ってくるのはもちろんですが、「身体の感覚が開く感度、感受性が上がる)」ようになってきます。(詳しくは、「Dさんのセッション10」に書かれてあります。)

ただ「整えてもらう」のではなく、「自らの身体の声が聞こえてくる」ようにもなるのです。

そこまでの状態になると、何を聞かれたとしても、「自分の身体と相談しながら模索してみてください」とお答えするようにしています。


「枕とか飯とか気にした時点で、アウェーが本当にアウェーになる」

ここで1つ、「道具と身体の関係性」について、とても興味深いインタビュー記事があるので、それを紹介したいと思います。

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聞き手:青木さんは海外での試合が多いですが、海外遠征時に欠かさず持っていくものなどはありますか? 日本から食事を持っていく、寝具を持っていくというアスリートの方もいると思うんですが。

青木:睡眠と食事が大切だっていうはその通りだと思います。だからこそ、僕は気にしないし、何も持っていきません。寝ろって言われたところで寝ることができて、現地の食事をとって試合ができるヤツが一番強いと思っているから。なんでもこいよっていうヤツじゃないと格闘技は勝てない。枕とか飯とか気にした時点で、アウェーが本当にアウェーになるし、負けですよ。与えられた環境でやるしかない。気にしないから、僕は海外の試合で苦労したことないですもん。

どんな仕事でもそうですけど、環境を整えることばっかり考えてたら海外で働くことがストレスになっちゃうじゃないですか。何が来ても大丈夫っていうスタンスにしたほうが絶対強いですよ。


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これは、格闘家で「バカサバイバー」の愛称で呼ばれている「青木真也」さんの言葉で、なかなかにパンチのある内容です。

先ほどまで「どんな枕がいいのか?」という話だったので、「枕なんて気にせず、どこでも寝ることができるのが強い」という極端な意見にも聞こえますが、青木さんほどのファイターは、文字通り「腕一本、裸一貫」で仕事をしている方なので、「自分の身体の状態」に関しては、「誰よりも気を使っている」のはもちろんのことです。

だからこそ、「道具にフォーカスを合わせる道具に左右される)」のではなく、「どんなものにでも合わせることができる、しなやかな身体の準備」をしているのではないかと思います。

つまり、青木さんは、どんな枕とでも「仲良くやっていける友だちになれる)」ということです。

そしてこれが、ロルファーの僕が伝えたい「身体に身に着ける触れるものとの、上手な付き合い方」のヒントにもなります。

さっきは、「枕を選ぶよりも前に、まずは自分の身体の状態を感じられるようにしましょう」ということを言いました。

そうすると、少しずつ「身体の感覚が開く」ようになり、「寝る姿勢」の「良し悪し」がわかってくるようになっていきます。

そこからようやく枕を選ぶのですが、いざ選ぶとなると、「この枕は高さはいいけど、やわらかさがもう少しあった方が、腰が楽になりそうな気がする。さらに、中身の素材も変えると、寝返りもしやすくなるかもしれない」などと、「こだわり」を持ち始める人がいます。

「多少の」こだわりであれば、全く問題はないのですが、まるで「枕ソムリエ」にでもなったかのように、「ただ一つの最高の枕」を次第に求めるようになり、「(自分を変えてくれる、最高の道具を追い求める)出口のない迷路」にはまり込んでしまう人が出てきたりするのです。

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上の図のように、「道具方法に惑わされない」ようにするために、「身体の感覚を向上させ、その声に耳を澄ます」ことを意識的にして、そうやって「道具と身体との関係性全体のバランス感覚)」を良好に保っていきたいのですが、それではもやはり「道具そのもの」にずれていってしまうのです。

それほどに、「道具の力」というものは強いものです。(ここは強調しておきたいです。)

なぜなら、「自分を変える」ことよりも「道具を変える」方が、「簡単」で「時間がかからない」からです。

なので、アマチュアゴルファーの方の中には、「道具にこだわるすぐにコロコロと変える)」人がいらっしゃいますが、正直なところ、「道具の性能を最大限に引き出すための、自分の身体能力の向上」を、まずは目指した方がいいのではと思うことがあります。

そして、もちろんプロのアスリートにも、「道具にこだわる」人がいらっしゃいます。MLBのイチローさんなどはまさにそのタイプの方ですが、同じMLBの外国人選手は「道具に無頓着」な選手が大多数です。

ここでは、「道具にこだわった方がいいのか?それとも気にしない方がいいのか?」という問題に対して、「白黒つける」ということではなく、あくまで「全体の関係性のバランスを保つ」ということを大切にしたいと思います。(野球選手だと「いかに成績を残すか」ということですし、枕だと「毎晩気持ちよく眠れるか」というバランスです。)

イチロー選手は、なぜそれほどまでに「道具にこだわる」のかと言うと、「道具のせいで成績が落ちたという言い訳をしたくないから」と話しています。

繰り返しますが、「道具の」というのはすごくて、少し変えるだけで、「自分が別人になったかのように変化する」ことを可能にしてくれます。

そうすると、「自分の身体に、丁寧に向き合う」ことなく、「道具にすがる依存する)」ようになってしまって、何か起きた時に「(自分が悪いのではなく)道具が悪いんだ」としてしまうようになるのです。

先ほどの「出口のない迷路」というのも、「自分が健康ではなく、身体に苦しみがある」という状況を、「道具のせい」にしてしまって、「テンピュールがいいのか、高反発がいいのか、医師の認定があるものがいいのか、世界のホテルで使われているものがいいのか」と、延々に悩み続けてしまうのです。

スクリーンショット 2019-01-17 16.30.31.png

だから僕としては、「最高の枕探しの旅」にいきなり向かうよりも、まずはロルフィングなどを受けてみて、身体の構造が整って、さらに「自分の身体の状況」もわかるようになってきてから、そこでようやく「今の自分に合う枕」を探すのがいいかなと思います。

そして、見つかったとしても、「自分に合う枕が見つかったのはいいけど、それ以外だと寝られない」となると、「道具に左右されてしまう」方向にバランスが崩れていってしまうので、理想的には、青木さんのように「どんなものにでも合わせることができる、しなやかな身体」を目指してもらった方が、「健全なバランスが取れた状態」に統合されていくのではないかと思います。


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道具や方法が溢れ返っている」現代においては、パソコンやスマホを覗いて、「自分を変えてくれる道具や方法」を当てどなく探していて、それが見つからずに「彷徨っている」ように見える人がたくさんいるように思います。

例えば、「身体を楽にしたい」と思っても、その方法は、医療機関を受診したり、評判のいい接骨院、鍼灸院で治療してもらったり、自費診療の治療や、スポーツジムで運動をすることや、ヨガやピラティスなどを始めるというものまで、たくさんの方法があります。

僕としては、「自分に合うものであれば、どれでもいい」と思っています。

そして、その際の「コンパス羅針盤)」になるのが、「自分の身体」なのです。(「」ではありません。)

道具や方法)」に何かを求めるのではなく、自分の「身体)」に目を向けてみるということ。

身体は賢い」ので、何かを決めようとする時に、自分の身体に「問いかける」ようにしてみてください。

「近所の人が教えてくれた病院に行こうと思うんだけど、どうかな?」
「聞いたことがない自費診療の施術なんだけど、合うと思う?」
「この枕どう?少し低過ぎるかな?」

必ず、身体はその人にとっての「進むべき方向すべてが統合、調和されていく方向)」に導いていってくれると、僕は信じています。

もしもそれが、どうしても「聞こえない」、「よく感じられない」という時には、「ロルフィングを受ける」というのも、選択肢の一つだと思います。

今回のBさんも含めたモニターの方々は、10シリーズの最初の頃には、自分の身体の「言い分」などわからなかったと思いますが、それが回数を重ねていくと、「なんとなく」わかってくるようになるものです。

そうなってくると、自然に「道具と身体の関係性」もバランスがよくなってきます。

Bさんもいい枕が見つかってよかったなと思います。これも、セッション9まで、充実したセッションを重ねてこれたおかげだと思います。

次回でいよいよ最後になりますが、Bさんの身体が健全で自由な状態になって、さらに「身体との会話」を楽しめるように、次のセッションも丁寧にやっていきたいと思います。




Yuta

( Posted at:2019年1月20日 )

2019年最初の神戸出張ロルフィングのお知らせ。

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神戸出張の際に、毎回食べる「小オム、小ワンタン」。

4年前に子どもが生まれるのきっかけに神戸から山形に引越してきて、それ以来、「2ヶ月に1回ペース」で「神戸出張ロルフィング」をしています。

友人のセッションルームを借りたり、クライアントさんが事務所の空いているスペースを使わせてくださったり、いろいろな人の支えがあって、今年も続けていくことができそうです。本当にありがたいことです。

出張を始めた最初の頃は、山形を拠点にセッションするので、関西のクライアントさんは徐々に減っていくだろうから、数年したら終了しようかなと思っていました。

しかし、人の縁というのはおもしろいもので、いまだに新しい出会いもあったりして、まだまだやれる限りは続けていこうと思っています。

基本的には、元々、神戸でfestaのロルフィングを受けていただいた方のメンテナンスセッションがメインですが、その方の「ご紹介」だったり、全くの「新規」の方でも、出張ロルフィングのタイミングにさえ合えば、予約していただくことは可能です。気軽に、下の連絡先からご連絡ください。

今年も新しい出会いがありそうで、今回の出張もとても楽しみにしています。

「神戸(広く、関西)」とのつながりは、僕の人生の中でも、とて大切なものです。

2019年もよろしくお願いします!


(予約状況は1月23日現在です)


2月7日(木)
①14:00 - 16:00 ×
②16:00 - 18:00 ○
③18:00 - 20:00 ×


2月8日(金)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


2月9日(土)

①  9:00 - 11:00 ○
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ○
⑤18:00 - 20:00 ○


2月10日(日)

①  9:00 - 11:00 ○
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ○
⑤18:00 - 20:00 ○


【場所】
2ヶ所でのセッションになりますが、どちらも「三ノ宮駅から徒歩10分以内」の場所になります。ご予約いただいた方には場所の詳細をお知らせします。

【セッション料金】
 12,000円(90〜120分)

【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2019年1月12日 )

「私のない、頭から解放された、一つのカラダ」

スクリーンショット 2018-12-26 14.27.12

「田中 泯」さんという俳優さんを知っていますか?

最近では、「僕らは奇跡でできている」というドラマに、主演の高橋一生さんの祖父役で出演されていましたが、「前衛的なダンサー」としても知られている方です。(俳優さんでダンサーとしても活躍しているといえば、「森山未來」さんなどもそうですね。)

その方のインタビュー記事、『生き物本来の居方を取り戻す。舞踊家・田中泯に聞く「カラダ」』を読んでみたのですが、ロルフィングのカラダ観にもつながる表現、言葉がたくさんあったので、みなさんとも共有したいなと思います。


- 場踊りは自然や街の中でやるから、場所ありきです。

「場踊り」というのは、田中さんの言葉だと思いますが、何か場所にまつわる情報を手に入れた時や、田中さんご自身の直感で、「ここで踊ってみたい」と感じた場所があったら、「その場に自分のカラダを置いてみて、カラダに何が起こるのかを観察する」というところから始まり、それが様々な「踊り」の形を取る場合もあれば、何も起きなくて呆然とすることもあるようです。


- 場所が最優先にあって、そこで踊ることによってどんな踊りが生まれるのか試みています。

このブログの中でも、「場の大切さ」というのは、何度も書いてきましたが、僕たちのカラダというのは、今この瞬間にも、自分の身の回りの「環境」と「相互にやり取りコミュニケーション)」を繰り返しています。

僕は今この記事を、山形市内のスターバックスで書いていますが、隣に座っている人との距離感、左前の人たちの会話、エスプレッソマシンが動く音、そこから漂ってくる匂い、窓の向こうに見える景色も、刻々と「変化」していて、それに対して、僕のカラダは自覚的ではないものの「反応」し続けています。

少しだけ、「自分のカラダ」に意識を向けて、そこで何が起こっているのかを観察してみると、周りの環境の変化に応じて、呼吸が浅くなったり、深くなったり、左の顔の皮膚がざわざわしたり、座っている坐骨への体重の乗り方が変化したりしています。

それに「耳を澄ます傾ける)」ようにしていると、カラダに「微細な動き」が生まれては消え、それがつながり連鎖して、大きくなろうとしては打ち消し合ったり、それがある形を取ると「踊り」とも言えるものにもなるかもしれません。

そういう、「環境との即興的なコミュニケーション」が、ある動きとして「増幅」してくるようなものは、田中さんの「場踊り」の他にも、野口整体では「活元運動」などと呼ばれるものがあったり、海外では「アンワインディング(Unwinding)」というものがあったり、二人ないし数人で行う「コンタクトインプロビゼーション(Contact Improvisation、CI)」というものもあったりします。

「環境(他者)との即興的なコミュニケーション」としての「CI」

ここまで「目に見える動き」ではなくても、ロルフィングのセッション中でも、「セッションを受ける人」、そして「場所」も変われば、「そこで起きることカラダの反応)」は変わってきます。

「肩こり」の人はたくさんいますが、いつも同じように肩周辺に施術するわけではなく、同じ人でも日が変われば、ましてや人が変われば、同じ症状でも「そこで起きること」が違ってくるのが、ロルフィングの「セッション」です。

肩こりという「症状」は同じでも、セッションは「同じにはなり得ない」のです。

僕は、自分のセッションルームである「festa」以外にも、他のロルファーさんやボディワーカーさんのセッションルームや、ある時には、会社の事務所であったり、高校の体育館のステージの上や、高野山のお寺でもロルフィングをしてきましたが、「その場がロルフィングをさせてくれる」と感じることが多々あります。

逆に言うと、「今度訪れる場所は、僕とクライアントさんにどんなセッションをさせてくれるんだろう」と、楽しさを与えてくれてもいます。(僕が「出張セッション」を積極的に行っているのは、そういう理由もあります。)

そういう意味で、ロルフィングというのは、もちろん大きな筋道はあるのですが、「肩こり→〇〇」という方程式に従うのではなく、すごく「場踊り的な」ボディワークとも言えるかと思います。

「場」が「表現」に与える影響に関しては、現代美術家の「横尾忠則」さんも興味深いことを、Twitterでつぶやいてらっしゃいます。


festaは「とんがりビル」の3階にありますが、「ここにいるだけでも、カラダが開いてきて、奥の方から緩んでくる」というような「場」になってくれればいいなと思っています。

それほど、ロルフィングにとっては、「どういう「場」でセッションをするのか」ということは、そのセッションの「効果」に影響を与える、大切な要素になります。


-「時間」や「空間」にカラダを明け渡す

素敵な表現です。

自分の「頭」の都合や欲を手放して、「カラダ」を空っぽにして、その「場」に「明け渡す」ということ。

これほどまでに、小さい子どもから大人までもが、「の重要度が過剰に高くなりすぎてしまった」現代では、なかなか難しいことだと思います。

まだまだ子どもが小さく、保育園や幼稚園にいる頃からでも、「それをしては先生に怒られる(みんなに迷惑をかける)」と、徹底的に教育されてきて、学校に入学したら、今度は「成績」という画一的なもので評価され、友だちにも学校でのふるまいの是非を、逐一LINEグループでイジられたりします。

社会人になったとしても、会社の都合に合わせ、自分という存在の価値をすり減らしていって、「カラダを解放して、自由にする」という機会は、「自分で意識してこしらえなければ、ない」というのが、今の世の中なのではないでしょうか。

地方に移住をしたり、山登りや、農業を始めて、自然を求めている人が多くなっていたり、ロルフィングなどのボディワークを受けたりする人が、徐々に増えてきていると思いますが、それは「カラダの声に耳を澄ます」ということを、本能が欲しているのかもしれません。

そのことを田中さんは、下のように表現しています。

-その時からの経験があってこそなのですが、踊るときは「私」や「自分」と言われているようなものをカラダからちょっとどこかに置いておいて、その時間、空間、条件に対してカラダを明け渡しているような状態になる、と言えばいいでしょうか...。

大雑把にいうと、人間という生き物は、はじめにカラダが生まれ、徐々に環境と共に「私」というものが芽生えていくと考えています。それがいつ頃からと厳密には言えませんが、普段は、カラダの中にいる「私」によって、カラダの動きをコントロールしている状態だと思います。

それに対し、踊るときはカラダの中からこの「私」を外に出すというのか...。コンディションのいいとき、「私」というのは踊っている間、カラダの正面や後ろや上方から、自分のカラダを見ているような状態になります。

そういう状態になると、カラダの中に、その時間、空間、条件の中にあるいろいろなものが入って来られるようになる。それを感じながら踊ろうとしています。時に、カラダに入ってくるものによって、自分が「思う」よりも前にカラダが動き出すこともありますね。

僕は、踊りを踊っている時、「私」のない一つのカラダになることが夢なんです。」

今回の「タイトル」にもしましたが、ロルフィングのセッションで、僕が受けてくださるみなさんに体験してもらいたいことが、まさにそういうことだと思っています。

どこへ行っても、自分が何者になろうとも、「つながり」続けて、そこから逃れることが難しい現代では、ボディワークを受けることで、「自分のカラダに向き合う」という体験をすることは、これからどんどん「価値のあること」と認識されてくることでしょう。


- 僕にとっての踊りは、自分のカラダを日常以上に感じ取るためのものです。

「踊りとは?」という問いに対して、田中さんが応えた言葉です。

そして、下のように続けます。

-「たとえば、激しく踊っている時、当然カラダはバランスとり、神経や筋肉と共に次々と動きのコントロールをしています。その最中、ふと、観客が席を立つのが視覚に入る。すると「俺の踊りはだめなんだ」とか「そんなはずはない」と脳がディスカッションを始めたり、耳が足音を聞いていたり、目がもうその瞬間とは違う別の風景を見ていたりする。カラダは、いろいろな感覚が同時に活発に動き回っているんです。そこで席を立った観客が戻ってきたら、カラダの中をさまざまに動いていた脳や耳や目が、が一斉にホッとなったりする。面白いですよね。

普段は「私」が邪魔をして、そんな風にカラダの中で起きていることを感じ取ることはできません。しかし踊ることによって、それが可能になります。」

僕がはじめてのロルフィングの10シリーズを受けていた時、触ってもいないところがスーッと伸びてきたり、ピクピク動いたり、聴覚の感覚が異常に鋭くなったり、自分のカラダと環境との境界が曖昧になったり、「普段は感じることのない感覚」をたくさん体験することができました。

正直、僕にとってのロルフィングの魅力とは、「カラダが楽になった治療的効果)」よりも、先に引用した田中さんのカラダに起こる感覚のような、「一体、自分のカラダに何が起きてるんだろう?カラダって不思議でおもしろい未知なるものへの興味)」という方が大きいかなと思っています。

自分のしているロルフィングが、もしも「痛みを取りたい」という「治療」のためのロルフィングだとしたら、たくさん勉強して、「カラダという自然」を「理解したそしてコントロール可能だ)」という方向性に向かってしまうのではないかと思います。

でも僕は、「自然はコントロールできない」という立場なので、ロルフィングのセッション中に起こる様々な「反応」を、小さな虫を見つめる子どものように、「へー、おもしろい動きするな、この虫。なんでそんなことするんだろう?」と、自由に考えを巡らせ、その結果、別に「答え」が見つからなかったとしても、その「プロセス(自分であれこれ考える、工夫する)」を楽しんでいるのだと思います。

お会いしたことはありませんが、田中さんも「今まさに、場によって、生成される踊り」という「プロセス」の中で、体験する様々な「不思議なこと、おもしろいこと」に魅了されているからこそ、未だに踊り続けているのだと思いますし、これからも踊り続けていかれるのだと想像します。


-「これは特に踊っていなくても、すべての人間ができることだと思っています。一般的に言われる「集中」というのは、周りにあるものから自分を切り離して、音も聞こえないような状態に入っていくこと。

理想的な集中とは、その状態の先にある「覚醒」という言葉なんじゃないかな。覚醒というのは、カラダが開いている状態で、普段の自分よりも吸収力や受容力の高い状態になると思っています。」

田中さんは「踊り」をされていますが、そうではなくても、「カラダに向き合う」というプロセスに入ると、先ほどまでごちゃごちゃと渦巻いていた思考が、自然と鎮まってきて、「集中」する状態になってきます。

そして、その先に進むことができると、田中さんの言う「覚醒」の状態に至ります。

あるクライアントさんは、「時計の音がとてもゆっくり、はっきりと聞こえてきて、迫ってくるようだった」と表現されたり、「眠っているわけではないが、起きているわけでもなくて、何かを考えているわけでもなく、けど、この部屋に何があって、どれほどの空間かというのは、把握できている。何かが起こっても、そうなるのを初めからわかっていたかのように感じる」などと伝えてくれる方もいらっしゃいます。

これは、「瞑想」の状態とも言われたりしますが、特に僕のするロルフィングでは、「ただ手を当てているかのような」静かなタッチで、受けているクライアントさんが、自然に自分のカラダに意識が向いて、「そこで何が起こるのかを眺める」ような感じになるようにイメージしています。

ある意味では、自分のカラダの中で生まれてくる「踊りの以前のもの」を、見つめているのかもしれません。


− たとえばアインシュタインのような天才なら、そこで「光と同じ速さで僕が走ったらどうなるか」というようなことを考えつくわけです。

そうやって、ボディワークのセッションや踊りを通して、「覚醒」状態になってきた人は、「あるアイディアを着想する」ことがあったり、誰かと話していても、「嘘を話している」というのが、カラダの感覚でわかってきたりするようになります。

目の前の人が、「あなたのことを信用しています」という言葉を言っていたとしても、「カラダが語っていない」というのが、あまりにもありありとわかってしまうのです。

非常に優れたロルファーは、セッションを受ける前に、あまり多くは語らずに、ただ僕の奥の方を静かに見つめるようにします。

今思うと、多分「覚醒」状態に入っていて、「このセッションでしなければいけないこと」というのが、「見通す」ことができていたのだと思います。

そういう人とのセッションでは、目の前に立った瞬間に、「この人に嘘をついても、すぐにわかってしまうだろうから、素直にすべてを差し出そう」という気持ちになります。

そして、実際にカラダに触れ始めても、「そう、まさにそこを触ってほしかったんだ」というところにだけ、手が置かれていきます。


- カラダの中で醸成されたそういった要素が、言葉を保証しているんです。

自分の「カラダ」を通して、その「場」と交流して、そういう体験が長い時間をかけて「醸成発酵)」されていくと、それがその人の「言葉」の「担保」になります。

田中さんの言葉と、撮影された写真を見ると、なんとも「説得力」があります。


-「覚醒状態になり、自分を相手に開いていくことで、相手の言葉だけではなく、それを発する相手のカラダの持つ要素を感じることができるようになる。そうすればもっと、お互いを信じ合えると思うのです。」

それが、先ほど書いた優れたロルファーとの「セッション」の中で起こることで、「言葉によるコミュニケーション」ではなく、「純粋で、大切な何かがやり取りされるコミュニケーション」を体験できます。

それはとても至福な時間で、「生まれたばかりの我が子を抱きしめる母親と子ども」であったり、「お互いにギリギリまで体力、技術、精神を高めた状態で、真剣勝負するアスリート」なども、「言葉では表現できない」けれども、「お互いに(何かを確かに交わしたということを)信じ合える」のだと思います。


- いろいろなものが詰まっているカラダは、僕なんかが追いつかないくらいのものすごい速度で思考して、行動して、コミュニケーションしている。

ロルファーという仕事柄、いろいろな方々のカラダを見て、触れてきましたが、その経験が多くなればなるほど、「カラダはかしこい」と感じます。

ロルフィングの他にも、世界には様々なボディワークが存在しますが、「カラダという自然の智慧を信じている」というところは、方法は違えど、みな共通していることだと思います。

ネットやテレビでは、「〇〇筋を緩めるだけで、腰痛が治る」とか、「全身の疲れの正体は、□□にあった」などという、謳い文句の情報が溢れかえっていますが、田中さんには、どう響くのでしょうか。

言葉の表面だけで「踊らされてしまう」のではなく、自分のカラダの声に耳を澄ませ、そこから生まれてくる「動き(内からの踊り)」に従ってみると、自然に「自分が進むべき方向」は見えてくると思います。

いかにカラダを、自分に都合よくコントロールするか」ではなく、「カラダに委ねてみる」ということ。

みなさんも、この世に生まれ持った「自分だけのカラダ」を信頼して、外側に溢れ返る情報にチューニングを合わせるのではなく、その一つのカラダに意識を向けてみると、そこには「驚くほどに豊かな世界」が広がっていることに気づくのではないかと思います。

もしも、今の自分の現状に悩みがあるとすれば、それは「カラダの中に、その答えがある」と、僕は考えています。

最後に、田中さんの言葉をもう一つだけ載せて、この記事を終わりにしたいと思います。


- 僕は「私」から解き放たれてカラダを感じる瞬間が、自由ですごく好きですね。その瞬間を持つことによって、一度しかないこの人生を、より豊かに生きられると思っています。




Yuta

( Posted at:2019年1月 7日 )

2019年1、2月のロルフィング説明・セッション見学会。

ロルフィング説明・セッション見学会(2019年1、2月)

今年も「ロルフィングって何?」という方のために、資料を使った説明と、実際のセッションの様子を見学してもらえる会を開催していこうと思います。

なかなか予定が合わないという方もいらっしゃったので、「月に4回」やることにしました。

僕の一方的な説明だけではなく、みなさんの身体に対する「素朴な疑問」をどんどん質問してもらって、そこからみんなで「ロルフィングって身体が変化して楽になるし、人の身体って不思議でおもしろい!」と共有できる時間になればいいなと思います。

股関節の動きに制限があった人が、首を触っていると、スルスルッと制限がなくなったり、この前も実際に体験された方は、「狐につままれたような顔」をされていたのが印象的でした。笑

興味のある方は、ぜひぜひ気軽にご参加ください!


日時 1月開催日:1月10日(木)    14:00 - 16:00
          1月14日(月/祝)14:00 - 16:00 
          1月19日(土)     14:00 - 16:00
          1月30日(水)     10:00 - 12:00 
   
        2月開催日:2月3日(日)       10:00 - 12:00 
          2月16日(土)     12:00 - 13:30 
          →この日程のみ「358」さんで開催です
          2月22日(金)     14:00 - 16:00 
          2月26日(火)    10:00 - 12:00

料金 2,000円 → 1,000円(2019年3月31日までの特典です)

場所 Rolfing House festa(とんがりビル3F)

お申込み info@rolfing-festa.com / 090-2954-8207
    
※上記の説明・セッション見学会は「要予約」です。




Yuta

( Posted at:2019年1月 4日 )

2019年も東京でロルフィングします。

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2018年も不定期でしたが、東京でのロルフィングセッションをすることができました。

来年の2019年も、1月25日(金)、26日(土)、28日(月)に、東京で出張ロルフィングを計画しています。

東京にはたくさんの認定ロルファーさんがいらっしゃるので、ロルフィングの特徴である「10シリーズ」は提供せずに、「単発」でのセッションをすることにしています。

東京にもお気に入りのカフェや、ごはん屋さんを見つけることができたので、少しずつですが、そんなに緊張しなくなってきました。(前は、山手線のホームのメロディを聞くだけで、お腹がぐるぐるしてました。笑)

東京出張では、普段の山形ではあまりセッションする機会がないような、多種多様な方々にロルフィングすることができて、いつもロルファーの僕の方が学びの多い時間になっています。

2019年もどんな出会いがあるか楽しみです。

下に出張ロルフィングの案内を載せておきます。

興味のある方は、新規の方でも大歓迎ですので、ぜひ気軽にご連絡ください。


(予約状況は2019年1月9日現在です)


1月25日(金)

①10:30 - 12:30 ×
②13:00 - 15:00 ×
③15:00 - 17:00 ×
④17:00 - 19:00 ○
⑤19:00 - 21:00 ×


1月26日(土)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③13:00 - 15:00 ○
④15:00 - 17:00 ○
⑤17:00 - 19:00 ○
⑥19:00 - 21:00 ×


1月28日(月)

①  9:00 - 11:00 ○
②11:00 - 13:00 ×
③13:00 - 15:00 ×
④15:00 - 17:00 ○


・時間には、説明、問診、着替えの時間も含まれます。
・待合室はありませんので、予約時間にお越し下さい。

【場所】東急田園都市線「桜新町」駅 徒歩10分程度
        ※住所の詳細は予約された方にお伝えします。

【料金】13,000円

【服装】襟付きのシャツ、伸びないジーンズ、スカートなどは避け、
    身体を締め付けない楽な服装

【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2018年12月18日 )

眼鏡で身体を調整する。

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先日、米沢に行って「眼鏡」を作ってもらってきました。

伺った場所は「スタジオ八百萬」というコワーキングスペースで、整体の先生が出張でやってきて、その施術を受けられたり、外国人の方から気軽に英会話が習えたり、アートショップが企画されたりと、いろいろなイベントが行われている場所です。

元々は、今は「ひもトレ」で全国に名前の知られている小関勲さんが、「面白い方が新潟からいらっしゃるので、大友さんもどうですか?」と誘っていただいたのが最初でした。

「おもしろい人の知り合いは、必ずおもしろい」と思っているので、小関さんが紹介してくれるのなら間違いないと、内容もあまり確認せずに申し込んでみたのですが、新潟の「視覚行動研究所」代表の野澤康さんが、2ヶ月に1度、スタジオ八百萬で「眼の検査と眼鏡の作成」をしてくれるというものでした。

ちなみに僕は、小さい頃から視力は良くて、今でも両眼とも1.2〜1.5ほどあります。

それでは、「なぜ検査してもらうことになったのか?」というと、野澤さんは眼の詳細な検査から、「どのように左右の眼が協調して機能しているか」ということはもちろん、「どのようにこの世界を視覚によって認識し、どう行動しているのか」というところまで評価、考察してくれるのです。

これを聞いた時に、「田村さんみたいだな」と思ったのですが、田村さんとは「視覚情報センター」代表の田村知則さんのことで、野球のイチロー選手や、少年時代のテニスの錦織圭選手、ゴルフの宮里藍選手を「視覚」の面から支えられたことでも有名な方です。

どう見るかは、どうある(在る)か

今でこそ、ロルフィングをはじめ、ボディワークの世界では、身体全体のバランスを調整していくために、「視覚」に対するアプローチも注目され始めてきましたが、それを田村さんは「眼の専門家」として、何十年も前からされてきていたのです。

今回の新潟の野澤さんは、その田村さんの指導を受けたことがあるようで、「視力の矯正」としての眼鏡だったら、僕は何も興味がなかったと思いますが、「左右の眼の共同作業による見え方のズレを調整し、それによって対象をありのままに認識できることで、脳の情報処理のストレスを軽減させたり、身体の構造さえも左右対称になってくる可能性も出てくる」という、ロルフィングとも親和性があるコンセプトにすごく共感して、野澤さんの検査を受けることにしました。

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最初の検査は昨年受けたのですが、検査の結果としては、「右の眼はほとんど問題なく機能しているが、左が少しもたついている(レスポンスが遅い)」ということでした。

その眼の評価の後に、野澤さんが「大友さん、右の方のスペースでこうやって手を動かしても、何も嫌な感じはしないと思うのですが、左はどうですか?」と、顔の横の辺りで手を動かしたのですが、すぐに「あ、左の方で何かが動くと、眼で追いにくくて嫌だ」ということに気づきました。

そのことで思い出したことがあって、僕は右に誰かが座った時と、左に誰かが座った時では、「身体の居心地の良さ」がまるで違っていて、右だと「安心」できるのですが、左だと「なんだかそわそわして、落ち着かない」感覚になります。

ソファーの右に誰かが座っていると、とてもフレンドリーに話せるのですが、左だと「壁」があるように感じるのです。

なので、奥さん(気を許している人)であれば、左でも大丈夫なのですが、なるべくなら右にいてもらった方が落ち着きます。

みなさんも、「恋人と手をつなぐ時(ソファーに座る時、一緒に寝る時)に、どちらにいる方が多いか?」であったり、「見知らぬ人が隣に座るバスでは、左端、右端のどちらにいる方が落ち着くか?」など、少し考えてみるとおもしろい傾向が見つかるかもしれません。

それらは「空間認識」に関係していて、野澤さんの検査によって、「左右の眼の協調した動きの偏り(ズレ)」が、その認識に影響を与えるいるのではないかということに気づきました。

つまり、「左の眼の動きが、右に比べてどんくさいので、顔を前に向けたまま、周辺視野で左のスペースを認識することが難しい」ということが、「左に人が座られる居心地の悪さ」につながっているのかもしれないということになります。

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そうすると次に、「なぜ左右の眼の動き、機能のズレが生じてくるのか?」という疑問が浮かんできます。

それを野澤さんに聞いてみると、とてもおもしろい見解を教えてくれたので、それを共有したいと思います。

もちろん、それには様々な要因が考えられるのは当然ですが、野澤さんが指摘してくれたのは、「スマホ、タブレット、パソコンなどの見過ぎ」ということでした。

「やっぱり、ブルーライトが悪いのか」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそうではありません。「眼が悪くなる要因」として、「ブルーライトは、そんなに関係がない」ということなのです。

それよりも、「平面を見続けること」の方が、影響しているようです。

どういうことかと言うと、「自然界には平面が存在しない」ことが関係しています。

元々、私たちの眼は、「差」を認識するために「左右の2つの眼」を持っていて、右眼と左眼で捉えたそれぞれの視覚情報を、「脳で統合的に処理する」ことで、「天敵が周りにいないか?いたとしたら、どれくらいの距離か?」であったり、「食料は近くにあるか?あるとしたら、どれくらい近くにあるのか?」という、「生存するために重要な情報」を得ています。

「平面(二次元)」の情報だけだと、眼は1つだけでもいいと思うのですが、「距離感(奥行き)」などを正確には認識することが難しくなります。

僕たちは、普段は意識していませんが、常にその右眼と左眼の情報を「統合」することで様々な行動をしていて、スマホやパソコンなどの「(人工的な)平面」を見る時には、「片眼の情報だけ」でも十分で、「もう片方の眼から入ってきた情報はキャンセルしている」ということが起きているのです。

つまり、「片眼しか使わずに見ている」と言えます。

さらに、最近では、VRなどを幼児がやり過ぎることで、「斜視」の問題が引き起こされる可能性があると言われていたりしますが、それも「平面ではないものを見て、差を認識する」という両眼の機能と、「相性が悪い」のではないのかと、個人的には考えています。(最近、「斜視」の子どもが多いように感じていて、それにはVRだけでなく、スマホの影響もあるのではないかとも思っています。)

ということで、スマホを見続けることは、「動きが優れている眼(利き目)」は、どんどん動きは良くなるでしょうし、「動きがどんくさい眼」は、見ているようでキャンセルされて働いていないので、どんどん動きは悪くなっていってしまいます。

そうして「左右の眼の機能のズレ」が大きくなると、「老眼」の症状が出てきやすくなり、これが「スマホ老眼」であり、「若年性老眼」の「背景」になってくるのです。

これには他にも、いろいろな考えがあるかと思いますが、「現時点で最も腑に落ちる見解」かなと、僕は思っています。

この検査の結果と、スマホやパソコンと老眼の関係を野澤さんに聞いてから、自分の普段の生活を観察してみると、「左眼が動いていない」というのが、はっきりと知覚できるようになってきました。

特に、こうやってパソコンで長時間ブログを書いていたり、移動時間でスマホを見ていると、「左眼が、どう仕事をしていいのかがわからないので、フリーズしたり、ギクシャクした動きをしている」のがわかりました。

それに気づき始めてから、遠いところと近いところに、交互にピントを合わせるようにしてみると、「左右が協調して動けずに、ボケてしまう」ということも多くなってきました。

自覚的にも、「両眼がうまく連携できてないな」と感じることが多くなってきたので、1年ぶりくらいに、スタジオ八百萬で野澤さんに検査をしてもらい、結果によっては「眼鏡」を作成することにしました。

そして、その結果としては、やはり予想通りのもので、「両眼の機能が落ちている」ということでした。詳しくは、「両眼ともに乱視が入り、片方が遠視、もう片方が近視が出てきている」とのことでしたが、確かにこの1年は、パソコンを眺めている時間がとても多くなっていたので、納得の結果でした。

最初の写真が、実際に作っていただいた眼鏡です。

まだ、人生初の眼鏡をし始めて2週間ほどですが、「左眼のいつものポジションが変わってきた」感じがします。その「変わってきた左眼のポジションと右眼とのバランス」が、適応してくるまでもう少し時間がかかるかなと思います。

さらに、眼鏡をすることで「関節の可動域」までも変わってきます。

「身体を構成する各要素は、完全に独立したものはなく、すべて関わり合いながら、生きることを支えている」というのを、自分の身体で実感しています。

最後に、「スタジオ八百萬」のFacebookページで、野澤さんの検査の案内文が素敵だったので、それを載せて終わりにしたいと思います。

・・・・・・・・

野澤先生、視覚調整で免疫力が上がるってどういうことですか?

「分からない。

 理由は分からないけど、
 そうとしか思えないんですよ。

 酵素風呂、断食、メガネで
 ○○が治るのをたくさん見てきたんです。
 (○○には病気の名前が入ります)

 それに、動物は、左右対称の個体を選びますよね。

 野生では、眼の動きが悪ければ、
 獲物を捕ったり外敵から身を守ることができなくて
 生き残れない。

 クジャクの模様だって、
 メスは左右対称の模様のオスを選ぶでしょう。」

なるほど。
眼の動きが良くなると、免疫力も含めて生命力が上がるってことですね。

それは、この間の「このメガネを掛けたら恋人ができました」っていう話にも通じますね。

・・・・・・・・

「恋人ができる」なんて素敵ですね。

「眼鏡」を通して、何が見えてくるのか、そして、自分はどんな風に変化していくのか楽しみです。




Yuta

( Posted at:2018年12月14日 )

ロルフィングに関しての情報をまとめました。

このページは「ロルフィングって何?」という方のために、いろいろな情報をまとめたものです。

このウェブサイトの上の方に、「ROLFING」というページがあって、そこにも大まかな説明が書かれてあります。

まずはそちらをざっとご覧になっていただいて、「それでもよくわからなかった」という方や、「もう少し情報がほしい」という方は、この先を読み進めてみてください。


〈目次〉
1、ロルフィングの動画
2、ロルフィング「10シリーズ」を実際に受けられた方の感想
3、ロルフィングの説明会、おためしセッションのご案内
4、メディア掲載情報


1、ロルフィングの動画

ロルフィングをはじめての方に説明する難しさは、「聞いたことがない音楽のジャンルを人に説明する難しさ」に似ているなと感じます。

みなさんは、そんなに音楽に詳しくなくても、なんとなく「ジャズ」と「ロック」の違いはわかると思います。

でも、それを知らない子どもたちに、その違いを正確に「説明」することはできるでしょうか?

多分多くの人が、「実際に聞いてみるしかないよ」と感じられると思います。

ということで、ロルフィングは「聞く」ことはできませんが、ウェブ上で「見る」ことはできるので、そんな動画をいくつか紹介した記事がありますので、そちらをご覧になってみてください。(もちろん、実際に「受けてみる」というのが一番わかりやすいです。)

過去記事:「ロルフィングの紹介動画(短めと長めを1つずつ)。」



2、ロルフィング「10シリーズ」を実際に受けられた方の感想

ロルフィングでは10回のセッションを通して、身体の構造を整えていく「10シリーズ」というものがあります。

それを5人のモニターの方に実際に受けていただいて、その感想を元にコラムを書いてみました。

自分としては割りと気軽に書くつもりでしたが、どんどんロルフィングの奥深い世界も表現するようになり、後半はかなりの文量のコラムになってしまいました。

小難しい感じになってしまったところもあるので、気になるところだけ流し読みしてもらえたらと思います。

ただ、普段から「身体は自然(または宇宙)そのものです。とても神秘的ですし、今でもわかっていないことがたくさんあります。ロルフィングの醍醐味は、その身体という小さな自然を、自然のままに扱っているところなんです」などと話していますが、このモニターの方の感想を元にコラムを書くことで、それを改めて強く実感しました。

「身体って本当に不思議で、おもしろいなぁ」と感じていただけたらうれしいです。

過去記事:「モニターの方の10シリーズの感想はこちら。」



3、ロルフィングの説明会、おためしセッションのご案内

「なんとなく説明はわかったので、実際に体験してみたい」という方には、「ロルフィング説明・セッション見学会」と「おためしセッション」をおすすめしています。

それぞれの詳細は、下のリンク先をご覧になってみてください。





4、メディア掲載情報

festaのロルフィングを、過去に何度かメディアで取り上げていただいたことがあるのですが、それをまとめた記事がありますので、そちらも気になる方は覗いてみてください。

プロのライターさんが上手に情報をまとめてくださっているので、とても読みやすいと思います。


もう1つ、こちらはライターさんではないのですが、東京で同じようにボディワークのセッションを提供している友人が、festaのロルフィングを受けてくれて、その感想を書いてくれています。

「同業者がロルフィングをどう感じているのか」を、とても丁寧に表現してくれています。




もしも「ロルフィングを受けてみたい」と思われた方や、「わからないこと、聞きたいことがある」という方は、どうぞ「CONTACT」ページから気軽にお問い合わせください。

少しでもこのロルフィングが、ここ山形で、必要としている人たちに届けばいいなと思っています。




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2018年12月13日 )

モニターの方の10シリーズの感想はこちら。

festaのロルフィングがどんなものなのか、実際にモニターとしてロルフィングの10シリーズを受けてくださった方の感想をここにまとめています。

モニターの方は5名で、全て女性の方です。

年齢は20〜40代で、お仕事をされていたり、専業主婦をされていたり様々でした。

モニターの方の感想を元に、僕がその中で出てきたトピックを解説するというスタイルです。

10シリーズでは、各セッションごとに「テーマ」が決まっていて、そのテーマに沿って進めていくのですが、どんどんその方個人の特徴が出てきて、「その人だけの10シリーズ」になっていくのが、感想を読んでいただいても伝わると思います。

ロルファーになって5年ほど、「人のからだ」に向き合っていますが、「からだは単なる〈物質〉ではなく、〈生身の生きている存在〉である」と思うようになりました。

「いきもの」としてのからだは、それにきちんと向き合っていると、様々なことを教えてくれます。

そのことを「なるべく正直に、素直に、丁寧に」説明しようと思うと、どうしても書くことが多くなってしまいます。

結果的には、自分では想像もしていなかったことを書くことができたり、新たな気づき、発見も多くあり、ロルフィングをさせてもらった僕の方が、貴重な体験をさせてもらえたと思っています。

元々は「トレーナー」として働いていた自分が、「人のからだは自然そのものだ。まだまだ僕らにはわかっていないことがたくさんある」と感じて、「ロルフィング」を学び始めることになったのですが、このロルフィングのセッションで実際に起きたことを元に、それを文章にしていくプロセスを通して、「人のからだはおもしろい、そして奥が深い」と再確認できました。

「ロルフィングって何?」という方のために書こうと思って始めたものですが、文量もかなり多くなってしまったり、内容もややこしくなってしまったものもあって、余計に混乱させてしまうかもしれませんが、これを読んで同じように「人のからだ」に興味を持ってもらえたらうれしいです。

読んでいただく前に、簡単なルールも載せておきます。

・順番に読んでも、読まなくても大丈夫
(どのセッションから読んでもいい)

・途中で「読みにくい」「わかりにくい」「飽きた」場合には
 読まなくても大丈夫

・無理なく、楽しく読めるのが一番
(ロルフィングのことを少しわかってもらうのが二番)


◯モニターAさん

モニターに募集していただいた方の中で、最年少の20代の女性がAさんです。

「今すぐに身体に不調があるわけではないけど、今後の人生で長く付き合っていく身体なので、今のうちに整えておきたい」ということで、他のモニターの方に比べると、身体に目立った症状はありませんでした。

ただ、ロルフィングに何か「ピンとくるもの」を感じてくださって、それが10シリーズを受けていく中で、「なぜピンときたのか」が少しずつ明らかになっていきました。

Aさんが一番早く進んでいったので、10シリーズの各テーマの「概要」の説明もしています。「理論的にロルフィングが何をしているのか知りたい」という方にはおすすめだと思います。

セッション1
セッション2
セッション3
セッション4
セッション5
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セッション7
セッション8
セッション9
セッション10


◯モニターBさん

40代の女性の方で、いくつか身体に大きなケガの履歴があり、手術の経験もあって、「痛みだらけの身体の悲鳴が聞こえてくるようでした。」と、初回の感想にもあるように、身体の症状としては一番「ガタガタ」だったのがBさんです。

それでも、どんどん身体が整うにつれて、痛みや不調もなくなってきて、体重もかなり落ちたのが印象的でした。

「遠方から」通っていただいていたので、「月に一度」というゆっくりペースで受けられた方です。

そんなに頻繁に受けなくても、効果が長く続き、それがきちんと定着してくれるので、最後の方ではほとんど症状がなくなり、「ロルフィングの力」を僕自身もすごく感じた10シリーズでした。

・セッション10


◯モニターCさん

Cさんは、スポーツクラブにも通っていて、運動を定期的にされているアクティブな40代の女性の方です。

10回のセッションを受けていくことで、身体の「シルエット(ライン)」が結構変わってきて、友人などの「第三者」から変化に気づかれることもあったようでした。

自分が変わっていくことにすごく「オープン」な方だったので、身体の構造面はもちろん、「精神的な変化」も感想の中によく登場してきます。

「ロルフィングには人を変える力がある」というよりも、「本人自らが変わろうとする力」の方がとても大切で、それを「後押し」していくのがロルフィングのなのかなと改めて実感したのが、Cさんとのセッションでした。

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◯モニターDさん

Dさんに書いていただいた問診票をまとめたのが下になります。

・手先が冷える。
・朝起きると、首、肩回りがこっている。
・両膝が時々痛い。
・歩いていると、左脚が上がらなくなる。
・なんとなく腰がずっと痛く、ギックリ腰になりかける。
・2年前に尻もちをついて、起きれないほどに痛かった。

Dさんは40代の女性ですが、女性によく見られる症状が並んでいます。

10シリーズでこれらに「直接的に」何かをしたことはありませんでしたが、それでも終盤になってくると、これらの症状は自然に消えていっていました。

「元を正すこと」の大切さが、Dさんとの10シリーズにはよく表れていると思います。



◯モニターEさん

元々はダンスを熱心にされていて、いくつかのボディワークを受けた経験もあり、「身体感覚に優れた」のが、30代女性のEさんです。

Eさんの感想は、自分で感じたことをうまく文章にまとめてくださっていて、とても読みやすく、初めての方には参考になることが多いと思います。

元々、そういった能力がある方だと思うのですが、ロルフィングを受けていく中で、さらに「身体感覚の言語化」が洗練されていったのではないかと感じています。

身体はすべてつながっているので、「触っているところとは別のところに反応が出て」きたり、「微細なタッチで全体が整うこと」が起きてきたり、ロルフィングの変化のおもしろさも伝わるかなと思います。





楽しく読んでいただけましたか?

少しでも、「人のからだってすごいなぁ。おもしろいなぁ」と感じてもらえたり、ロルフィングのことがなんとなく伝わっていたとしたら、モニターの方にロルフィングをさせていただいて、その感想を元にブログを書いてよかったなと思います。

読んでいただいてありがとうございました。


Yuta

( Posted at:2018年12月10日 )

モニターBさんの感想(セッション8 | 40代 女性)

モニターBさんのセッション8の感想です。

「深層のセッション(4-7回目)」が終わって、今回からが「統合のセッション(8-10回目)」に入っていくのですが、この頃には、だいぶロルファーとクライアントさんの「関係性ラポール)」もできてくるので、セッション前にいろいろな話をすることがあります。

今回のセッションは、たまたまその日が「花笠祭り」の期間に重なっていたこともあって、festaがある山形市七日町の大通りは、多くの人で賑わっていて、街全体が「お祭りの日特有の雰囲気」になっていました。

その影響もあったのか、Bさんの感想にもありますが、お祭りの話から始まって、それぞれの出身地の話、その土地が持つ雰囲気や住む人の気質などの話にもなりました。

僕は、セッション前のこの「インタビュー問診)」とも言われる、クライアントさんとお話する時間を大事にしていて、多めに時間を取っています。(長い時には、1時間以上も話していることも。笑)

なぜそれを大事にしているのか、Bさんの感想の後に書いていこうかと思います。

それでは、セッション8の感想をどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日、第8回目の施術を受けてきました。

ここまでくると、身体が整っているのか、痛みがあったり、違和感があるところもなく。

落ち着いてはいるものの、肩こりや、古傷が多少あるせいか、なんだか重ダルな感じでおりました。

夏疲れのような、暑さについていけないような。

ちょうど花笠祭りも開催されるため、お祭りの話からずいぶん楽しいお話もできました(8回目、8ヶ月もたちながら、私が鹿児島の出身であること、本日発表。笑)

土地柄や気質のお話にもなり、ふと思ったのが、食文化も違いがあるため、作られる骨格や、筋肉の質も少し違いがでるのかなぁと。


右の股関節の硬さや、少し突っ張る感じを中心に、首、肩、腰、大腰筋、丁寧に1つずつ施術していただきました。

全て終了後、下半身は重くと言っても、辛い感じではなく安定と安心を感じる重さで。

肩から上はスッキリと軽い感じで、変な表現方法ですが、お腹のあたりの存在がない感じというか。

上下にスーッと伸びてく感じで、不思議な感覚の身体の軽さでした。

また1ヶ月、身軽に過ごせそうです。

ありがとうございました。

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まずは「情報」を集めていく

今回のセッションでは、Bさんといろいろな話をしました。

最初にも書きましたが、僕のロルフィングセッションは、「セッション前のクライアントさんとお話をする時間を、ゆっくりと持つタイプ」だと思います。

その時間をロルフィングでは「インタビュー」と言って、「今、クライアントさんがどんな課題を抱えていて、このセッションでは何を望んでいて、ロルファーとしてセッションを通して何ができるのか」ということをクリアにするために、しっかりと時間を取ることにしています。

例えば、「腰が痛い」とクライアントさんが伝えてくださっても、「いつから痛いのか?(昨日から、仕事で座り仕事が多くなってから、など)」や、「どんな時に痛くなるのか?(前に屈んだ時、朝起きた直後、仕事終わり、など)」や、「何か痛くなるきっかけがあったのか?(重い荷物を持ち上げた時、特に何もない、など)」など、他にも聞いてみたいことはたくさんあります。

そうやって、「腰が痛い」というクライアントさんの言葉の「意味するところ(起源背景事情)」が、「立体的に浮かび上がってくる」ようになるまで、丁寧にインタビューをしていきます。

時間をかけて話を聞いていくと、「腰が痛い」というのが、「無理な姿勢を取り続けていたこと(例:家の電球をすべてLEDに取り替えた)」ということと、どうも関係していそうだなということがわかってきます。

それでも、同じような姿勢をしていたとしても、すべての人が腰が痛くなるわけではないので、「なぜ、その人にとっては、その姿勢を取り続けることが、無理な状態になるのか」ということも気になってきます。

インタビューによって「大まかな情報」が集まってきたら、そこから「姿勢、動作のチェック(視診)」をしたり、「身体を触った時の質感やトーン、可動域のチェック(触診)」などをしていくという流れになります。

そうやって様々に集まってきた情報を、「テーブルの上に並べるように、俯瞰的に全体を眺めてみる」と、そこから「多分、こういうことなのではないだろうか」という「推測仮設)」が、自然に見えてくることがあります。

ここで大切なことが、「不十分な情報で、勝手に解釈、ジャッジをしない」ということです。

集まったどんな情報にも、勝手に「重み付け重要度を振り分ける)」をしません。

「反った姿勢をした時に、腰が痛い」という情報だけで、「これは、電球を交換するために、身体を反らせて背中の筋肉をたくさん使ったから、背中の筋肉の疲労が原因だな」などと「早合点」をしないのです。

一見すると関係なさそうな、日常会話の部分の情報(今回の「お祭り」の会話など)も、「まずはすべて等価に並べてみる」ことが大切で、「判断をなるべく先送りする」ようにするのです。

そうすると、思わぬところで「情報同士が勝手に結びつくまとまる)」ようなことが起こり、「何か意味がありそうなもの推測)」が見えてくるというようなことが起こってきます。


「まとまりたがる」情報たち

『体力温存のために隊列を組んで飛ぶ渡り鳥や、自己防衛のために群泳する小魚。実はこれらの行動は、特定のリーダーの指示によるものではありません。個々が何らかの単純なルールに基づいて行動することで、群れの中に自然に秩序が生まれるこの現象は、「自己組織化」と呼ばれます。』


上の動画は、羊の群れを撮影したものですが、「指示をする特定のリーダー」が存在しないのに、「何か大きな秩序のようなもの」に従って、全体が動いているように見えます。

つまり、「こういう風に動きなさい」という、「リーダーの指示」や「事前に決められた計画」があるわけではなく、個々の1匹の羊は、「ぶつかりそうになったら避ける」程度の「単純なローカルなルール」に従っているだけで、それでいて、全体は「秩序のようなもの」が、自然に顕れてきているのが見てわかります。

こういう現象は「自己組織化」と呼ばれていて、自然界ではよくよく観察されることで、私たちのこの「身体」にも、自己組織化が今も起こり続けています。

動画をよく見てみると、バラバラの羊が、「グッと密度が高いかたまりになる」瞬間があったり、「グルグルと円を描くようにまとまる」ようなこともあります。


この動画も、「自己組織化」を表したものですが、12,288個のバラバラな点が、それぞれ、近くの点同士で引きつけ合ったり、はねのけ合ったりするという単純なルールに従っていて動いているのですが、時間が経過すると、いくつかの「まとまりChunk)」が自然に生じてきて、「自ら秩序のようなものを作り出している」ようにも見えます。

話を元に戻しますが、クライアントさんから得られた、「一見するとバラバラに見える、個々の情報」が、「ある程度のかさ)」が集まってくると、自然に「自己組織化」のようなものが起こり始め、「何か意味(秩序)のありそうなもの」が浮かび上がってきたりすることがあるのではないかと、僕は考えています。

だから、視診、触診だけではなく、十分な時間を取ってインタビューをして、丁寧に情報を集めていって、「情報同士の自己組織化」が起こってくるまで、「判断、解釈を焦らない」ことを大切にしています。

そしてさらに、「どの情報が、どのようにまとまるかは、予想ができない」ので、「テーブルの上に、まずは全部を並べてみる」ことも大切にしています。

そうすると、「転勤をして仕事が変わって、パソコンを使った作業を一日中していることが多くなり、その姿勢をずっと続けていたことで、気づかないうちに、両肩の可動域がかなり低くなってしまっていた。転勤する前には、ジムに通って、運動を日課にしていたので、自分の身体の歪みや不具合にも気づきやすかったけど、まだ新しい場所ではジムに行って運動はできていない。そのままの身体の状態で、電球を取り替えようとしたが、十分には腕が上がらないので、それを代償するために、腰を過剰に反らせていた」という「背景」が、「推測」されてきます。

そうやって見えてきた推測が、「妥当かどうか本当に意味があるものなのかどうか)」は、実際にセッションをしてみて、両肩の可動域が改善されたことが確認できたら、また痛みが出るポジション(電球を取り替えるような姿勢)を取ってもらって、痛みや違和感があるかどうかで「検証」していきます。

それで何も変わらなければ、先ほどの「推測(腰が痛いのは、腰そのものに問題があるのではなく、両肩の可動域の制限が影響している)」は「見当違い」ということになり、また違う「推測」を探していくことになります。

このように、クライアントさんが言った「腰が痛い」という情報から、それだけで「腰のみの施術」だけを行うのではなく、その「起源、背景、事情」が「自然に浮かび上がってくる」まで、時間をかけてインタビューを行うように心がけています。


シャーロック・ホームズの「問診」

世界で最も読まれているものは聖書であるが、二番目に良く読まれているものはシャーロック・ホームズ物語である

「シャーロック・ホームズ」という名前は、みなさんご存知だと思います。

このシャーロック・ホームズは、世界的に有名な小説の主人公の「探偵」さんですが、これには「実在したモデル」が存在します。

それが、「エディンバラ大学医学部のジョセフ・ベル博士(専門は神経内科)」という人で、そのことは多くの人に知られてはいないかと思います。

シャーロック・ホームズの物語は、実在していたお医者さんの「問診」を題材にしていたのです。

『諸君、おわかりの通り、この人が「おはようございます」と言った時、ファイフ州のアクセントに気がついたかね。靴底の隅に赤い粘土がついているのに気がついたかね。エディンバラ周辺20マイル以内でこのような粘土があるのはこの植物園だけだ......。この人は右手の指が皮膚炎にかかっているが、これはリノリウム工場に特有のものだ。』
(古谷博和 著、『神経内科医としてのシャーロック・ホームズ - 神経内科医の視点から見たホームズ物語 - その1』)

このように、シャーロック・ホームズのモデルになったベル博士は、患者さんが診察室のドアを開けて、そして診察するための椅子に座るまでの間で、これほどの「情報」を読み取っていたのです。

そこから最低限の「質問」をして、身体の少しの検査(視診、触診など)をすると、どんな「症状」かはもちろん、「出身地」や「年齢」、そして「職業」や「家族構成」までもを把握しているほど、「人を見る目」に秀でていた人なのです。

そのことを、シャーロック・ホームズ自身が説明している部分があるので、それもここに紹介したいと思います。

『「君にはもう説明したはずだが、うまく説明できないもの(what is out of the common)はたいていの場合、障害物ではなく、手がかりなのだ。この種の問題を解くときにたいせつなことは、遡及的に推理するということだ。(the grand thing is to be able to reason backward)このやり方はきわめて有用な実績を上げているし、簡単なものでもあるのだが、人々はこれを試みようとしない。日常生活の出来事については、たしかに【前進的に推理する】(reason forward)の 方が役に立つので、逆のやり方があることを人々は忘れてしまう。統合的に推理する人と分析的に推理する人の比率は50対1というところだろう。」

「正直言って」と私は言った。「君の言っていることがよく理解できないのだが」

「君が理解できるとはさほど期待していなかったが、まあもう少しわかりやすく話してみよう。仮に君が一連の出来事を物語ったとすると、多くの人はそれはどのような結果をもたらすだろうと考える。それらの出来事を心の中で配列して、そこから次に何が起こるかを推理する。けれども中に少数ではあるが、ある出来事があったことを教えると、そこから出発して、その結果に至るまでにどのようなさまざまな前段(steps)があったのかを、独特の精神のはたらきを通じて案出する(evolve)ことのできる者がいる。この力のことを私は【遡及的に推理する】とか、【分析的に推理する】というふうに君に言ったのだよ。』
(コナン・ドイル著、『緋色の研究』)

僕自身は、シャーロック・ホームズが「実在したお医者さん」だったことは、内田樹先生の著書の中で知りました。(上の文章も、内田先生のブログから見つけたものです。)

少し難解かもしれませんが、ある「症状(歯がものすごく痛い、など)」があった時に、ほとんどの人は「そこからどんなことが起こるであろうか?」と考えることが多いかと思います。

つまり、「寝れば治るだろう」であったり、「明日は仕事に行くのが厳しいかもしれないから、まずは上司にそのことを連絡して、明日の朝一で病院に行こう。そこからどうするかは、お医者さんに指示を仰ごう」というのは、上の文章中の「前進的に推理する(reason forward)」の考え方になります。

でも、お医者さんであったり、治療家さんであったり、もちろんロルファーなどのボディワーカーたちは、どんな風に考えるかと言うと、「どんな出来事が起こってきたことで、この症状が出てくることになったんだろうか?」という感じで、その症状を生み出すきっかけになったであろう「起源」であったり、「背景」を見ようとするのです。

これが、「遡及的に推理する(reason backward)」ということになります。

ある「症状」がある時に、そこから「思考が向かう方向性」が、「これから(未来、前進的)」なのか、「これまで(起源、遡及的)」なのかが、身体の専門家と一般の人とでは違ってきて、それが探偵でも同じようなことが言えるのです。

それでも、上の文章では、こういう考えをする人はあまりいないと、シャーロック・ホームズは言っていますが、「分析の時代」になってきている現代では、「なぜこの商品がヒットしたのか?」であったり、「なぜこの曲は多くの人を涙させるのか?」というような「種明かし」をする構成の番組が人気になってきている印象が、個人的にはあります。

いずれにしても、身体に携わる職業の人たちは、多かれ少なかれ、このように「遡及的に推理する」ために、「問診」であったり、様々な「評価」をしていくのです。


「名探偵」としてのゴッドハンド

いわゆる「ゴッドハンド」と呼ばれている人たちがいらっしゃいますが、そういう方々には、こういった「探偵の推理のような」エピソードが多く、野球の清原和博選手、水泳の北島康介選手などを治療されてきた伝説の鍼灸師である「白石宏」さんなどは、「治療室にある椅子に座るまでに、身体のどこが痛いかがわかる」などという話があります。

以下に載せるのが、白石さんが「さりとて」というウェブマガジンでのインタビューの一部です。

[編集者]
やりにくいタイプとかありますか?

[白石さん]
心を開いていない人。元メジャーリーガーで、これがもう唯我独尊の暴君で、金本くん(阪神選手)からも「大変ですよ」と聞かされてたんですよ。でも行けばなんとかなるだろうと行ってみたら、いきなり完全無視(笑)。コーディネイトをした友人は「こないだ話したすごい人が日本から来てくれたんだよ」と必死でかけ合ってくれるんだけど、向こうはまったく取り合う気がなく、その友人も困り果ててた。で、どうしたもんかと、ふっとその選手の歩き方を見て「腰が悪いのは、身体がねじれているからですよ」って言ってやったんですよ。そしたらぎょっとした顔で「なんでオレが腰が悪いの知っているんだ?俺はヒザが悪いとしか言ってないのに」って。するとさっきの友人が勝ち誇ったように「that's why I told you!(だから言ったじゃないか)」って。この言葉が僕いちばん好きなんです(笑)

[編集者]
それで心を開いてもらえたんですか?

[白石]
一気にね(笑)。僕のことを素直に受け入れてくれました。でも、心を開いてくれないケースももちろんある。それはもう、タイミングが合わなかったんだとそう思うことにしてるんです。

白石さんが、気難しいアスリートに対して、触ったりすることはなく、ただその歩き方を眺めていただけで、そのアスリートの「核心」を「名探偵のように」言い当てたというエピソードです。

他にも、数々のスポーツ選手の奇跡的な復活を影で支えられてきて、最も「ゴッドハンド」という形容にふさわしい理学療法士だと思うのが、「山口光國」さんという方なのですが、セミナーに参加して実際に施術をしている様子を見学してみると、言葉による問診はもちろん、身体に触れながら「身体と会話」しているように情報を集めていって、「探偵の推理のように」問題を解決してしまいます。

山口先生がおっしゃっていたことで印象的な言葉が、「つじつまが合わない」というもので、今までに読まれてこられた膨大な専門書や文献などによる知識と、圧倒的な臨床での経験の蓄積によって、「本来であれば、こうなっていていいはずなのに、そうではないもの」への「」が構築されていて、先程のシャーロック・ホームズの言葉で言う、「うまく説明できないもの」を瞬時に察知してしまうのです。

結局、「探偵の推理」というのは、何を導き出しているのかというと、先ほどの内田先生のブログの文章をお借りすると、「あるはずのないものがある」か、「あるはずのものがない」ということになると書かれてあります。

白石さん、山口先生のエピソードでも紹介したように、これはそのまま身体に携わる職業の人たちにも求められる能力で、専門的な教育、訓練と、その後の臨床での経験を積み重ねていくことで、それを高めていく必要があります。

そしてそれは、インタビューなどの言葉を通しての「問診」と、姿勢や動きを観察する「視診」と、身体を直接触れることによる「触診」などから得られる情報を、意味あるものとして「読み取る能力」を高めていると言えます。

僕はロルファーになって丸7年が経過しましたが、少しずつですが、身体を触った瞬間に「ん、何か違う」という違和感や、何気なくインタビューの中で話していたことが、クライアントさんの課題を解決する上での重要なヒントになったり、何気ない動作から「うまく説明できないもの」を「読み取る能力」が向上してきているように思います。

中には、あまり「インタビュー」をしない人や、「姿勢、動作の評価」に時間を取らない人もいて、「触ってなんぼでしょう」というタイプの人もいますが、僕としては「バランスよく」情報を集めていって、「痛みの原因症状を生み出している犯人)」だけではなく、「(痛みも含めたその人全体の理解」に重きを置いていきたいなと感じていて、そのためにロルファーになったのかなとも思います。

ぜひfestaのロルフィングを受けていただく方には、前後の会話も含めて、セッションを楽しんでもらえたらうれしいです。


ロルフィングがある日は、なんだか「お祭り」のよう

最後に、少し余談にはなってしまいますが、「festa」というお店の名前のことも書きたいと思います。

festaには、ポルトガル語で「休日」という意味の他にも、「お祭り」という意味もあります。

このHPの「ABOUT」には、こんな風に書いています。

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しぜんなからだを見つける場所

festaとは「休日」「お祭り」などの意味を持つポルトガル語です

アメリカで生まれた、ロルフィングというボディワークと
自分と向きあう時間を大切にするヨガ、A-Yogaによって

からだが一息つけるところを見つけ
こころもからだもゆっくりと休まる
そんな「休日」を過ごせる場所であり

自分のからだが少しずつ変わっていくのがうれしくて
普段の何気ない日常や、生活の中の小さなできごとが
なんだか「お祭り」の日のように
特別なことのように感じられる場所でもあり

からだという自然を大切にする人たちが集まる
みんなの「家」のような場所

そんな思いを込めて

Rolfing House festaと名づけました

ロルファーのタッチを使ったセッションと
気づきを与えてくれるA-Yogaのレッスンを通して
今の自分に合った「しぜんなからだ」をfestaで見つけてください

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僕の経験でもあるのですが、ロルフィングのセッションが終わると、身体もすっきりと軽くなり、「いつもと景色が違って見える」ことがあります。

行きも通った道のりが、さっきとは明るさの感じや、木々の緑の見え方や、周りから聞こえてくる音も、何か違っているように感じたりのするのです。

神戸にあったfestaは、駅から徒歩10分以上かかるところにあったのですが、駅から「ゆっくりと時間をかけて歩いてみる」ということをしてもらいたくて、わざわざ少し距離があるところにしました。

普段から、仕事であったり、家事、介護、子育てなどに追われて、「自分の身体と向き合う時間」を取ることができない人が、とても多いのではないかと思います。

そんな時に、身体を整えたいと思っても、多くの人が行き交う駅をくぐり抜け、駅からすぐの店舗に入り込み、あまり問診の時間などはなく、すぐにベッドに横になり、何をしてもらっているのかを味わうこともなく眠りについて、目が覚めて施術が終わると、またすぐに駅に向かい「いつもの日常」に戻っていくというのは、僕にとっては、もう少し「間、余白、すき間」がほしいなと、個人的には感じてしまいます。

そういうことで、ロルフィングを受けに来てもらう時には、駅から10分ほどかけて、ゆっくりと周りの景色を眺めて、自然の中の季節の移り変わりや、歩きながら自分の身体の中で、何か不自然や違和感のあるところはないかと感じてもらう時間を取ることで、セッションを始める前に、「ロルファーに伝えておくべきこと」が思いつくかもしれません。

そうやって「身体の感度が良好になった状態」で、ロルフィングのセッションを受けると、その効果に大きな違いが出てきます。(詳しくは、モニターDさんのセッション10をご覧になってください。)

さらに、セッションが終わった後に、その「余韻を味わう」こともとても大切で、さっき眺めてきた景色の印象が変化していたり、自分の身体の動きや感覚が、より微細になっていることに気づくかもしれません。

あくまで個人の感覚なのですが、セッションを受けると「いつもと景色が違って見える」というこの感覚と、夏の日に街全体が「お祭りの日特有の雰囲気」になることとが、全く同じではなくても、どこか「リンク共鳴)」しているように感じます。

お祭りになると、いつもの歩き慣れた通学路も、近所の大人たちの顔つきも、街全体の空気までもがどこか違う感じがして、何気ないことにも「(いつもとは違う特別感、高揚感」を子どもの頃には感じていました。

いつもの日常」が、その日ばかりは「特別な日」に変わるということで、僕は「お祭り」が大好きなので、そんな風に、ロルフィングのセッションが、みなさんにとっての「特別な時間」になれたらいいなという思いも込めて、「festa」という名前にしました。


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「余談ばかりが長くて、Bさんの感想が触れられてないじゃないか」というツッコミも聞こえてきそうですが、それほど、Bさんの身体の構造は「統合」されてきていると思います。

感想の中に、「お腹のあたりの存在がない感じ」という表現がありますが、身体が「制限がなく、自由で自然な状態」になると、「存在がない」ように感じることがあります。

逆の例を考えるとわかりやすいと思うのですが、「腰が痛い」時には、「腰という存在」が常にあって、それがいつも存在を主張し続けているような感じで、それが意識から逃れることが難しくなります。「腰に囚われている縛られている)」ような状態です。

それが「解放された状態」になると、軽く、自由になり、「存在がないような感じ」がするようになるのです。

これはセッション4などでは、「脚がないように軽い感じがします」という感覚がしたり、セッション7では、「頭が空っぽの感じで、邪魔するものがなく、地面からの軸が上にスーッと伸びていきます」というような感覚になったりもします。

Bさんも今回のセッションで、それを感じてきていたようで、とても順調に進んでいます。

あと2回のセッションになりますが、また気軽にいろいろな話をして、Bさんにとってロルフィングを受けることが、「お祭りの日のような特別感」として楽しんでもらえたらうれしいです。

次回のセッションも楽しみにしています。




Yuta

( Posted at:2018年12月 1日 )

モニターDさんの感想(セッション10 | 40代 女性)

モニターDさんも、最後のセッション10が終わりました。

最初に来ていただいた頃、Dさんの身体がどういう状況だったかは、こちらをご覧になってみてください。

ロルフィングに縁を感じて、10シリーズのモニターを申し込み、セッションが進んでいくにつれて、悩まされていた身体の症状は気にならなくなってきたようで、前よりも自分の身体がどうなっているのかを、自分自身で感じられるようになったと感想にはあります。

このように、「自分の身体を感じる(気づく)」ということが、ロルフィングを受ける際にはとても大切で、ただベッドに横になっているだけで、「ロルファーに治してもらおう」と「受け身」の気持ちでセッションを受けた場合とでは、その効果にも大きな差が出てきます。

ロルフィングのセッションの最中には、ロルファーは優しく手を触れているだけなのに、触れているところにはもちろん、直接触れてはいない身体の別の場所にも、様々な反応が表れてくることがあり、とても不思議な感覚を経験することがあります。

その時に、「何が起こっているんだろう」と、自分の身体の内側に「意識」を向けて、ただそれを「観察」をしているだけでも、「セッションに主体的に参加する」ことになっています。

そして、その「(わずかにも見える)態度の違い」が、ガイド役のロルファーと「セッションを一緒につくる」という関係性を生み出すことになり、お互いに予想もしていなかったような、深く、本質的な変化が起こることを可能にさせるのです。

それでは、Dさんのセッション10の感想をどうぞ。

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ついに10回終わりました。

先日、証明写真を撮ったら、自分では正面をちゃんと向いてるつもりだったのに、出来上がった写真はちょっと左に首が傾いていました。

あと、ずっと左脚の付け根に痛みがあり、左脚が悪いんだと思っていたのですが、どうも立っている時、右脚にうまく体重が乗っていないということに気がつきました。

そのことを伝えてセッションを受けたのですが、どうも首も右脚と関係がありそうとのことでした。

終わった後は右脚にちゃんとまっすぐ体重が乗っているように感じられるようになりました。

首もスッキリしたので、また写真を撮ってみたいのですが、残念ながら曲がった首の写真のまま、パスポートはできてしまいました...。

でも、写真を撮っていなければ自分では気がつかなかったと思います。最後に直してもらってよかったです。


ロルフィングをやってみようと思ったきっかけというか原因だった、腰の痛み、肩や首の凝り、脚の付け根の痛みはほとんどなくなりました。時々腰が重く感じたりすることはありますが、何日かすると気にならなくなります。

マッサージや整体の場合は、実際に施術をしてもらわないと改善するということはなかったのですが、ロルフィングを受けてからは、様子を見ているうちに痛みが治まるようになりました。

なんとなく自分の身体の状態に敏感になったような気がします。


山形に引っ越ししてきて、調子が悪いからどこかマッサージでも行こうかと思って、いろいろ調べていたら、こちらのモニター募集を見つけました。

ロルフィングってなんだろう?全然聞いたことないし。ちょっと怪しい?

一応ちょっと調べてみようとたまたま見た本に、私の知っている方がロルフィングの体験談を書いていました。

これはきっと自分に縁のあるものだと思って、思い切って応募してみました。

結果、やってみて本当に良かったと思っています。

10回を受けた後は、受ける前の状態に戻ることはない、と最後に聞いたので、とても安心しました。

これからは自分で自分の調子をちゃんと観察していきたいと思います。

大友さん、お世話になりました。ありがとうございました。

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近いようで遠い、私のこの「身体」

Dさんがセッション1を受け始めた頃は、まだまだ「自分の身体に目を向けて、そこで何が起こっているのかを観察する」ということに慣れていなかったと思います。

ロルフィングを受けに来ていただく方も、ほとんどがそうだと思います。

「今、身体はどんな感じがしますか?」

それをロルファーは、なんのためらいも見せずに、コンビニの店員さんが「お弁当は温めますか?」と聞くかのように質問してきます。

「『どう感じますか?』って言われても...」

僕が受けた時にも、もちろんそう感じました。

それでも、僕は数年間ヨガをしていた経験があって、「自分の身体に何が起こっているのかを見つめる(内観)」ことが、習慣になっていたので、少しずつそれを言葉にして伝えられるようになっていきました。

おもしろいもので、とにかく「(特に、オチやおもしろみもなく、特別な意味があるものとも思えない)パッと思いついたもの」を口に出してみると、それを「きっかけ」にして、するすると言葉が出てくることがあります。

もちろん、本当に「何も感じない」という場合もあるでしょうし、「なんとも言葉にしにくい」こともあるかと思いますが、それでも、「自分で言葉にしてみる(外に表現してみる)」ということは、身体が内側の深いところから変わっていくための、とても大切なポイントにもなるので、ゆっくりとコツをつかんでいくのがいいかなと思います。

そうしているうちに、だんだんそれに慣れてきて、

「足の裏の地面に接している形が違っていて、右の方が面積が広い感じがします。右脚全体が、少し短く感じて、左脚よりも輪郭がぼやっとしている印象です。あまり背骨の辺りは感覚はないのですが、呼吸は右の方がふくらんでいる感覚があります。そういえば、左の脇腹の辺りが最近痛くて、自分では座っている姿勢が関係しているのかなと考えていたのを思い出しました。頭は少し重くて、右に傾いている感じがあります。」

という感じで、自分の身体を「(下から上まで、外から内まで)スキャンする」ように観察できて、言葉にできるようになる人もいます。

ここまで、「自分の身体を繊細に感じる」ことができると、「その時点から」身体は変化し始めています。

自分を感じることで、何かに気づき、そしてそれを言葉にしてみると、それがまたさらに違う気づきを運んできてくれます。

そして、その気づきを重ねていくことが、実は身体そのものが変わっていくことにもつながっていくのです。

そのことをもう少し詳しく考えていきたいと思います。


「感じる」ことが、身体を大きく変えていく

僕がヨガをしていることは先に書きましたが、ヨガの最後には「シャバーサナ(屍、死体のポーズ)」という、仰向けに寝転ぶことをします。

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ヨガを始めて最初の頃は、「最後に昼寝ができるんだ」とだけ考えていたのですが、ヨガをやればやるほど、この最後のシャバーサナをすることの大切さがわかってくるようになりました。

それまでに行ういくつものポーズを、丁寧に積み上げていくと、最後のシャバーサナで寝転んだ時に、「一番の変化」を感じられることがあります。

「ヨガをしていて『一番の変化』が、いろいろな難しそうなポーズとか、いかにも身体を伸ばしていますというポーズじゃなくて、『寝ているだけ』のように見えるシャバーサナということ?」と、疑問に思う人も多いかもしれません。

もちろん、身体の硬くなっていた部分が、様々なポーズを行うことで、気持ちよく伸ばされたり、全身に血液が循環するようになり、身体もしなやかにゆるんでくるのですが、そこから床に静かに寝転んでみると、余計な思考は静かになり、身体の内側で起こっていることに、自然に集中するようになります。

さらにその時に、上手な先生が誘導してくれることがあるのですが、先生は「身体のどこに集中すればいいのか」を、ゆっくりと問いかけてくれます。

・身体と床がどのように接しているか。
 どの部分が一番圧を感じるか。
(→皮膚の感覚、重さの感覚)

・呼吸はどこに一番広がりを感じるか。
 左右で広がりの違いはあるか。
(→呼吸の感覚、左右の感覚)

・身体を線で結んだ時に、つながりが悪いところがあるか。
(→アライメントの感覚、骨格の感覚)

・一番遠くの音はどんな音か。
 自分の身体の中ではどんな音がしているか。
(→の感覚)

というように、五感の感覚や、身体の様々な感覚についての「問いかけ」を通して、そこで「何を感じるか」ということに、自然に意識を向けるようにしてくれます。(瞑想では、「誘導瞑想」と呼ばれたりします。)

その中で、「あ、下半身は地面によく沈み込んでいっている感覚があるのに、頭は地面になじんでいない感じがするな」であったり、「左脚だけ置いてけぼりな感じで、そこがつながってない感じがする。そういえば、歩いていても、左脚がもたもたする感じがしてたんだよな」と、「自分で気づく」ことができると、「それと同時に」身体は変化を始めます。

たったそれだけなのに、身体は確実に変わっていくのです。

身体の余計な緊張や、無意識に力が入っていた部分が、「(ガイドをしてもらいながら)自分の身体を深く繊細に感じる」ことで、少しずつ「解放」されていって、身体全体が一つに「統合」されていくような感覚を体験できます。

このヨガのシャバーサナの時間のように、「自分を感じる(そして、気づく)」ことと、「身体が変わる」ことというのは、別々の違ったものではなく、「(同じコインの表と裏のように)同じものの違う側面であって、互いに影響し合っている」と考えてもらってもいいと、僕は考えています。

ロルフィングで起こる「変化(変容)」というのも、この「感じる(感覚)」ことが大きなポイントになっています。


いつまでも変わり続ける、「感覚」と「身体」

「自分の身体で何が起こっているのか」を「感じる」というシンプルなことで、「身体そのものが大きく変わっていく可能性」が高まっていくのですが、その身体の「感覚」というのは、どんどん「変化(進化、成長)」させていくことができます。

感覚を養うことは過敏になることとは違います。ゆっくり育てるものです。』

この言葉は、東京で活動している友人のボディワーカーの竹野健太郎くんが、自身のブログの中で紹介していたものです。

竹野くんの言うとおりに、「感覚を養う(育てる、豊かになる)」ことというのは、「時間がかかる」ことです。1回のセッションで、すべてが変わるというようなものではありません。

僕も、長年ヨガをいろいろな先生から学んだり、ロルフィングのセッションを自分で受けたり、その他の様々なボディワークを体験してみたりしながら、ゆっくりと自分の感覚を「育む」ようにしてきました。

そうやって、時間をかけて、より「深く、繊細に、豊かに」感じられるようになってきたので、それに「呼応」するように、身体も「内側から、ダイナミックに、本質的に」変化をし続けているように思います。

そして、それには「限界はない」と考えています。

つまり、自分が何歳であっても、身体がどのような状態であったとしても、人は「感覚」を深めて、豊かにしていくことができますし、そしてそれは、いつまでも身体が大きく「変化」していけることを意味しています。

その身体の「感覚」が育っていくプロセスには、2つの「段階」があのではないかと僕は考えていて、そのことを順に説明していきたいと思います。


「安全・安心」から、感覚は「開かれて」いく

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まずは、感覚が「開かれる」段階があります。

そこでは、眠っていた全身に分布している「センサー(熱さ、冷たさ、圧、痛み、身体の位置、五感などの様々な刺激を感知する)」が目を覚まし、まるで「窓が開かれる」ような状態になります。

それによって、身体を通して得られる「情報」が、「量」も「質」も変化していきます。

その情報というのは、どんなものでもいいわけではなく、「身体にとって害がなく、ノイズも少なく、適度な量である」であるものが好ましく、そうでないものだと、身体が「安全・安心」を感じられず、逆に感覚は「閉じられる」ようになってしまいます。

僕の尊敬している内田樹先生は、そのことを以下の文章の中で、「毛穴が開く」と表現されています。

『僕だけの印象かもしれないけれど、四年間、朝から晩まで、この岡田山(注:内田先生が教鞭を執っていらっしゃった大学がある)の緑の中で暮らしていると、輪郭がうっすらにじんできて、周りの背景に溶け込んじゃうみたいな感じがするんです。変な話ですけどね。学生の中には、きっぱりクリアカットな輪郭の子もいます。そういう子たちは、大阪や三宮などの都市部を通過して通学してくる。だから、シャキッとしてるわけですね。ディフェンスががっちり固めてある。でも、寮生たちは、そういうガードが甘い。もう毛穴まで広々と開いていて、そこから岡田山の空気が出入りしている

都会だと、目に入るものは刺激が強いし、耳から入ってくる音はうるさいし、臭気も気分のよいものではないし、身体に触れる刺激もとげとげしいものばかりでしょう。それなら自己防衛上、視覚情報も聴覚情報も遮断して、五感の感度を下げるのは当然なわけですよ。身体感度を下げて、プロテクションを固めて、都会の不快な感覚情報の入力を遮っている。そうやってきりきりと引き締まった状態で学校や職場にたどり着く。目的地に着いてちょっとホッとして、ようやく鎧を解くといっても、なかなかすぐには解き切れない。

だけど、岡田山で暮らしている寮生たちは、ここで暮らしている限り、目障りなものは目に入らない。聞こえるのも鳥のさえずりと音楽学部からのピアノの音が聞こえてくるくらい。そこで四季折々の草花の香りに包まれている。こういう低刺激環境にいると、身体感度をかなり上げても、それによって不快な入力を浴びるリスクがない。だから、いつのまにか感覚の回路が全開してしまう。』
 - 内田樹、「現代霊性論」より引用

まさにこの文章のように、「身体にとって心地が良い環境の中に身を置く」ことで、身体は「安全・安心」を感じることができて、それが「センサーが目を覚ます(窓が開かれる、毛穴が開く)」ための、大切な「前提条件」になります。

そして、その目を覚ましたセンサーによって、「(適度な量と質の)新しい情報」が入ってくることになるのですが、それを「自分の身体を通して体験する」ことが重要になります。(情報を「知識」としてだけ、「頭に貯め込む」のとは違います。)

そうやって身体の感覚は、少しずつ「開かれる」ようになるのです。

ロルフィングでは、「強すぎる圧」であったり、「一方的に操作される感覚」を、なるべく身体に与えないように気をつけます。

それは、そのような刺激を、身体が「安全・安心」とは感じずに、感覚を「閉じたまま」にしてしまうことを避けるためです。

そのために、「透明な手によるタッチ(施術者のエゴがなく、クリアな意図を持っている)」を心がけているのですが、そうすると、身体がその「微細な刺激」を受け入れるために、「感覚を開く(感度を上げる)」ようになり、それによって何らかの「反応」が身体の内側から自然に引き起こされてきて、それが次第に連鎖していき、身体全体が「健全な状態」へと「統合」されていくようになります。

ロルフィングは、継続してセッションを受けることによって、受け手の方の「感覚が開かれる」ようになり、その経験を重ねていくことで、その感覚は自然に次のレベルへと移行していきます。


感覚の「塩梅」を教えてくれる「ガイド」の存在

その次の段階が、感覚を「養う(豊かになる)」というプロセスです。

「窓が開かれる」のはいいのですが、雨が降っている日も、風が強い日もあるかと思います。窓を開けたままだと、虫や鳥などが入ってくるかもしれません。

自分にとって必要のないもの(情報)」は、「制限」してあげた方がいい場合もあります。

その場合、「いつ窓を開けたらいいのか」ということや、「どれくらいの間、開けていたらいいのか」などの、「塩梅を養う」必要が出てきます。

それは「情報の取捨選択」をどうするかという問題です。

「塩梅」という言葉を使いましたが、それぞれの家庭の梅干しの漬け方が、おばあちゃんからお母さんへと伝わり、それがまた娘へと伝わっていくように、感覚をどう養っていくのかも、「ガイド(メンター、先達)」の存在が必要になってきます。

例えば、感覚が「開かれる」ことで、感覚入力はどんどん繊細になっていくのですが、「足の荷重がわずかに左右で違っていて、それが気になってしょうがない」といういう人も出てきます。

身体が「健全な状態」に向かっていくためにボディワークを受け始めたのに、今まで気にならなかったことが気になり過ぎてしまって、求めていたこととは逆の状態になってしまっているのです。

これが「過敏」な状態です。

それを別の言葉で言い換えると、「(感覚が開かれることによって得られた)情報を自分で取捨選択できていない」ということにもなりますし、「全体観を失っている」とも言えるかもしれません。

そんな時に、「その気になる感覚はそれで見守っておいていてください。そして、呼吸の動きは今どんな感じがしますか」と、「焦点を変える」ようにしてあげたりすることで、「全体観の回復」をガイドしていく必要があります。

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僕には4歳の息子がいますが、今は「虫採り」に夢中になっています。

特に大好きなのが、「モンシロチョウ」なのですが、あまりにも夢中になりすぎてしまって、周りの状況が見えずに、他の子どもとぶつかったり、道路などの危険なところに飛び出そうになったり、山の近くで虫採りをする時には、どんどん奥の方に入り込んでいってしまいそうになることがあります。

もちろん、このような子どもの「夢中(没入、忘我)」の状態というのは、そこでかけがえのないことを学んだり、自分を成長させていくためには不可欠なものなのですが、そこには「(ガイド役としての)大人」の存在がどうしても必要になります。

「大人」の役割としては、「あと10分くらい探してみよっか」と、「時間の制限」をかけてあげたり、「あと3匹捕まえたら帰ろっか」と、「具体的なゴールを設定」してあげることもあります。さらに、先ほどのように、「小さな虫が多いところには、他にはどんな虫や植物があるかな」などと、「焦点の合わせ方を変更」してあげたりするようなことも考えられます。

それらを総合的に組み合わせながら、「虫採りへの情熱を尊重しつつ、適切に制限を与えることで、森の知恵を授かる援助をして、最終的には安全に家に帰る」ということをしていかなければいけません。

この考えが、ロルフィングによって感覚を「養う」という時にも大切になります。

ロルフィングのセッションで、次第に感覚が「開かれて」いって、身体の奥深さ、豊かさに夢中になってもらえることはいいのですが、そこで注意をしないと、感覚を「養う」方向ではなく、感覚が「過敏」な状態に向かっていってしまうので、そこでロルファーが適切に「ガイド」をする必要があります。

ガイド役のロルファーが、広い視野で「全体観のバランス」を保ちながら、適切に「制限」を与えることで、受け手の方が「迷子」になることなく、「身体という森」から、様々な「知恵(叡智)」を学んでいくことができるのです。

そうやって、身体の感覚を「養う」ことができてきます。

そして最終的には、ガイドは、「必要な時にだけ、適切なガイドをしてくれるだけで、必要がなくなれば離れていく存在」です。

身体の感覚の「塩梅」は、そのように受け継がれていくのです。



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この記事も長くなってきたので、最後に簡単にまとめてみます。

自分を感じる」ことと、「身体が変わる」ことというのは、それぞれに影響し合っていて、「自分の身体で何が起こっているのか」を繊細に感じられるようになってくると、それだけで「身体が変化する可能性」が高まっていきます。(例:ヨガの「シャバーサナ」の時間)

その「感覚」というのは、いつまでも変化、成長させていくことが可能なので、身体が変わっていくことにも限界はありません。

「感覚」が変化していくのには、2つの段階があります。

①感覚が「開かれる
安全・安心」な環境で、「適切な量と質の新しい情報」を身体で感じる
例:「ロルフィングのセッションを受ける」ということ

②感覚を「養う
ガイド」が必要で、「情報の取捨選択」ができるようになる
例:「10シリーズなどで、ロルフィングのセッションを継続的に受けて、ロルファーとも様々にディスカッションをする」ということ

感度が良好」な身体には、「最小限の介入(なるべく何もしない、透明な手によるタッチ)」でも、「最大限の効果(本人も予想していなかったような大きな変化)」を得ることができます。

ロルフィングのセッションを重ねていくことで、感覚は「養う」ように成長していくのですが、そのためには「セッションに主体的に参加する」ことがとても大切です。「受け身」の状態でロルフィングを受けた場合とでは、「セッションの効果」がまるで違ってきます。(「虫採り」を無理やりさせられている子どもと、それしか頭にないほどに「夢中」でそれに取り組む子どもとでは、そこで「得られる体験」というのは、かなり大きな違いがあります。)

その「セッションに主体的に参加する」ために、まず受け手の方がすぐにできることが、「自分の身体を感じる」ということなのです。

Dさんは、最初の頃には、あまり自分の身体の感覚には自信がなかったようにも見えたのですが、少しずつ自信をつけられてきたように思います。

「身体という森」を、Dさんのペースで一緒に探検して、時間をかけながら感覚を「育んで」こられた実感がある10シリーズでした。

これからもDさんが、身体の不調や不和から解放されて、少しずつわかってきた自分の身体から、いろいろなことを学んでいってもらえたらと思います。

Dさん、10シリーズを受けていただき本当にありがとうございました。




Yuta

( Posted at:2018年11月14日 )

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