ロルフィングハウス フェスタ FESTA

眼鏡で身体を調整する。

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先日、米沢に行って「眼鏡」を作ってもらってきました。

伺った場所は「スタジオ八百萬」というコワーキングスペースで、整体の先生が出張でやってきて、その施術を受けられたり、外国人の方から気軽に英会話が習えたり、アートショップが企画されたりと、いろいろなイベントが行われている場所です。

元々は、今は「ひもトレ」で全国に名前の知られている小関勲さんが、「面白い方が新潟からいらっしゃるので、大友さんもどうですか?」と誘っていただいたのが最初でした。

「おもしろい人の知り合いは、必ずおもしろい」と思っているので、小関さんが紹介してくれるのなら間違いないと、内容もあまり確認せずに申し込んでみたのですが、新潟の「視覚行動研究所」代表の野澤康さんが、2ヶ月に1度、スタジオ八百萬で「眼の検査と眼鏡の作成」をしてくれるというものでした。

ちなみに僕は、小さい頃から視力は良くて、今でも両眼とも1.2〜1.5ほどあります。

それでは、「なぜ検査してもらうことになったのか?」というと、野澤さんは眼の詳細な検査から、「どのように左右の眼が協調して機能しているか」ということはもちろん、「どのようにこの世界を視覚によって認識し、どう行動しているのか」というところまで評価、考察してくれるのです。

これを聞いた時に、「田村さんみたいだな」と思ったのですが、田村さんとは「視覚情報センター」代表の田村知則さんのことで、野球のイチロー選手や、少年時代のテニスの錦織圭選手、ゴルフの宮里藍選手を「視覚」の面から支えられたことでも有名な方です。

どう見るかは、どうある(在る)か

今でこそ、ロルフィングをはじめ、ボディワークの世界では、身体全体のバランスを調整していくために、「視覚」に対するアプローチも注目され始めてきましたが、それを田村さんは「眼の専門家」として、何十年も前からされてきていたのです。

今回の新潟の野澤さんは、その田村さんの指導を受けたことがあるようで、「視力の矯正」としての眼鏡だったら、僕は何も興味がなかったと思いますが、「左右の眼の共同作業による見え方のズレを調整し、それによって対象をありのままに認識できることで、脳の情報処理のストレスを軽減させたり、身体の構造さえも左右対称になってくる可能性も出てくる」という、ロルフィングとも親和性があるコンセプトにすごく共感して、野澤さんの検査を受けることにしました。

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最初の検査は昨年受けたのですが、検査の結果としては、「右の眼はほとんど問題なく機能しているが、左が少しもたついている(レスポンスが遅い)」ということでした。

その眼の評価の後に、野澤さんが「大友さん、右の方のスペースでこうやって手を動かしても、何も嫌な感じはしないと思うのですが、左はどうですか?」と、顔の横の辺りで手を動かしたのですが、すぐに「あ、左の方で何かが動くと、眼で追いにくくて嫌だ」ということに気づきました。

そのことで思い出したことがあって、僕は右に誰かが座った時と、左に誰かが座った時では、「身体の居心地の良さ」がまるで違っていて、右だと「安心」できるのですが、左だと「なんだかそわそわして、落ち着かない」感覚になります。

ソファーの右に誰かが座っていると、とてもフレンドリーに話せるのですが、左だと「壁」があるように感じるのです。

なので、奥さん(気を許している人)であれば、左でも大丈夫なのですが、なるべくなら右にいてもらった方が落ち着きます。

みなさんも、「恋人と手をつなぐ時(ソファーに座る時、一緒に寝る時)に、どちらにいる方が多いか?」であったり、「見知らぬ人が隣に座るバスでは、左端、右端のどちらにいる方が落ち着くか?」など、少し考えてみるとおもしろい傾向が見つかるかもしれません。

それらは「空間認識」に関係していて、野澤さんの検査によって、「左右の眼の協調した動きの偏り(ズレ)」が、その認識に影響を与えるいるのではないかということに気づきました。

つまり、「左の眼の動きが、右に比べてどんくさいので、顔を前に向けたまま、周辺視野で左のスペースを認識することが難しい」ということが、「左に人が座られる居心地の悪さ」につながっているのかもしれないということになります。

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そうすると次に、「なぜ左右の眼の動き、機能のズレが生じてくるのか?」という疑問が浮かんできます。

それを野澤さんに聞いてみると、とてもおもしろい見解を教えてくれたので、それを共有したいと思います。

もちろん、それには様々な要因が考えられるのは当然ですが、野澤さんが指摘してくれたのは、「スマホ、タブレット、パソコンなどの見過ぎ」ということでした。

「やっぱり、ブルーライトが悪いのか」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそうではありません。「眼が悪くなる要因」として、「ブルーライトは、そんなに関係がない」ということなのです。

それよりも、「平面を見続けること」の方が、影響しているようです。

どういうことかと言うと、「自然界には平面が存在しない」ことが関係しています。

元々、私たちの眼は、「差」を認識するために「左右の2つの眼」を持っていて、右眼と左眼で捉えたそれぞれの視覚情報を、「脳で統合的に処理する」ことで、「天敵が周りにいないか?いたとしたら、どれくらいの距離か?」であったり、「食料は近くにあるか?あるとしたら、どれくらい近くにあるのか?」という、「生存するために重要な情報」を得ています。

「平面(二次元)」の情報だけだと、眼は1つだけでもいいと思うのですが、「距離感(奥行き)」などを正確には認識することが難しくなります。

僕たちは、普段は意識していませんが、常にその右眼と左眼の情報を「統合」することで様々な行動をしていて、スマホやパソコンなどの「(人工的な)平面」を見る時には、「片眼の情報だけ」でも十分で、「もう片方の眼から入ってきた情報はキャンセルしている」ということが起きているのです。

つまり、「片眼しか使わずに見ている」と言えます。

さらに、最近では、VRなどを幼児がやり過ぎることで、「斜視」の問題が引き起こされる可能性があると言われていたりしますが、それも「平面ではないものを見て、差を認識する」という両眼の機能と、「相性が悪い」のではないのかと、個人的には考えています。(最近、「斜視」の子どもが多いように感じていて、それにはVRだけでなく、スマホの影響もあるのではないかとも思っています。)

ということで、スマホを見続けることは、「動きが優れている眼(利き目)」は、どんどん動きは良くなるでしょうし、「動きがどんくさい眼」は、見ているようでキャンセルされて働いていないので、どんどん動きは悪くなっていってしまいます。

そうして「左右の眼の機能のズレ」が大きくなると、「老眼」の症状が出てきやすくなり、これが「スマホ老眼」であり、「若年性老眼」の「背景」になってくるのです。

これには他にも、いろいろな考えがあるかと思いますが、「現時点で最も腑に落ちる見解」かなと、僕は思っています。

この検査の結果と、スマホやパソコンと老眼の関係を野澤さんに聞いてから、自分の普段の生活を観察してみると、「左眼が動いていない」というのが、はっきりと知覚できるようになってきました。

特に、こうやってパソコンで長時間ブログを書いていたり、移動時間でスマホを見ていると、「左眼が、どう仕事をしていいのかがわからないので、フリーズしたり、ギクシャクした動きをしている」のがわかりました。

それに気づき始めてから、遠いところと近いところに、交互にピントを合わせるようにしてみると、「左右が協調して動けずに、ボケてしまう」ということも多くなってきました。

自覚的にも、「両眼がうまく連携できてないな」と感じることが多くなってきたので、1年ぶりくらいに、スタジオ八百萬で野澤さんに検査をしてもらい、結果によっては「眼鏡」を作成することにしました。

そして、その結果としては、やはり予想通り、この1年で「両眼の機能が落ちている」という検査の結果が出ました。詳しくは、「両眼ともに乱視が入り、片方が遠視、もう片方が近視が出てきている」ということでした。

確かにこの1年は、パソコンを眺めていることが多く、納得の結果でした。

最初の写真が、実際に作っていただいた眼鏡です。

まだ、人生初の眼鏡をし始めて2週間ほどですが、「左眼のいつものポジションが変わってきた」感じがします。その「変わってきた左眼のポジションと右眼とのバランス」が、適応してくるまでもう少し時間がかかるかなと思います。

さらに、眼鏡をすることで「関節の可動域」までも変わってきます。

「身体を構成する各要素は、完全に独立したものはなく、すべて関わり合いながら、生きることを支えている」というのを、自分の身体で実感しています。

最後に、「スタジオ八百萬」のFacebookページで、野澤さんの検査の案内文が素敵だったので、それを載せて終わりにしたいと思います。

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野澤先生、視覚調整で免疫力が上がるってどういうことですか?

「分からない。

 理由は分からないけど、
 そうとしか思えないんですよ。

 酵素風呂、断食、メガネで
 ○○が治るのをたくさん見てきたんです。
 (○○には病気の名前が入ります)

 それに、動物は、左右対称の個体を選びますよね。

 野生では、眼の動きが悪ければ、
 獲物を捕ったり外敵から身を守ることができなくて
 生き残れない。

 クジャクの模様だって、
 メスは左右対称の模様のオスを選ぶでしょう。」

なるほど。
眼の動きが良くなると、免疫力も含めて生命力が上がるってことですね。

それは、この間の「このメガネを掛けたら恋人ができました」っていう話にも通じますね。

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「恋人ができる」なんて素敵ですね。

「眼鏡」を通して、何が見えてくるのか、そして、自分はどんな風に変化していくのか楽しみです。




Yuta

( Posted at:2018年12月14日 )

モニターDさんの感想(セッション10 | 40代 女性)

モニターDさんも、最後のセッション10が終わりました。

最初に来ていただいた頃、Dさんの身体がどういう状況だったかは、こちらをご覧になってみてください。

ロルフィングに縁を感じて、10シリーズのモニターを申し込み、セッションが進んでいくにつれて、悩まされていた身体の症状は気にならなくなってきたようで、前よりも自分の身体がどうなっているのかを、自分自身で感じられるようになったと感想にはあります。

このように、「自分の身体を感じる(気づく)」ということが、ロルフィングを受ける際にはとても大切で、ただベッドに横になっているだけで、「ロルファーに治してもらおう」と「受け身」の気持ちでセッションを受けた場合とでは、その効果にも大きな差が出てきます。

ロルフィングのセッションの最中には、ロルファーは優しく手を触れているだけなのに、触れているところにはもちろん、直接触れてはいない身体の別の場所にも、様々な反応が表れてくることがあり、とても不思議な感覚を経験することがあります。

その時に、「何が起こっているんだろう」と、自分の身体の内側に「意識」を向けて、ただそれを「観察」をしているだけでも、「セッションに主体的に参加する」ことになっています。

そして、その「(わずかにも見える)態度の違い」が、ガイド役のロルファーと「セッションを一緒につくる」という関係性を生み出すことになり、お互いに予想もしていなかったような、深く、本質的な変化が起こることを可能にさせるのです。

それでは、Dさんのセッション10の感想をどうぞ。

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ついに10回終わりました。

先日、証明写真を撮ったら、自分では正面をちゃんと向いてるつもりだったのに、出来上がった写真はちょっと左に首が傾いていました。

あと、ずっと左脚の付け根に痛みがあり、左脚が悪いんだと思っていたのですが、どうも立っている時、右脚にうまく体重が乗っていないということに気がつきました。

そのことを伝えてセッションを受けたのですが、どうも首も右脚と関係がありそうとのことでした。

終わった後は右脚にちゃんとまっすぐ体重が乗っているように感じられるようになりました。

首もスッキリしたので、また写真を撮ってみたいのですが、残念ながら曲がった首の写真のまま、パスポートはできてしまいました...。

でも、写真を撮っていなければ自分では気がつかなかったと思います。最後に直してもらってよかったです。


ロルフィングをやってみようと思ったきっかけというか原因だった、腰の痛み、肩や首の凝り、脚の付け根の痛みはほとんどなくなりました。時々腰が重く感じたりすることはありますが、何日かすると気にならなくなります。

マッサージや整体の場合は、実際に施術をしてもらわないと改善するということはなかったのですが、ロルフィングを受けてからは、様子を見ているうちに痛みが治まるようになりました。

なんとなく自分の身体の状態に敏感になったような気がします。


山形に引っ越ししてきて、調子が悪いからどこかマッサージでも行こうかと思って、いろいろ調べていたら、こちらのモニター募集を見つけました。

ロルフィングってなんだろう?全然聞いたことないし。ちょっと怪しい?

一応ちょっと調べてみようとたまたま見た本に、私の知っている方がロルフィングの体験談を書いていました。

これはきっと自分に縁のあるものだと思って、思い切って応募してみました。

結果、やってみて本当に良かったと思っています。

10回を受けた後は、受ける前の状態に戻ることはない、と最後に聞いたので、とても安心しました。

これからは自分で自分の調子をちゃんと観察していきたいと思います。

大友さん、お世話になりました。ありがとうございました。

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近いようで遠い、私のこの「身体」

Dさんがセッション1を受け始めた頃は、まだまだ「自分の身体に目を向けて、そこで何が起こっているのかを観察する」ということに慣れていなかったと思います。

ロルフィングを受けに来ていただく方も、ほとんどがそうだと思います。

「今、身体はどんな感じがしますか?」

それをロルファーは、なんのためらいも見せずに、コンビニの店員さんが「お弁当は温めますか?」と聞くかのように質問してきます。

「『どう感じますか?』って言われても...」

僕が受けた時にも、もちろんそう感じました。

それでも、僕は数年間ヨガをしていた経験があって、「自分の身体に何が起こっているのかを見つめる(内観)」ことが、習慣になっていたので、少しずつそれを言葉にして伝えられるようになっていきました。

おもしろいもので、とにかく「(特に、オチやおもしろみもなく、特別な意味があるものとも思えない)パッと思いついたもの」を口に出してみると、それを「きっかけ」にして、するすると言葉が出てくることがあります。

もちろん、本当に「何も感じない」という場合もあるでしょうし、「なんとも言葉にしにくい」こともあるかと思いますが、それでも、「自分で言葉にしてみる(外に表現してみる)」ということは、身体が内側の深いところから変わっていくための、とても大切なポイントにもなるので、ゆっくりとコツをつかんでいくのがいいかなと思います。

そうしているうちに、だんだんそれに慣れてきて、

「足の裏の地面に接している形が違っていて、右の方が面積が広い感じがします。右脚全体が、少し短く感じて、左脚よりも輪郭がぼやっとしている印象です。あまり背骨の辺りは感覚はないのですが、呼吸は右の方がふくらんでいる感覚があります。そういえば、左の脇腹の辺りが最近痛くて、自分では座っている姿勢が関係しているのかなと考えていたのを思い出しました。頭は少し重くて、右に傾いている感じがあります。」

という感じで、自分の身体を「(下から上まで、外から内まで)スキャンする」ように観察できて、言葉にできるようになる人もいます。

ここまで、「自分の身体を繊細に感じる」ことができると、「その時点から」身体は変化し始めています。

自分を感じることで、何かに気づき、そしてそれを言葉にしてみると、それがまたさらに違う気づきを運んできてくれます。

そして、その気づきを重ねていくことが、実は身体そのものが変わっていくことにもつながっていくのです。

そのことをもう少し詳しく考えていきたいと思います。


「感じる」ことが、身体を大きく変えていく

僕がヨガをしていることは先に書きましたが、ヨガの最後には「シャバーサナ(屍、死体のポーズ)」という、仰向けに寝転ぶことをします。

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ヨガを始めて最初の頃は、「最後に昼寝ができるんだ」とだけ考えていたのですが、ヨガをやればやるほど、この最後のシャバーサナをすることの大切さがわかってくるようになりました。

それまでに行ういくつものポーズを、丁寧に積み上げていくと、最後のシャバーサナで寝転んだ時に、「一番の変化」を感じられることがあります。

「ヨガをしていて『一番の変化』が、いろいろな難しそうなポーズとか、いかにも身体を伸ばしていますというポーズじゃなくて、『寝ているだけ』のように見えるシャバーサナということ?」と、疑問に思う人も多いかもしれません。

もちろん、身体の硬くなっていた部分が、様々なポーズを行うことで、気持ちよく伸ばされたり、全身に血液が循環するようになり、身体もしなやかにゆるんでくるのですが、そこから床に静かに寝転んでみると、余計な思考は静かになり、身体の内側で起こっていることに、自然に集中するようになります。

さらにその時に、上手な先生が誘導してくれることがあるのですが、先生は「身体のどこに集中すればいいのか」を、ゆっくりと問いかけてくれます。

・身体と床がどのように接しているか。
 どの部分が一番圧を感じるか。
(→皮膚の感覚、重さの感覚)

・呼吸はどこに一番広がりを感じるか。
 左右で広がりの違いはあるか。
(→呼吸の感覚、左右の感覚)

・身体を線で結んだ時に、つながりが悪いところがあるか。
(→アライメントの感覚、骨格の感覚)

・一番遠くの音はどんな音か。
 自分の身体の中ではどんな音がしているか。
(→の感覚)

というように、五感の感覚や、身体の様々な感覚についての「問いかけ」を通して、そこで「何を感じるか」ということに、自然に意識を向けるようにしてくれます。(瞑想では、「誘導瞑想」と呼ばれたりします。)

その中で、「あ、下半身は地面によく沈み込んでいっている感覚があるのに、頭は地面になじんでいない感じがするな」であったり、「左脚だけ置いてけぼりな感じで、そこがつながってない感じがする。そういえば、歩いていても、左脚がもたもたする感じがしてたんだよな」と、「自分で気づく」ことができると、「それと同時に」身体は変化を始めます。

たったそれだけなのに、身体は確実に変わっていくのです。

身体の余計な緊張や、無意識に力が入っていた部分が、「(ガイドをしてもらいながら)自分の身体を深く繊細に感じる」ことで、少しずつ「解放」されていって、身体全体が一つに「統合」されていくような感覚を体験できます。

このヨガのシャバーサナの時間のように、「自分を感じる(そして、気づく)」ことと、「身体が変わる」ことというのは、別々の違ったものではなく、「(同じコインの表と裏のように)同じものの違う側面であって、互いに影響し合っている」と考えてもらってもいいと、僕は考えています。

ロルフィングで起こる「変化(変容)」というのも、この「感じる(感覚)」ことが大きなポイントになっています。


いつまでも変わり続ける、「感覚」と「身体」

「自分の身体で何が起こっているのか」を「感じる」というシンプルなことで、「身体そのものが大きく変わっていく可能性」が高まっていくのですが、その身体の「感覚」というのは、どんどん「変化(進化、成長)」させていくことができます。

感覚を養うことは過敏になることとは違います。ゆっくり育てるものです。』

この言葉は、東京で活動している友人のボディワーカーの竹野健太郎くんが、自身のブログの中で紹介していたものです。

竹野くんの言うとおりに、「感覚を養う(育てる、豊かになる)」ことというのは、「時間がかかる」ことです。1回のセッションで、すべてが変わるというようなものではありません。

僕も、長年ヨガをいろいろな先生から学んだり、ロルフィングのセッションを自分で受けたり、その他の様々なボディワークを体験してみたりしながら、ゆっくりと自分の感覚を「育む」ようにしてきました。

そうやって、時間をかけて、より「深く、繊細に、豊かに」感じられるようになってきたので、それに「呼応」するように、身体も「内側から、ダイナミックに、本質的に」変化をし続けているように思います。

そして、それには「限界はない」と考えています。

つまり、自分が何歳であっても、身体がどのような状態であったとしても、人は「感覚」を深めて、豊かにしていくことができますし、そしてそれは、いつまでも身体が大きく「変化」していけることを意味しています。

その身体の「感覚」が育っていくプロセスには、2つの「段階」があのではないかと僕は考えていて、そのことを順に説明していきたいと思います。


「安全・安心」から、感覚は「開かれて」いく

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まずは、感覚が「開かれる」段階があります。

そこでは、眠っていた全身に分布している「センサー(熱さ、冷たさ、圧、痛み、身体の位置、五感などの様々な刺激を感知する)」が目を覚まし、まるで「窓が開かれる」ような状態になります。

それによって、身体を通して得られる「情報」が、「量」も「質」も変化していきます。

その情報というのは、どんなものでもいいわけではなく、「身体にとって害がなく、ノイズも少なく、適度な量である」であるものが好ましく、そうでないものだと、身体が「安全・安心」を感じられず、逆に感覚は「閉じられる」ようになってしまいます。

僕の尊敬している内田樹先生は、そのことを以下の文章の中で、「毛穴が開く」と表現されています。

『僕だけの印象かもしれないけれど、四年間、朝から晩まで、この岡田山(注:内田先生が教鞭を執っていらっしゃった大学がある)の緑の中で暮らしていると、輪郭がうっすらにじんできて、周りの背景に溶け込んじゃうみたいな感じがするんです。変な話ですけどね。学生の中には、きっぱりクリアカットな輪郭の子もいます。そういう子たちは、大阪や三宮などの都市部を通過して通学してくる。だから、シャキッとしてるわけですね。ディフェンスががっちり固めてある。でも、寮生たちは、そういうガードが甘い。もう毛穴まで広々と開いていて、そこから岡田山の空気が出入りしている

都会だと、目に入るものは刺激が強いし、耳から入ってくる音はうるさいし、臭気も気分のよいものではないし、身体に触れる刺激もとげとげしいものばかりでしょう。それなら自己防衛上、視覚情報も聴覚情報も遮断して、五感の感度を下げるのは当然なわけですよ。身体感度を下げて、プロテクションを固めて、都会の不快な感覚情報の入力を遮っている。そうやってきりきりと引き締まった状態で学校や職場にたどり着く。目的地に着いてちょっとホッとして、ようやく鎧を解くといっても、なかなかすぐには解き切れない。

だけど、岡田山で暮らしている寮生たちは、ここで暮らしている限り、目障りなものは目に入らない。聞こえるのも鳥のさえずりと音楽学部からのピアノの音が聞こえてくるくらい。そこで四季折々の草花の香りに包まれている。こういう低刺激環境にいると、身体感度をかなり上げても、それによって不快な入力を浴びるリスクがない。だから、いつのまにか感覚の回路が全開してしまう。』
 - 内田樹、「現代霊性論」より引用

まさにこの文章のように、「身体にとって心地が良い環境の中に身を置く」ことで、身体は「安全・安心」を感じることができて、それが「センサーが目を覚ます(窓が開かれる、毛穴が開く)」ための、大切な「前提条件」になります。

そして、その目を覚ましたセンサーによって、「(適度な量と質の)新しい情報」が入ってくることになるのですが、それを「自分の身体を通して体験する」ことが重要になります。(情報を「知識」としてだけ、「頭に貯め込む」のとは違います。)

そうやって身体の感覚は、少しずつ「開かれる」ようになるのです。

ロルフィングでは、「強すぎる圧」であったり、「一方的に操作される感覚」を、なるべく身体に与えないように気をつけます。

それは、そのような刺激を、身体が「安全・安心」とは感じずに、感覚を「閉じたまま」にしてしまうことを避けるためです。

そのために、「透明な手によるタッチ(施術者のエゴがなく、クリアな意図を持っている)」を心がけているのですが、そうすると、身体がその「微細な刺激」を受け入れるために、「感覚を開く(感度を上げる)」ようになり、それによって何らかの「反応」が身体の内側から自然に引き起こされてきて、それが次第に連鎖していき、身体全体が「健全な状態」へと「統合」されていくようになります。

ロルフィングは、継続してセッションを受けることによって、受け手の方の「感覚が開かれる」ようになり、その経験を重ねていくことで、その感覚は自然に次のレベルへと移行していきます。


感覚の「塩梅」を教えてくれる「ガイド」の存在

その次の段階が、感覚を「養う(豊かになる)」というプロセスです。

「窓が開かれる」のはいいのですが、雨が降っている日も、風が強い日もあるかと思います。窓を開けたままだと、虫や鳥などが入ってくるかもしれません。

自分にとって必要のないもの(情報)」は、「制限」してあげた方がいい場合もあります。

その場合、「いつ窓を開けたらいいのか」ということや、「どれくらいの間、開けていたらいいのか」などの、「塩梅を養う」必要が出てきます。

それは「情報の取捨選択」をどうするかという問題です。

「塩梅」という言葉を使いましたが、それぞれの家庭の梅干しの漬け方が、おばあちゃんからお母さんへと伝わり、それがまた娘へと伝わっていくように、感覚をどう養っていくのかも、「ガイド(メンター、先達)」の存在が必要になってきます。

例えば、感覚が「開かれる」ことで、感覚入力はどんどん繊細になっていくのですが、「足の荷重がわずかに左右で違っていて、それが気になってしょうがない」といういう人も出てきます。

身体が「健全な状態」に向かっていくためにボディワークを受け始めたのに、今まで気にならなかったことが気になり過ぎてしまって、求めていたこととは逆の状態になってしまっているのです。

これが「過敏」な状態です。

それを別の言葉で言い換えると、「(感覚が開かれることによって得られた)情報を自分で取捨選択できていない」ということにもなりますし、「全体観を失っている」とも言えるかもしれません。

そんな時に、「その気になる感覚はそれで見守っておいていてください。そして、呼吸の動きは今どんな感じがしますか」と、「焦点を変える」ようにしてあげたりすることで、「全体観の回復」をガイドしていく必要があります。

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僕には4歳の息子がいますが、今は「虫採り」に夢中になっています。

特に大好きなのが、「モンシロチョウ」なのですが、あまりにも夢中になりすぎてしまって、周りの状況が見えずに、他の子どもとぶつかったり、道路などの危険なところに飛び出そうになったり、山の近くで虫採りをする時には、どんどん奥の方に入り込んでいってしまいそうになることがあります。

もちろん、このような子どもの「夢中(没入、忘我)」の状態というのは、そこでかけがえのないことを学んだり、自分を成長させていくためには不可欠なものなのですが、そこには「(ガイド役としての)大人」の存在がどうしても必要になります。

「大人」の役割としては、「あと10分くらい探してみよっか」と、「時間の制限」をかけてあげたり、「あと3匹捕まえたら帰ろっか」と、「具体的なゴールを設定」してあげることもあります。さらに、先ほどのように、「小さな虫が多いところには、他にはどんな虫や植物があるかな」などと、「焦点の合わせ方を変更」してあげたりするようなことも考えられます。

それらを総合的に組み合わせながら、「虫採りへの情熱を尊重しつつ、適切に制限を与えることで、森の知恵を授かる援助をして、最終的には安全に家に帰る」ということをしていかなければいけません。

この考えが、ロルフィングによって感覚を「養う」という時にも大切になります。

ロルフィングのセッションで、次第に感覚が「開かれて」いって、身体の奥深さ、豊かさに夢中になってもらえることはいいのですが、そこで注意をしないと、感覚を「養う」方向ではなく、感覚が「過敏」な状態に向かっていってしまうので、そこでロルファーが適切に「ガイド」をする必要があります。

ガイド役のロルファーが、広い視野で「全体観のバランス」を保ちながら、適切に「制限」を与えることで、受け手の方が「迷子」になることなく、「身体という森」から、様々な「知恵(叡智)」を学んでいくことができるのです。

そうやって、身体の感覚を「養う」ことができてきます。

そして最終的には、ガイドは、「必要な時にだけ、適切なガイドをしてくれるだけで、必要がなくなれば離れていく存在」です。

身体の感覚の「塩梅」は、そのように受け継がれていくのです。



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この記事も長くなってきたので、最後に簡単にまとめてみます。

自分を感じる」ことと、「身体が変わる」ことというのは、それぞれに影響し合っていて、「自分の身体で何が起こっているのか」を繊細に感じられるようになってくると、それだけで「身体が変化する可能性」が高まっていきます。(例:ヨガの「シャバーサナ」の時間)

その「感覚」というのは、いつまでも変化、成長させていくことが可能なので、身体が変わっていくことにも限界はありません。

「感覚」が変化していくのには、2つの段階があります。

①感覚が「開かれる
安全・安心」な環境で、「適切な量と質の新しい情報」を身体で感じる
例:「ロルフィングのセッションを受ける」ということ

②感覚を「養う
ガイド」が必要で、「情報の取捨選択」ができるようになる
例:「10シリーズなどで、ロルフィングのセッションを継続的に受けて、ロルファーとも様々にディスカッションをする」ということ

感度が良好」な身体には、「最小限の介入(なるべく何もしない、透明な手によるタッチ)」でも、「最大限の効果(本人も予想していなかったような大きな変化)」を得ることができます。

ロルフィングのセッションを重ねていくことで、感覚は「養う」ように成長していくのですが、そのためには「セッションに主体的に参加する」ことがとても大切です。「受け身」の状態でロルフィングを受けた場合とでは、「セッションの効果」がまるで違ってきます。(「虫採り」を無理やりさせられている子どもと、それしか頭にないほどに「夢中」でそれに取り組む子どもとでは、そこで「得られる体験」というのは、かなり大きな違いがあります。)

その「セッションに主体的に参加する」ために、まず受け手の方がすぐにできることが、「自分の身体を感じる」ということなのです。

Dさんは、最初の頃には、あまり自分の身体の感覚には自信がなかったようにも見えたのですが、少しずつ自信をつけられてきたように思います。

「身体という森」を、Dさんのペースで一緒に探検して、時間をかけながら感覚を「育んで」こられた実感がある10シリーズでした。

これからもDさんが、身体の不調や不和から解放されて、少しずつわかってきた自分の身体から、いろいろなことを学んでいってもらえたらと思います。

Dさん、10シリーズを受けていただき本当にありがとうございました。




Yuta

( Posted at:2018年11月14日 )

(残り2枠です)2018年12月の神戸出張ロルフィングのお知らせ。

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山形は僕の住んでいる街の中にも紅葉の波がやってきて、木々がきれいに色づいています。

同じ1本の木の中にも、よく日が当たっているところは、赤くきれいに染まっていて、それがオレンジのグラーデーションになり、下の方は緑色をしています。同じ木であることは変わらないのですが、環境(日光)との関わり合いによって、葉の色はきれいな移ろいを見せてくれます。

誰かがこうした方がきれいだからといって、葉の色をグラデーションにしているわけでもなく、自然の中では、互いに影響し合っていて、それが垣間見せる「美しさ」に、同じく自然の中で生きている僕たち人間が、はっと息を飲みます。

忘れがちですが、私たちもその1本の木のように、自然からの影響を受けています。葉の色が変わるように、目に見える変化はなさそうにも思えますが、気分や心は、いろいろと移り変わったりもしますし、もちろん、身体も季節によって変化しています。

みなさんの身体が、季節の自然の流れに沿って、よどみなく変化していけるように、ロルフィングがお役に立てればうれしいなと思います。

身体の不調や、不和、歪みなどでお困りの場合は、どうぞ気軽にご予約ください。


(予約状況は11月17日現在です)


12月7日(金)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


12月8日(土)

①  8:00 - 10:00 ○
②10:00 - 12:00 ○
③12:00 - 14:00 ×
④14:00 - 16:00 ×
⑤16:00 - 18:00 ×


12月9日(日)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×


【場所】
2ヶ所でのセッションになりますが、どちらも「三ノ宮駅から徒歩10分以内」の場所になります。ご予約いただいた方には場所の詳細をお知らせします。

【セッション料金】
 12,000円

【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2018年11月 5日 )

10月の3連休に東京でロルフィングします。

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10月6日(土)〜8日(月・祝)の3連休に、東京で出張ロルフィングをします。

東京にはたくさんの認定ロルファーさんがいらっしゃるので、ロルフィングの特徴である「10シリーズ」は提供せずに、「単発」でのセッションをすることにしています。

だいぶ東京出張にも慣れてきて、セッションしている近くにいい感じのカフェを見つけて、少しずつ東京に行くのも楽しみになってきました。

東京出張では、普段の山形ではあまりセッションする機会がないような、多種多様な方々にロルフィングすることができて、いつもロルファーの僕の方が学びの多い時間になっています。

今回はどんな出会いがあるか楽しみです。

下に出張ロルフィングの案内を載せておきます。

興味のある方は、ぜひ気軽にご連絡ください。


(予約状況は9月27日現在です)


10月6日(土)

①10:30 - 12:30 ×
②13:00 - 15:00 ○
③15:00 - 17:00 ○
④17:00 - 19:00 ×
⑤19:00 - 21:00 ○


10月7日(日)

①  9:00 - 11:00 ○
②11:00 - 13:00 ○
③13:00 - 15:00 ○
④15:00 - 17:00 ○
⑤17:00 - 19:00 ○
⑥19:00 - 21:00 ×


10月8日(月・祝)

①  9:00 - 11:00 ○
②11:00 - 13:00 ×
③13:00 - 15:00 ×
④15:00 - 17:00 ×
⑤17:00 - 19:00 ×


・時間には、説明、問診、着替えの時間も含まれます。
・待合室はありませんので、予約時間にお越し下さい。

【場所】東急田園都市線「桜新町」駅 徒歩10分程度
        ※住所の詳細は予約された方にお伝えします。

【料金】13,000円

【服装】襟付きのシャツ、伸びないジーンズ、スカートなどは避け、
    身体を締め付けない楽な服装

【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com




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Yuta
( Posted at:2018年9月 6日 )

(残り3枠です)2018年9月の神戸出張ロルフィングのお知らせ。

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最近の山形はめっきりと涼しくなり、朝晩は寒いくらいです。

なんだか季節感というか、四季の移ろいというものは、今後、感じる暇もないのでしょうかね。

それほどに季節の変化が急です。

人間の身体というのは、基本的には「急激な変化」が苦手です。

「ゆるやかに、気づいたら移ろっていく」くらいがちょうどいいのです。

まだまだ神戸は暑いと思いますが、山形の僕の身体は、この変化に驚いています。

こうもパッと変化する環境に、柔軟に対応していくには、「しなやかで自由な身体」が必要になってきます。

その反対に「硬く、流動性が低い身体」だと、その変化の振り幅についていけずに、大きく体調を崩すことで、そのバランスを取ろうとしたりします。

そうやって身体が「極端な対処法」を選ばないように、この時期にロルフィングで身体をニュートラルにしておくのがおすすめです。

関西方面のみなさんのご予約お待ちしています。


(予約状況は9月14日現在です)


9月21日(金)

①14:00 - 16:00 ○
②16:00 - 18:00 ×
③18:00 - 20:00 ○


9月22日(土)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ○
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


9月23日(日)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


【場所】
2ヶ所でのセッションになりますが、どちらも「三ノ宮駅から徒歩10分以内」の場所になります。ご予約いただいた方には場所の詳細をお知らせします。

【セッション料金】
 12,000円

【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com




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Yuta

( Posted at:2018年8月30日 )

モニターBさんの感想(セッション7 | 40代 女性)

今回は、モニターBさんのセッション7の感想です。

セッション7に関しての基本的な解説は、Aさんのセッション7で書いていますので、そちらもご覧になってみてください。

以下が感想です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

7回目の施術を受けてきてから約2週間が経ちました。

肩や首、頭といった、身体の上の部分の施術でした。

腰が苦しく、腰が治ればとの思いで通い始めて半年が過ぎ、現在腰の痛みに悩まされることが無くなり、とても感謝の気持ちでいっぱいでおりました。

下半身の歪みを治していくことで、歪みが移動して上に上がり、頭や首の辺りに違和感が出ることがあったり、実は頭蓋骨や背骨の歪みが原因で、腰の痛みを発症することもあるとの説明を受け施術していただきました。

特別痛い訳でもなく、心地よく施術が終わりました。

通い始める前の辛さを忘れるくらい、今は快適な毎日を過ごしております。

高校生の時からあった肩凝りもほぼありません。

どんどん身体の痛みが酷くなるということから解放され、身体は動きやすくなり、常に痛みがあるというストレスから解放される日が来るとは思ってもいなかったため、感謝の気持ちでいっぱいです。

あと3回、また一回一回を楽しみに、身体と向き合っていきたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


しなやかで柔軟な首

人間の頭というのは、「ボーリングの球」くらいの重さがあり、その重い頭を「どのように身体に置くか(頭の位置関係、ポジショニング)」というのが、このセッションでのテーマになります。

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身体の構造を支える上向きの力に、頭を「置く」イメージ

上の図のように、セッション6まで終わった身体というのは、身体の構造を支える上向きの力(ロルフィングでは、「ライン」と呼びます)が現れるようになり、全身の力は抜けているのに、その構造は下に倒壊せずに、上の方向に伸びていくようになります。

ロルフィングを受けた人が、上に抜けていくような垂直性の力に支えられながら、肩の力が抜けている「自然体」に見えるのはそのおかげです。

その際に、重い頭がきちんと「ライン上」に位置していると、上向きの力のサポートのおかげで、「頭がないように軽いです」というような、セッション7の後によく聞かれるような状態になります。

しかし、それとは逆に、「ラインから外れる」状態になってしまうと、頭は「下に落ちようとする」ようになります。

それでも、私たちの頭が下に落ちてこないのは、「頭に付いているたくさんの首の筋肉たちが、緊張して硬直すること」で、それを支えてくれているからです。

そしてそれが、「(緩んでもすぐに元に戻ってしまう)慢性的な肩こり」を生み出す「背景(土壌)」にもなってしまいます。

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上の写真は、アレクサンダーテクニークというボディワークを始めた、F.M. アレクサンダー (Frederick Matthias Alexander, 1869-1955)さんが、座っている女性に対してワークをしている様子です。

アレクサンダーさんが、どういう経緯で自身のメソッドを確立していったのかを下に引用してみます。

"オーストラリアで若い俳優として有望なスタートをしましたが, しばらくすると舞台上で声がかすれたり, 出なくなりました。医者も治療のしようがなく, アレクサンダーは自分で原因の解明にのりだし, 三面鏡の前にたってセリフをしゃべる瞬間の自分自身を観察しはじめました。その結果わかったことは, 「やるぞー」とおもった瞬間に, 首の後ろを縮めていたのです。そのため頭が重たくのしかかり, 声帯に圧迫を加えていました。その反対に, 首がらくになっていて, 頭が前と上へ行き, ふわっと脊椎のうえでバランスをとっていれば, 声がらくに出ます。首の緊張がなければ, わたしたちに生来そなわっている能力を発揮できることがわかりました。"
              (日本アレクサンダーテクニーク協会HPからの引用)

読んでいただいてもわかるように、アレクサンダーさんは、「頭を脊柱に対してどうバランスするか(頭とそれ以外の身体との関係性)」に着目していたことがわかります。

それが一つのボディワークとして成り立つほどに、ロルフィングのセッション7で扱う「頭の位置関係」はとても大切なポイントになります。

もう少し踏み込んで書くと、このセッションの課題は、先に書いたように「構造がある程度整ってきた身体に、どう頭を置くか(頭の位置をどう調整するか)」とも考えられますし、または、「頭の位置が変わることに対して、それ以下の身体がきちんと対応できるのか(頭の位置変化に対応できる柔軟さが、頭以下の構造にはあるのか)」とも考えられます。

後者が少しわかりにくいので、下に参考になる動画を紹介します。



どんなに(頭以下の)身体の位置が変化しても、ニワトリの頭の位置は「一定」になっていることがわかります。

それは、「身体の位置変化」に、「頭が柔軟に対応している」とも言うことができます。

そしてそれを支えているのは、「どんな動きにも対応できる、可動性のある首」の存在があります。

先ほどの、頭が「ライン上」に位置することなく、頭を前に突き出しているような身体では、頭が下に落ちないように、「首」が「ガチガチに硬く」なっています。

そのような身体の状態では、この動画のニワトリたちのような動きはできそうにもありません。

さすがにここまでの動きはできなくても、セッション7で「固定されてしまった首の解放」が適切にできると、頭のポジションが少し変化するだけで、それ以外の身体の位置関係や構造そのものにまでも変化が起こるようになります。

単純な例で言うと、頭の位置を微調整するだけで、なかなか改善しなかった腰のこわばりが緩んだりすることも起こるようになるということです。

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この写真もアレクサンダーさんの写真ですが、「身体のどの位置に頭を置くか」を調整しながら、「頭をどこか違うポジションに持っていったとしても、それに身体が対応してくるか」も確認しているように見えます。

そして、それらができるためには「しなやかで柔軟な首」が達成されていなければいけません。

写真を見る限りですが、この少年の首は、とても「しなやか」そうに見えます。

アレクサンダーさんは、主に「頭のポジショニング」の「微細な変化」によって、「固定されてしまった首」をいかに「解放」するかに焦点を当てていたのではないのかなと、個人的には思っているのですが、「頭の構造」そのものの「微細な変化」が、首だけでなく全身の構造にも変化を促していくと考えているボディワークもあります。

それについては、Aさんのセッション7で少し触れていますので、興味のある方はそちらも参照してみてください。

「頭」というのは、私たちの身体の構造の「一番上」に位置していますので、それだけに身体に与える影響というのも大きくなります。

それを深く探求していくのが、このセッション7での課題になります。


「単発」セッションと「10シリーズ」

ロルフィングでは、テーマの異なる10回のセッションを受ける「10シリーズ(通称:レシピ)」というのがありますが、もちろん「単発」でのセッションもします。

例えて言うなれば、10シリーズというのは、「今日は『高校の部活の思い出』について話してみましょう」というような「テーマトーク」で、単発でのセッションは「フリートーク」というようなイメージです。

それぞれには一長一短があるのですが、festaのロルフィングは、基本的には「10シリーズ」をおすすめしています。

遠方で通うのが難しかったり、そこまでの金銭的な余裕がなかったり、とにかく痛みが強すぎてなんとかしてほしいというような場合には、「単発」でのセッションをすることになりますが、それもあくまで例外という感じです。

理由としては、「身体の『土壌(土台、根本)』からの変容を引き出す」ということを目指すべきゴールと考えると、10回のそれぞれのテーマで、身体を「無理なく段階的」に、そしても「もれなく全体的」にアプローチする「10シリーズ」の方が、確実にそれを達成できるからです。

その時に合わせた「単発」セッションも、すぐに痛みがなくなったり、驚くような「変化」が出るようなこともあるのですが、あくまでそれは「変化」であって、「(土壌そのものが変わってしまうほどの)変容」と呼べるものではないかと思います。

今回のモニターBさんが、10シリーズを始める前にどういう状態だったかは、セッション1のブログを見ていただけたらと思うのですが、もしもBさんに単発セッションをしていたとしたら、現在のような状況にはならなかったかもしれません。

身体という自然が、元々そうであった健全な状態に還る」ということ。

身体の自然の秩序が崩れていくのには、様々な要素が複雑に絡み合っているのですが、それを時間を味方につけながら、10シリーズをじっくりと進めていくと、多くの身体を悩ませる症状は、その役目を終えて、大きく軽減したり、消失していくことが多いと感じています。

あと3回セッションがありますが、一つずつ丁寧に身体と向き合っていって、少しでもBさんの身体の自然が元々の健全さを取り戻すお手伝いができたらいいなと思います。

次のセッションも楽しみです。




Yuta

( Posted at:2018年7月20日 )

カードによるお支払いが可能です。

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ロルフィングのセッション料金のお支払いの際に、「クレジットカード」がご利用できます。(ヨガはご利用できません。)

主要なクレジットカードに対応していますので、ご希望の方はお申し付けください。

なお、クレジットカードでのお支払いの場合には、「カード決済手数料(3.25%)」がかかりますことをご了承ください。

対応可能なクレジットカードは以下の通りです。

・VISA
・Mastercard
・American Express
・Diners Club
・Discover
・JCB(※手数料は3.95%になります)




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2018年7月18日 )

ロルフィングに関しての情報をまとめました。

このページは「ロルフィングって何?」という方のために、いろいろな情報をまとめたものです。

このウェブサイトの上の方に、「ROLFING」というページがあって、そこにも大まかな説明が書かれてあります。

まずはそちらをざっとご覧になっていただいて、「それでもよくわからなかった」という方や、「もう少し情報がほしい」という方は、この先を読み進めてみてください。


〈目次〉
1、ロルフィングの動画
2、ロルフィング「10シリーズ」を実際に受けられた方の感想
3、ロルフィングの説明会、おためしセッションのご案内
4、メディア掲載情報


1、ロルフィングの動画

ロルフィングをはじめての方に説明する難しさは、「聞いたことがない音楽のジャンルを人に説明する難しさ」に似ているなと感じます。

みなさんは、そんなに音楽に詳しくなくても、なんとなく「ジャズ」と「ロック」の違いはわかると思います。

でも、それを知らない子どもたちに、その違いを正確に「説明」することはできるでしょうか?

多分多くの人が、「実際に聞いてみるしかないよ」と感じられると思います。

ということで、ロルフィングは「聞く」ことはできませんが、ウェブ上で「見る」ことはできるので、そんな動画をいくつか紹介した記事がありますので、そちらをご覧になってみてください。(もちろん、実際に「受けてみる」というのが一番わかりやすいです。)

過去記事:「ロルフィングの紹介動画(短めと長めを1つずつ)。」



2、ロルフィング「10シリーズ」を実際に受けられた方の感想

ロルフィングでは10回のセッションを通して、身体の構造を整えていく「10シリーズ」というものがあります。

それを5人のモニターの方に実際に受けていただいて、その感想を元にコラムを書いてみました。

自分としては割りと気軽に書くつもりでしたが、どんどんロルフィングの奥深い世界も表現するようになり、後半はかなりの文量のコラムになってしまいました。

小難しい感じになってしまったところもあるので、気になるところだけ流し読みしてもらえたらと思います。

ただ、普段から「身体は自然(または宇宙)そのものです。とても神秘的ですし、今でもわかっていないことがたくさんあります。ロルフィングの醍醐味は、その身体という小さな自然を、自然のままに扱っているところなんです」などと話していますが、このモニターの方の感想を元にコラムを書くことで、それを改めて強く実感しました。

「身体って本当に不思議で、おもしろいなぁ」と感じていただけたらうれしいです。

過去記事:「モニターの方の10シリーズの感想はこちら。」



3、ロルフィングの説明会、おためしセッションのご案内

「なんとなく説明はわかったので、実際に体験してみたい」という方には、「ロルフィング説明・セッション見学会」と「おためしセッション」をおすすめしています。

それぞれの詳細は、下のリンク先をご覧になってみてください。





4、メディア掲載情報

festaのロルフィングを、過去に何度かメディアで取り上げていただいたことがあるのですが、それをまとめた記事がありますので、そちらも気になる方は覗いてみてください。

プロのライターさんが上手に情報をまとめてくださっているので、とても読みやすいと思います。


もう1つ、こちらはライターさんではないのですが、東京で同じようにボディワークのセッションを提供している友人が、festaのロルフィングを受けてくれて、その感想を書いてくれています。

「同業者がロルフィングをどう感じているのか」を、とても丁寧に表現してくれています。




もしも「ロルフィングを受けてみたい」と思われた方や、「わからないこと、聞きたいことがある」という方は、どうぞ「CONTACT」ページから気軽にお問い合わせください。

少しでもこのロルフィングが、ここ山形で、必要としている人たちに届けばいいなと思っています。




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2018年7月10日 )

モニターEさんの感想(セッション10 | 30代 女性)

Eさんも今回のセッションで「10シリーズ」が完結になります。

Eさんご自身がダンスを長年されてきて、特に「バレエ」経験者の方に多いのですが、「(バレエという枠組みの中での)美しさ」に囚われすぎてしまって、それが身体の不自然さや、違和感を作り出してしまうことがあります。

どんな優れた芸術でも、一流の料理の世界でも、スポーツの業界でも、長い歴史の中で積み重ねられ、育まれ、磨かれてきた「美しさ(または、強さ、おいしさ、正しさなど)の基準」というのが存在します。

それは、それに魅了され、その「極み」を目指す人が多ければ多いほどに、基準は厳しくなり、その業界の「外の人」から見ると、「どれもそんなに違わないんだけどな」というものになっていきます。(最近の「体操競技」など見ていても、どこが違うのか素人目には違いがわかりません。)

その中で生きる人たちにとっては、常に「自分の表現する美しさ」が「評価」されるのが日常で、ある意味ではその「美しさに縛り付けられてしまった」ように、そのためだけに生活している人もいます。

しかしながら、その「美しさ」が、必ずしも「身体そのものが望んだもの」であるとは言い切れませんし、「身体の自然に背いている」ものであることすらあります。

バレエの世界で言うと、「プリエ」が、見る人にとっては「美しい」ものであったとしても、身体にとっては「不自然な」姿勢であることもあるのです。

別にそれが悪いというわけではなくて、その「極み」まで高められた「美しさ」は、人を身震いさせたり、思わず声が出たり、涙が流れ落ちたりするほどの「体験」を与えてくれるのは疑いようもなく、でもそれと同時に、「自分たちで作り上げた美しさ」のために、「自分が自分であるための身体という自然すら超えていこう(そして結果、自分の身すら削ってしまう)」とする、「人間の業」も感じずにはいられません。

そこまで「ストイック」にその世界にのめり込んでいない人であったとしても、少しでもその世界に生きた人であれば、「(その世界にだけ適用される)常識」というものに縛られ、そして、それに「気づく(自覚的である)」のはとても難しいことです。

ロルフィングは、なるべく「身体が元々持っている自然に還る」ように最低限の援助をしていくのですが、例えば「あなたの美しいと思っている姿勢は間違いです」と伝えたとしても、「なるほど、そうなんですね」とは、話はそう簡単には進みません。

そのために、「中立な観察者として、相手の内側からの変化を促すように、こちらからの働きかけ、介入は最低限に行うセッション」を基本として、それを「毎回テーマが違った10回のセッションを、期間を空けながら続けて受ける(つまりは、10シリーズ)」ということして、「気づかずに自分が纏っていた常識を発見し、それを外していく」のです。

ここまで書いてきてもお分かりのように、それはとても「根気強さ」と「時間」と「手間暇」がかかるプロセスなのです。

Eさんも10シリーズの最初の頃は、多少「ダンス(バレエ)という世界の常識」に絡まっていたようにも思いますが、とても繊細で、オープンな身体をお持ちの方だったので、「自分で課題に気づいて、自分で解決していった」のが、素晴らしいなと思います。

前置きが長くなりましたが、最後のセッション10の感想を見てみたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

早いもので今日で最終回。以下、感想です。

今日は下半身が固まっている感じがあったものの、ロルフィングを始める前に比べたら、心も身体も随分軽やかになったなーと振り返りつつ最終回を迎えました。

今までは、セッション中に何かイメージや画像が浮かんでくるようなことはほとんどなかったのですが、今日はやたらと色々湧いてきました。

首の付け根あたりに手を当てられた時、なかなか身体が反応しない感じでしたが、閉じられていた水路に水が流れ出す画像が浮かんできた直後、ガチガチの左肩甲骨辺りに何かが流れ出す感覚がありました。

スタジオの天井の木目も、今まで(ゴールデンレトリバー等)とは違った画(『ムンクの叫び』等)に見えたりしました。

私の場合、お腹周りの内臓が身体を通して色々訴えを起こしていることが多いのか、お腹と腰に手を当てられた途端、全身の緊張が緩みました。同時に、頭の中であれこれ考えていたことが、皆どうってことない小さいことに思えて楽になりました。

終わって鏡を見た時、「武道の達人ぽい」というのが第一印象。ダンスをしていた時は、バレエダンサーのような身体が理想でしたが、これが自分のニュートラルな姿なんだろうと思ったし、今後また踊ることがあった場合も、この身体でやっていきたいと思いました。

その後予測通り生理がきました。先月のオープン時のストレスが相当なものだったんだなあと思い、がんばった自分を褒めてやりたい気持ちです。一方で、今回の生理のことや10回のセッションを通じて、心と身体とサトルボディの関係の密接さをさらに実感したので、日々それらを意識しつつ、ニュートラルな自分に戻っていきたいです。

しばらくは10回終わってからの心身を観察するつもりですが、メンテナンス的に伺いたくなることがあると思うので、その時はよろしくお願いします。

ロルフィングを受けるという夢がまさか山形で叶うとは思いませんでした。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


からだゆるし

いろいろと最後に書こうと思ったのですが、ふと、このブログの中にも何度も紹介させていただいている、整体ボディワーカーの「山上亮」さんの『雑念する「からだ」』の記事のことを思い出したので、それを紹介したいと思います。

僕の中では、今回のEさんのセッション10の感想と、そしてこれまでの10シリーズを通しての変化のプロセスと、その記事の中で書かれていることとが、なんだか呼応しているように感じるので、みなさんも読んでいただけたらと思います。

それではどうぞ。

---------

からだのことをやっている方はよく分かると思うが、「からだをゆるめる」ということはホントに難しい。

「からだをゆるめる」ためにはまず今ある「からだの緊張」に気づかなくてはならないが、人間、 自分のからだの緊張にはなかなか気づけないものである。

このまえも久しぶりに大学時代の友人と会って話をしていたら、友人のからだの不調の話になって、 しばらく話を聞いていたらふと思い立ち、その友人の手をとって自分自身のからだの緊張を気づかせてあげようと色々動かしてみたことがあった。

最初は「ほら、緊張してるでしょ?」と指摘しても意味が分からず困惑していたけれど、しばらく動かしていたらそのうちハッと気づいて 「あ!ホントだ!」と、そのときはじめて自分がどれだけ肩に力をいれて肩肘張っていたのかを知って、「ホントにそのまんまだね。」 と感慨深げにつぶやいた。

多くの人は目の前で実際に示して指摘されても、そのことに気づくまでには時間がかかる。

それくらい人は自分のことは気づけないものであるが、たとえ自分が緊張していることに気づいたとしても、 それをフッとゆるめることができるようになるまでには、まだまださらに時間がかかる。

でもそれでも「緊張していること」自体に気づけたことが大事だ。

どれだけ指摘しても気づけなくなってしまっている人も多い中で、短時間で気づくことができたのは、 まだまだ変化する力がある証拠である。

何事も気づいたところから変わり始めるもの。


しかし、こうして「からだをゆるめる」ということを日頃やっていると、「ゆるめない」「ゆるまない」 ということと否が応でも向き合わざるを得なく、それはいったいどういうことなんだろうとずっと考え続けている。

そして最近ふと思った。

「ゆるめる」ということの極致には「ゆるす」ということがあるのではないかと。

「ゆるめない」ということは何か「ゆるせない」ことがあるのではないかと。

人間誰しも生きていく中でさまざまな「ゆるせなかったこと」があることと思う。

それらさまざまな「ゆるせなかったこと」たちは、決してその場限りで消えてなくなっていってしまうものではない。

きちっとその場で怒りを露にして「ゆるせないこと」を表明すればまだ発散は済むけれども、それを我慢し裡に押さえていると、抑圧され、 内攻し、からだの中に凝縮されてゆく。

幼少時から現在に至るまでのさまざまな「ゆるせなかったこと」たちは、それはそれこそ言葉どおり「しこり」となって、 からだの中にゆるまない部分を生み出し、その近辺に緊張と硬直を作り出している。

ある経験を通じてからだがゆるみフッと緊張がとれた人が、突然忘れていた過去を思い出し、激しく感情を発露して、 そのときの心体験をもう一度経過するということがしばしばあるが、そうして改めて経過を全うさせることで「しこり」が解けて、 芯のところからゆるみはじめるのだ。

その経過はときに物凄い激しいものとなることがあり、私の知人でも医者に「生きているのが不思議だ」と言われるくらいに血圧が低下し、 必死に自分自身と向き合って克服した人がいたけれど、自分のからだと向き合うということは演出家の竹内敏晴さんが言うように、ときに 「地獄の釜の蓋を開けるようなもの」であることもある。

真に「癒える」ということは生半可なことではない。

「癒える」ということが血ヘド吐くような経過をたどることだってある。

からだには、人生のすべてが刻み込まれているもの。

それと向き合い、それを解きほぐしてゆくという作業は、「ゆるむ」という言葉だけでは言い表せない「何か」がそこにあるように思えてならず、じゃあそれは何なのかと言われれば、それが「ゆるす」という言葉で表現されるような「何か」である気がするのだ。


「ゆるめる」ことは難しい。

「ゆるす」ことはもっと難しい。

けれども、自分はいつまでその「ゆるせない」ことを抱えて生きてゆくのかと、ふと冷静に考えなおしてみれば、 なんだかバカらしいなとも思えないだろうか。

ゆるめてみたらどうだろう。

ゆるしてみたらどうだろう。

そうしたら、からだの片隅で、固まり、こわばり、止まっていた時間がゆっくりと溶け出し、流れ始めるかもしれない。

変わることなんてありえないと思っていたものが、少しずつ動き始めるかもしれない。

もしかしたら。

ひょっとして。

何事も気づいたところから変わり始めるもの。

ゆっくりと。

        (雑念する「からだ」、山上 亮、『からだゆるし』より)

---------



からだには、人生のすべてが刻み込まれているもの。

ロルフィングというものに出会ってからは、その人とじっくりと話すよりも、「からだを触れさせてもらう」ことの方が、ずっと「その人をよりよく知ることができる」と思うようになりました。

からだは本当に「おしゃべり」で、こちらが心を開いて、ゆっくりと時間をかけると、自然といろいろなことを話してくれます。

今回のEさんとのセッションでも、お腹の辺りに手を置いていると、全身が反応しはじめて、どんどん緊張が解けていきました。

ある程度の緊張が抜けてくると、あとは「私の話を聞いて」とか、「ここにおもしろいものがあるよ」と、からだが「どこに触れたらいいのか」も、「どんな風に触れたらいいのか」も教えてくれるようになります。

なんとお気楽なと思うかもしれませんが、それが「実際に」僕がロルフィング中に感じていることです。

首の付け根あたりに手を当てられた時、なかなか身体が反応しない感じでしたが、閉じられていた水路に水が流れ出す画像が浮かんできた直後、ガチガチの左肩甲骨辺りに何かが流れ出す感覚がありました。

受け手の人が、からだを「ゆるす(ゆだねる)」状態になるまでには、少しガイドする人に「経験とコツ」が必要なのですが、そこをうまく超えられて、からだが内側から反応しはじめてくれると、あとは大きな川の流れに乗るように、するするとからだが変化するプロセスが進んでいきます。

これはロルフィングのセッションを何年もいろいろな方とさせていただいてきて、今でも本当に不思議で、おもしろいなと思っているのですが、からだに触れていると「自然の叡智」のようなものに遭遇することがあります。

それに運良く出会うことができて、そこに沿って進んでいくことができると、長年痛みに縛り付けられていたからだが、動くことの楽しさ喜びに目覚めたり、ずっとゆるめることができなかったしこりが、ふっと消えていくようなことが起こります。

10シリーズを通し、自分のからだに向き合って、そのからだに刻み込まれた情報を読み取っていくこと。

からだは本当に多くのことを教えてくれます。

これからのEさんも、このからだとともに、健全で自由で開かれた人生を歩んでいかれることを願っています。

素晴らしい10シリーズの経験を共有できて幸せでした。

ありがとうございました。




Yuta

( Posted at:2018年7月 8日 )

モニターの方の10シリーズの感想はこちら。

festaのロルフィングがどんなものなのか、実際にモニターとしてロルフィングの10シリーズを受けてくださった方の感想をここにまとめています。

モニターの方は5名で、全て女性の方です。

年齢は20〜40代で、お仕事をされていたり、専業主婦をされていたり様々でした。

モニターの方の感想を元に、僕がその中で出てきたトピックを解説するというスタイルです。

10シリーズでは、各セッションごとに「テーマ」が決まっていて、そのテーマに沿って進めていくのですが、どんどんその方個人の特徴が出てきて、「その人だけの10シリーズ」になっていくのが、感想を読んでいただいても伝わると思います。

ロルファーになって5年ほど、「人のからだ」に向き合っていますが、「からだは単なる〈物質〉ではなく、〈生身の生きている存在〉である」と思うようになりました。

「いきもの」としてのからだは、それにきちんと向き合っていると、様々なことを教えてくれます。

そのことを「なるべく正直に、素直に、丁寧に」説明しようと思うと、どうしても書くことが多くなってしまいます。

結果的には、自分では想像もしていなかったことを書くことができたり、新たな気づき、発見も多くあり、ロルフィングをさせてもらった僕の方が、貴重な体験をさせてもらえたと思っています。

元々は「トレーナー」として働いていた自分が、「人のからだは自然そのものだ。まだまだ僕らにはわかっていないことがたくさんある」と感じて、「ロルフィング」を学び始めることになったのですが、このロルフィングのセッションで実際に起きたことを元に、それを文章にしていくプロセスを通して、「人のからだはおもしろい、そして奥が深い」と再確認できました。

「ロルフィングって何?」という方のために書こうと思って始めたものですが、文量もかなり多くなってしまったり、内容もややこしくなってしまったものもあって、余計に混乱させてしまうかもしれませんが、これを読んで同じように「人のからだ」に興味を持ってもらえたらうれしいです。

読んでいただく前に、簡単なルールも載せておきます。

・順番に読んでも、読まなくても大丈夫
(どのセッションから読んでもいい)

・途中で「読みにくい」「わかりにくい」「飽きた」場合には
 読まなくても大丈夫

・無理なく、楽しく読めるのが一番
(ロルフィングのことを少しわかってもらうのが二番)


◯モニターAさん

モニターに募集していただいた方の中で、最年少の20代の女性がAさんです。

「今すぐに身体に不調があるわけではないけど、今後の人生で長く付き合っていく身体なので、今のうちに整えておきたい」ということで、他のモニターの方に比べると、身体に目立った症状はありませんでした。

ただ、ロルフィングに何か「ピンとくるもの」を感じてくださって、それが10シリーズを受けていく中で、「なぜピンときたのか」が少しずつ明らかになっていきました。

Aさんが一番早く進んでいったので、10シリーズの各テーマの「概要」の説明もしています。「理論的にロルフィングが何をしているのか知りたい」という方にはおすすめだと思います。

セッション1
セッション2
セッション3
セッション4
セッション5
セッション6
セッション7
セッション8
セッション9
セッション10


◯モニターBさん

40代の女性の方で、いくつか身体に大きなケガの履歴があり、手術の経験もあって、「痛みだらけの身体の悲鳴が聞こえてくるようでした。」と、初回の感想にもあるように、身体の症状としては一番「ガタガタ」だったのがBさんです。

それでも、どんどん身体が整うにつれて、痛みや不調もなくなってきて、体重もかなり落ちたのが印象的でした。

「遠方から」通っていただいていたので、「月に一度」というゆっくりペースで受けられた方です。

そんなに頻繁に受けなくても、効果が長く続き、それがきちんと定着してくれるので、最後の方ではほとんど症状がなくなり、「ロルフィングの力」を僕自身もすごく感じた10シリーズでした。

・セッション8
・セッション9
・セッション10


◯モニターCさん

Cさんは、スポーツクラブにも通っていて、運動を定期的にされているアクティブな40代の女性の方です。

10回のセッションを受けていくことで、身体の「シルエット(ライン)」が結構変わってきて、友人などの「第三者」から変化に気づかれることもあったようでした。

自分が変わっていくことにすごく「オープン」な方だったので、身体の構造面はもちろん、「精神的な変化」も感想の中によく登場してきます。

「ロルフィングには人を変える力がある」というよりも、「本人自らが変わろうとする力」の方がとても大切で、それを「後押し」していくのがロルフィングのなのかなと改めて実感したのが、Cさんとのセッションでした。

セッション1
セッション2
セッション3
セッション4
セッション5
セッション6
セッション7
セッション8
セッション9
セッション10


◯モニターDさん

Dさんに書いていただいた問診票をまとめたのが下になります。

・手先が冷える。
・朝起きると、首、肩回りがこっている。
・両膝が時々痛い。
・歩いていると、左脚が上がらなくなる。
・なんとなく腰がずっと痛く、ギックリ腰になりかける。
・2年前に尻もちをついて、起きれないほどに痛かった。

Dさんは40代の女性ですが、女性によく見られる症状が並んでいます。

10シリーズでこれらに「直接的に」何かをしたことはありませんでしたが、それでも終盤になってくると、これらの症状は自然に消えていっていました。

「元を正すこと」の大切さが、Dさんとの10シリーズにはよく表れていると思います。



◯モニターEさん

元々はダンスを熱心にされていて、いくつかのボディワークを受けた経験もあり、「身体感覚に優れた」のが、30代女性のEさんです。

Eさんの感想は、自分で感じたことをうまく文章にまとめてくださっていて、とても読みやすく、初めての方には参考になることが多いと思います。

元々、そういった能力がある方だと思うのですが、ロルフィングを受けていく中で、さらに「身体感覚の言語化」が洗練されていったのではないかと感じています。

身体はすべてつながっているので、「触っているところとは別のところに反応が出て」きたり、「微細なタッチで全体が整うこと」が起きてきたり、ロルフィングの変化のおもしろさも伝わるかなと思います。





楽しく読んでいただけましたか?

少しでも、「人のからだってすごいなぁ。おもしろいなぁ」と感じてもらえたり、ロルフィングのことがなんとなく伝わっていたとしたら、モニターの方にロルフィングをさせていただいて、その感想を元にブログを書いてよかったなと思います。

読んでいただいてありがとうございました。


Yuta

( Posted at:2018年7月 6日 )

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