ロルフィングハウス フェスタ FESTA

来るべき未来のための、これからのボディワーク。

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映画のような未来の食事

最近、「完全食:ソイレントの夢」という記事を読みました。

内容はここでは詳しくは書きませんが、とても興味深い内容で、みなさんにも一度読んでいただいて、いろいろとディスカッションしてみたいなと思うようなものでした。

簡単に書くと、アメリカの若いエンジニアのラインハートという人が、仕事もお金もなくて、日本で言う「コンビニ弁当」でなんとか食いつないでいたところ、ついに身体に異常が出てきてしまいました。

『食べ物をエンジニアリング的な視点で考えるようになっていった。「必要なのはアミノ酸で、牛乳そのものではありません。炭水化物は大事ですが、パンは不要です」と彼は言う。』(記事中より引用)

そうラインハートさんは考え、人間の身体が生きていくために必要な栄養を調べ、それを満たすように化学成分を合成して、「完全食」というものを作り出したのです。

それが「ソイレント」というもので、白い粉末を水に溶かして飲みます。それだけを摂取して生活し、基本的には「食事は要らない」という考えなのです。

『将来の食事は「効用や機能のための食事と、体験や社交のための食事のふたつに分かれていくだろう」と予想する。』(記事中より引用)

「白い粉を溶かしたものが食事?そんなのありえない!」という気持ちもわかりますが、上の引用した文章はとても鋭い視点だなと思います。

物は試しと思い、僕も「日本版ソイレント」と呼ばれている「COMP(コンプ)」を、朝食と昼食にだけ置き換えて実験しているところです。(もしも何か共有したい発見があれば、そのことも後々書いていきたいと思っています。)

僕個人としては、わりと遠くない未来に、ウェアラブルデバイスなどによって計測された、その人の心拍数、血圧、血糖値などの数値から、睡眠の質、自律神経のバランス、病気の兆候など、健康状態を随時モニターして、それをスマホのアプリで管理できるようになって、それがアプリ内で登録されている病院にも共有され、何か異常が出るとすぐに自動的に病院側に連絡されるようになるという時代になっていくと考えています。

さらに、今回のソイレントのような完全食の臨床データがもう少し集まってくると、自分の健康状態の管理するアプリによって、「今日のあなたの朝食」というメニュー(処方)が出てきて、それを自動販売機ではなく、「エナジーステーション」という名の機械にスマホをかざすと、ドリンク(またはグミかカロリーメイトの様なもの)が出てきて、それで朝食を済ませるという感じにもなるのではないかなとも予想しています。

さらには、「メチレーション検査」なども登場してきていますが、遺伝子レベルでその人の「代謝」の状態を調べ、「何を食べるべきなのか(その人個人に合った食事)」がドンピシャで出てくるようにもなると思います。

「何を食べないべきなのか」は、「アレルギー検査」などで調べられるようになり、最近では、かなり一般的にはなってきていますが、「僕は体育会系で、肉食系だから、肉食べないとやってられないんですよね」という人や、「肉ばっかり食べてるからダメなんだよ。日本人は昔から玄米と味噌汁を食べて暮らしてきたんだから、玄米菜食が一番」という人であっても、実は自分の体質に合っていないものを食べている場合が、かなり多いのではないかなと僕は感じています。

なぜならそれは、少しばかり「思想(スタイル、キャラ)」という「バイアス」も入っていて、必ずしも本当にその人の身体が求めているものとは違うこともあります。それを「客観的」に、そして「手軽、安価」で調べられるようにもなってくるでしょう。

少し、ソイレントや食事の話ばかりになってしまったので、この記事を読んで、僕らのボディワーク業界にも今後何が起こってくるのかを考えてみようと思います。


優秀なアプリケーションの登場

現在のトレーナー、ボディワークの業界の潮流は、PRI(Postural Restoration Institute)であったり、DNS(Dynamic Neuromuscular Stabilization)や、FMS(Functional Movement Systems)などに代表とされる「外来」のもので、ものすごく単純に言うと、「独自の評価システムに基づいて評価をして、それに対してエクササイズや手技を処方する」というようなものです。

僕のロルフィングの先輩である佐藤博紀さんも、IMAC(Integrative Movement Assessment Courses)という方法を考え出して、シンプルに全身の可動域をチェックして、身体の構造の中で問題のあるエリアを導き出して、そこから特定の方向に抵抗をかけて、それに対して筋が反応できるかどうかを調べることで、「どの筋に問題があるか」までを判別していくことができます。

これらで共通していることは、アプリケーションが「とても優秀」で、「シンプルに」誰でも扱えるものなんだけど、「効果」がすぐに出やすく、「個人の能力はそれほど必要ない(個人の能力に依存しない)」ということです。

以前は、一人一人全く違う人間の身体を、「適切に評価して、必要なことをする」ということであったり、「どの筋に問題があるか」などは、解剖学、生理学などの身体の基礎的な知識の膨大さはもちろん、最新の論文、情報も丁寧にフォローしていて、頭でっかちではなく、実際の臨床のレベルも、自分のしているやり方だけでなく、様々なテクニックにも精通しているような「特に秀でた人(いわゆる、その道の天才たち)」が、できることだったのですが、こういった素晴らしい「システム」が開発されてきたことによって、「誰でも、簡単に」できるようになってきているのが現代です。

それはまるで、以前は「自分の知りたい特定の情報に、素早く、効率的にアクセスする」ということが、「一部のコンピュータオタク(ギーク)」だけの「専売特許」だったのが、「スティーブ・ジョブズ」の「iPhone」の登場によって世界ががらりと変わり、誰でもその恩恵に預かれるようになっている状況に似ています。

例えば、「山の天気がこれからどうなるか」は、何年も何年もその山を登り続けてきた「山の達人」が、「もう少ししたら雨が降るよ」と、まるで「予言」のように言い当てていたことが、「山ガール」であっても、スマホをちょちょいと操作すると、かなりの確立で「天気を予想」することができます。

今や「特定の技術は人間から分離され、アプリケーション(システム)になる」ということが、いろいろな分野で起きてきていて、それが身体に携わるトレーナー、ボディワークの業界にも起こってきています。

このことを僕は個人的に、「ボディワークのアプリケーション化」と呼んでいます。

これからどんどんこの傾向は進んでいって、ボディワークを「エンジニアリング的」に考え、それによってどんどん優れた「アプリケーション」ができてくると思います。

今はボディワーカーでありながら、エンジニアリング的な発想もできる人が、この「アプリケーション化」を推し進めていますが(佐藤博紀さんなどはまさにそうだと思います)、そのうちに「優秀で、純粋なエンジニア(つまり、身体の知識は皆無)」に協力してもらって、さらに優秀なアプリケーションが生まれてくることでしょう。

実際に今、海外で出てきてる最先端の医療機器などの分野では、「身体の専門家たち」がアイディア(ソフト)を出して、それを宇宙船などを作れるバリバリのエンジニアによって機械(ハード)が作られているという例が出てきています。それらは大学などの最先端の研究室から出てきているわけではなく、現場のアンテナを張ってるボディワーカーと、優秀なエンジニアの組み合わせによって誕生してきているのがポイントです。


ボディワークのコンピュータの誕生

ボディワークの中に、「ボディートーク」という方法論があるのですが、それは西洋医学の功績である、解剖、生理学などの身体の詳細な情報であったり、それに基づく現代医療の治療法はもちろん、東洋医学の鍼灸の経絡であったり、ヨガなどのチャクラであったり、プラーナだったり、さらには古今東西のエナジーワーク、スピリチュアルワークまで、「身体に関わるものすべて」を集めてきて、それらの「横の関連」を「紐付け(プログラミング)」していって、「チャート(パソコンの基盤のようなもの)」を作り出しました。

それを実際のクライアントさんの身体に、そのチャートにそって「質問」していきます。具体的には、身体が「抵抗するかどうか」という「バイオフィードバック」を拾っていくのですが、身体が抵抗すれば「ノー」、抵抗しなければ「イエス」という感じで、身体に関わる複雑で広大な情報を、質問をすることによって、「0か1かのデジタル情報(デジタル化)」にしていきます。

そうやって、チャートを元にしながら、その人の身体の情報を0か1に振り分けていくと、その人の身体の「現在の症状の原因」が導き出され、「それに対してすべきこと」まで教えてくれます。

僕はボディートークを学んではいませんが、そのアイディアを聞いた時に、「ボディワークのコンピュータの誕生」だと感じました。

(補足:実際の「コンピュータ」は、「この世の中にあるすべての情報を数式で記述する」という「こころみ」の中から誕生してきたものです。)

現在は、西洋医学は西洋医学の中でどんどん「細分化」され、その細かな分野を「縦方向」にどんどん掘り進めてはいっていますが、それぞれがどういう風に関連し合っているのかという、「横方向への関連付け」はあまり十分にはされてはいません。

ましてや、西洋医学と東洋医学とをつなぐ作業であったり、東洋医学や代替療法と呼ばれる業界の中でさえ、それぞれが縦に掘り進めることはあっても、なかなか横のつながりを実現することはとても困難なことでした。

それを、ボディートークを始めた「ジョン・ヴェルトハイム」さんは、今はなきスティーブ・ジョブズさんが、電話、メール、音楽、インターネット、地図、天気、辞書と、今まではバラバラだったものを「紐付け(プログラミング)」して、それぞれが関連し合いながら、スムーズに動くようにしたように「設計(デザイン)」したように、様々なボディワークを「統合」したところに、素晴らしい功績があるなと、個人的に思っています。

ボディートークは、もちろん専門的なトレーニングが必要ですが、「誰でも、簡単に」、高度な療法を行うことが可能になります。

それは、ジョン・ヴェルトハイムさんの身体に関する情報の範囲と量、それらをつなぐ実際的なアイディアと、最終的にはそれを誰でも簡単に扱えるようにしたセンスによるものだなと思います。

こういったように、今まで先人たちが「縦に掘り進めてきたもの」が、どんどん「紐付け」られてきて、手軽なんだけど、かなり高機能な「アプリケーション」として、誰でも利用できるようになることでしょう。


自分というiPhoneに、どんなアプリをインストールするか

この流れはもう止まりようがなく、この流れに「自然に乗れる人」と、「なんとなく嫌悪感を感じ、距離を取る人」とに分かれていくのではないかと、僕は予想しています。

極端な話をすると、これからのトレーナーやボディワーカーは、解剖学や生理学などの専門的な知識をそんなに知らなくても、アプリケーションの通りに身体を見て、それが示す処方をしてあげると、それだけで「結果を出せる」ようになってくるのです。

自分という『デバイス(iPhoneみたいなもの)』に、どんな『アプリケーション』を『インストール』するのか」が、そこでは重要になります。

実際にみなさんの周りにも、新しいアプリが出る度に、自分のiPhoneにどんどんインストールしていって、何の専門家でもないのに、「いろいろなことが、まるで専門家のようにできる人」というのがいると思います。(いわゆる「ガジェット好き」と言われているかもしれません。)

写真をぼかして撮ったり、それに色を付けて加工したりするのは、今では子どもですらできる時代ですが、フィルムカメラで写真を撮って、それを暗室で現像することの手間と労力を知っている人からすると、すごい時代が来たと思っていることでしょう。

そういうようなトレーナー、ボディワーカーがこれから増えてくる時代になると思いますが、自分のFacebookのタイムラインを見ていると、最新の「ボディワークのアプリケーション」を、どんどんインストールしていって、実際のセッションで「成果を上げている」人が、すでにかなり多くなってきていると感じます。

僕はそのことを「否定」はしているわけではなく、むしろ「歓迎」しています。

どんどん若い世代の人たち(正確には、どんどん出てくるアプリケーションの波に「自然に乗れる人」たち)が、僕らや僕らの上の世代の方々が、「苦労して身につけてきたこと」を、パッとすぐにできるような時代になってきて、どんどん活躍してくれればいいなと素直に思っています。

先に書きましたが、「いや、そういうのはあってはいけない。人様の身体に関わらせていただく専門家なのだから、そんなチャラチャラしていてはだめだ。地道に勉強し、真摯に身体に向き合っていかなければいけない」と、「なんとなく嫌悪感を感じ、距離を取る人」もいるのも十分に承知しています。そして僕は、それもそれで「否定」はしていなくて、それでいいと思います。

ただ「二極化が進んでいく」ということで、どっちがいいということが言いたいわけではありません。

このような考えは、「落合陽一」さんという人の、『2017年へ:「幼年期は終わる。今こそバベルの塔を建てよう」(前編)』を読ませてもらって、なるほどなと思ったことを、トレーナー、ボディワーク界にも置き換えて書かせてもらっています。その記事もとても刺激的なので、ぜひお時間ある時に読んでみてください。

大事なポイントとしては、「結果を出す」のを最優先事項とすると、「優秀なアプリケーションを選んだり、扱ったりするセンス(例:どの天気アプリを選ぶか、そしての機能を十分に引き出すように操作できるか)」の方が、「実際に身体を見たり、触ったりする能力(例:いろんな山に何年も何年も登り続けて、時間をかけて、その「勘」を養う)」よりも「効率的」になってくることもあるということです。

そして、だからと言って、クライアントさんが求めることは「結果を出す」ことのみ、というわけでもないので、そうなると「実地で鍛え上げた腕と嗅覚と勘」のようなものの方が、大切になってくることも明らかです。

そのことを、次の章で書いていきたいと思います。


身体に関わる仕事のこれから

「ボディワークのアプリケーション化」がこれから進んでいって、それに「親和性が高い」グループと、「嫌悪感を感じ、距離を取る」グループに分かれていくことは、すでに書いたとおりなのですが、その人たちが「提供するもの」も二極化していくのではないかという話を、最後にしたいと思います。

◯脱個人、脱場所、アプリケーション
・とにかく、目的、効果がありき(治ればいい、痩せればいい)
・誰にしてもらおうと、どこでしようが関係ない
・いかに短期間で終わるかが重要
・目的、効果に応じて料金は上がるが、安価でも提供可
・業界のいろいろなものが混ざるが、あくまで「並べ替え」

◯個人が際立つ、場の存在、そこでだけできる経験
・全人的なアプローチ、高尚で、高次な体験が大切
・その人にしてもらうこと、その素晴らしい場にいることが大事
・そこでしかできない、個人的な体験
・プレミアムな値段設定
・業界がシームレスに「溶け合い」、「統合」されている
 それか、あえて一本(例えば、鍼灸のみなど)でいく

まず最初の方ですが、こちらは「脱個人」であるので、「個人の能力」は関係がなく、「アプリケーション」の機能が優れているかどうかが大事になってきます。

店舗を出すとしたら、「うちはこんなアプリケーションをインストールしています」というのが売りになってきますし、もしも個人で活動するトレーナーだとしたら、実際的な手技のテクニックや、エクササイズ指導の上手さという「個人の能力」ではなく、「どんなアプリケーションを選ぶかどうかのセンス」であったり、その「アプリケーションの操作技術」そのものが大事です。(いくら「アプリケーション」自体が優秀だとしても、それを「使いこなせる」ことができなければ意味がありません。)

場所はどこでもよく、駅に近かったり、自宅でできたり、なるべく「移動のコスト」もかけず、「金銭的コスト」もかけずに、「目的、効果にコミットする」というのが重要です。

「目的、効果」がはっきりしているので、「なるべく短期間で」という「効率化」も大切になります。

都内の駅近くのマンションの一室で、座り心地のいいソファにゆったりと座り、耳にはつけ心地のいいヘッドホンを付けて、ヒマラヤの奥地で修行している聖人のマントラであったり、川の流れや海の波の音のような自然音であったり、その人のチャクラのどこに滞りがあるかどうかもアプリでわかっているので、それに応じた音、周波数が流れてきます。

鼻には吸引ノズルが付けられ、匂いもアプリから割り出されたアロマの香りが出てきて、最高のリラックス状態がそこにはセッティングされます。

その状態で、トレーニングされたスタッフが、ボディワークのアプリケーションのいずれかを手際よく実施して、身体が構造的にも整えられます。

最後にその時に必要なサプリを摂取して終了します。

これは「身体のリセット」コースをイメージして書きましたが、これが「痛みの除去」が目的であれば、それは病院で違った形で行われるかもしれませんが、そこはそんなに大きな違いはないと思います。

そして、レビューが書かれ、それぞれのお店、人は星の数で評価されるような感じになると思います。

その一方では、高野山で世界的にも有名な僧侶を招いての瞑想リトリートが開かれます。

昔から脈々と受け継がれてきた、修行の地として「場の力」を感じながら、集団瞑想で魂が浄化されたような、高次な体験をします。

食事は全国から集められたオーガニック食材を使って、然るべきシェフが、最高の技術でそれを料理したものをいただきます。

そして自分で選択したボディワークのセッションを受けることもでき、様々な種類のボディワークがオプションとしてあり、一流の素晴らしい技術を受けることがそこではできます。

そこに自分で行かなければ、その「場のエネルギー」を感じたり、「その人にしかできないボディワークの技術」を体験することができません。誰もが同じではなく、「自分だけの個人的な体験」がそこでは大切なポイントです。

「特定の技術は人間から分離され、アプリケーション(システム)になる」と書きましたが、それでも「その人にしかできないこと」は「特定の人間に残る」と思います。当然です。

それには、素晴らしい「価値」があるので、どんどん「プレミアムな値段設定」になってくることは避けられません。そうであっても、「それでもその人から受けたい」という人がかなりの数いると思います。

今回は、かなり単純な「二極化」の比較をしましたが、もちろん、それらが混ざりあったものや、いいとこ取りの中間のようなものも登場してきて、「多様化」も進むとは思います。

そして、そんな未来の「予兆」のような「サービス」も、現実に登場し始めてきています。(例:高級列車でゆったりと優雅な電車の旅を楽しみながら、目的の旅館を目指します。自然豊かな、静かな旅館に1週間ほど滞在して、精進料理やオーガニック食材を使った料理をいただき、温泉に心ゆくまで浸かり、その間、瞑想やボディワークを受けることができます。自分を「リセットする」、「癒やす」、「禊をする」などのテーマに沿って、様々なプランが選べます。)

もう一度ここで、「完全食:サイレント」を作り出した、ラインハートさんの言葉を引用したいと思います。

『将来の食事は「効用や機能のための食事と、体験や社交のための食事のふたつに分かれていくだろう」と予想する。』

これからトレーナーやボディワークの業界も、「効果や機能のため」のものと、「体験や社交のため」のものに分かれていくのではないでしょうか。

「結果にコミットする」という宣伝文句のダイエットを売りにしている会社もありますが、多くの知り合いトレーナーが、「結果がすべてです」とまっすぐな眼で言っているのも見てきました。

これは時代の流れで、様々な形の「結果」がさらにシビアに求められてくるのは、どうにも避けられないでしょう。

それはそうだよなと思う半分、「本当にそれだけでいいのかな」と思う自分もいます。

「結果が大事なのではなく、そこまでに至るプロセスであったり、そこまでしてきた体験が重要」と言う人もいます。

それもわかります。これからのボディワークのセッションは、「なんだか痛みが取れるとか、そういうことだけでなく、自分のことをより深く見つめられる体験でした」というような「体験そのもの」に「価値」があると、広く認識されてくるようにもなってくるとも思います。

僕個人がこれから進んでいく方向としては、後者の方になっていくと思います。

自分のロルフィングを受けてもらうと、「他の人とはまた違う感じのセッションでした」などと言ってもらうことがあります。自分のしていることは、「アプリケーション化」しにくいなとも感じますし、「痛みを必ず取る」という「特定の効果にコミットする」というタイプでもないので、自然に後者に向かっていくことでしょう。

でも、前者が良くないとか、否定しているわけでもありません。

僕自身も歯が痛くなって、歯医者に行くこともあるので、その場合に求めるものは「すぐに出る効果」です。「体験」とか、「プロセス」とかは要らないので、「なるべく早く、この歯をなんとかしてほしい」と思います。

一人の個人が、その状況では、「効果や機能」を求めるべきなのか、「体験や社交」を求めるべきなのかを、「選択」するようになってくると思います。

それは、「電車の乗り換え」の際に、「自分のiPhoneのアプリで検索する」べきか、「めちゃくちゃ詳しそうな駅員さんを探す」べきなのかを、僕らは自然に「選択」していますし、「この寿司屋さんで食べるべきネタを決める」際に、「このレストランの食べログを開いて、レビューの中から探す」べきか、「目の前の職人としてこだわりがありそうな板前さんから聞く」べきなのかも、人によってどちらかを「選択」しています。

今回のこの記事は、どっちがいいとか、悪いとか、ということではなく、「こんな未来が訪れたら、どうなるのかな」という想像のきっかけにしてもらえたらと思っています。

僕も僕なりに、「来るべき未来のために今から何ができるかな」と、じっくりと考えたり、このことを友人とディスカッションしてみたりして、その未来につながるような行動をし始めています。

多くの人が、健康で、健全な人生を楽しめるように、今できることを、この地方山形で、丁寧にしていきたいなと思います。




Yuta

( Posted at:2017年10月 5日 )

友人が自分を紹介してくれること。

同い年の友人に竹野くんという人がいます。

以前、山形でしたセミナーに東京から参加してくれて、それから仲良くなりました。

彼は接骨院に勤務しながら、日々たくさんの患者さんに徒手による治療を行いながら、トレーニング指導もできるし、最新のメソッドの探求にも余念がなく、僕のロルフィングの師匠の「佐藤博紀」さん(みんなからは「ヒロさん」と呼ばれています)のセミナーにも、東京から大阪へ何度も足を運んでいます。

勉強熱心だし、聞き上手だけど、自分の考えてることも自分の言葉で伝えてくれるし、いつも会うのが楽しみな人です。

なかなか同じような職種で、「友人」と呼ばれる人というのはあまり多くないと思うのですが、竹野くんはそんな一人です。

ヒロさんのセミナーに参加した時に、「勇太のタッチに似てる」と言われたみたいで、それで山形のセミナーに参加してくれたようでした。

そんな彼は、ヒロさんから学んだ「IMAC」といろいろなコンセプトを統合させながら、フリーのボディワーカーとして活動していくようです。

彼のブログで、僕のロルフィングセッションのことを紹介してくれている記事を見つけました。

東京でもたまに出張ロルフィングをしているのですが、その時に何回か僕のセッションを受けてくれて、その時のことを書いています。

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カラダを整え、動くカラダへ! 竹野健太郎ブログ
「take no karada life」


記事の中で、「大友くんのセッションなんかは一種のマインドフルネスじゃないかと勝手に思っています」とあります。

自分自身でも「そうかもな」と思うことがあります。

同じ記事の中に、マインドフルネスという考えのことを、「評価や判断を加えずに、『いまここ』の経験に対して能動的に注意を向けること」と、本から引用していますが、これは僕もセッションの中で大切にしていることです。

festaには、「長年の痛みをどうにかしてほしい」という方や、「いろいろな病院に行ったけど、あまりよくならないんです」などという方もいらっしゃいますが、「痛み=悪(ダメなもの)」とすぐに「判断」するのではなく、「今現在、身体がどんな感じがするのか(身体が何を言わんとしているのか)」に注意を向けていきます。

そうすることで、その「痛みという経験」が、「形や質感が変化(痛みの変化、軽減)」してきたり、そのうちに「なくなる(痛みの消失)」ということも起こってきます。

あまりグイグイと押したり、バキッと関節を鳴らしたり、身体を手際よく操作したりするというセッションではなく、「ただ手を置いて、そこから起きる身体の反応に付いていく」という感じのセッションなので、それだけで苦しんでいた痛みから解放されるということが起きたりすると、なんだか「狐につままれたような」表情をされる方もいます。

それほど、「ただそこで起きることを静かに見つめる」という「マインドフルネス的なセッション」は、「パワフルで深い」ものにもなりえると思っています。


なぜ「マインドフルネス」をするのか

ここで、「Healing Writing」という、「書きながら癒されること」を提案されている「つなぶちようじ」さんの記事を紹介したいと思います。

「僕のしていることは、マインドフルネスに近いと思います」と書くと、「じゃあ、マインドフルネスは何をしてくれるの?どんないいことがあるの?」と思われたり、「マインドフルネスは、痛みをなくしてくれるの?」と聞きたくなる方もいらっしゃると思うので、下に載せるつなぶちさんの文章を読んでいただけたらうれしいです。


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あなたの行動を決める言葉は何ですか

「気持ちいいもの」を数日書いていると、だんだん楽しくなってきて「もっとたくさん書きたい」と思ったりしませんか?

または「もういいや」と思いませんか?

または「やっても意味ない」と思ったりしませんか?

このように思うようになってから、「気持ちいいもの」を書く行為が意味のあるものになるかならないかが決まります。

もちろん、この先に進まなくても結構です。

瞑想をしたことありますか? または座禅を組んだことはありますか?

あれ、やってもたいして意味がないとも思えますよね? だけどやる人はやる。何かを求めて。その何かは、その人次第の何かです。この「気持ちいいもの」を書くことも、あなたが何かを求めて書き続けると、いろんなことが現れてきます。それは問題であったり、気づきであったり、思わぬ記憶であったり、いろいろです。

なので、ここから先はあなたが手探りでやっていくことが大切です。僕がいろんなことを教えてしまっては、自分で本当に何を見つけたのかわからなくなってしまいます。

(Haling Writing, 「あなたの行動を決める言葉は何ですか」

・・・・・・


つなぶちさんは、「Healing Writingの実際」として、「気持ちいいもの」を書くということをおすすめされています。

「気持ちいいものを書いて、何の意味があるの?何が起こるの?」という疑問があるかと思いますが、文中に「だけどやる人はやる。何かを求めて。その何かは、その人次第の何かです。」とあります。

そして、「あなたが何かを求めて書き続けていると、いろんなことが現れてきます。それは問題であったり、気づきであったり、思わぬ記憶であったり、いろいろです。」と続いています。

「マインドフルネス(瞑想、または座禅)」も同じようなことが言えると思います。

僕のロルフィングセッションも、受ける人は「すぐに受けます」と決断されます。それがいいとか、悪いとかということではなく、その方は「何かを求めて」受けたいと思われるようです。

その「何か」は、決断されたご本人にも、ロルフィングをする僕にもわからず、やっていくうちに次第に見えてくるようになります。

その中で、身体の痛み、不調が軽減したり、なくなったり、ずっと見ないふりをしていた問題が出てきたり、小さい頃の思わぬ記憶が浮かんできたり、様々なことが起こってきます。

それを最初から「予想する」ということは難しく、そういうことで先に書いたような質問には、答えに困ってしまうのです。

スタートする前から明らかなのではなく(ゴールが明らかだからスタートするのではなく)、なぜかもうスタートしてしまって、そこから「発見的」に道を進んでいきます。

そしてある程度進んでいくと、「ああ、なるほど、私はここにたどり着くためにスタートしたのか」と、「事後的」にその理由を知るのです。

そういうプロセスが、「マインドフルネス」では起こってきます。

「予想をすること(先を読むこと、または空気を読むこと)」が、とても大切にされている現代ですが、それゆえに「いまここにいること(先に起こることをつかまえようとせずに手放すこと、または空気の流れを把握しようとせずに空気自体を味わうこと)」が難しくなりすぎているようにも思います。

自分でそういう時間を作ることができればいいとは思うのですが、なかなかそれができないという人は、「身体を委ねる」ということも大切になると思います。

僕がするロルフィングは、「なるべく何もせず、起こることを見守る」ということを大切にしているので、受けてくださる方も安心して「自分の身体に何が起こっているのか」に集中することができると思います。

それを「マインドフルネスじゃないか」と思ってくれた友人は、さすがだなと思います。

竹野くんは東京でセッションをしていますので、気になる方はウェブサイトを覗いてみてください。




Yuta

( Posted at:2017年10月 4日 )

モニターCさんの感想(セッション10 | 40代 女性)

今年の1月の終わりから始まったモニターCさんも、今回が最後のセッション10になります。

セッション1の際に書いていただいた問診票をもう一度載せてみます。

・右肩腱板炎 夜に痛みあり、結帯動作(後ろに手を回す)ができない。
・7年前に子宮内膜症を手術して、腹部に数カ所傷跡がある。
   数年前に再発し、生理を止めたら、予後は良好。
   現在は経過観察中。
・両ふくらはぎを、数年前にそれぞれ肉離れした。
・普段、頭痛もあり。

この他にも、「内側にもこっと盛り上がったふくらはぎ」というのが、立った時に「目立つクセ」としてあったのと、歩いた時にドンドンと音のする「強いヒールコンタクト」が気になりました。

それが10回のセッションを受けていって、どう変化したのかをCさんの感想を見ながら振り返っていきたいと思います。

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10回目

いよいよ10シリーズ最後の日

最近特に感じた変化は頭痛がないこと
気づけば1ヶ月以上薬を飲んでいない
ひどいときには1日2回は服用していたのがめっきり減りました
問題の右肩も緩やかに確実に良くなっています

今回のセッションではややねじれが出ているので補正してもらう
そして前々回位から不思議だったこと
セッションの時は大友さんの手が温かくて室温も適温なので寒さを感じることはないのですが、セッションの終わり辺りに急に体を冷風が吹き抜けるように寒さを感じること
一瞬なので気のせいか?とも思っていたのですが、大友さんに聞いてみると『それが抜ける、ということです』
なるほどなぁ~と思いました

だいたい2週間に1度のスパンでロルフィングを受けることが出来て、とても良いリズムで変われたような気がします

姿勢や体の見た目が変わり何となくジムでのトレーニングの方にも良い影響が出ているような気がします
そしてこれは私のあくまでも主観ですが、性格が変わるというような大袈裟なものではないのですが、物事の受け止め方や自分を取り巻く人間関係にソフトに広く関われるような余裕が生まれている
ロルフィングをしてすごく変わった!!ということではなく、これから少しずつ変わるようなリアルな兆しを感じていると思いました

たぶん間違いなくメンテナンスは必要になってくると思いますがそれもまた楽しみです

ありがとうございました

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Cさんはモニターの募集をする前に、一度、体験説明会にお友だちと来ていただいてから、少し時間が空いてからのロルフィングの10シリーズ開始になりました。

その間にご家族の入院などがあり、その疲れの影響もあってか、身体が「バタバタバタと」不調を感じるようになってきたようでした。

ロルフィングのセッションを進めていくと、「変化に対してのオープンさ」がCさんにはあったので、僕も予想していなかったような変化を数多く体験することができました。

「ぱっと目を引くクセ」であった、「内側に盛り上がったふくらはぎ」も、「強いヒールコンタクト」も、回を重ねるごとにどんどん目立たなくなってきて、最後には、「以前がどんな状態だったのかを思い出せない」ほど、ニュートラルな姿勢になっていました。

今までの感想でも、友だちや知り合いに「何か変わったね」と声をかけられたというエピソードも紹介してくれましたが、「第三者が気づいてくれる変化」というのは、「主観的に感じる変化」よりも、深く大きなものなのではないかなと思います。

人は「自分のしている行動に理由を求める」ので、「なぜロルフィングの10シリーズを受けるのか」という行動に対して、「自分では長年の猫背が改善したように感じるから」という理由をつけて「納得」しようとしたりします。

それがゆえに、実際にはそんなに変化していなかったとしても、「猫背が変わった(と思いたい)」という「思い込み(願望)」を無意識に持っていたりするのですが、Cさんの変化は「客観的」に見ても、ある程度わかるものだったのではないかと思います。

僕も、「自分のロルフィングは最高だ」とか、「自分のしていることに間違いない」と思っているわけではないので、受けてくださる方が変化を感じてくれるのはもちろん、その周りの方が変化に気づいてくれたりすると、すごくうれしいですし、自信にもなります。


つっかえが取れ、流れ出す

セッションの後半に、「冷風が吹き抜けるように」という表現がありましたが、ロルフィングの受けているとよく起こる「反応」なので、少し説明をしたいと思います。

同じようなことを、とてもわかりやすく書かれている本があって、「身がまま整体」をされていらっしゃる「片山洋次郎」さんの『整体かれんだー  -旬な身体になる- 』という本です。

その中からいくつかおもしろいところを引用させてもらいます。

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Q:ひとことで言って整体って何ですか?

身体を物理的に治したり、修理したりということでなく、身体のはたらきを調整して、元気を引き出す技術です。呼吸が深くなるということがカギです。

Q:病気を治すんですか?

直接痛みを楽にしたり、気分をよくしたりするということはありますが、病気を治すことは直接の目的ではありません。

Q:骨盤や背骨の歪みを矯正するんですか?

ここでは「背骨や骨盤の歪み」といわれる状態を、身体が自らバランスを取るための動きの途中の状態としてとらえます。ですから矯正して元に戻すのではなく、その動きを積極的に促して自らの動きのリズムの中でバランスを取れるようにほんの少しの補助をするようにします。

Q:具体的にはどういうことをするんですか?

①そっとふれて気を通す方法
(箇条書きにまとめます)
・手を添えるように触れると、自動的に呼吸が深くなる反応が起きて、自ら最適なバランスや体勢を選ぶ方向に動く
・施術者の手と受け手の身体が、互いに響きあうような感じから全身に反応が広がる

②は省略

Q:「気を通す」ってどんな反応が起きるんですか?

・手のひら、それと同時にふれられている身体の中が温かくなる
・ふれているところ以外のからだのどこか(たとえばお腹の中など)
 が温かくなる
体表が涼しくなる
何かが流れている感じがする
・ジーンと振動するような感じがする
・筋肉がゆるむ(逆に一時的に張ってくる感じがすることもある)、
 リラックスする
・筋肉がぴくぴく動く
・呼吸が深くなって(下腹で自然に呼吸)ほっとする、
 落ち着く感じがする
・下腹が引き締まる感じ、重心が下る感じがする
・頭、首、肩が軽くなる
・視界が明るくなる

感じ方は人それぞれ違いも大きいのでこれらの感覚が分かりにくい場合も、なんとなくの感じがすればOK。最初からよく感じるという人もいればだんだん分かるようになる人もいます。感じる感じないに関わらず反応は起きています。

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すごくわかりやすく、「整体で何が起こっているのか」が説明されていると思います。

そして、それはそのまま「(僕の)ロルフィングで何が起こっているのか」も説明してくれているような気もします。

たまに受けてくださる方に、「ただ手を触れているだけで、気を通しているんですか?」などと聞かれることがありますが、自分ではその意図、意識はありません。

身体は「いきもの」であるので、こちらが「触れる」というシンプルな「刺激」を与えるだけでも、いろいろな「反応」を見せてくれます。そして、片山さんも書かれていますが、その反応は人によっても違いますし、その人の中でも毎回違います。それがおもしろくて、日々、ロルフィングをしているという感じです。

「(結果的に)気を通す」ことにはなっているのかもしれませんが、「エゴのない、透明なタッチ」を心がけているというのが、僕のしていることです。

今回のCさんは、最初は僕の手も温かく、それを感じていてくれていたのが、最後の方に「寒さ(涼しさ)」感じたと感想に書かれています。

引用させていただいた、「『気を通す』ってどんな反応が起きるんですか?」というところの、「体表が涼しくなる」というところと同じようなことが起きたのだと思います。

さらに、「冷風が吹き抜けるように」とあるので、「何かが流れている感じがする」という反応も起きていると考えられます。

本の中で、「のぼせ」のことについても書かれているのですが、「容れ物」である「身体の構造」が歪んでいたりすると、「中身」の「体液」であったり、「気(エネルギー)」が滞りやすくなり、「つまり」が生じてくることによって、「のぼせ」が起きやすい状態になります。

いわゆる「気が上に上がっている(地に足が着かない、下腹の力が抜けている、頭が過剰に働いている)」状態なのですが、それが「抜ける」時には、「何かが流れている感じ」がして循環がよくなり、いろいろなものが巡るようになることで「涼しく」感じるようになるということになります。

「何かつまっていたものが取れて、それによって巡るようになり、涼しさを感じた」というのが、今回の感想に出てきた反応だということになります。


「蒔いた種が芽を出すような」体験として

感想の最後には、身体が変わってきた結果として、「心」の部分にも変化が見られてきたことが書かれてあります。

僕自身も、ロルフィングの10シリーズを終えた時には、「全く別の自分」になっていました。

身体がどんどん整っていったのはもちろんですが、「今までとは景色が違って見える」ような感じで、「世界の見方、感じ方」まで大きく変化したような感じでした。

そこからも変化はじわじわと続き、トレーナーの仕事を辞めて、海外でロルフィングを勉強し始めて、ロルファーとしてロルフィングを提供することが自分の仕事になり、今ではそのおかげで自分の家族と楽しく生活できています。「人生、何のきっかけで変わっていくかはわからない」なと、つくづく思います。

Cさんも「これから少しずつ変わるようなリアルな兆し」と表現されていますが、「この経験をきっかけに、いろいろなことが変わってきそうな気配」を感じられているようでうれしいなと思います。

大学生の頃に、ふと思い立って「お遍路さん」をしたことがあります。

別に真言宗でもなければ、空海さんに興味があったわけでもないのですが、大学生の夏の思い出として、四国88ヶ所を野宿しながら自分の足で歩いて周りたいと思い、45日間をかけて1,600kmほどを歩きました。

その途中で、お寺でお坊さんに話しかけられて、こんな言葉をもらいました。

「あなたのこれから歩く一歩一歩は、種を蒔いているのです。すぐに芽を出す種もあれば、1週間、1年、何年も経ってから芽を出すものもあります。そう思って、これからの道を歩いていってください。」

最初は、「何をこの人は言ってるんだろう?」という感じだったのですが、「ロルフィングの10シリーズを受ける」という経験もした僕には、なんとなくその「伝えようとしていること」がわかるようにもなってきました。

少しだけ、僕には「お遍路さん」と「ロルフィングの10シリーズ」が、似ているところもあるかなと思っています。

Cさんにとって、この経験が素晴らしいものになっていってくれればと思います。

モニターCさん、ありがとうございました。




Yuta

( Posted at:2017年9月 8日 )

2017年10月28日(土)、29日(日)は「2人の認定ロルファー™による 筋膜リリースとトレーニングセミナー in 山形 vol.3」

2017年10月末に、今回で3回目の名古屋のロルファーの伊藤亮輔くん(僕はイトウくんと呼んでます。)と、山形でセミナーをします。

イトウくんが下肢と頚部への筋膜リリース、僕がトレーニングする前の、準備、仕込みの考え方をみなさんと共有したいと思います。

なかなか認定ロルファー2人で教えるセミナーも少ないですし、ロルフィングのコンセプトを持ちながらトレーニング指導している人もいないので、以前は東京から参加してくださる方もいました。

今回もパートナーを組むイトウくんは、ロルフィングを学ぶユニット1、2でクラスメイトでした。すごく勉強熱心な彼がいたので、とても中身の濃い学びの時間になりました。英語の面でも助けてもらって、本当に感謝している存在です。ロルファーになった後も、世界各地のセミナーに参加して、自分の知識、技術を深めています。

最近では、海外のボディワーカーの中では知られた存在である「The Barral Institute」という組織があって、「内臓マニピュレーション」、「神経マニプレーション」の総本山でもあるのですが、そこで「公式アシスタント指導者」として教えています。つまり、日本人として、そこで世界中の人たちに教える資格まであるのです。これはすごいことです。それがここ山形で学べます。

僕自身も、今までアスリートとトレーニングをしてきた経験から、トレーニングをする前に、まずは整えておくという考えを伝えられたらと思います。なるべく参加していただいた方には、実際に動いてもらって、身体でわかってもらえる内容になればいいなと考えています。

2日間セミナーをしますが、1日だけの参加でも大丈夫です。お時間がある方は、ぜひ参加してみてください。


2人の認定ロルファー™による
筋膜リリースとトレーニングセミナー in 山形 vol.3


日時:2017年10月28日(土)、29日(日)  
       
  9:45 - 10:00 受付
10:00 - 13:00 筋膜リリース(伊藤 亮輔)
13:00 - 14:00 昼休憩 
14:00 - 16:00 筋膜リリース(伊藤 亮輔)
16:00 - 16:15 休憩・質問
16:15 - 18:15 トレーニング(大友 勇太)
18:15 - 18:30 質問・参加者交流  
 ※両日とも同じタイムスケジュールです。
               
内容:
28日
スポーツ選手へのトリートメントに使える下肢への筋膜リリース
鍛えるために整える  - トレーニング前の大事な仕込み -
29日
・現代人の多くが悩みを抱える頚部への筋膜リリース
・間合いで変わる身体 - 他者と呼応する -
                                                                                           
受講料:各日15,000円(両日参加の場合は、28,000円)    
     ※料金はお振込みでのお支払いになります。
         振込先は申込みされた方にお知らせします。

定員:各日12名(最低催行人数:各日4人) 

持ち物:筆記具、動きやすい服装(インシューズは不要)

場所:山形市総合スポーツセンター 軽運動場(2F)
   〒990-0075 山形県山形市落合町1番地 
     TEL:023-625-2288

申込先:メール info@rolfing-festa.com
          電話  090-2954-8207(大友)

※申込の際には、以下の情報を教えて下さい。
1. 氏名/ふりがな      
2. 住所      
3. 電話番号      
4. メールアドレス     
5. 職業/保有資格 
6. 活動場所/内容      
7. 領収書の有無      
8. セミナーで学びたいこと 


【キャンセル料について】
セミナー開催日2週間前でのキャンセル   50%返金  
セミナー開催日2週間以内でのキャンセル  返金はありません

【セミナー内容の詳細】
10月28日(土)
「スポーツ選手へのトリートメントに使える下肢への筋膜リリース」
講師:伊藤 亮輔
どんなスポーツであれ、スポーツ中には必ず下肢への負荷がかかっています。このセミナーでは、大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋、大腿四頭筋、腸脛靭帯、腓腹筋、腓骨筋、前脛骨筋、後脛骨筋という、下肢全体への筋膜リリースを指導していきます。球技スポーツ選手の下肢の疲労を効率よく取り除きたい、ランニング系のスポーツ選手をよくケア、トリートメントする機会があるという方にはおすすめです。また下肢への筋膜リリースは、筋膜リリースの基本を学ぶのにも適しています。

「鍛えるために整える  - トレーニング前の大事な仕込み -」
  講師:大友 勇太
身体をウェイトトレーニングなどで鍛える前に、まず整えることが大切であると考える、スポーツ現場のトレーナー、トレーニング指導者が多くなってきました。講師がトップアスリートのコンディショニングをサポートした経験から、まず鍛える前にしておきたい「仕込み」を、身体を動かしながら学んでいきます。仕込みをしっかりと行うと、トレーニングのポジションが取りやすくなり、トレーニングの効率が大きく変わってきます。

10月29日(日)
「現代人の多くが悩みを抱える頚部への筋膜リリース」
講師:伊藤 亮輔
一日中パソコンに向き合っての仕事であったり、どんどん便利になるスマホの影響で、「(自然にはない)平らな画面」を見つめる時間は、年々増えていっています。それで多くなっているのが、慢性的な肩、首こりや、突発的なギックリ首です。このセミナーでは、胸鎖乳突筋、斜角筋、僧帽筋、中頚筋膜、頚筋膜浅層、舌骨周辺の筋膜、後頭下筋群などの触診、筋膜リリースを指導して、それらに対して、適切なアプローチができるように学んでいきます。

「間合いで変わる身体 - 他者と呼応する -」
  講師:大友 勇太
行きつけのカフェに「なんとなく居心地のいいところ」というのがあって、それ以外の場所だとなんだか落ち着かず、本を読むことにも集中できず、隣の人の話し声も気になることがあります。また、家族でテーブルを囲む際には「なんとなくの定位置」が決まっていたりもします。人は知らず知らずのうちに、周りの環境、人とのバランスを取りながら生活しています。身体の余分な緊張は、他の人との間合いや、ポジション取りが適切ではないかもしれません。適切な間合いをこの時間で探っていきたいと思います。

【講師プロフィール】
伊藤 亮輔(いとう りょうすけ) 公認ロルファー™
1987年愛媛生まれ、名古屋市在住。高校卒業後に渡米し、アラバマ州立トロイ大学で運動生理学を学ぶ。学生最後の学期に全米からトップレベルの選手が集まるチャンピオンスポーツ医療(CSM)、アメリカンスポーツ医療機構(ASMI)でインターン。主に野球選手の動作解析助手とアスリートのトレーニングを担う。卒業と同時にロルフィングを勉強。帰国後はセッションの傍ら東京、大阪、名古屋、松山、長崎で筋膜リリースの講習を行う。2013年、四国アイランドリーグプラス愛媛マンダリンパイレーツのトレーニングアドバイザーを務めた。  
Webサイト: https://ryosukeito.wordpress.com/

大友 勇太(おおとも ゆうた) 
公認ロルファー™、ロルフムーブメントプラクティショナー™、JATI-ATI
1984年秋田生まれ、山形市在住。中京大学体育学部を卒業し、神戸の藤田整形外科・スポーツクリニックでトレーナーとして2年半勤務。2010年にロルフィングを学び始め、ユニット1、2では伊藤亮輔とクラスメイトになり、2011年にロルファー及び、ロルフムーブメントプラクティショナーの認定を受ける。2012年から神戸でRolfing House festaを開業。2014年には山形に引っ越し、現在は「とんがりビル」で活動中。ロルフィングの施術の傍ら、山形市内の高校の部活動や、日本代表レベルのアスリートへのトレーニング指導も行う。




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2017年8月30日 )

(残り1枠)2017年9月の神戸出張ロルフィングのお知らせ。

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あまり知られていないことですが、今住んでいる山形市というのは、長らく「日本最高気温」のタイトルホルダーでした。

1933年に「40.8℃」を記録して、2007年の埼玉県熊谷市と、岐阜県多治見市の「40.9℃」に抜かれるまでの「74年の間」は「日本一の暑さを記録した街」だったのです。

山形市に来てみるとわかりますが、蔵王連峰を始めとした、立派な山々に四方を囲まれているので、見事なまでの「盆地」なのです。

神戸の人からすると、「山側」は決まった方角を示す言葉ですが、山形市に来ると、方向感覚がずれるかもしれません。いかんせん、「あっちを向いても、こっちを向いても山」なのですから。

そんな山形市の今年の夏は、7月はその実力をいかんなく発揮して、神戸よりも暑い日が続いていたのですが、8月になると急に元気がなくなって、なんだか拍子抜けの暑さだなという感じです。

次回の神戸出張ロルフィングの予定は、9月を予定していますが、まだまだ神戸の夏は終わらず、暑い日が続いていると思います。

「夏の疲れ」が出始める時期かなと思いますので、身体のリセット、リフレッシュが必要な方は、ぜひこの機会にロルフィングを受けてみてください。

(予約状況は9月4日現在です)


9月8日(金)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


9月9日(土)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ○
⑤18:00 - 20:00 ×


9月10日(日)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


【場所】
2ヶ所でのセッションになりますが、どちらも三ノ宮駅から徒歩10分以内の場所になります。ご予約いただいた方には場所の詳細をお知らせします。

【セッション料金】
 12,000円

【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2017年8月20日 )

『RuntripMagazine』さんで、festaのロルフィングが紹介されています。

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最近、「ランニングブーム」で、僕の周りにもたくさんのランナーの友だちがいます。

昔は走るのが大好きで、暇さえあれば1時間ほどは走っていました。

今ではほとんど走らなくなりましたが、機会さえあれば、また走ろうかなと思っていたりもします。

さて、そんなランニングの情報がたくさん詰まった『RuntripMagazine』さんに、festaのロルフィングを実際に体験していただいて、その記事を書いていただきました。

実際の記事はこちらです。

"身体の再教育"ってなに? 「ロルフィング」がランナーに向いている理由

受けていただいたライターさんは、かなりアクティブな方で、日頃から身体を動かしていらっしゃることもあり、僕のロルフィングのタッチにもかなりレスポンスがよく、いろいろな変化を感じていただけたようでした。

「ランニングとロルフィングの相性いい」と、僕個人的には思っていて、今までにオリンピックレベルから、市民ランナーまでいろいろなレベルのランナーの方にロルフィングをさせていただきましたが、いろいろな感想をもらいました。

・走っている時の呼吸が楽だった。
・いつもとは違った筋肉が使えている。
・走ると痛くなってくるところが、大丈夫だった。
・接地の感覚、重心の移動の感覚が違った。
・走るのが楽しくて、いつもより長く走った。

ランニングを楽しむ人が増えてきて、自分に合った方法で、姿勢やコンディションを整えたり、パフォーマンスを上げたいと考えている人も多いと思うので、それをロルフィングでサポートできたらいいなと思います。

記事を読まれて、festaのロルフィングに興味を持たれた方は、ぜひご連絡ください。




Yuta

( Posted at:2017年8月18日 )

モニターBさんの感想(セッション6 | 40代 女性)

モニターを受けてくださる方の中では、Bさんは「1ヶ月に1回」のペースで受けている、「長期に渡るプロセス」のケースなのですが、それでもしっかりと身体は変化してきてくれているかなと思っています。

Bさんの最初の頃は、「身体が悲鳴を上げる」ような状態だったのですが、その節々からの悲鳴を「生み出している土壌」自体の改善が、少しずつですが着実に進んできているように感じます。

今回はセッション6ですが、どんな感じだったのか感想を見てみましょう。

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本日6回目の施術を受けてきました。

腰が張り始め、苦しかったのですが、尾てい骨や背骨との繋がりなど、大切な部位に対してのセッションである事を説明していただいてから、施術していただきました。

臀部は押されるとかなり痛かったですが、凝り固まってる自覚があったため、想定内でした。

膝に古傷もあるため、膝下には歪みがあり、左腰も張るために、左股関節の可動域が少なく、少し違和感がある状態でしたが、施術が終わると腰も楽になり、脚の歪みも、ウエストから腰骨にかけてのラインも左右対象になり、身体も軽くなりました。

毎回次回まで1ヶ月開いてしまうのですが、元に戻るということもなく、どんどん身体が整い楽になってくるのを実感できるようになりました。

やはり筋肉が凝り固まるというのはよくないことしかないため、ストレッチを欠かさず行いたいと思います。

次回の施術が楽しみです。

※内容が変わらない程度に、少し加筆、修正しています。

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「10シリーズを受ける頻度はどれくらいがいいんですか?」

ロルフィングを受ける頻度は、「1〜2週間に1度」が推奨されていて、それよりも早すぎると、セッション後にも続いている「変化のプロセス(余韻)」が落ち着く前に、またセッションを受けることになり、身体が変化に「追いつけなくなる」ようになります。

セッション中には、様々な「情報(刺激)」が身体に入ることになりますが、それに身体が「反応」することで、それが受けてもらう人が感じる「変化」になっていきます。

その情報を身体が受け入れる際に、「処理できる容量(個人差があり、個人の中でも変化します)」を超えてしまうと、身体が「(情報が多すぎて)お腹いっぱい」の状態になってしまって、「ネガティブな反応」を示すようにもなるので、ロルファーとしてはその「塩梅の見極め」が大切になります。

「ちょうどいい」刺激が入り、身体が「健全(理想的な状態)へと向かう反応」をしてくれるのを目指しています。

反応には、「身体に手を置くと、すぐにその部分がゆるみ始めた」というような「短期」の反応もあれば、「最初は、身体が温かくなってきて、そこから腰の辺りがすーっと伸びる感じなってから、今度は頭の後ろの辺りが広がってくる感じがありました」という「(少し時間差がある)中期」のものもあります。

さらに、最初に「余韻」という言葉を使いましたが、「セッションの後は、すごく寝付きがよくて、朝の目覚めもすっきりでした。そこから2、3日は身体が軽くて、首のだるさもなくなってきて、週の後半からは、それが落ち着いてきて、身体に馴染んできたような感じです」という風に、「(種を蒔いて、それが芽を出すような)長期」の反応もあります。

このように、ロルフィングは「受けた後が一番楽で、家に帰ったら、すぐにまた肩こりが気になり始めました」というような、「クイックマッサージ的」な短期的な反応だけでなく、「効果がじわじわと出てくる」のが特徴で、それゆえに「効果が長く続く」と言われています。

これらのことを考慮して、「1〜2週間に1度」くらいのペースが、ちょうど変化のプロセスも落ち着いてきて、次のセッションを受ける「頃合い」になってくるということになります。

最初にも書きましたが、Bさんは「1ヶ月に1度」のペースで受けてくれていますが、それでも身体の構造のバランスが取れてきて、その結果として、身体中にあった痛みや張りなどの不調もなくなってきています。

頻度としては、「1ヶ月に1度」だと少し長い気もするのですが、僕の場合は、「身体の感覚がよく(刺激に対するレスポンスがよく)、自分の身体を動かしながら探求できる人」なら、それくらい間が開いても大丈夫だと感じています。


「レスポンスがいい」人とのセッション

ロルファーの様々な「タッチの刺激」に対して、「レスポンスがいい(速い)」人と「レスポンスが悪い(鈍い)」人とがいます。

今までの僕の経験だと、競技レベルの高い「アスリート」であったり、ダンスなどの「身体表現」を長く続けている人たちは、「レスポンスがいい」人が多いという印象があります。

そういう人たちとセッションをすると、こちらが「最小限の刺激」を与えるだけでも、「連鎖的な反応」が起こっていきやすく、こちらも次第に「ノッて」きて、セッションの効果が「加速」し、お互いに驚くような変化を体験することがあります。

これは、ジャズなどの「即興演奏」や、音楽のコンサート、ライブでの「オーディエンスとパフォーマーとの関係性」にも近いかもしれません。一緒に演奏する相手や、そこに集まっているオーディエンスの「レスポンスがいい」と、どんどん「ノッて」きて、「(自分たちを超えた)うねり」が生まれてくる状況に似ています。

そして面白いのが、そこで起こった大きな変化というのは、その後も「変化し続ける、息の長い(余韻が続く)」ものであるのが特徴です。

つまり、「レスポンスがいい」人に起こる反応というのは、「熱しやすく(連鎖して、加速しやすく)、冷めにくい(効果が持続しやすい)」ということになります。

では、なぜ「冷めにくい」のでしょうか?

セッションを受け終わった後は、自分の身体が「新しくなった」ように感じることがあります。

身体が軽かったり、楽に一歩が踏み出せるようになったり、いつも動きが悪いところがスムーズに動いていたり、いつもとは違った感覚がします。

その「新しくなった身体」で、「いろいろなことを試してみたい」という「好奇心」がそういう人たちには備わっていて、こどもが「新しいおもちゃ」で夢中になって遊ぶように、生まれ変わった身体で「遊ぶ」ということが自然に起こってきます。

「遊び」の中で、こどもはいろいろな「発見(気づき)」を得て、どんどん「成長(変化)」していきますが、セッションを受けた後の身体で遊んでもらえると、様々な気づきがあって、それによって身体もさらに変わっていくことができます。

ロルフィングのセッションによる「直接的な反応」は、すでに書いたように、大体「1〜2週間」くらいだと思うのですが、その後の「遊び」による「間接的な反応」によって、さらにそれが続くということが可能になります。

そういうことで、Bさんのように「身体の感覚がよく(刺激に対するレスポンスがよく)、自分の身体を動かしながら探求できる人」なら、「1ヶ月に1度」のペースで受けても、十分に身体は大きく変化していってくれます。


「セッションに主体的に関わる」ということ

レスポンスに関しては、「レスポンスがいい」人が優れていて、「レスポンスが悪い」人がダメだというわけではありません。

「熱しにくく、冷めやすい」という反応だったとしても、セッションを継続的に受けていくと、それが必ず変わっていきます。(そのために、10回のセッションを用意して、段階的にロルフィングをしていきます。)

これまでにも、レスポンスが遅かった人が、アスリートやダンサーレベルにまで変わってきたこともあります。

「身体は刺激に対して、必ず反応を示す」というのは、スポーツの経験がなくても、そんなに身体を動かす機会がない人でも、生まれたばかりの赤ちゃんでも、ご高齢の方の場合であっても、どんな状態の身体にでも当てはまる大前提なので、その必ず起こる反応をうまくつないでいくと、どんな人でも必ず「目に見えて、実感として感じられる」変化を見せてくれます。

重要なのは、「セッションの主役は自分であって、そこで起こることに主体的に関わる」という態度ではないかなと思います。

これと反対なのが、「身体を変えるのは施術者であって、ただ寝ていればいい」という態度でセッションを受けることです。

「レスポンスの違い」を書きましたが、それよりも「自分で変わる(治す)」という気持ちでセッションを受けてもらえると、そこで起きる反応は、さらなる連鎖的な反応を呼び、それが「大きなうねり」になっていって、「思ってもいなかった変化(例:長年の痛みがなくなった)」を体験できるかもしれません。

音楽のライブ会場に行くだけで、なぜ心がワクワクしてくるかというと、そこには「(同じアーティストが好きで)この瞬間を、自分で楽しもう」という人たちが集まっているからだと思います。

「主体的で、前向きで、オープンな心持ち」があれば、元の「レスポンスの違い」を超えることもあるということです。


「滋養のある」経験

「前回すごく身体が軽くて、かなり変わった感じがあったのですが、1週間くらいでそれがなくなってきました。それは元に戻ったということですか?それとも馴染んできたということですか?私としては、それがずっと続いてくれればいいなと思うのですが...」

こういった感想をもらうことがあります。

ずっと身体の「心地のよい感覚」が続けばいいのですが、日々の生活に戻り、忙しく仕事に追われると、その感覚が段々と薄れてくるような感じがします。

そして僕は、大体こういう話をします。

『それは、素晴らしい腕を持った料理人の料理を食べるという経験や、優れた一流の芸術を鑑賞するという経験や、言葉にならないような感動的な景色を目の当たりにするという経験をすることに似ています。例えば、おいしい料理を食べると、口の中には「おいしい」感覚がありますが、それがずっと続いてほしいと願っても、それは次第に消えていってしまいます。それでも、その余韻をしっかりと味わうことができると、それは自分の身体の意識の底の方に沈んでいって、きちんと経験として保存されます。それがある時に、ふと思い出されたり、そういった経験の数を重ねていくことで、意識の底の方で、それらの経験は互いに化学反応を起こし、発酵され、その人の血肉になっていくのです。そういった経験は「身体化」され、その人を明るく輝かせ、時には進むべき道を示してくれることさえあるのです。そういうことで、その経験を「まさにした感覚」は消えてはいきますが、それはなくなったわけではなく、その経験をする前と後では、まったく違う人間になっているのです。』

僕のロルフィングの腕は、そこまで「一流」のレベルかと言われると、まだまだ道は遠いなと思うのですが、先に書いたような「受け手の方の主体的な参加」によって、僕の持っている能力が引き上げられて、とても「奇跡的な(感動的な)」セッションになることもあります。

「この感覚がずっと消えなければいいのに」と思うのですが、それは自然に消えていってしまうものです。

でも、それは全く消えてしまって、「なかったこと」になるわけではなくて、きちんと自分の身体に「消化」され、「血肉」となっているのです。

それが「滋養のある(糧になる)」経験です。

『若い頃に、「一流」に触れておいたほうがいい』などという言葉もありますが、それと同じようなことです。

なので、そういった経験ができた時には、ただただその瞬間を「味わう(浸る)」ことにしてくださいとお伝えしています。

もしかしたら、セッションがとても素晴らしいものになって、ずっと悩まされていた、いろいろな痛みや苦しみからも解放されて、とても自由で、何か大きな存在と一つになったような感覚になることがあるかもしれません。

そしたら、その「幸福な瞬間」を味わってください。

「そのうち、これは消えてしまうんだろうか」などと考えずに、ただその「幸せな身体の感覚」と共にいてください。

時間が経つと、少しずつ現実の感覚に戻ってきて、「いつもの自分」になってしまったように感じたり、次の日に仕事場に行って、何がゴールかわからない仕事をこなし、身体がまた重く感じるようになるかもしれませんが、きちんとその経験は、自分の身体の底の方に生きていて、「またそれを体験できるかもしれない可能性」として記憶されています。

一見すると元に戻ったように感じられる身体でも、「以前とは、何かが違っている」ので、またロルフィングのセッションをすると、「同じように解放される瞬間」が訪れたり、「そもそもの通常の状態に何か変化」が見られるようになってきます。

今回のBさんも、最初はなかなか身体が苦しい状態だったのですが、何回か「あれ、痛くないかも」という瞬間を味わってもらうのを続けていくと、そういう状態にも「光が指してくる(風穴が開く)」ようになってきて、今では大分身体も変わってきたと、ご本人も感じられるほどになってきました。

ロルフィングは「治療」ではありません。

では、「痛みや苦しみからは解放されないのですか?」というと、そんなことはありません。

身体の構造のバランスが整ってくる時に、そういったものから自由に解放される瞬間があります。

では、「それはずっと続くんですか?」というと、続く人もいれば、また元に戻るような人もいます。

「じゃあ、治療とは何が違うんですか?」というと、そこからはすでに書いたことになりますが、その解放された経験が身体に記憶され、血肉となり、身体が元から変わって、健全な状態に近づいていきます。

「滋養のある」経験を通して、身体がどんどん楽に、快適になって、症状だけの変化ではなく、それを「生み出している土壌」自体も大きく変化していくのが、ロルフィングの魅力かなと思います。

次は「深層のセッション」の最後のセッション7になります。

いいセッションになればいいなと思います。




Yuta

( Posted at:2017年8月18日 )

モニターEさんの感想(セッション9 | 30代 女性)

モニターEさんのセッション9になります。

今回のEさんは、自分自身の思考の「パターン」に気づくことができたようです。

いろいろなことが変化してくるためには、まずは「気づく」ことが大切なのですが、パターンは「無意識に行われているもの」なので、なかなかそれが難しくなります。

ボディワークを受けると、「自分の身体に意識を向けて、現在の状況に自ら気づくこと」ができるように、それを「サポート」してくれるので、気づきが生まれやすく、無意識のパターンも変化しやすいかなと思います。

今回のセッション9を通して、どんなことに気づいたのか、感想を見てみたいと思います。

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今日もありがとうございました。以下、感想です。

今日の大きな収穫は、自分のあるパターンが分かったことでした。

私はこれといって問題がない、平穏無事な日が続いても、だんだん心身が疲れてきて、しまいには「なんか何もかもめんどくさい」という気分になってしまいます。

今まさにそういう状態であることをお話した後、なぜ順調な日が続いても落ち込んでしまうのか、改めて考えました。

私は何事もやたら頭でごちゃごちゃ考えてしまうのですが、なぜ考えてしまうのかというと、いろいろなことをきちんと把握してコントロールしようとしているからで、仕事ではこういう癖は役に立っても、日常生活の全てにおいてそれをやろうとするから疲れてしまうのだろうと思います。普通に生活していればコントロールできないことがたくさんあって、それなのにコントロールしようとするからエネルギーを消耗してしまう。

以前ロルフィングは「よけいなことをしないようにするメソッド」じゃないかと書きましたが、精神的にかなりよけいなことをしていたなあと思いました。また、あれこれ考えて精神的に緊張しているせいで身体にも緊張がたまって、毎回ロルフィングが終わると「こんなに緊張してたんだ」とびっくりしていました。

これからはコントロールを手放して、信頼して流れに身を任せてみようかと思いました。

また、上記のようなことに気づくのには、今日のロルフィングのように自分と向き合う時間を持つことが必要だと思います。一人暮しではなくなって、なんだかバタバタしているうちに一日が終わってしまうので、ちょっとその辺工夫したいと思います。

身体の面では、最後右の股関節というか骨盤辺りに違和感があったのを、足裏をちょこっと調整して頂いたらスッキリ違和感が消えてびっくりしました。毎回、問題が現れている部分と一見関係なさそうなところに原因があったりするのが面白いです。

残すところあと一回。以前とは随分身体も考え方も変わりました。コースとしては最後ですが、きちんと心身と付き合う始まりとしての10回だったなあと思います。来週もよろしくお願いします。

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自分の力が治す

一見すると、「他人の力によって変えてもらった」と感じている出来事でも、『他人の力によって、「自分に気づくこと」ができて、自分で変わった』というのが、ほとんどではないかと、僕は考えています。

同じように、「痛み」というのも、「ゴッドハンドに治してもらった」や、「すごい腕を持った人から、治療してもらった」と感じる人もいるかと思いますが、厳密には「人が他人から治してもらう」というのは「不可能」で、「自分で治っている」というのが実際に起きていることになります。

元々、人には「自然治癒力(自分で治す力)」という大きな力が備わっていて、それが「適切に働いてくれる条件を整える」ということが、どんな腕の優れた「治療家」でも、「ゴッドハンド」でも、やっていることの全てだと思います。

その「条件の整え方」が素晴らしいのであって、「どこの条件が崩れているのか」という「洞察」が優れていて、「どう整えればいいのか」という「見立て」が良く、「どれくらい整えればいいのか」の「さじ加減(塩梅)」が絶妙なので、触ってもらった人は、さっきまで苦しんでいた痛みから解放されて、「治してもらった」と感じているのです。

しかし、繰り返しになりますが、「自分で治している」というのが事実であって、何か組織が傷んでいたとしても、そこに何かの刺激(手の圧、鍼の刺激、電気、超音波、気などのエネルギー、薬などの物質)が加わって、「治癒のプロセス」を「促進」することはあっても、実際に施術者が「傷んだ組織を修復」しているわけではありません。

「関節を調整してもらったら、嘘のように痛みが消えた」というような場合であっても、「関節の骨の位置を、適切な状態に調整する」ことは、「施術者ができること」になりますが、それによって「挟まれたり、伸ばされて、負荷がかかっていた、神経、血管などの組織が、適切な状態に戻った」というのは、「その人の身体が自然にしたこと」であって、「痛みが消えた」という現象の「直接の原因」は、後者になります。

では、その「自然治癒力が適切に働く条件」は、どんな状態なのかというと、以前のEさんのセッション6の時に詳しく書きましたが、「自分の身体の現在地(現在の状況)を把握すること」ということになります。

「熟練した施術者」というのは、「詳細な観察から、正確な場所と角度と深さに、適切な量の刺激を加えることで、自分で自分の現在の状況を認識できるようにサポートして、そこから出てくる反応を元に、また次に何をすべきかを考えられる能力がある人」のことを指すと、僕は理解しています。

ということで、それらの専門家の「腕の差(違い)」は、『自分の現在地を「どれだけ詳細に」把握できるように導いてくれるかどうか』という点に現れてくるということになります。


いつもとは違う状態になるための、気づき

そういったサポートのおかげで、「自分が今していること、感じていること」にうまく気づくことができると、「もうすでに、以前とは同じ状態を取れなくなる」ようになります。

これこそが、「気づきの効用」です。

ここで大切なのは、「以前とは同じ状態を取れなくなること」が、『必ずしも「その人が求めていること(例:痛みの緩和、消失)」と一致するとは限らない』ということです。

「気づく」ことは、「痛い」という「問題」を、「解決」するための「治療」に使われるものではなく、「健全」という状態へと向かう「きっかけ(施術者が与えた刺激に対する、反応)」になります。

「問題を解決」するだけならば、本人の「気づき」がなくても、もっと「効率の良い」方法があるかと思います。(例:痛み止めの注射を打ってもらう)

でも、「問題を問題にしている土壌」というのが存在していて、そこが「本来あるべき理想的な状態(健全)」に戻っていかなければ、またその土壌から「同じような問題」や、「一見すると違うように見えるけれど、根っこは同じ問題」が、生み出され続けるということになります。

そして、その「土壌を構成する要素」というのは、「たくさんの種類が、複雑に絡まり合った」ようになっているので、「一発で、効率良く、最短で解決」というわけにはいかないのです。(どうしても「手間」と「知恵」と「時間」が必要です。)

そのために、「本人の気づき」という「刺激に対する反応」を、地道に「積み重ねる」ことが大切になります。

ここで、日本人として最初の認定ロルファーになられた、偉大な先輩である幸田良隆さんが、ロルフィングとは違うボディワークの「コンティニュアム」の紹介をされている文章を引用させてもらいたいと思います。


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身体の健全に向かおうとする働きが刺激を受ける様です。

そもそも生きている間じゅう、身体は均衡を見つけようと働いています。日々の生活の中での、ストレスや飲食によって小さく傾く均衡を取りつつ、偏りが続いたり、外敵や事故によって大きく均衡が傾いたものに対しても、病気と呼ぶ均衡回復の働きが起きます。

コンティニュアムは、日常の行動から離れた刺激(動作、呼吸、発声)を身体に与える為、身体の方でも非日常的な反応を示す様です。

身体は常に刺激に反応します。

いつもの刺激を与え続けると、何時も同じ様な答えが返ってきます。良くない刺激が毎日続いていると、その事への身体の答えは、生活習慣病とか言われるものだったりする訳です。

(中略)

コンティニュアムのクラスの参加者さんから多く聞かれる感想の1つに、

『 コンティニュアムは、
 人に身体を治してもらうのではなく、
 自分でできる所が良い  』

と言ったようなコメントがあります。

コンティニュアムは、身体が常に行なっている働きに参加しつつ、いつもと違った問いかけをするおかげで、身体の発する答えが、いつもと違って現れる感じです。

どんな答えが来るかは予想がつきませんが、少なくとも、いつもの悪い状態を維持する形ではないのです。

コンティニュアムは、治療目的のワークではありませんが、健全へ向かおうとする働きは、私達が生まれ持った性質である事を実感させてくれるワークですね。

 ※クロニックスチューデンツのFacebookページ
 「コンティニュアムレポート(1)」からの引用

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「コンティニュアム」に関しての説明ですが、今回のEさんの「パターンに気づくこと」にもつながってくる内容だと思います。

先に書いた、「身体という土壌」が「健全」な状態でないと、何か「刺激(幸田さんの表現をお借りすると、「問いかけ」)」を与えても、「同じような反応(痛み、病気、不調など)」が返ってきてしまいます。

そこに「いつもとは違った問いかけ(施術者が、身体にいろいろな刺激を加える)」と、「いつもとは違った答え(呼吸が大きくなる、身体がゆるむなど)」が身体を通して出てくるようになります。

「どんな答えが来るかは予想がつきませんが、少なくとも、いつもの悪い状態を維持する形ではないのです。」

この「いつもとは違った答え」が「本人の気づき」になって、それによって身体自身(脳)が「自分の現在地(土壌の状態)が詳細に把握できる」ようになり、「少なくとも、いつもの悪い状態を維持する形ではない(もうすでに、以前とは同じ状態を取れなくなる)」状態になり、「健全へ向かう働き(自然治癒力)の流れに乗る」ことができるようになるということです。

今回のEさんの場合も、ロルフィングが、Eさんの身体に対しての「いつもとは違った問い掛け」になり、それによって「いつもとは違った反応(気づき)」が出てきたのだと思います。

この1回の気づきが、「即、全てを解決した」とはならないと思うのですが、この気づきを通して、「なぜ順調な日が続いても落ち込んでしまうのか」という「問題」を、生み出すベースとなっている「土壌」が改善され、「健全」な状態へと戻っていってくれるきっかけになればと思います。


パターンに潜って、健全へと向かう

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最近、本や雑誌、テレビなどでよく見かけるようになった言葉に、「マインドフルネス」というものがあります。

僕なりの解釈ですが、『自分が今していること、感じていること、自分がどう存在しているかに、「自覚的」になること』かなと考えています。

Eさんの気づいた「パターン」というのは、「クセ」とも言えるかもしれませんが、それは「自動的(反射的、無意識)に行われていること」で、「自覚的」にはなりにくいことです。

つまり、「パターン」で何かをしている時は、「マインドフルネスから外れた」状態になっているとも考えることができます。

人は生まれてから、様々な刺激に対して「反応」を繰り返してきて、それが「感情」を「育んで」いきます。

いきなり「うれしい」や、「悲しい」などといった「はっきりとした形をした感情」があるわけではなく、生まれたばかりの赤ちゃんは、「感情に分化する前の、もっと曖昧とした情動」を持っています。

未分化である「情動」が、様々な「刺激」を受けて、それに対しての「反応」が、ある一定量の「かさ」にまで達し、まとまった「形」になってくると、「感情」になるというプロセスです。

そう考えると、「感情」というのは、「パターン化によって出てきたもの」ということになります。

「マインドフルネス」や「瞑想(座禅)」、そしていろいろな「ボディワーク」を受けていくと、「自分が幼かった頃の記憶」が浮かび上がってくるという体験をすることがありますが、それは「パターン化された感情を、そのまま流さずに、そこに留まって丁寧に感じていくと、そのパターンが形になってくるまでのプロセスを逆に辿っていくことになり、最終的には子どもの頃の原体験にまで行き着く」ということが起きたからと考えられます。

「パターンにまでなっていること」は、それだけ自分が「何度も何度も反応を繰り返してきたこと」でもあり、その人にとって『「何か意味のあること」を含んでいる可能性』があります。

その「パターンの解体」をしていくと、「プロセスのルーツになっている原体験まで遡ること」ができて、「何か意味のあること」も明らかになって、そこからまた「新しいプロセスとして、経験し直す(やり直す)」ことができるようになるのです。

「パターン」ができてくること自体は「悪い」ことではなく、それは自然なことで、そうやって「感情」はもちろん、「言語」、「動作」なども、「何も考えなくても、自動的に行うことができる(パターン化)」をしていくのですが、一度「パターンの構築」が起こると、「パターンの解体」がとても困難になってしまうのが難しいところです。(「クセ」はなかなか抜けないから、「クセ」だということです。)

そして、その「パターンの固定(膠着)」が、「自分にとって心地よくない状況」を招くことがあり、Eさんの場合だと、「順調な日が続いても落ち込んでしまうこと」として現れています。

そういった固定してしまったパターンを、「壊して(解体して)、再構築する(書き換える)プロセス」に乗せていくには、「今、まさに起こっている、身体の感覚に留まり、それを丁寧に観察してみる」ことが大切になってくるのです。

「身体の感覚」は、「今」にあります。(未来にも、過去にも「感覚」はありません。)

その「今」に「留まり」、時間をかけて観察していると、次第に何かが「開かれて」きたり、「流れて」きたりしてきて、「(固定していた)パターンの中に潜る」ことが可能になります。

あとは、安心してその「流れに身を任せて」いると、すでに書いた「パターンの書き換えのプロセス」が起こってきて、「(パターンに囚われない)いつもとは違った反応」をする自分に気づくようになるかもしれません。(一旦、パターンの中に潜って、流れに乗ることができたら、あとは自動的に進んでいくので、コントロールする必要はなく、ただ見守るだけで大丈夫です。それが「自然治癒力、自己調整能力(健全に向かう働き)の流れ」です。)

そのためには、Eさんの感想のように、「自分と向き合う時間を持つことが必要」なのだと、僕も思います。

「マインドフルネス」という言葉を頻繁に目にするようになった背景には、「自分と向き合う時間を持つこともなく、常に何かに忙しく、今、まさに生まれてくる(身体の)感覚から離れ、過去に起きたことや、今から起きるかもしれないことに支配され、感じることを忘れて、いろいろなことをパターンで処理するようになってしまった現代」という問題があるのかもしれません。

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Eさんも残り1回となりましたが、「マインドフルネス」な状態で、いろいろな「気づき」を得て、それによって「健全へと向かう働き(または、自然治癒力)の流れ」に乗れるようにサポートできたらと思います。

次のセッション10も楽しみにしています。




Yuta

( Posted at:2017年8月 4日 )

モニターCさんの感想(セッション9 | 40代 女性)

モニターCさんも「統合のセッション」である、9回目に入りました。

いろいろな変化を感じてもらっていますが、これらの変化は「意図したものではない」というのがおもしろいところです。

あくまで「重力空間において、身体の構造が適切な状態になるように」と、ロルフィングをしてきただけであって、これらは「その結果として」自然に出てきた変化で、「狙った」ものでも、「予想していた」ものでもありません。

なので、感想を見てみて、「おお、そんなところも変化してきたのか」と、ロルファーの僕が驚いています。笑

それでは、Cさんのセッション9の感想を見てみましょう。

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9回目

下半身、統合
前回のセッションから変化あったこと
いきなり就寝時ふくらはぎが両足ともつったこと
これはけっこう私としては珍しいことなので不思議に思っていました

嬉しいことに姿勢のまっすぐが継続中
くびれも継続中
おしりも扁平ではなくなり厚みが出て私としては嬉しい

いつもジムで会っている友達に一週間ぶりに会ったら『なんかスッキリしてる!!』と言われました
体重は減ってないしどちらかというと微妙に増えているのにやたら痩せた?と聞かれることが増えました

そしてストレッチして気づいたのは股関節が柔らかく広がり易くなっている

以前は体重を毎日測りアプリに入力して管理するほどだったのにロルフィングをはじめてから月に一度測るだけ
もう見た目でオッケーなら数字は関係ないでしょ!!と思っています
いろんな縛りを持つことから解放されつつあるのかも

セッションが始まり大友さんが私の周りを移動するとまるで砂鉄が磁石に寄っていくように体の粒子が大友さんに向かってざわざわ~と流れていくのが回を重ねる毎に感じました
今回は特にそれが強くてそう思っているうちに初回で体験して以来の回転
初回と違うのはゆっくりゆっくり回転したこと

ベッドから降りて立つとまっすぐだけどズーンと重さを感じました
大友さんに言われた通りしばらく歩いていくとその重みは消えて軽くなりました

いよいよ次回で最後
さみしい感じです

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じわじわと追い詰められてきた「ねじれのエネルギー」

身体の中には、構造の「ねじれ(歪み、撓み)」を引き起こす「エネルギー」というのが存在していて、それがどこかに「停滞」してしまうと、そこの部分の構造は「ねじれて」しまいます。

もしも身体にねじれがあるとしたら、そのエネルギーの「解放(放出)」をしてあげないと、無理矢理に力でねじれを取り去ったとしても、すぐにまた元に戻ってしまうのです。

ロルフィングの10回のセッションを受けていくと、「ねじれのエネルギー」は居場所を失い、場所を「(転々と)移動」していって、最終的には身体から「抜けていく」ように、10シリーズの「順序」は「デザイン」されています。

その移動する際には、エネルギーの量は次第に「減少」していき、ねじれも「薄く(目立たなく)」なっていきます。

今回のCさんの場合は、それが「ふくらはぎ」に「追いやられて」きたようで、そこに症状が現れてきています。

「統合のセッション」まで身体が統合されてくると、「中心(コア)はすっきりしていて、末端(手足)に追い込まれる」状態になってくるので、まさにそれが起きてきたと考えられます。

「つる」という症状が出ていますが、「末端まで追い込まれたエネルギー」というのは、大分「勢力を失っている」状態なので、そこに対して適切にアプローチしてあげると、比較的簡単に身体から抜けていってくれます。(実際に、セッション9の後の状態を確認してみると、その後「つる」ことはなかったようです。)

他の感想の部分を見てみても、「中心はすっきり」してきているので、「姿勢がまっすぐ」していて、「くびれ」や「おしり」などの、身体の「フォルム」もきれいに出てきているようでよかったです。

あと1回セッションがありますが、残りのねじれのエネルギーが、きれいに身体から抜けていってくれるように、ロルフィングできたらと思います。


身体がニュートラルになると、思考も変わる

感想の中に、「いろんな縛りを持つことから解放されつつあるのかも」という言葉があります。

「身体の縛り(ねじれのエネルギー)」が抜けてくると、「考え方(または生き方)の縛り」も解放されてくる人がいるのですが、Cさんの場合もそれが起きてきているのかもしれません。

身体が「ニュートラルな状態」になってくることで、「考え方」も「偏りがなく、自由な状態」に変化してくる可能性があります。

確かに僕自身、ロルフィングを受け始めてから、「縛り(またはこだわり)を持たなくなる」ようになってきたなと感じます。

「考え方の縛り(偏り、制限)」を解放しようと努力しても、なかなかうまくいかない時もありますが、「身体の構造をニュートラルにする」という方向性も有効ではないかなと思います。

「健全な精神は健全な肉体に宿る」という言葉が示すように、「実際に触れることのできる身体」へのアプローチを、ロルフィングでは大切にしています。


身体を「粒子の集まり」だと考えてみると

「砂鉄が磁石に寄っていくように体の粒子が大友さんに向かってざわざわ~と流れていく」

身体が「粒子の集まり」だと考えてみると、また身体が変わって見えてきます。(「身体とは何か?」の「モデル」が変わると、「見え方」も変わってきます。)

その「粒子の大きさ」が変わると、身体の「動きの質感」はどうなるでしょうか。

もしも身体を構成する粒子が、「岩」のように大きくゴツゴツしたものなのか、「石ころ」くらいなのか、「砂」のような細かくさらさらとしたものなのかと、イメージを変えてみるだけでも、歩くというシンプルな動作の質や感覚が変わります。

「ロルフィングを受ける前」の身体というのは、粒子が「大きく、荒く、重い」ような感じがします。そのような身体の歩き方を観察してみると、「岩のように固まった」部分が多く、動きが「硬く、ギクシャクして」見えたりします。

それが、ロルフィングを受けていくことで、粒子が「きめ細やかく、滑らかで、さらさらと軽い」ような感じになっていきます。

そのような身体になると、「粒子の移動が容易(スムーズ)」になるので、そんなに大きな力を加えなくても、身体の状態が変わってくれるようになります。つまり、より「微細なタッチ」によっても、身体が反応してくれるようになり、ほとんど力を加えなくても、「固まっていた組織がゆるみやすく」なったり、「可動域が大きく広がる」ということが起こるようになります。

さらに、粒子が「細かく」なるということは、「粒子が振動しやすく」なることも意味しています。ある粒子が振動すると、それが周りの粒子に伝わり、さらにそれがその周りの粒子にも波が伝わっていって、「粒子の振動の波の波紋」が広がっていきます。

ロルフィングのセッション中に、足首を軽く触れているだけなのに、脊柱が反応してきて、すーっと伸びるような感覚があることがありますが、それはこの「粒子の振動の波」をイメージしてもらったらいいかと思います。

頭を触れているのに、内臓が動き始めたり、肩甲骨の辺りに手が置かれてあるのに、反対側の大腿がゆるんできたり、ロルフィングでは「離れた場所(もしくは全身)が変化する」ということが起きますが、身体を構成する粒子が「(可能な限り)細かく」なり、「粒子の振動の波」が伝わりやすくなることが、それを可能にさせます。

こういった「粒子が細かくなること」を、「身体を割る」と表現することがあります。

下に紹介させていただく文章は、僕が神戸にいる時に、社会人ゼミ生として多くのことを学ばせていただいた、神戸の凱風館の館長である「内田樹」先生の『私の身体は頭がいい』という著書の「響く身体」という部分からの引用になります。


ーーーーーーーー

「響き」というのは、「割れる」ことでしか発生しない。静止したソリッドな単体からは何の響きも生まれない。

(中略)

そのためには「割れ」なければならない。限りなく細かく割って割って微細な粒子になるまで、身体を割らなければならない。「割る」というのは、同時に微細な震動を発することである。「割れ」が細かければ細かいほど、発される震動音は深みを増し、厚みを加え、肌理が立ってくる。同時に、「割れ」が細かければ細かいほど、聴き取りの感度はよくなり、聴き取られる音の数や種類は増える。

(中略)

大切なのは、まず「身体を割る」ことなのだ。無限に割って、微粒子にまで割る。それが調和を到成するということである。哲学も舞楽も武道も、その帰する所はおそらく一つである。

ーーーーーーーー


身体を「割る」、身体が「響く」、身体は「整う」

ロルフィングが10シリーズを通して達成しようとしていることも、この「身体を割るプロセス」なのではないかなと思っています。

「身体が微細に割れてくる」ことで、「響きやすい身体」になります。

動作は「滑らかで、軽やか」なり、エネルギーは「コヒーレント(細かな粒子が、密度の濃淡の偏りがなく、均一に分布されていて、波が伝わりやすい状態)に伝わり、スムーズに通りやすく」なります。

ごくわずかな入力にも反応できるほどに精密で繊細な構え

内田先生は合気道の先生でもあるのですが、「身体を割ることの効用」を上のような言葉で表現されています。

ロルフィングの場合でも、わずかなこちらの「出力(タッチによる刺激)」にも、受け手の身体が「反応」してくれるようになり、タッチは「よりシンプルで、透明なもの」になっていきます。

Cさんが書いてくださっているように、「砂鉄」のように細かくなると、「手を触れない、エネルギーワーク」にも反応しやすくなり、まさに「磁石に寄っていくように」に身体の粒子の「移動」を感じたり、「粒子が均一に整列」するような「振動」を感じたりもします。


この動画では、砂をスピーカーの上に置いて、様々な「周波数の音」を出していくと、それに応じて砂が「幾何学的な模様」を作り出す様子を紹介しています。

これを身体に置き換えてみると、「身体が微細に割れる(きめ細かな砂)」と、「純粋な意図も持ったタッチ(特定の周波数の音)」にも反応して、勝手に「構造的なバランスが整う(きれいな均整の取れた模様、パターン)」ということが起きます。

まずはそのためには、繰り返しになりますが、「身体を構成する粒子が細かい」ということが大前提で、それには「物理的な圧を、持続的に加えるタッチ」が効果的な時もあり、それが「ロルフィングの伝統的なスタイル」にもなります。(「クラシカルな」ロルフィングは、圧をしっかりと加えてワークをします。)

そうやって身体が割れてくると、「粒子の密度の偏った分布」が起きることもあり、例えば、右腰の辺りに粒子が「濃く」偏っていて、そのために「動きが少ない(滞っている)」状態になる一方で、他の部分は「薄く」分布しているために、粒子が「動きやすい」状態になり、「コントラスト」が生じることになります。

そしてそれが、右腰が張りやすいなどの「症状の要因」になることもあります。

同じように「右腰が張りやすい」という症状があったとしても、「粒子は細かいけど、それが右腰の部分に集まり過ぎて、停滞してしまって動きがない」という状態なのか、「粒子が岩のように大きく、ちょうど岩と岩の切れ目の部分に右腰があって、そこに負荷が抜けていきやすい」という状態なのかだと、「ロルファーがすべきこと」は全くちがってきます。

前者であれば、「エネルギーワーク」などのように、「粒子を振動させて、一様に均す」ことが効果的でしょうし、後者であれば、「クラシカルなロルフィング(組織に対する、持続的な圧を加えたワーク)」によって、「粒子を細かくする」ことが効率的なように思えます。


上の動画は、100万個の粒子が動いている様子ですが、最初は「均一に」分布していたのが、粒子が集まって「濃く」なり、そこに「形のようなもの」が浮かび上がってきては、それがまた「まばら」になってというのを繰り返しています。

もしもこの粒子が「濃く集まった」状態が長く続き、「動きが停滞し、さらに動きが限りなく少なくなる」と、それは「固体(ソリッドなもの)」のようにふるまいます。(「気体」から「固体」への「状態変化」のようです。)

すこやかで健全な赤ちゃん
粒子の大きさ:微粒子レベルに細かい
粒子の移動:自由に動き、流動的
身体の柔らかさ:とても柔らかい

何か身体に不調を抱えた大人
粒子の大きさ:岩のように大きい
粒子の移動:ほとんど移動はない
身体の柔らかさ:硬い

上に少しまとめてみましたが、元々赤ちゃんの頃は、粒子が「細かく」、それらは「自由に動き回ること」ができるので、まるで動物のように「しなやかな(流動体のような)」身体をしているのですが、それが大人になって、どこかが痛いなどの「症状」が出てくる身体というのは、「固体的な」身体のふるまいをするようになるということになります。

ロルフィングを受けて、「身体が軽くなった」という感想をもらうことがありますが、それは身体が「固体から気体へ」と、身体の「粒子が細かくなり、自由度が増したから」という説明もできるかと思います。


この世界が、「粒子の循環」だと考えてみると

ここまでで、身体は「粒子の集まり」だと考えてみて、それが「状態変化」をすることがあり、ロルフィングでは、「固体」のように「硬く、動きを失った」身体ではなく、「気体」のように「自由な動き」がある状態を目指していると説明してきました。(そして、そのためには「身体を割る」ことが大切になります。)

そして最後になりますが、「身体という枠」を超えて、僕らが存在しているこの世界そのものも、「粒子の集まり」であって、その「粒子の循環」が起こす「ひとときの姿」だということまで書きたいと思います。

そのために、僕が何年も読み続けている、シュタイナー教育と野口整体の実践者でもある「山上亮」さんの『雑念する「からだ」』というブログの文章を紹介したいと思います。


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私たちのからだは、いろんな物質がつねに通り抜けている。

私たちは日ごろ、あまり変化の少ないからだに見慣れているので、当たり前のようにそこにからだが存在しているかのように思っているが、 からだ中の細胞はおよそ7年ですべて入れ替わると言われている。

全部の細胞が入れ替わるかどうかは諸説さまざまであるようだが、 多かれ少なかれほとんどすべての細胞が入れ替わっていることは事実のようである。

もっともひんぱんに入れ替わっているのは、皮膚、胃、腸などで、3、4日ですべて新しい細胞に入れ替わり、 目の角膜なども約1週間で入れ替わる。

赤血球は平均125日で入れ替わり、また肺、肝臓、すい臓、脾臓といった臓器の細胞は400~500日で入れ替わるそうである。

比較的ゆっくりと入れ替わるのは、骨で約5年、筋肉は約7年かかると言われている。

銀河系の星の数より膨大な量の細胞をもつ人間のからだの中では、1分間に2億個の細胞が生まれ、また死んでいる。

私たちのからだは絶えず生まれ替わっている。

7年も経てば、私たちは物質的にはまったくの別人なのである。

先ほど述べた地球大循環の話も含めて考えてみれば、私という人間はいったいどこまで個人であると言えるのだろう?

私があなたで、あなたが君で、彼と彼女と、ボクと...、君?と?私は...、彼?と、あなた?

...え~と、あなたは一体誰ですか? 私も一体誰でしょう?

たまたま「今」「ここ」に「私」として現象している、モノやコトたちの一瞬の出会いときらめきを、私は「私」と感じているけれど、 つねにいろんなモノがやってきてはまた世界へと帰ってゆく、「通り抜けられるこのからだ」というものが、まるで「がらんどう」 のようにも思えてくる。

「からだは波なんですよ」とは、私がつねづね講座でもくり返していることだけれども、それはからだも波も、ともにこのような 「通り抜け」の現象だからである。

(中略)

つまり、絶えず細胞が入れ替わりながら、7年ですべて入れ替わったとしても、「私」という人間のカタチを保ち続ける肉体。

形態はとどまり、物質(細胞)は通り抜けている

私たちのからだは、つかのま物質同士が寄り添って形作っている「現象」であって、 形作っている物質自体は形態だけを次世代(細胞)へと引き継ぎ、やがて再び物質循環の生態系へと帰ってゆく。

物質をともなう肉体はあまりに「硬い」ので、「実在」であることをまったく疑うこともなく確信しきっているが、 時間軸の流れをちょっと早くしてみれば、たちまち『絶えず生起し続ける「現象」』としての面が浮かび上がってくる。

それは固体であるかのように見えるガラスが、 実は何千年もかけて重力に従ってゆるやかに「零れ落ちてゆく」液体であることにも似ている。

ガラスがあまりにも長大な時間軸を具えているので、私たちの目には零れ落ち続けるガラスが、 まるで止まっているかのように見えるだけである。

(『雑念する「からだ」』、「からだは波だと私が思うのも...」からの引用)

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この文章にもあるように、私たちの身体は「物質で、ソリッドな固体」と確信していますが、それは私たちの生きている時間軸の中での感覚であって、宇宙の時間軸で「一人の人間の一生」を見てみると、「ほんの一瞬の出来事(現象)」でしかありません。

それが仮に70億の人がいたとしても、『絶えず生起し続ける「現象」』には変わりなく、それは人間のたくさんの細胞が、「生成されては消えていく現象」と同じようなものに、僕には思えてきます。

続いては、同じく山上亮さんのブログからの引用なのですが、さらにその中で「福岡伸一」さんの著書『もう牛を食べても安心か』の引用をされています。(ややこしくてすいません。笑)

福岡さんは『動的平衡』や『生物と無生物のあいだ』という本も書かれていて、テレビなどでも見かけることもある科学者の方です。(米国ハーバード大学研究員、京都大学助教授、ロックフェラー大学客員教授などもされてきた一流の科学者です。)


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(山上さん)
私たちのからだは環境と一繋がりの物質循環の流れの中にあり、「私」という現象は、 その流れの中で物質がたまたま一瞬とどまり密度が高まった、いわば分子のゆるい「淀み」でしかない、と筆者(ここでは福岡さんのこと)は言う。

(福岡さん)
肉体というものについて、感覚としては、外界と隔てられた個物としての実体があるように私たちは感じているが、 分子のレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている、分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ換わっている。 この回転自体が「生きている」ということであり、常にタンパク質を外部から与えないと、出ていくタンパク質との収支が合わなくなる。 それがタンパク質を食べ続けなければならない理由なのである。

(山上さん)
「物質」が通り抜け、「情報」が通り抜け、それらが通り抜けるいっときにおぼろげながら浮かび上がる「私」という現象。

私の中を巨大な流れが通り抜け続け、またその巨大な流れ自体の一部である私。

(『雑念する「からだ」』、「たべるのむみるしゃべる.」からの引用)

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この世界は、細かな物質(粒子)が漂っていて、それが絶え間なく循環している。そして、その粒子の密度が高まっているところ、つまり『ゆるい「淀み」』として、この「身体」が存在している。(そして、それは他の物質でもそうであるということ。)

身体の外側の輪郭と、空気(環境)との境界が曖昧になりました

こういった感想を言ってもらうこともあります。身体の皮膚の部分が、「空中に滲んでいく(溶け出していく)」感覚で、ロルフィングのセッションだけでなく、他のボディワークや、瞑想中でも感じられることがあります。

言葉だけを聞くと、「何を言っているんだろう?」という感じだと思いますが、「身体は粒子の集まりで、それがもっと大きな流れの中で循環している現象」だと考えてみると、その感覚もあり得るものと感じられてきます。

最後になりますが、それを「ビジュアライゼーション(視覚化)」している動画がありますので、それを最後に観ていただいて、今回のCさんのセッション9の解説を終えたいと思います。(動画は、2:00過ぎくらいから再生してみてください。)

「思考」はすぐに「固定」してしまいがちになりますが、それを一度「自由」にしてみるきっかけになればうれしいです。





Yuta

( Posted at:2017年7月29日 )

モニターAさんの感想(セッション9 | 20代 女性)

少し間が空きましたが、モニターAさんのセッション9になります。

Aさんの感想の際には、毎回そのセッションの「概要」を説明してから、感想についての解説をしていますので、今回もその流れでいきたいと思います。

今回は、「シンボルとロルフィング」について説明をしてみます。


心を震わせる「アート」のような、そんなロルフィングができたら

僕がロルフィングを受けたきっかけは、神戸の整形外科でトレーナーとして働いていた時に、アメリカでATC(アメリカのトレーナー資格で、準医療資格)として活動されていて、そこからロルファーになられた佐藤博紀さん(ヒロさん)との出会いでした。

その頃の僕は、ヨガを定期的に受けていたので、「人に触れられて、身体を整えられる」よりは、「自分で動いて整える」ことに重きを置いていて、マッサージなどを受けるという機会はありませんでした。

むしろ、「変な触られ方をして、それで身体が崩れてしまったらどうしよう」という不安の方が大きく、よっぽどのことがない限り、知り合いのトレーナー、治療家、理学療法士にも触ってもらうことは避けていたほどでした。

それでも、なぜかヒロさんのロルフィングセッションは、すぐに「受けてみようかな」と思ったのが不思議でした。(今考えると、何か大きな流れに導かれていたような感じがします。)

実際に受けてみると、ベッドに横になり、手で触れられているだけなのに、なぜかヨガをしている時のように、身体が「内側から変化」してきているのがわかったり、ヨガの先生の動きを見て、「あんな動きができたら気持ちいいだろうな」と思っていた動きが、「あ、今ならできるかも」と、なぜかベッドに寝ている状態でもそう感じました。

セッションが終わって、ベッドから降りて立つと、「とても質の高いヨガを受けた後」のような身体になっていて、足の裏は地面に開かれていて、軸がすーっと上に伸びていくような感覚があり、すごく感動しました。

それからロルフィングを学ぼうと、アメリカのボルダーに渡ったのですが、その授業の中で、素晴らしい先生たちのデモンストレーションを見たり、世界中から集まったクラスメイトと、実技の量をたくさんこなしながら、身体の奥深さを学んでいったり、有名なロルファーのセッションを受けていく中で、「ロルフィングはアートだな」と感じるようになっていきました。

だからといって、自分自身は「アーティスト」だと思ったことはないのですが、痛みや不調を取り除いてくれる「治療家」でもないですし、ましてや「ゴッドハンド」でもありません。

けれども、5年間ロルファーとして、人の身体という「小さな自然(宇宙)」と向き合い続けていると、セッションの中で「自然の神秘、宇宙の叡智」に直接触れているような体験をすることがあって、そういう時に「アートってこういうことなのかもな」と直感することがあります。


芸術におけるすべての回答は、
偉大なる自然の中にすべて出ています。
ただ私たちは、その偉大な教科書を、紐解いていくだけなのです。

 - アントニ・ガウディ(Antoni Gaudí, 1852-1926)


ロルフィングは教科書があるわけではなく、アイダ・ロルフさんが身体を通して見ていた世界(身体という偉大なる自然を紐解いて、そこから掬い上げてきた回答)を、「口伝」で伝えていて、アイダさんから指名を受けた先生たちから、手取り足取り手ほどきを受けて、それを自分の身体に馴染ませていきます。(それはまるで、日本の伝統芸能のようなものでもあります。)

「アート」というのは、ガウディさんの言葉のように、「偉大な自然という教科書を紐解く行為」と考えると、ロルフィングをすることというのは、「身体という自然を注意深く観察し、そこから何かを立ち上がらせる行為」でもあり、そんなロルフィングを受けると、ただ「気持ちがいい(リラックス、癒やし)」というものでもなく、ただ「痛みという問題が、なくなって解決しました(納得)」というものでもなく、「何なんだこれは」と「感動」を呼び起こすものだと、僕は信じています。(まだまだ「感動」を与えるほどのロルファーではありませんが、自分がそう感じたように、他の人にも感じてももらえるように、日々努力しています。)


「シンボルが顕れるようにセッションしましょう」という実技の授業

「ロルフィングはアートだな」と感じた具体的なこととして、「シンボルが顕れる」ことを一つの目標としてセッションをすることがあります。

ロルフィングの授業では、まずは10シリーズの各セッションの「概要」を座学で説明を受けて、それに沿って先生が「デモンストレーション」を見せてくれて、そこで出てきた疑問、質問を「ディスカッション」して、では実際にやってみましょうと「実技」をしていくというのが基本的な流れになります。

そんな中で、今回の「シンボル」の説明もあったのですが、「うまくプロセスが進むと、このシンボルがセッション中に観察できるようになるので、それをデモンストレーションします」と、先生が実際に外部のクライアントさんにロルフィングのワークをしてくれました。

最初の内は、「『身体の構造の中に、シンボルが顕れる』って、何を言ってるんだろう?」と思っていたのですが、先生のデモンストレーションを見ていると、確かに少しずつその「シンボルらしきもの」が目に見えるようになってきたのです。

先に書きましたが、僕は元々、整形外科に勤務していたので、そういった「メディカルな」場所で働くということは、「自分のすること」に、「科学的根拠」があることが大切になります。「なんとなく」であったり、「直感で」というプロセスから導き出されたものではなく、ものすごく「論理的(左脳的)」な視点、コンセプト、アプローチで、人の身体に向き合っていきます。

それでも、自分自身は「完全な左脳タイプの人間」ではなかったので、ロルフィングの先生が説明してくれる、「シンボルが身体に顕れる」というのも、徐々に理解、認識できるようになりました。

「さあ、それでは実際にクライアントさんの身体に、求めているシンボルが顕れてくるようにロルフィングしましょう」と、先生が実技の際に言うのですが、「メディカルな」人にとっては、「え、それってどういうこと?具体的に、何をどうするの?」と、困り果ててしまうと思います。


「シンボル」の効用

「では、『シンボル』とはどういうものか?」というと、運動やスポーツを教わっている時の、「〇〇のイメージで動いてみましょう」の「イメージ」に少し近いかなと思います。みなさんも、そう指導された(または指導した)経験があるかと思います。

「自分がその通りにできている」と、他の人の動きを見ても、それがその人の中で「再現されているかどうか」が、見てわかるようになります。

いくつかそういった「運動イメージ」を載せてみますので、「はいはい、なんとなくそのイメージわかる」なのか、「ん、何をしているのか全然わかんない」なのか感じてみてください。(これらの図は、「フランクリンメソッド」というボディワークの団体が作っているイメージです。すごくよく表現されていて、今回使わせてもらいました。)


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この図は、「ペルビックリフト」をしているもので、「足の裏は地面に開かれていて、地面の奥の方に、足の裏を押していきます。そうすると、膝が磁石に引っ張られるように、自分から遠くなる方向に伸びていって、仙骨は下から雲に押し上げられるように、地面から離れていきます。骨盤にはひもがくっついていて、天井の方向にゆっくりと引き上げられていきます。」という「動き」を、「導き出すためのイメージ」になります。


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これはシンプルに「前屈」ですが、「上半身の力を抜いて、骨盤から、お水が入っているチューブがぶら下がっているのをイメージして、そのチューブがどこかで縮んだりせずに、気持ち良く、中のお水が頭の方に流れていくようにしましょう。そうすると、坐骨についている風船が、軽くふわふわと空に浮かんでいって、足の裏が地面から離れていくように、脚全体が伸びていきます。」という「動きの誘導」になるかなと思います。

これらはロルフィングで扱う「シンボル」ではないのですが、これらを「視覚化」できることで、「(内側からの繊細な)動き」を「導き出す」ことができるようになります。

「何も考えずに、ただ前屈する」のと、「これらをイメージしながら前屈する」だと、「動きの質(クオリティ)」が変わってくるのは、そんなに想像に難しくないと思います。

「シンボルが顕れる」ということは、「動き(または身体そのもの)の質が、高いレベルで変容している」ということになり、セッション8、9の「統合のセッション」くらいまで「10シリーズというプロセス」が進んでくると、そういう「抽象的な(右脳的な、全体的な)」アプローチをしていくことの方が大切になっていきます。

スポーツの競技レベルが、高くなればなるほど、その指導方法は「より抽象的」になることがありますが、それに似ているのかなと、個人的には感じています。(だからこそ、一流選手の「動きのイメージ」は、一般人には「何だそれ?」というものが多かったりするのです。)


2つの「補完し合う」シンボル

では、実際にロルフィングの「シンボル」の説明もしていきたいと思います。(前述の通り、抽象度が高くなってくるので、普段からあまり身体を扱っていない方は、少し想像しにくいかもしれません。その場合は、Aさんの感想に進んでください。)

これから紹介する「シンボル」は、厳密にはロルフィングの授業で教えてもらったものに、僕の考えも含めたものです。

◯5つのライン(5 Lines

スクリーンショット 2017-05-02 12.24.04.png

これは、「心臓」を中心に、両脚、両腕、首の「5つのライン」が伸びていて、それらはすべて「つながり合って」います。「どこかで動きが生じると、それがすべてのラインに影響して、波及していく」ということを意味しています。

・骨盤帯、肩甲帯は「ない」
・動きの「はじまり」、または「切り替え」は、
 胸椎、腰椎の移行部である「LDH」で行われる
・「動き」が生まれ、それが「つながり」、「流れて」いく
・「頭」は5本のラインの関係性に支えられている
・「何か自分でする(doing)」という「自己主張」と、
 「男性性」を象徴している

下の「5つの眼」が、「場(フィールド)」を生み出すのに対して、そこを行き交う「動き」を表しているのが「5つのライン」です。

右脚の動きが、「Lumbodorsal Hinge(LDH)」を経由して、左腕の動きにつながったり、両脚のサポートによって、首が伸びやかになり、頭が軽く支えられるようなイメージを表現しています。

ヨガのポーズをする時などは、このシンボルをイメージすることで、「一本芯が通ったような、伸びやかな」動きをすることを助けてくれるかと思います。


◯5つの眼(5 Eyes

スクリーンショット 2017-05-02 12.24.22.png

このシンボルは、両足の裏、両手の平、第三の眼に「5つの眼」があって、それらがすべて「調和、共鳴し合って」います。それらは「同時に反応して、そこに何か現象が起こる場を作り出す」ことを意味しています。

・骨盤帯、肩甲帯が「ある」
・「水平」、「垂直」があり、それらは「直角」に交わる
・すべての眼が調和するので、「秩序」がある
・「すべてと調和します(being)」という「受動性、協調性」と、
 「女性性」を象徴している

上の「5つのライン」が、「行き交う動き」だとして、それを可能にする「場(フィールド)」を提供するのが、このシンボルになります。

「動き」ではなく、「調和、共鳴」を象徴しているので、「立つ」、「寝る」などの際に、これらのシンボルをイメージすると、「身体が一つにまとまってくる感覚」がつかみやすいかと思います。


男の中に女に気づくこと、女の中に男が在ること


上の動画は、以前も紹介した「フレッド・アステア(Fred Astaire)」さんと、今回初めて登場する「ジーン・ケリー(Gene Kelly)」さんが一緒に踊っているシーンです。

二人共とても素晴らしいダンサーなのですが、「動きの質感」が全く違うのがわかるかと思います。

この動画は、「地面(グラウンド)」と「空(スカイ)」に対して、どちらに「つながり」を求めるのか(英語では、"Orientation"と言います)を説明する時によく使われることがあります。

アイダ・ロルフさんが「ロルフィングを受ける必要がない(ほどに統合された身体、動きを備えている)」と評した、フレッド・アステアさんは「スカイタイプ」に、ジーン・ケリーさんは「グラウンドタイプ」に分類されます。

確かに動画を見てみると、フレッド・アステアさんは、空(空間)に向かって、「伸びやかに、軽やかに」踊っていて、ジーン・ケリーさんは、地面を「踏みしめて」、「どっしりと、力強く」動いているように見えます。

今回の「シンボル」の説明でも、この動画はとてもわかりやすく、フレッド・アステアさんは「5つのライン」のように見えて、ジーン・ケリーは「5つの眼」のようにも見えます。

先ほどの、「グラウンド/スカイ」の分類だと、「グラウンド→男性性、スカイ→女性性」とも考えられますが、「5つのライン/5つの眼」の分類だと、「ライン→男性性、眼→女性性」という考えもあり、これだとフレッド・アステアさんは、「スカイ(女性性)、ライン(男性性)」ということになり、少し矛盾したようにも思えます。


よく統合された個人は、
彼らの人格の男性側と女性側の両方に
アクセスできなければならない。

そして、それは性別(Sexuality)や
両性性(Bi-Sexuality)とは無関係です。

 - アイダ・ロルフ


アイダさんのとても興味深い言葉ですが、ロルフィングを受けて「統合」されてくると、「男性は、自分の中に受容する心、つまりは女性性があることに気づき、女性は、力強さや意思の貫く心、つまりは男性性が芽生えてくる」ということを言っています。

これは世の中で活躍している人を見ても、そう感じるところがあって、一見、すごく男性らしい社長さんでも、実は、女性のようの細やかさ、気配りができていたり、とてもきれいで魅力的な女優さんが、実は、負けん気の強さは男性以上という方がいらっしゃったり、自然に「個人の中に、両方の性が高いレベルで統合された状態」になっているのだろうと思います。

そういう意味では、この動画のお二人が「完全に分類できない」のは、「どちらもバランスよく含んでいる」からであって、だからこそ「後世に語り継がれるほど」に評価をされているのだと、僕は考えています。

実際に、「男性性/女性性」だけでなく、「グラウンド/スカイ」のタイプも、「5つのライン/5つの眼」のシンボルに関しても、どちらが優れているかという「優劣」の問題ではありません。

これに関しては、アイダ・ロルフさんの考えのように、「どちらも含まれている」というのが、ロルフィングで目指している「よく統合された個人」なのだと思います。(トップアスリートの身体、動きを見ても、そのレベルが上がれば上がるほどに、「グラウンド/スカイ」にしても、「5つのライン/5つの眼」も、どちらの要素も含まれているようになります。)

そういうことで、「2つのシンボル」の説明をしてきましたが、「どちらかをセッション8で、もう一方をセッション9で」という形ではなく、「上半身、下半身に分けて、下半身の中に2つのシンボルが顕れるように、そして次のセッションでその反対をするように」していくのが、セッション8、9のもう一つの目標になります。

大分長くなりましたが、ここまでをまとめてみると、「統合のセッション」のセッション8、9では、「(2つの)シンボルが顕れる」のを一つの目標にしていて、それらを「上半身、下半身に分けて」セッションしていきます。統合のセッションまで入ってくると、大分、身体の統合も進んできて、「さらなる身体の構造、動きの質的変化」を引き出すためには、「より抽象的な」アプローチが必要になってきて、それが「シンボルを用いた」ものだということです。

それでは、Aさんの実際の感想見てみましょう。

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ロルフィング9回目。1ヶ月ほど間が空き、久しぶりの感じ。久しぶりのフェスタは、なんだかとっても落ち着くし、心地いい空間だなぁと再確認します。

ロルフィングも久々で、なんとなく感覚が戻るまで時間がかかってしまいました。ゆうたさんにロルフィングでタッチしてもらうのは気持ちが良いと感じるので、前半〜中盤までは身体がほぐれて、可動域が広がっていくとともに、うとうと眠りに入ってしまいました。

あとは、身体的なことではないのですが、ロルフィングも残り2回ということもあってか、後半からロルフィングのことやロルフィングを始めたゆうたさんに聞きたいことが思いついて、沢山質問してしまいましたね。自分の中では、ロルフィングの可能性や、ロルフィングが、生きていく上でなにかとても大切なものにつながるのではないかと潜在的に感じます。

第9回目のロルフィングが終わってみての、1番の変化、それは、視界の広がり、見える世界の横幅が広がったことかと思います。同じところを見ていても、前まで45度くらいしか見えていなかったけれど、9回目が終わった後は90度くらい見えていたような、そんな感じがしました。
今までも同じ景色を見ていたのに、ある一部分しか自分は見ていなかったのだなぁ、と感じた、そんな9回目でした。

また、特に今でも心に残っていることを書きます。それは、私はどこかでずっと自分がこの人生で何を目的としているのか知りたいとどこかでずっとぼんやり思っていたのですね。

そして、ゆうたさんとはやっていることも考えや経験も、全く同じではないとは思いますが、ゆうたさんがおっしゃっていた、人間を知りたいという、ゆうたさんの人生のテーマ...私のテーマもこれだと思います。生きている間は、人間というものに一緒興味を持ってそれを知るために、自分なりにいろいろ動いていくのだと思います。

※内容が変わらない程度に、少しだけ修正しています。

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水平方向への広がりと垂直方向への貫き

10シリーズも終盤になってくると、今回のAさんの感想のように、「視界の広がり、見える世界の横幅が広がった」感覚が、自然に出てくるようになります。

ロルフィングでは、特に「地面から上向きの反重力的なラインの力が、身体が支えてくれるように」と、「垂直のライン」を大切にしていて、それがアイダ・ロルフさんが目指した「より高いレベルで統合された人間」のあるべき状態だと言われています。

そんな「天と地をつなぐ(貫く)、垂直のライン」を立ち上がらせるために、まずは身体の構造を「水平」にしていくことが大切になります。

セッション4〜7は「深層のセッション」と呼ばれていますが、その中のセッション4〜6は「骨盤帯の水平化」を確立して、セッション7では「肩甲帯の水平化」が目標とされます。

そうやって身体の構造が、どんどん水平になってくると、自然に「垂直のライン」が現れてきます。

リングとライン(修正版).png

上の図がそれを示したもので、身体の各構造を「リングの重なり(図の黄色の円)」と考えた場合、「それを貫く縦の線(赤色の矢印)」が「垂直のライン」になります。

図の左側のAは、「理想的なリングとラインの関係」を表していて、ロルフィングの10シリーズが進んでくると、このような状態になっていきます。

リングの大きさも、位置も、傾きも、すべてが「平行に」揃っていると、それを通り抜けるラインは、「はっきり、力強く」なります。

リングの「大きさが小さい」というのは、「内股に閉じられた膝」であったり、「浅い呼吸のせいで、潰れて動きの少ない胸郭」であったり、「硬く、広がりに欠けるコア(体幹)」のように、「内側に向かって硬くなり、外に拡張していくことができない状態」を意味しています。

Aさんのセッション3で、「ボリューム(厚み)」の説明をしましたが、それが「リングの大きさ」と対応しています。身体の構造に自然なボリュームが出てくると、そこを「容易にラインが通りやすく」なります。

次のリングの「位置」というのは、身体を「セグメント」に分けて、それらの「位置関係」になります。イメージとしては、身体を「ダルマ落とし」のように分けて、それがずれたり、揃ったりしている感じです。

この位置がずれてしまうと、リングが通り抜けることができる「面積」が小さくなり、ラインが「通りにくく」なるのは、想像しやすいと思います。

最後に、リングの「傾き」ですが、これは「骨盤の前傾、後傾」であったり、「体幹の側屈」、「頭の傾き」などを意味しています。

いくら大きさが十分で、位置が揃っていたとしても、リングの傾きがずれてしまうと、それでも面積は小さくなり、ラインは「通りにくく」なってしまうので、身体が「(ラインの働きによって)上向きにリフトされる」感覚というのも、薄くなってしまいます。

そうすると、身体は「重く」感じられ、様々なところに「凝り、張り」を感じるようにもなります。

LittleBoyLogo.jpg

上はロルフィングの「公式ロゴ」ですが、これは「ボックスとラインの関係性」を示していて、上で説明した「リングとラインの関係性」と同じようなことを表しています。(ボックスは「大きさ」、「位置」まではリングと同じですが、「傾き」ではなく「回旋」になるところが違っています。)

このように、ロルフィングは「垂直のライン」が現れてくることを、最終的には目指しているのですが、「身体の各構造を、それぞれ水平に整える」ことを通して、それを達成しようとします。

そして、身体の「垂直方向への貫き」が出てくると、自然に「視線が水平方向に広がる」ことが起きてきます。

大切なポイントは、あくまで「水平方向への広がり」というのは、「垂直方向への貫き」が出てくることの「結果」であって、さらに「垂直方向への貫き」というのは、「身体の各構造を、それぞれ水平に整える」ことから生じてくる「結果」であるということです。

「垂直方向への貫き」と「水平方向への広がり」という「結果」は、「いじること(何か手を加えること)」はできません。

「身体の各構造を、それぞれ水平に整える」という「条件」は、「整える」ことはできます。

そしてそれらを丁寧に、慎重に整えて、あとは「待つ」だけです。

この「結果と条件」に関しては、Aさんのセッション10で、もう少し踏み込んで説明したいと思います。


開かれた視野が安心・安全を生み、身体はよりゆるみやすくなる

身体の中に「垂直方向への貫き」が現れてきた「結果」、感じられるようになる「水平方向への広がり」というのは、とても大切な意味を含んでいます。

それは、「(外敵から身を守るために)危険を察知しやすい」という、「生物として基本的な能力」が高い状態ということになります。

現在では、なかなか敵に襲われることは想定する機会も少なくなりましたが、その「危険を察知するための広い視野」は、「周囲の状況を広範囲に把握する能力」に転用され、それが「安心・安全」を感じる大前提になっています。

「安心・安全」というのは、動物が「社会性」を持ち始めた基礎の部分で、集団でいることで安心・安全が、「安定して確保」されるようになり、そのおかげで「知性」も発達させる余裕も出てきて、さらには「芸術」も生まれるようになります。

そして「人が人が癒やすこと(医療)」も起きてくるのです。

つまり、何か「知性的なこと」をしたり、「芸術が生まれる」ことであったり、「人が人を癒やし、慰め、労る」には、「(ある程度の)安心・安全」が必須条件になります。(それが著しく脅かされると、そんなことをする余裕はありません。)

身体がボディワークを受けて、「ゆるむ」ということが起きるためには、その前提に「安心・安全」を感じていなければいけなくて、施術を受ける部屋がとても汚かったり、外の音がうるさかったり、誰かに簡単に部屋の中の様子を見られたり、聞かれたりする可能性があったり、施術者自身の言動が攻撃的だったり、触れ方が乱暴だったりすると、身体を「ゆるませる」という状態は起こりようがないのです。

「身体を支えてくれる上向きの垂直のライン」が自然に現れてきて、それに「乗る」ことができると、「水平方向への広がり」を感じるようになります。

そのおかげで、「周囲の状況を、より楽に広範囲で把握できる」→「(より高いレベルでの)安心・安全を感じる」→「施術者に身体をゆだねられる」→「(さらに高い、深いレベルで)身体がゆるむ」→「身体の構造の統合のレベルが上がる」→「垂直のラインがよりはっきりと感じられるようになる」→(以下、繰り返し)という、いいサイクルに入っていくことができます。

さらに「水平方向の視野の広がり」は、「想像力の豊かさ」にもつながります。

広い範囲を「(視覚的に)捉える」ことができるので、「ものごとの関連が見えやすくなる」ようになり、「相対的、全体的にものごとを考えること」が可能になってきます。

もしも視野が狭いと、「ものごとを一面だけで捉える」ことにもつながりやすく、「限られた情報だけで決めつける」ようにもなってしまいます。

ロルフィングを受けていくと、「〇〇と△△は、実はつながっていたんですね」や、「痛みというのは、悪いものなのではなくて、自分をより心地よい方向へと導いてくれるきっかけなんですね」という気づきが出てきたり、「いろいろな要素がつながり(関連)を持ち始める」ようになり、「点ではなく、線(さらには立体)で捉える」思考方法にシフトしていきます。

そのことは、Aさんはもちろん、他のモニターの方々の感想を辿ってみると、その変化がわかりやすいかと思います。

今回のAさんの感想でも、「身体が痛い/痛くない、苦しい/心地よい」というだけでなく、「人間をより知りたい」という「人生のテーマ」にも気づけてきたようです。

僕自身が、Aさんの人生相談を受けて、それに対して具体的なアドバイスをしたわけでもないですし、ロルフィングを受けたら、人生のテーマを見つけることができますよということを言いたいわけでもないのですが、ロルフィングのロゴが表すように、「身体の構造が水平に整えられ、それによって垂直のラインが現れる」ということをしていくと、「視野が広がり」、「ものごとを多視的(相対的、全体的)に捉える」ことができるようになり、それが「人生のテーマに気づくこと」にもつながってくるということがあるということです。

この「広がり」が、僕がロルフィングに感じている「魅力」であり、「一人として同じ10シリーズのプロセスは存在しない」ので、「人の数の分だけ、その人に必要な変化のプロセスが起きてくる」のです。

でも、大切なところは「直接的に、この『広がり』は求めない」というところです。

いきなり広げてしまうと、ただただ「とっ散らかる」というのがオチです。

きちんと「その人らしい軸(ライン)が、自然に現れる」と、自然に「広がり」が出てくるということです。

世の中の天才的な仕事をした人たちをよく観察してみると、「自分の好きなことを、深く(垂直に)掘り進めた」ことによって、それが「人類に普遍的な(水平に広がる)発見、アイディア」につながってくるというのがよくわかります。

先ほども書きましたが、「結果はいじることができない。整えられるのは条件で、そして待つことが大切である」ということなのですが、それは次のセッション10で詳しく説明してみたいと思います。

「触れることのできる」身体を、丁寧に、慎重に、本質的なところから整えていくと、「思ってもいない素晴らしいこと」が起きてくることもあるということです。

今回のAさんの感想にあるような、素晴らしい発見、体験に、少しでもロルフィングが役に立てていたら、ロルファーとしてうれしい限りです。

次のセッション10も楽しみにしています。




Yuta

( Posted at:2017年7月12日 )

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