ロルフィングハウス フェスタ FESTA

モニターEさんの感想(セッション4 | 30代 女性)

今回はモニターEさんのセッション4になります。

「深層(コア)のセッション」に入ってきて、どんな風に身体が変化していくんでしょうか。

感想を見てみましょう。

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相変わらずかかとの一部が弱い感じがするのと、右足の目の感覚がないのと、さらに右足の小指が浮いてきたことが気になりますが、脚・足だけの問題ではないかもしれないので、今日受けてまた様子をみようかな、と思いつつ4回目。

今日は左肩甲骨が苦しかった上、引っ越し荷物の片付けをしたせいで昔痛めた右腰が少し痛みました。

左肩甲骨をいつものように最初にゆるめて頂いたところ、呼吸が楽になり、そのうち気持ちも楽になりました。気持ちの持ち方も大事ですが、やはり身体からのアプローチって大事だなと改めて思いました。最近は精神面をどうこうする傾向の本や情報が多く、身体がおろそかにされている気がします。

腰は、後で歩いた時も少し痛みを感じましたが、傷に消毒液をつけた時のような感じというか、嫌な痛みではありませんでした。今後、様子をみていきたいと思います。

さて、今日のメインは内転筋と骨盤底筋で、こちらでも「身体ってすごいな」と思いました。

左側は、まず太ももの内側が動き出して、内転しようとしているようでした。今までのような伸びる感覚ではなくて、太ももの中でより複雑な修復が行われているようでした。長年おかしな状態でいたのに、身体はちゃんと自然な状態を覚えてるんだなあとびっくりしまして。そのうち脛が動き出し、足の指や左手もピクピクしました。骨盤底筋が動き出すと(ゆるむと?)腹部の背骨がぐーっと伸びて、内臓が動く感覚がありました。

2回目と3回目の時も思いましたが、例えば左側が終わった後、右側をやると、左側の時より反応が早い。今回も右側はあっという間に脛や指先まで動き出しました。ただやはり左右差があって、右側は内転する感覚はありませんでした。

終わって外を歩いてみると、確かにぐんぐん進みます。初めて電動自転車に乗った時のことを思い出しました(笑)。また2週間色々観察したいと思います。

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感覚は「ナマモノ」であるから、「新鮮さ」が大切

まずはセッション前の状況ですが、「かかとの一部が弱い感じがする」というのは、セッション2の時に「フライパンにバターを入れ、回している」イメージで動いてもらった際に、Eさんはかかとの一部に、うまく重心を移動させられないことに気づいたようでした。

ゆっくりと身体の感覚を味わいながら動いていると、段々、フライパンの上を満遍なくバターが滑るように、重心が移動してくれるようになるのですが、Eさんはダンスをされていて身体感覚が豊かなので、「微妙な違い」がまだ残っていました。

少し時間をかけることで改善する違いであれば、それでいいのですが、感覚の少しの違いを追い求め過ぎてしまうと、大局観を失って、迷子になってしまうことも多くなります。

身体の感覚というのは「ナマモノ」なので、次々に移り変わります。スポーツ選手などが「スランプ」に陥ってしまう一つの原因が、「良い時の感覚に固執してしまう」というのがあります。ナマモノである感覚はどんどん変わっていくのに対して、頭は変化させないでいると、それが「ずれ」を生み出すことになります。

例え良い感覚に気づいたとしても、それはしばらくしたら「手放す」ことが必要になります。何かを得たら手放し、また違う感覚で身体を動かしてみて、それでまた何かに気づいたら、それを手放し、次のことをしていくのです。

そうやっていって初めて、「安定した技術」が身体に構築されてくるのです。再現性の高い技術は、同じことをしているのではなく、感覚を微細に変えているのです。「同じことをするために、変化させる」ということです。

フライパンとバターのイメージで、足裏の重心がどう動くのかを感じてもらいましたが、やればやるほどに微妙な違いが際立つこともあります。そこで同じことをやりすぎてしまうと、本質的なところからずれていってしまうこともあるので、Eさんにはかかとだけの問題ではなく、他の身体の部分が変化してくることで、それが変わってくる可能性もあることを伝えました。(ここでの「本質的なところ」というのは、「身体の構造が重力に対して整い、身体を支えるラインが現れてきて、それに身体を委ねることができること」を意味しています。「かかとの一部にうまく体重が乗せれない」を突き詰め過ぎて、そこからずれてきてしまう可能性があるということです。)

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さらに「足の目」という表現がありますが、それは「足の裏の中心」のことではなく、「足の裏の重心が通るべき場所」のことです。(上の図の赤丸のところです。中心ではないのがわかるかと思います。)

足の裏には土踏まずのアーチがありますが、その一番上の辺りに足の目はあって、ジャンプする際に踏ん張る時に、力が最もかかるポイントになります。(ちなみに、「手の目」というのもあって、バレーボールでスパイクを打つ際に、そこでボールをミートできると、手も痛くなく、ボールに効率的に力が伝わるポイントです。)

セッション2では、その足の目を「開く」ようなアプローチをして、そのおかげで「地面にぺったりと足の裏が吸い付くような感じ」が出てくるのです。

それがEさんの場合は、まだ右の方が開いていないような感じがしたそうです。

そんな身体の微妙の違和感がセッション4の前にあったのですが、内転筋群と骨盤底膜にワークをしてみると、全身の構造のバランスが整って、それが気にならなくなったようでした。全体の調和が、部分にも影響をしたおかげだと思います。

微細な感覚を楽しむことも大切なのですが、突き詰め過ぎて、同じことばかりをしてしまうと、頭と身体とにずれが出てきてしまいます。少し意識すること、感覚を変化させてあげると、うまくブレイクスルーが起きてきてくれるようになります。


「具体的な、手で触れることのできる」身体からアプローチする

"I work on the body because it's the only thing I can get my hands on.(私は身体に対して働きかける。なぜなら身体が、私が手を置き触れることのできる唯一のものだから。)"

上の言葉はアイダ・ロルフさんが残した言葉です。

Eさんも「気持ちの持ち方も大事ですが、やはり身体からのアプローチって大事だなと改めて思いました。最近は精神面をどうこうする傾向の本や情報が多く、身体がおろそかにされている気がします。」という風に感想に書かれています。

「こころ(気持ち、精神)」と「からだ(身体)」は、元々は一つのものであって、分けて考えられるべきものではありません。

姿勢によって気持ちは影響を受けていて、猫背で背中を丸め、下を向いていると、気持ちも下向きになってきます。反対に、胸を張って顔も上に向けると、自然に気持ちも上向きになっていきます。

もっと言うと、特定の姿勢を取ると、ある特定の感情(多くの場合はネガティブなもの)を引き出されるというケースもあります。例えば、性的な虐待を受けた人であれば、その時の姿勢を取るだけで、呼吸が荒くなったり、震えが止まらなくなる人もいますし、スポーツ選手であれば、大きな怪我をした時のポジションに身体が置かれると、その時のイメージがぶわっと浮かび上がってきて、うまく力を出せない人もいます。

このことから考えると、身体というのが「楽器」で、気持ち、精神が、その楽器から出る「音」という関係が見えてきます。

音というのは、その楽器の形にかなり依存しています。楽器の構造が歪んでいると、美しい音が出てこないのは想像しやすいと思います。どれだけチューニングをした楽器であっても、その楽器を落としたり、何かをぶつけただけで、すべての音が崩れてしまいます。(小学校の3年間、コントラバスを演奏していたので、このことは身にしみています。)

楽器をきちんとした作法で扱い、定期的にお手入れをするということが、秩序ある音の美しさを保つポイントになります。

Eさんのおっしゃるように、精神的な問題を、精神的な方からのアプローチをするのは、楽器の手入れ、チューニングをせずに、なんとか弾き方を工夫することで、音をやりくりしている状況に似ていて、僕がそれを見ると、「楽器(身体)を整えてあげたら、もっと簡単で、自由になれるのにな」と思ったりします。

10シリーズを受けることで、身体の構造が変化してきて、その空間、場、環境と統合され、自分を支えてくれるラインの流れに乗ることができます。そうすると、自然に力を抜くことができるようになり、精神的な面も変化してきます。楽器の構造が、美しく均整の取れた状態になってきたら、音が変化してくるのは当然のことです。

この世界には様々な形の楽器があり、それと同じように多くの音があります。音を突き詰めていった結果、今の楽器の形が生まれてきました。やはりバイオリンの音を奏でるには、あの形態でなくてはだめなのです。最新の技術を駆使して、最高のバイオリンを作ろうとしても、あの音には、やはりあの形なのです。智慧の集積の結果としての、形です。

「健全な精神は健全な肉体に宿る」という言葉がありますが、健全な精神というのは、健全な構造、形を持った身体に宿るのであって、ランダムな身体で、いくら精神をコントロールしようと思っても、それは難しいのだと思います。

先に挙げたアイダ・ロルフさんの言葉は、「具体的に触れることのできる存在」としての身体の重要性を説明しています。

音の美しさばかりに神経を集中させてしまいがちですが、その前に楽器の形を整え、チューニングしてあげること。そういう準備が大切なのだと思います。

元々Eさんは、身体と心の関係を探求されていたので、そういったことも深層のセッションの入ってきて出てきました。二人で身体を通してのコミュニケーションを深めていって、深い気づきが得られたらと思います。次のセッションも楽しみにしています。




Yuta

( Posted at:2017年4月 5日 )

モニターDさんの感想(セッション4 | 40代 女性)

モニターDさんの4回目の感想になります。

まずは感想をご覧になってください。

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昨日は今までのセッションの中で、一番、体が軽くなった気がします。

特に頭がすっきりしています。
なんだか頭がいつもより高い位置にあるような気がします。

それから自分の中に軸ができたような感じがあります。
全体的に縦に伸びたような、上に引っ張られているような...。

あと、ひざ下の外側の筋肉が盛りあがってるのが気になっていたのですが、すっと伸びたようになって、あまり目立たなくなってきたのがうれしいです。

歩いても、疲れにくくなりました。
今までは、足を持ち上げて歩くような重い感じだったのが、スムーズに足が出て進んでくれる感じになりました。

たくさん歩くと、足の付け根が痛くなったり腰が痛くなったりしたのですが、それもなくなりました。

今日も頭も体もすっきりしているのですが、やっぱり眠いです。

また次回、宜しくお願いします。

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全体のバランスが整うことで、すべてが適切な状態に落ち着いてくる

セッション1の時に書いていただいた問診票を確認してみると、

・手先が冷える。
・朝起きると、首、肩回りがこっている。
・両膝が時々痛い。
・歩いていると、左脚が上がらなくなる。
・なんとなく腰がずっと痛く、ギックリ腰になりかける。
・2年前に尻もちをついて、起きれないほどに痛かった。

というような身体の状況でした。

まだ手先の冷えはあるようなのですが、それ以外のところは徐々に変化してきているなという感じです。すごく順調だと思います。

「頭がすっきりした」という感想がありますが、セッション4で扱うところは「内転筋群と骨盤底膜」になります。直接、頭を多く触るということはないのですが、下肢のアライメントが変わり、コアの広がりも出てきたことで、その上にある頭の位置、状態も変化してきてくれたのだと思います。

首が前に出ていたり、猫背であったり、「頭が身体の上に適切に置かれていない人」は、とても多くいらっしゃいます。その影響で、慢性的に肩や首にコリが出てきたりするのですが、そこだけにアプローチしてもなかなか改善されません。頭だって、好んでそのポジションにいるわけではなくて、「いろいろと事情があって」そうなっているのです。

Dさんの身体の「いろいろな事情」が解決してきて、それによって頭が自然に良い位置に変化してくれたのでしょう。

身体全体のバランスが整ってくると、いろいろなことが適切なところに落ち着いてきます。痛みがあった場合には、それが改善に向かい、便秘やむくみがあった人が、それがましになってきて、体重や血圧、血糖値などの数値が変化してくる人もいます。

一個一個の部分に目を向けるのも大切なことですが、「大局観」というか、「全体観」というのが、ロルフィングでは特に大切なことだと感じています。


自分の「肖像画」を描いてもらうような

何度も繰り返しにはなりますが、ロルフィングは「治療」ではありません。痛みや身体の不調に対して、それを改善、または消失を目指して何かをするわけではなく、あくまでそういったものも、その人に関わる情報の一つとして捉えています。

何かを「治そう」という意図よりは、「その人(身体を中心に広範囲に渡って)をより理解しよう」と努めます。そのためには、常にその人「全体」に目線があり、自分のイマジネーション、インスピレーションを自由にして、本人ですらわかっていなかったことが明らかになるようにしていきます。

身体は必ず何かを語りかけています。それが「痛みや違和感という言葉」となって、表現されることもあります。それに耳を傾け、身体が何をしたいのかを、「間に入って」理解しようと努めます。(「通訳」の仕事みたいです。)

伝えたいことがきちんと伝わると、痛みや不調が自然に消えていくことが大半です。Dさんも身体の不調が改善してきていますが、身体と少しずつ良好なコミュニケーションが取れてきているおかげではないかと思っています。

そんなことを考えると、ロルフィングの10シリーズというのは、受けてくださる方の「肖像画」を描くプロセスのようにも思えます。(最近発売された、世界的に有名な作家さんの小説を読んで気づきました。)

自分の肖像画というのがあったからといって、直接的に何か「役に立つ」ことはないかと思います。自分の部屋に置いておいて、それが誰かに褒められるか、それを見て自分が何かを感じるか以外、特に何もしてくれません。

でも、「自分の肖像画を描いてほしい」と願う人がいるのも事実です。

依頼する時の段階で、なぜそんなことをしてほしいと思うのか、自分でもよくわかっていない方も多く、けど、自分が他人によって「描かれていくプロセス」によって、何かが顕になってくるのです。

そのためには描き手には、「画を描く確かな技術」はもちろん、「特別な何かを引き出す能力」も必要になってきます。

10シリーズを受けていくと、その人も知らなかった自分に気づくことがあります。それに少し戸惑ったり、驚いたりすることもありますが、その気づきは、その人を良き方向に導いていってくれるものが含まれています。

何か現実的な用途のために描かれる画(ここでは「治療」のこと)もあって、そうではなく、描かれるというプロセスの中にこそ「意義」のようなものがある「肖像画」という画(ここでは「ロルフィング」のこと)もあります。どちらが優れているか、劣っているか、良いか、悪いかという話ではありません。

今回のモニターの方も、何かがあって10シリーズを受けられることを望まれました。その「何か」がはっきりしている人も、なんとなくの人もいますし、それが途中から変わってきている人もいます。

ロルファーの僕としては、その大切な「何か」が適切に顕れてくるように、丁寧に身体と向き合っていきたいと思います。

Dさんの5回目も楽しみにしたいと思います。




Yuta

( Posted at:2017年4月 3日 )

モニターCさんの感想(セッション4 | 40代 女性)

Cさんも「深層のセッション」が始まりました。

セッション4〜6では、様々な筋肉から干渉を受けている骨盤を、自由に解放し、水平な位置に導いていくことが重要になってきます。

今回のセッション4では、内転筋群と骨盤底膜などの骨盤の「下側(底側)」にアプローチしますが、骨盤底膜というのは「自律神経」と密接な関係があります。

自律神経は、身体がスイッチオンの状態で働く「交感神経」と、スイッチオフの状態で働く「副交感神経」から成っていて、それらが大きな波を描くように一日の中で働きが切り替わります。

簡単に言うと、日が昇り活動的になってくると、交感神経が優位に働いて、日が沈みあたりが暗くなると、次第にリラックスして身体が休息に向かい、今度は副交感神経がメインで働き始めます。そうやって自然の大きな流れに沿って、ゆるやかに変化していくのが通常です。

しかし、現代では夜でも街は明るく、日が沈んだから仕事が終わるということもありません。中には、徹夜で仕事する人もいます。寝る直前まで、パソコンやスマートフォンの明るい画面を覗く人も多く、脳は常に興奮状態にあります。

そうなると、本来であれば副交感神経に切り替わり、スイッチオフになる時間帯なのにも関わらず、まだ頭は忙しく、交感神経が働き続けるようになります。それがある一定期間続くと、副交感神経へのスイッチの切り替えがうまくできなくなり、慢性的にストレスを感じていたり、緊張が強かったり、身体のハリ、コリがなかなか取れなかったり、寝ても寝ても寝た気がしないなどの状態になってしまいます。

最近、ロルフィングをしていて感じるのが、「副交感神経が適切に働いていない(身体をスイッチオフにできない)」人が、とても多くなってきている気がします。みなさん、自分自身では気づいていないのですが、「身体の力を抜くこと」ができないのです。ベッドに身体の重さを預ける(委ねる)ことができず、重力に反して身体を引き上げています。

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そんな自律神経は、骨盤底膜の緊張と連動していて、交感神経が優位の時には「収縮」して、副交感神経が優位の時には「弛緩」します。活動的で、集中して仕事をしている時や、ストレス、恐怖などを感じて身を守らなければいけない時などは、骨盤底膜が収縮して、骨盤の下の方が「締まる(狭まる)」ようになります。(上の図の右側で、青い矢印で示されています。)

その反対に、身体がリラックスして、力も抜けている時には、骨盤底膜が弛緩して、骨盤の下の方は「ゆるむ(開く)」ようになります。(上の図の左側で、赤い矢印で示されています。)

つまり、一日の中でも、骨盤は自律神経の切り替わりと連動して、「開閉」していることになります。(厳密には、呼吸する度に、微妙な開閉運動は行われています。)

さらに女性には「生理」があります。野口整体では、昔から「生理周期」と「骨盤の開閉」の関係性を言及していて、生理が近づいてくると、徐々に骨盤は「開いた」状態になってきて、それに伴って副交感神経が優位になり、頭がぼーっとして集中しにくくなります。

生理が終わりに近づくと、今度は骨盤は「閉じた」状態になっていきます。そうやって月に一度、開閉をしているのですが、それは「出産の予行練習」をしていると考えられています。

出産の際には、ホルモンの作用で、骨盤がもっとも開いた状態になりますが、いきなりその状態になるのではなく、毎月ゆるやかに開閉を続け、その時に備えているのです。

ここで先ほど書いた、現代の慢性的にストレスを感じ、副交換神経が適切に働けずに、交感神経が常に高ぶっている状況では、それに連動して骨盤底膜も収縮していて、「ゆるめない」状態になっています。つまり、骨盤が「閉じている」状態で、身動きできないような感じです。

そのような、ストレスを受け続けることで、自律神経の切り替えがうまくいかなくなり、硬く、柔軟性を欠いた、閉じた骨盤をしている女性は、生理痛、生理不順などの問題が起きやすくなってしまいます。

若い女性にロルフィングをすると、生理に関する問題を抱えている人が多く、それには「骨盤底膜の慢性的な緊張」という要素も関係していることもあるのです。

このセッション4では、その骨盤底膜にアプローチすることで、男女共に、「自律神経のバランスを取り戻す」ことにもつながますし、女性の場合は、「安定した生理のプロセス」を回復する可能性もあります。そしてそのことで、「健やかで、自然な出産体験」にもつながっていくことにもなります。

また、「極度の精神的、肉体的トラウマ」を受けた方にも、骨盤底膜に強い緊張が見られます。短時間にものすごい量のストレスを受け、それが自分のキャパシティを上回ると、「失禁」したり、「腰が抜ける」ことや、「膝が笑う」ことがあります。興味深いことに、これらはすべて、セッション4で扱うエリアになります。身体のそのエリアに、「トラウマの記憶」が、筋肉の緊張という形で保存されているとも考えられるかもしれません。

少し長くなりましたが、違う角度からセッション4を見てみました。

次にCさんの感想を見ていただいて、解説をしていきたいと思います。

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4回目
脚の内側と骨盤ということでかなり気になる内容でした

骨盤のゆがみはロルフィングを受ける前から何となく自覚していました
それとホルモンの関係なのか骨盤が開いている時期と閉じ始めた感じが何となく毎月のリズムでわかるような気がしていました

そして今回のいちばんの変化はウエストのくびれがすごく出たのです

ロルフィングの翌朝着替えていたらなんかウエストがユルい?
鏡を見たらくびれがキュッと出てました
『久しぶり~』と思わず声が出てました
体重は変化ありません
ダイエットとかは何もしていませんがくびれはその後も継続中です


あと今回特に感じたことはロルフィング中にリラックスしていることから更に進んだようなこと

眠る前の意識は有るけどボンヤリしているような状態
だけど無意識ではなくて子供の頃の事を思い出していたりこれからの事を少しイメージしてみたりネガティブでもなくポジティブでもない中立でそれでも何か大切なことのような事を考えていました
寝てはいません笑
でもかなり眠りに近いような状態をキープ
それがすごく気持ち良かった
大友さんにも伝えましたが瞑想に近かったのかな?と思います


からだとこころは本当に繋がっていますね

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ロルフィングを受けると痩せますか?

よく聞かれる質問です。笑

僕の今までの経験で言うと、「直接的に」ロルフィングが影響して、体重が減ることはないです。けれでも、10シリーズを受けていく中で、体重が減ってくる人がいます。それは「間接的に」ロルフィング影響していると考えられます。

ロルフィングを受けるとことで、呼吸が変わったり、体液の循環が改善することで、「代謝」が良くなります。それも痩せる一つの理由でしょうし、身体の痛みや不調、関節の強張り、筋肉の張りがなくなってくることで、自然にその人の「活動レベル」も上がります。そのことで、体重に変化が出てくる人もいると思います。

個人的には、「体重が減ること」よりも、「その人が持っている自然な美しさ、たくましさが、表に現れてくる」ということの方が、大切なのではないかと思います。

どういうことかと言うと、ダイエットのビフォーアフターの写真などを見ると、アフターの方が構造の歪みが目立ち、自然な美しさを感じないことが多くあるのです。(「ビフォーの方がよかったんじゃない?」とツッコミを入れたくなります。)

たとえ体重が落ちなかったとしても、身体の「体液分布」が変わることにより、むくんで太く見えていた太ももが、すっきりと見えてくることがあります。

Cさんの場合は、セッション4で骨盤の位置が良くなった影響で、ウェストの見え方に変化が出てきたようです。

無理なダイエットでくびれを出すことよりも、身体の構造が適切な位置に戻り、それによってくびれが出てくる方が、身体全体も健康になりますし、その後も無理なくそのスタイルが持続しやすいと思います。



寝ていると起きているの狭間

ロルフィングをしていると眠ってしまう人がいます。個人的には、それでもきちんと身体が無意識に反応してくれていたら、何も問題はありません。人によって毎回眠る人と、全く眠らずに、僕のしていることをトラッキングしている人や、それが毎回のセッションで違う人など、様々にいらっしゃいます。

今回のCさんのように、「半分寝ていて、半分起きている」状態は、僕もロルフィングを受けていると自然にそうなってきて、一番心地良い時間です。「瞑想状態」とも呼ばれています。

この瞑想状態では、寝ているような状態でもあるので、身体の力は十分に抜けています。そして、こちらから何か話しかけるとすぐに反応できる状態でもあります。知覚はとてもクリアに開かれていて、自分の身体で起きていることも、身体の周りの空間で起きていることも把握しています。

自分の意識が、そんな「覚醒状態と睡眠状態の狭間(境界)」にあると、「過剰に働いている思考のサイクルから外れる」ことができます。それはまた、「論理的で冷静な観察者から距離を置く」ということにもなります。

現代はSNSが発達していて、インターネット空間に、自分の「アカウント」を誰でも簡単に持つことができ、自分を「客観視」することに慣れています。「こんなことをFacebookに書くと、みんながいいねしてくれるかもしれないから、だから書こう。」とか、「見てほしくない人が見ているかもしれないから、これは書かないでおこう。」など、自分から「もう一人の自分」が離れ、それが冷静に自分を常に観察しています。

主観と客観が切り離しづらい若い年代の人の中にも、今の自分の置かれている状況を、冷静すぎるほどに把握できている人は多く、年齢が上の人たちを驚かせます。(それ故に、「さとり世代」とも呼ぼれることがあります。)

自分のしていることを、常に論理的な思考をする自分が眺めていて、そしていちいちツッコミを入れてきます。何とも息苦しい世の中です。

さらに、一旦そんな観察者が現れてしまうと、なかなかそれが去ってくれることはなく、「常に」監視され続け、それが苦しくなってきている人も多いのではないかなと思います。

そんな、なんとなく何か(個人的には、「漠然とした正しさのようなもの」なのではないかと思っています。)に縛られていると感じている人が多いこの社会の流れに、カウンターとして登場してきたものが「禅、マインドフルネス(または瞑想、メディテーション)」などの流行です。

忙しく働いてしまう思考のサイクルから離れ、今現在、身体で起こっているいることを内観したりします。

ロルフィングをしていると、自然に瞑想状態に入ってきます。ロルファーに身体を触れてもらうことで、自然に自分の身体に今まさに起こっていることに意識を集中することができ、身体の滞りや強張りがゆるんでいきます。オーバーヒートしている頭も落ち着いてきて、副交感神経が優位に働き、左脳と右脳とがバランスよく機能し始めます。そうして、そんな状態になってくると、思いもかけないアイディアや、ビジョンを得られることがあります。

今回のCさんの場合には、「子供の頃のこと」が、なぜか自然に思い出されてきたようです。左脳(顕在意識)の働きが鎮まってきて、そうすることで、深層意識の中に埋もれていたものが、浮かび上がってくるのです。

そういった時に得られたものは、とても「示唆的(または暗示的)」なものが多く、そういう意味では、「夢」と近い機能を持っているのかもしれません。

しかし、毎回ロルフィングをしたら、瞑想状態になって、それで何かしらアイディア、ビジョンを得られるというわけではありません。(映画「となりのトトロ」の中で、「またトトロに会える?」と聞かれたお父さんが、その娘たちに「運が良ければね」と答えるシーンがありますが、そういうことに近いと思います。)

そういった状態になるには、「秩序ある方法、手順」というのがあって、それを滞りなく行うと、瞑想状態に入っていくことができて、それでさらに運が良ければ、「現時点の自分にとって必要なもの」を手に入れることができます。それは「ギフト」とも言えるかもしれません。そしてそのギフトは、その人が歩むべき方向を示してくれるもののはずです。

僕の知り合いの世界で戦っているアスリートが、数多くのオリンピック出場選手やメダリストからも信頼されている、海外のメンタルコーチのセッションを受けることがあって、その様子を僕に教えてくれたことがあります。

メンタルコーチのセッションと聞くと、マンツーマンでの「カウンセリング」のようなものをイメージしますが、そのコーチはベッドに寝てもらって、呼吸に意識を集中させたり、簡単な身体の動きを繰り返させることで、まずは瞑想状態に導いてくれるようです。

そこで初めて「何か気になることはありますか?」などと、いわゆるカウンセリングのようなことが行われ、自分で語ることによって、自分で気づいていくプロセスが進むということです。

もしも思考が過剰に働いている状態でカウンセリングをしたら、「カウンセラーが言ってほしいであろうこと」を話したり、そもそも大事なことは何も話さないかもしれません。

まずは瞑想状態になり、そして深層意識にアクセスするということ。そうすることで、必要な情報が自然に出てきます。

「ミスしてはいけない、間違ってはいけない」と、過剰に考え過ぎてしまう(気にし過ぎてしまう)現代においては、身体を通して、適切に瞑想体験を持つということがとても大切になってくると思います。正しさ(その多くは、正しさのようなものですが)の奴隷になっては、人間は疲弊してしまうばかりです。

ロルフィングのセッションが、そういったものの突破口になれればいいなとも思います。

次はセッション5ですが、どんなことが起きてくるのか楽しみにしたいです。




Yuta

( Posted at:2017年4月 1日 )

モニターEさんの感想(セッション3 | 30代 女性)

元々はダンスをされていたEさんのセッション3になります。

まずはEさんの感想から見てみましょう。

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今回は身体の側面ということで、ちょっとつかみどころがない感じでしたが、それがかえって楽しみでした。

鏡に向かって立ってみると、身体とウエストとの隙間にかなりの左右差がありました。毎度のことですが、自分ではこれでまっすぐとか左右均等とか思っているのだから不思議なものです。あと、また少し首が前に出ていて「あらら」と思いました。やはり長年の癖はなかなか抜けないのでしょうか?

最初はやはり左肩甲骨から。今日は凝っていないと思っていたのですが、やはり何かあるんでしょうね。手を当てて頂いた辺りから腕や首が始まっていると意識してみたところ、首の後ろを緊張させて縮めていたことに気づきました。そのうち首がぬーっと伸びたので頭の位置を直しました。最後も頭にじっくり手を当てて頂き、このところ小さいことをぐしゃぐしゃ考えていたことがしっかり身体に影響しているなーと思いました。「よけいなこと」、減らしたいです(^^;

体側は左から。脚と骨盤の境辺りから、少しずつ上にポイントをずらしぐーっと押され、イタ気持ちいい・・・と思っているうち、たたまれた蛇腹のホースをぐーっと伸ばすように脚の付け根から腰、ウエスト辺りが伸びました。

次は右。前回同様左右差がかなりあり、右は脚と骨盤の境を押された時点で右半身全体がぐんぐん伸びました。その後はポイントを押すより手を当てて頂いていたようです。セッション中は興味津々でリラックスはしても眠くなることはなかったのですが、この時はとても眠くなりました。

立ち上がって少し歩いてみると、いい感じの重さと安定感が。いつも歩いている時なんとなくふわふわ足が地についていない感じで不安定だったのが、しっかり地面の力を使って歩けている気がしました。

外でしばらく歩いていて、首から肩がとても楽になっていることに気づきました。肩がストンと落ちて、「肩の荷がおりた」みたいな心境の肩(笑)。今まで緊張して縮こまらせていたんだな、と思いました。それから今までは姿勢を良くしようと意識するとすぐ疲れていましたが、今はどこまでも背筋が伸びそうな感じです。

そう言えば左の肩周りはかなり頑固な感じでした。ひとかたまりになっているところから腕が離れることをイメージしてみても、今度は肩がきゅっと縮まったり。でも今肩から腕がストンと落ちて楽なので離れてくれたのかな、と思います。

次回はもしかしてO脚に変化があるかも?ということで楽しみです。それまで今回のセッションによる変化をじっくりあじわいたいです。

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私の身体は頭がいい

僕はロルフィングと組み合わせて、「ソースポイントセラピー」というものも組み合わせてセッションしています。

ソースポイントは、ロルフィングの先生もしていたボブ・シュライさんと、その奥さんで瞑想の先生であり、チャネリングを通してのヒーリングもしているドナ・トムソンさんの二人によって始められたもので、とてもシンプルなエネルギーワークです。

やり方はとても簡単なものですが、しっかりと肉体面が変化するところがおもしろいところです。試しに全身の可動域をチェックしてから、10〜15分ほどソースポイントの簡単なワークすると、それだけで大きく可動域の制限が変わることがあります。(身体に触れなくても、実際の可動域に変化が出るということです。)

僕の場合は、毎回のロルフィングのセッションの際に、その最初と最後にソースポイントをしていて、下の動画にある「スキャン」というものもしています。


Eさんの今回の場合は、スキャンをして手が止まったところが、左の肩甲骨の辺りだったので、そこからタッチすることにしました。

実際のセッション4では、そこから触り始めるということはないのですが、身体に「どこから始めるのがいいですか?」という質問を持って、スキャンをしてみると、身体がそれを教えてくれます。

10シリーズでは、どこをするのか手順が決まっているのですが(だから「レシピ」とも呼ばれています。)、必ずしも「その時の身体がしてほしいこと」とは一致しないこともあります。

そんな時に、ソースポイントのスキャンとしてあげると、身体がうまく導いてくれるので、そこからタッチを始めて、その後に10シリーズで触れていかなくてはいけないところに移行していってあげた方が、僕の感覚としても、クライアントさんの満足度もいいような気がしています。

セッションを始める前に身体の状況をいろいろと伝えてくださる方もいるのですが、それを僕が頭で考えて何かを判断するよりは、「まずは身体に聞いてみましょうね」とスキャンをしてあげた方が、求めている方向により効率的に向かっていくと思っています。

「身体は私たちの頭が考えるよりもずっと賢い」ですね。


肩代わりをする肩

肩というのは、「肩代わり」という言葉が示すように、「いろいろなものの状態を引き受けてしまう」という性格があります。

「肩こり」という症状はとても一般的ですが、なぜその症状が出ているのかは、人の数だけ違う理由があります。

内臓が疲れている人、右足にねんざぐせがあり、下肢のアライメントが悪い人、目を使い過ぎている人、重たいものを持ち運んで、前腕がパンパンの人、仕事のプレッシャーがあり、常に心配事をしている人、などなど、この他にもありますし、これらがいろいろと複雑に絡み合っている人もいます。

重要なのは、「肩こりは『結果』であって、『原因」ではない」ということです。

何か身体的にも、精神的にも、エネルギー的にも「バランスが崩れた状態」にあると、それを肩が「肩代わり」してしまいます。その結果である肩こりにいくら触れたとしても、バランスの崩れ自体が改善されないと、またすぐに肩代わりしてしまいます。

バランスの崩れの原因が、単純な要素のみであったら、それが改善されると、自然に肩こりはなくなります。しかし、原因が複雑である場合には、いろいろなことにアプローチをして、原因の絡まりが少しずつ解けてくるのに伴って、肩こりも次第によくなっていきます。

10シリーズをしていくと、特に肩こりに対して何もしていなくても、自然に肩こりがなくなってくることが多いです。それは、結果に対して何かをしているわけではなく、原因が何かしら変化してきたことによると思います。

今回のセッション3では、肘から腕を動かしてもらって、その時に肩が肩代わり(代償運動)しないように、僕が誘導していきます。肘を動かそうとして、肩がすくんできてしまう人が多いからです。腕は胴体から生えていますが、それが「一緒くた」に動いてしまうと、すぐに肩が上がってきてしまうのですが、それを「分離して」動けるようにしていきます。

Eさんはダンスをされていたので、この動きの飲み込みがとても早かったですし、肩がすくむようなこともあまりありませんでした。「肩の荷がおりた」と感想にもあるので、セッション3で目的としていたことは達成できたかなと思います。

Eさんもセッション3が終わったので、これでモニターの方全員が「表層のセッション」が終わり、「深層のセッション」に入ることになります。深層のセッションになると、それぞれの個々の問題が出てきやすいので、もっと個性が出てくるかなと思います。

次のセッション4も楽しみにしたいです。




Yuta

( Posted at:2017年3月 7日 )

モニターBさんの感想(セッション3 | 40代 女性)

Bさんの3回目になります。

Bさんは身体のいくつかの場所を怪我された経験があり、手術も何回かされています。(詳しくは、Bさんのセッション1をご覧になってください。)今回の5人のモニターの方の中では、一番身体そのものにダメージを受けていて、Bさんの言葉をお借りすると、「悲鳴を上げている」というほどの状態からのスタートでした。

しかし、身体も心もかなりオープンな方で、僕のタッチにもすぐに反応してもらって、変化はすぐに出てきたように感じます。

一度は、腰の痛みも治まっていたのですが、セッション2が終わってから、また腰の痛みが出てきたようでした。

いわゆる「古傷」を持っていらっしゃる人ほど、最初のガチガチ、ガタガタの状態から、最初の数回のセッションの内は、「どんどん症状が緩和されてくる」のが特徴です。

怪我などによる痛みがあって、それを「かばう」ために、身体は自らを「硬直」させます。そうすることで、さらに痛みを感じやすくなって、それがまた身体を硬く、閉じられた状態にしていってしまいます。痛みが痛みを呼ぶサイクルです。(かばうこと自体は、怪我の直後は、応急反応としてあった方がいいことなのですが、それがずっと「居着く」ことが問題になります。)

ロルフィングをしていくと、そのかばって身体を硬くしていたのが、どんどん緩んできます。それによって、もともとあった痛みがなくなったりすることが、最初の方ではあります。でも、「かばっていた中身」が顕になるので、それがまた痛みを引き起こすことにつながることがあるのです。

それに関しては、野口整体の野口晴哉さんが、とても興味深いことを書かれているので、Bさんの感想の後に紹介したいと思います。

それではBさんの感想を見てみましょう。

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3回目の施術を受けてきました。

二週間くらい前から急にまた腰が張り、痛みが出てきました。前回の施術で腰に痛み、違和感が現れるかもしれないと言われていたのが、そのまま出たようでした。

最初の直立の姿勢の確認の際、前回までのイメージと違うと言われ、私には自覚はほとんど無く疑問に思っていると、前回までの施術で下半身が正常な状態になったのに、腰から上の上半身が追いついておらず、施術した下半身は新システムでスムーズに動いてるのに、上半身が旧システムのままのため、ズレの負担が腰へ痛みとして出たのだと説明され納得。

腰にある筋肉やスジを上と下に分ける、言葉では難しいのですが、足を動かすのに関係のないところが動き、負担がかかってるとの事。肩の動かすのにも、内側に入れて変に肩に力が入るため、脇の下や肋骨の筋肉を剥がして、自然に無理なく腕を動かせる様にしていただきました。

施術が終わり、歩いてみると自分の身体がフワフワしすぎて、何だか不思議でした。
バランスを取るとき、点で合わさるところが少しズレていて、それでフワフワしてるので、歩いて下さいと言われて歩いていると、身体が戻ってきた感じでした(笑

不思議な感じでしたが、またしばらく楽に過ごせる気がするので、次回の施術も楽しみに過ごしたいと思います。

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反応(または変化)について

人の身体という「小さな自然」は、何か刺激に対して「反応」したり、それが長く定着したものになると「変化」と呼ばれるものになったりします。

そのはたらきのおかげで、小さな赤ちゃんは大きく成長していくことになりますし、私たちの体調や気分も、ころころと天気のように移ろいでいきます。

10シリーズを受けることで、まるで「生まれ変わる」かのような変化を経験する人もいます。身体の構造も大きく変化しますが、動きの質が変わったり、前よりも自分の身体の声が聞こえやすくもなります。それだけではなく、「人生を肯定的に捉えられるようになった」といったように、精神面で変化を感じる人も、仕事が変わったり、自分の周りにいる人の様子まで変わってくる人もいます。

しかし、そういった変化は、右肩上がりの一直線で起こってくるのはかなり稀で、長い停滞期があって、ぐっと変わるケースや、上がったり下がったりするケースや、人によって様々です。わかりやすく、ポジティブなことだけが起こりながら変化してくれたらいいのですが、人が大きく変わる時には、一度沈んだりすることもあることは、みなさんの今までの人生を振り返ってもらっても、イメージしやすいかと思います。

そういった変化が起きる時に、3つの段階を経ることを、野口整体の野口晴哉さんが本の中で説明されています。それを以下に引用させてもらいたいと思います。


「反応」には3つの段階がある。

1)弛緩反応
初めだるくなり、眠くなってくる。体中が妙に疲れたような感じになってくる。けれども快い、どこかで快感がある。それを第一反応(弛緩期)といい、この弛緩状態の時には、眠っても眠っても眠りたいし、実際にいくらでも眠れる。食欲もなくなってしまう。とにかく食べるのを忘れるくらいに眠くなるのがこの時期の特徴です。そして体全体がすっかり弛んで、風呂に入っているような感じがして、眠りたいような快い気持ちになる。

2)過敏反応
そのうちに体の皮膚の下を水が流れるような感じ、あるいは少し寒い感じがするようになる。体に水が流れるような感じがするようになったら過敏反応の時期に入ったとみてよい。そうなると熱が出てきたり、下痢をしたり、体中が汗ばんできたり、痛みが起こってくるというような、急性病に似た変動が起こり、稀には高熱の出る人も出てくる。このような反応期を第二反応期といって、体中が過敏状態になるという特徴がある。たとえば歯が痛いというような時には、弛緩反応が入ると歯の痛みが除れてしまう。ところが痛みが止まったのかと思っていると、今度は前よりももっと痛みはじめる。そしてだんだん過敏な痛みなって腫れてくるが、それを経過するとよだれがたくさん出ておちついてくる。これが次に述べる排泄反応であるが、一日のうちに通ることもあるが、数ヶ月にわたることもある。過敏反応期になると、痛みが起こってきたり、腫れたり、寒気がしたりというような急性病に似た過敏な変化が起こってくるのです。

3)排泄反応
第一反応(弛緩)と第二反応(過敏)を経過すると、次に第三反応という排泄期に入ります。排泄期というのは、体の老廃物や悪いものが体外に排泄される時期です。この時期になると、たとえば神経系統に故障のあった人は、皮膚にいろいろの変化が現れる。汗がむやみに多く出ることもあれば皮膚病のようになることもある。呼吸に故障があった場合も皮膚に変化が現れるが、ほとんどが、発汗という形で排泄反応期を経過する等々、ともかく排泄反応というものは、にぎやかなものだが、排泄が行われる度に快くなるから、反応であることが判る。

                「整体入門」、野口晴哉


僕の解釈ですが、この3段階の時間の流れが、ぎゅっと短いものが「反応」で、文章中にもありますが、それが数ヶ月に渡るような場合は「変化」と呼ぶのがわかりやすいかと思います。

これを、「寒いという刺激」により、身体が「風邪という反応」をしたという場合に当てはめてみます。

風邪の引き始めには、身体がだるかったり、妙に眠かったり、食欲がなくなったりします。「なんだか最近、疲れてるのかな」と感じたりするのが、上の「弛緩反応」になります。

それが続くと、今度は、服の隙間から、寒い風がすーっと入ってくるような寒気を感じたり、身体の一部(僕の場合は、腰ですが)が冷えたりするようになります。

その頃には、少し熱っぽく感じたり、喉や鼻に症状が出たり、関節が痛くなってきたりします。いよいよ「風邪を引いたな」という感じになってきます。

そして熱がどんどん上がってくると、虫歯があった人は、歯が痛くなってきたり、腰痛を持っている人は、腰が痛くなってきたり、身体の弱いところが熱によって反応し始めます。まさにこの辺りが「過敏反応」の真っただ中という感じです。

それもピークを過ぎると、どっと汗をかきます。先ほどまでの嵐のような反応がうそのように、からっと晴れて、空気が澄んでいるような身体になります。皮膚もツヤとハリを取り戻したりします。それが「排泄反応」です。

風邪がわかりやすいかなと思いますが、こうやって人の身体は、環境の変化などによる刺激に反応していると、野口さんは考えていて、他の「病気」などの場合にも、同じように「経過」していくと言っています。


アイダ・ロルフ、野口晴哉の見ていた世界

僕はこの3つの段階が、ロルフィングの10シリーズというプロセスの中でも、起きているのではないかなと考えています。

ちょうど10シリーズも、セッション1〜3が「表層のセッション」、4〜7が「深層のセッション」、最後の8〜10が「統合のセッション」と3段階に分かれていて、身体の「構造」の変化だけでなく、「機能」や「精神」、そして「エネルギー」までもが変化していくものです。

1回のセッションで劇的に痛みが取れるというような、ゴッドハンドによる「治療」を目指すのではなく、「プロセスを経過する(時間をかける)」ということを大切にする「教育」だと、ロルフィングをつくったアイダ・ロルフさんは言っています。

僕の個人的な考えですが、アイダ・ロルフさん(1896 - 1979)と、野口晴哉さん(1911 - 1976)には、何か共通するもの感じています。共に同じ時代を生きた人で、どちらも「治療」ではなく、身体を通した「教育」の重要性を説かれています。(野口晴哉さんの場合は、「体育」という言葉を使われています。)

この「反応の3つの段階」を見て、「10シリーズ」のことをより深く理解できました。

「表層のセッション」の時には、「眠くて眠くてしょうがなかったです。」という感想が多かったり、「長風呂に入った感じです。」というようなフィードバックが出てくることがあります。

「深層のセッション」に入ってくると、今回のBさんのように古傷が再び痛くなったり、その人の深いところにある「トラウマ(精神的、肉体的の両方)」が出てきたりして、セッションがスムーズにいかなくなったり、ロルファーとしての「胆力」が問われるようなセッションが続くようにもなってきます。

そして、「統合のセッション」の頃になると、深層のセッションで自分の深いところと向き合って、いろいろなものが出てきて、バラバラになりかけていたものが、なぜか自然にまとまってくるようになります。そして自分の身体、怪我、トラウマ、人生などを、「客観的」に語るようにもなることもあります。(自分を語るというのが、「排泄(または表現)」ということになります。)

今までの自分の経験で、野口晴哉さんの3段階を、きれいになぞるかのように10シリーズが進んだことがありました。その方は、セッション5の辺りで、それまでとても順調に進んでいたのに、突然「ギックリ腰」になりました。そしてその直前、「腰の辺りだけが、水が通っているように冷たかった」ともおっしゃっていました。そして、セッション8、9の辺りで、「顔にできもの」が出てきたのです。

今回のBさんですが、後日連絡があって、セッション3の後も腰が痛かったようです。

上に紹介したケースに、Bさんを「当てはめる」ということはしたくないのですが、身体の深いところが変化し始めてきているとも考えられます。次回のセッションでも、素直に身体に向きあ合わせていただいて、再び出てきた腰の痛みが自然に治まっていってくれればと思っています。(Bさんには、いくつか痛みに関してできることをお伝えしました。少しでもそれが助けけになればと願っています。)




Yuta

( Posted at:2017年3月 7日 )

モニターDさんの感想(セッション3 | 40代 女性)

Dさんも3回目になりました。

まずは最初に感想をご覧になってください。

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今回は結構耐える回でした。痛かったー。
どういう動きなのかイメージできず、ちゃんとできていたのか自分でも心配でした。

動く必要がないところまで動かすから余計に疲れてしまう。
そんな感じのことをおっしゃっていて、ああ、自分はそうしちゃってるな、だから大したことしてなくても疲れるんだなと思いました。

パソコンに向かっていて、ふと気が付くと、ものすごく肩に力が入っていたり、腰のあたりが緊張してたり、自分のくせって気が付かないうちに自分を疲れさせちゃってるんだと思いました。

昨日のセッションの後、鏡で自分の横からの姿勢を見て、全然違うと大友さんは言ったのですが、今一つ自分ではピンと来ていませんでした。
でも今日、自分で腰を触って、ようやく気が付きました。
イスに座っていても、今までは腰のあたりが反っていて背もたれとの間に隙間があったのですが、イスの背にぴったりとくっつくようになっていました。
座っていてもすごく楽です。

肩回りもすごく軽くなって、ドライヤーをかけてる腕が、こんなところまで回るっけ?とびっくりするくらい。
片手で全方向乾かせるくらい動きました。

今日は体はすごく軽いですが、とても眠いです。
あまり足の冷えは感じなくなりました。

また次回も宜しくお願いします。


(メールの最後に質問があったので、そのやりとりも載せます。)

Dさんの質問

ちょっと質問です。
寝るとき、横向きで寝るよりあおむけで寝たほうがいいとかありますか?


僕の答え(少し書き直しをしています)

寝る姿勢に関してですが、横向きで寝るのは悪いことではないのですが、特定の方向しか寝れないという時には、「すでに身体の左右がずれている可能性がある」と思ってもらっていいです。

「膝を組む」のと同じなのですが、「骨盤がゆがむから、膝は組まない方がいいですか?」と聞かれる時があって、「膝を組みたい」と思うということは、もうすでにどちらかに骨盤のバランスが崩れているということです。

組まない真ん中だと落ち着かないので、組みたくなるのです。

ということで、身体が整ってくると「自然に」仰向けに寝るようになります。そもそも組みたいという気持ちも出てこないのです。

なので、仰向けに寝てみて、それが居心地が悪いという時には、無理にその姿勢に押し込まなくても、横向きに寝てもらって、それを観察していってください。


Cさんのお返事

今まではだいたいどっちかの横向きじゃなくちゃ寝られなかったのですが、仰向けでいるのがそんなに辛くはなくなってきました。
そういえば足も組みたいという感じがしなくなりましたし。

少しずつ、自然に楽な姿勢が身についてくるのが楽しみです。

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ロルフィングって痛い?

よく聞かれる質問です。

答えは、「痛い時もありますし、そうじゃない時もあります。」という、何とも曖昧な返事をしています。

痛くなるのを求めているわけではなく、本来のあるべき位置ではない組織に対して、その場所(身体のどの場所なのか)、扱う組織(筋膜なのか、骨なのか、内臓、神経、血管なのか)によって、使う道具(指先、手のひら、拳、肘など)を選択して、組織のあるべき位置に誘導していくのが目的になります。

その結果、痛く感じる時もあれば、ただただ触れているだけなのに、身体の内側が反応してきたりすることあります。

痛いだろうなという時には、「痛くないですか?圧はちょうどいいですか?」などと、なるべく聞くようにしています。(歯医者さんのように、聞いておいて「我慢してくださいね」ということは言わないので、安心してください。笑)

セッション中に感じる痛みには二種類あって、「先がある(我慢できる、チャレンジしたい)痛み」と、「先がない(身体が反射的に逃げる)痛み」とがあります。

いわゆる「痛気持ちいい」痛みは、身体が望んでいる痛みで、我慢できて、痛いけどなぜかチャレンジしてみたいと思うようなものです。圧がかかっている時は、痛みを感じいますが、圧を加えている手を話すと、その痛みはすぐになくなります。「後を引く痛み」ではありません。

反対に、呼吸が浅くなったり、汗をかいてきたりするなどの反応が出てくると、身体がゆるむのではなく、かえって「緊張」させてしまうので、それは「圧が強すぎる」場合だと思ってください。また、神経が圧迫されると、とても不快に感じるので、身体が「逃げよう」と反射的に動きます。しびれを感じる場合もあるので、それは「不適切な場所に圧を加えている」場合ですので、それもすぐに教えてください。

昔の「クラシックな」ロルフィングは、「かなり痛かった」そうです。その代表格が、アイダ・ロルフさんです。

授業でアイダさんがワークしている動画を見せてもらったことがありますが、屈強な成人男性が、あまりの痛さに泣いていました。笑 さすがにそれはやりすぎだなと思うのですが、アイダさんのロルフィングを受けた人は、「これが証拠だよ」と、鷲に引っかかれたように真っ赤になった身体を、他人にうれしそうに伝えていたというエピソードもあります。

ちなみになのですが、ピラティスを始めたのは、ジョセフ・ピラティスさんですが、彼の昔の動画を見ると、前屈している男性の背中を、かなりぐいぐいと押していました。今ではそんな指導は絶対にしないでしょうが、創始者と呼ばれる人たちは、なかなかパワフルな人が多いのかもしれません。笑

僕はそんなアイダさんの最初の五人の弟子の一人の「エメット・ハッチン」さんのロルフィングを受けたことがあります。彼はハワイのカウアイ島というところに住んでいて、そこでアイダさんの教えを受け継いで、たくさんの生徒に指導をしていました。とても温かい人で、なんとも言えないエネルギーを持った人でした。残念ながら、昨年亡くなってしまいましたが、彼に教えてもらったことは、今も僕のこの身体にきちんと血肉となって吸収されています。

彼のロルフィングのスタイルも、その師匠のアイダさんの生き写しのように、とても力強く深いものです。痛いのは痛いです。でも、「痛かったらやめましょうか?」と聞かれると、「いや、もう少しがんばってみます」と答えてしまう、先がある痛みなのです。

もちろん後を引いたり、「揉み返し」のようなものはなくて、身体がとても統合されて、上下を貫くラインを感じ、とてもエネルギーに満ちていたのを覚えています。「アイダ・ロルフさんも、あんな感じだったのかな。」と、日本から遠く離れた島で、海を見ながら思っていました。

痛みは悪いものではありません。必要な痛みもあります。でも、その人にとってそれが「適切かどうか」というのは、常に頭に置いておかなくてはいけません。きちんとコミュニケーションを取りながら、ロルフィングをしていきますので、あまりにも過剰な時には、遠慮なく伝えてください。

その痛みよりも、その先に「身体がどう感じるか?」というところを大切にしてもらえたらと思います。


足を組むと骨盤はゆがみますか?

これもよく聞かれる質問です。

僕の答えがすで書かれてありますが、「足を組みたい」と思った時には、「もうすでに身体には、何かしらの構造の崩れが存在している可能性がある」と考えてもらって、その直前にどんな生活をしていたのかなと、少し振り返ってもらえるといいと思います。

そして、組みたいと身体が思っているので、「思う存分、組んでください」というのが、僕の考えです。

もうすでに身体が偏っているわけですから、「目盛りの針を振り切る」ように組んでもらった方が、身体も気が済んで、満足して、針が真ん中に振り戻ってきてくれると思っています。

気持ちが落ち込んでいる時もそうですが、それを「落ち込まないようにしよう」と考えたりして、中途半端にぐずぐずとするよりも、とことん落ちるところまで落ちると、その内に「底を打ち」、自然に上がってきます。

ロルフィングをしていくと、構造がニュートラルになってくるので、「足を組む」、「横向きにしか寝れない」、「めちゃくちゃジャンクなもの(または甘いもの)を食べたい」などという、偏ったり、極端な要求が、自然に出てこなくなってきます。

気づくと、そんなに足を組まなくてもよくなったし、仰向けでも寝れるようにもなったし、偏食もしなくなってきたという風になります。

「では、これを崩さないように、足を組まない方がいいんですか?」

これもロルフィングの10シリーズが進んでくると、よく聞かれることです。

でもそれは、逆に「組まないようにという緊張」を、身体につくっているということです。せっかく身体的にも、精神的、思考的にも、「緊張、クセ」が抜けてきたのに、新たな緊張をまた自分でつくっています。(人間っておもしろいですね。)

なので、逆にそういう要求が出てきたということは、身体が何かしら偏ったり、ゆがんできたという「サイン」だと捉えてもらえるといいと思います。そして、ここ最近どんな生活、行動をしていたかなと、身体が何を伝えようとしているのかを、少し観察してみてください。

ロルフィングの10シリーズは、身体の構造が、ダイナミックに、パワフルに、そして長く続いていくものとして変化していきます。それは間違いないのですが、「完璧な人間」になるわけではありません。

生きているので、必ずケガをするでしょうし、病気にもなるかと思います。スムーズなことばかりな人生ではないので、仕事に疲れたり、何をやってもうまくいかない停滞も起こるでしょう。

でも、ロルフィングを受けると、「身体の気持ちが少しわかる」ようになります。この「近くて遠い私の身体」が、何を私に伝えようとしてくれているのかが、以前よりはわかるようになっているはずです。

仕事を詰め込みすぎて、身体に無理をかけていたかもしれません。
暴飲暴食をして、内臓に負担をかけていたのかもしれません。
考えてもどうしようもないことを考えすぎて、頭から煙が出ているかもしれません。

そういうことをすると、「物言わぬ身体」が、身体のゆがみのサインとして、先に書いたような要求をしてくることがあります。直接言葉を使っては伝えてくれませんが、それに向き合って、それを聞こうとする人には、身体は何かを必ず伝えてくれます。

「足を組むかどうか」、「横向きに寝るかどうか」も、もちろん大切ですが、そのメッセージの裏を読み取ってあげようとする、こちら側の態度も重要かなと思います。

「足を組みたいんだ、そっかそっか、それじゃあ思いっきり組んじゃおうね。何か最近、身体に無理がかかることしたっけかな?」

この気持だけでまずは十分で、身体も何かしらの変化を見せてくれると思います。

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Dさんには冷えがありましたが、それも少し変化が見えてきたようです。これは、身体の構造もそうですが、内臓など、身体の中身も反応し始めてきてくれているのかなと思います。まだ手は冷えているようなので、コアセッションに入ると、さらに変わってきそうです。

必要のない、ムダな動きというのがありますが、これはまだ第1章ではピンとこないかもしれません。これはもっと先に進むと、少しずつ身体でわかってくる感覚です。もうちょっと時間をかけていきたいトピックですね。

次からはDさんも深層のセッションに入ってきます。どんな反応、変化を見せてくれるのか、楽しみに見守っていきたいと思います。




Yuta

( Posted at:2017年3月 7日 )

モニターAさんの感想(セッション6 | 20代 女性)

今回はAさんのセッション6になります。
10シリーズの後半に入りました。

いつものようにAさんが一番進んでいるので、まずはセッション6の概要から説明したいと思います。

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セッション4〜6を貫くテーマである「自由で水平な骨盤」も、今回がその締めくくりになります。そして、それが達成させると「呼吸する骨盤、仙骨」が観察されるようになってきます。

骨盤にはいろいろな筋肉が付着しているので、油断すると骨盤は「拘束、束縛」されてしまいます。それらの筋肉を3回のセッションに分けて、解放して自由にしていくのが、ロルファーの僕の仕事になります。

セッション4では、内転筋群、骨盤底膜などが付着している骨盤の「下側(底面)」に着目し、前回のセッション5では、大腰筋と呼ばれる筋肉や、内臓がある「前側(腹側)」の空間を自由に拡張するようにしました。

今回は「踵から脚の後面」を整え、そこから下向きの三角形の形をしている「仙骨」が呼吸するようにして、「後側(背側)」をリリースするようにします。

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私たち生命の始まりは、遠い昔の海の中からと言われています。最初の生命は、単純な細胞が集まったようなもので、それが次第に「魚類」に進化していきます。その魚類は、「頭部」と「尾部」と、それをつなぐ「背骨」がメインの骨格でした。(それを専門的には、「軸骨格」と言います。)それをくねくねとうねらせることで移動して生活をしていました。

それが陸に上がってくると、陸上での移動の効率を上げるために、魚類の「ヒレ」に当たるものが進化して、それが「四肢」となり発達していきました。(それらは、「付属肢骨格」と呼ばれます。)

人間のように二足歩行になると、前足は「手」になり、より自由度が高く、細かな作業をすることに特化していき、後足は「脚」になり、移動の際の主役で、自分を支える力強さを得ることになります。

Aさんのセッション4の時にも書きましたが、私たちの身体は「テンセグリティ構造」というものを備えていると考えられています。簡単に説明すると、「何か負荷がかかると、それに対して中心から拡張してきて、押し返すことのできる、柔軟性と耐久性を併せ持った構造」ということになります。人間の身体という構造には、構造自身の重さが、重力方向に沿って下向きにかかっていますから、その分、その構造は常に上向きに地面から押し返されています。その上向きの力(支える力、ライン)のおかげで、そんなに力のない1歳ほどのこどもが、すっと立ち上がることが可能になるです。

自然でしなやかな身体というのは、上方向に「伸びている」ように見えます。みなさんも姿勢がきれいなだなと思う人は、重力にうなだれて背中が曲がっているわけではなく、それとは反対に、空に向かって伸びていくような印象を受けると思います。

けれども、その「伸びている」のは「結果」であって、「伸ばそう」としているわけではないというのが、とても重要になります。

伸びている結果だけを見て、上に向かって「伸ばそう、引き上げよう」としている人が多いのですが、上に書いたように、身体には優れた構造があるので、僕らがすることとしては、「余計なことをしない」ということになります。

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つまり、「自分の体重をまっすぐに地面に降ろす(上の図の青の線)」ことによって、構造がその分だけ上向きに地面から押し返されて、上向きの力を得ることができ、その「ライン(上の図の赤の線)」に乗ることができます。地面から私たちはサポートを受けて、頭の上までその力は抜けていきます。自分で「引き上げる、伸ばす」必要はないのです。

その時に、上半身の重さは、背骨を通って仙骨という骨を経由して、左右の骨盤(寛骨)に伝わり、それが2本の脚に分散されて地面まで伝わります。それが下の図です。(下の図では、上半身の重さのほとんどが右の方に流れていき、右重心になっているのを表しています。)

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地面へと伝わった力は、地面から押し返されるので、脚を上がっていき、左右の寛骨に集まり、それが仙骨を通って、背骨、さらに上の頭まで伝わることになります。

体重を地面に預ける場合も、地面から力をもらう場合のいずれにしても、背骨(軸骨格)と下肢(付属肢骨格)との間で、力が伝わる時には、「仙骨を経由する」ということになります。

セッション6で、仙骨を自由にすることで、その力が伝わる際の「ロス」を少なくして、より効率的に、ムダな力を使うことなく、自分の身体を支えることができるようになり、動きもスムーズになっていきます。仙骨がいい位置にあることで、「背骨のしなやかな動き」も出てくるようになります。背骨という中心から末端へ、そして末端から中心の背骨への動きの波のループが生まれ始めてくるのも、このセッションの特徴です。


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上の図は、「ポラリティセラピー」の本の中にあるイメージです。ポラリティセラピーは、身体のエネルギー的な側面に注目して、アプローチしていくボディワークです。ロルフィングも、エネルギー的に身体を調整することもあります。

ロルフィングは、人間の身体を、姿勢が改善するなどの「構造面」、動作がスムーズになるなどの「機能面」、心が前向きになるなどの「精神面」、そしてポラリティセラピーのように「エネルギー面」の4つの側面から理解していきます。

今までのセッション1〜5は、目に見えて触れることのできる「構造」を主に整えることで、歩く、座るなどの「機能」が変化してくる側面が強かったのですが(もちろんそれで精神面、エネルギー面も変化します。)、より微細で洗練された「機能」や「エネルギー」によって、「構造」が整ってくるという側面が強くなってくるのが、後半のセッションの特徴でもあります。

大きな筋肉を使った、おおざっぱな動きではなく、内側の深いところ(コア)からの繊細な動きをすることでも、身体の組織の制限がゆるんで、構造が整うことが起きてきますし、微細なエネルギーによっても、それは起こります。

前半のセッションは、より「肉体的、物質的、機械的な」調整がメインで、後半は、「非物質的、エネルギー的」な調整も入ってくるとも言えるかもしれません。

では、セッション6を、エネルギー的な観点から見てみると、「陰極をつくる(地球、地面とつながる)」ということになります。

アイダ・ロルフさんはセッション6、7を、身体を「電気的に」調整する時間と言い、8、9を「磁気的に」調整する時間と言っていたそうです。そして、その中でも6は、電気の陰極を確立して、地球とつながる、アースをつくる時間だということです。

陰極である地面、地球と身体とがつながること(アースをつくること)により、そこに重力というエネルギー(電気)が流れます。「電気が流れる」と、そこには「磁場」が発生します。身体という構造にエネルギーが流れ、そして身体の周りに磁場が生じてくるのが、上の図でも示されています。

磁力は具体的にものを動かす力(引きつけたり、反発する)がありますので、セッション8、9では「動き(どちらかと言うと、受け身で動かされるというイメージの方が合ってます)」が大事になってきます。動きによって、さらに身体の構造が統合されてくるようになるのです。


さて、Aさんの感想を見ながら、どんなセッション6だったのかを見てみてましょう。

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第六回目。

昨日は、骨盤周りのセッション第三回目ということで、尾てい骨やお尻の三角の骨を整えてもらいました。

体で気になったことは、上半身右半分がだらんと重く、動いていない感じで歪みが出ていたことでした。原因は分かりませんが‥
いつもとは違って、うつ伏せでの施術が多いこともあり、今までで一番ゆうたさんにおまかせするだけのセッションになっていたのではないかと思います。ゆうたさんは細部の反応などいろいろな情報を指先などでもちろん感じていらっしゃったとは思うのですが、体の方の分かりやすい活元運動も特になく、受けている側としてはとにかくリラックスして、普通の(というと変なのですが)マッサージを受けている感じに近かったです。いつもはそんな感じはないのですけれど(^^)

第五回目あたりから、息もあってきて、馴染んできたせいか、無になってセッションを受けることが出来るようになったというか、いい意味でゆうたさんの存在を気にせずに体をまかせることも出来てきたのではないかな~?と思ってます。ロルフィングを受けるのは六回目になり、いろいろなタッチの仕方があることが分かってきて、ゆうたさんに質問すると、体のどこを扱うかによって、使う道具をかえているとのこと。

触っているのは足だとしても常に体全体の外側のこと内側のこと、体の構造やエネルギー的なことなど含め、本当にたくさんのことを一度に考えながら(たぶん考えるとは違うと思いますが)その場でどんどん次のタッチにつなげていく凄さを感じて途中勝手に感動してました。

面白かったのは、足のふくらはぎのあたりを触ってもらっていて、ゆうたさんが「多分内蔵が動いてくると思うけど、それはこの足を触っているせい」と言った途端、お腹がきゅるきゅると反応しだしたこと。自分の体は素直だなあと思いました笑

あとは、ゆうたさんにおまかせという感じで、左足の頑固なヶ所は緩めてもらって足がまっすぐになるようにタッチ。途中で左足だけ施術を終えた段階で、一度立ってみると、左足だけ長くなった感じで右足は短く感じ、歩こうとするとうまく歩けませんでしたね。

お尻や右の骨盤の前の方、あとは首や頭を長めに触ってもらったりして、セッションがあっという間に終了。

ロルフィングを受ける前から、ぼんやりとは分かっていたことなのですが、私の場合頭や首に違和感を常に感じていたというか、首や頭の位置が定まらない、どこが自分の中でしっくり来る位置なのかまだ分からないところがあって、ロルフィングでゆうたさんに首や頭を触ってもらうたびに、本当に気持ちいい位置に指や手で調整してもらえるので嬉しいです。いい位置にあると、本当に楽で気持ちがいいです。

そして。。第六回目を終えて、一番伝えたいこと。それは‥。

昨日は、とっても不思議な体験をしてしまいました...!!それは、施術が終わってゆっくり起き上がり、実際に地面に両足で立った時に起こりました...!

「...ん???」「なんか...なんか‥!違う...!なんかちがう!」「あれっ?なんだろう、これはなんなんだろう?!すごいっ?!!」と、言葉で表現するのが本当に難しくて、「なんか、なんか!」を連発してしまいましたが、セッションを終えて、目を開け、地面に両足をついた瞬間から、大げさに言うと、セッションを受ける前とは世界が変わっていたというしかない感覚があったのです。

今までと同じだったはずが別世界に見える、同じものの見え方が変わる。私の場合、雷に打たれるとかいった、それほど強い衝撃というよりかは、「...んん???」と。でも穏やかに、じわじわと、でも確実に「なんか今までとは世界の見え方が違うくないっ??!」といったものでした。

体の方を冷静に見てみると、第六回目の導入のお話で少しふれていただいたように、おさるさんの「尻尾」を意識した立ち方というか、頭から背中を過ぎて、尾てい骨まで、意識が通って、背筋を真っ直ぐにしようと意識せずとも、背中に定規を入れたような真直ぐな感じが自然に出た感覚がありました。

今までたぶん一度も意識したことがなかった、尾てい骨の位置。そして、ヨガの時りょうこさんに、「尾てい骨をくっと中にしまう感じ」と教えてもらっても、いまいちピンときていなかったことが、「これかあ!」と分かりました。

今までセッションを受けてきた中で、特に今回の六回目に特別なことをしたというわけではなく、今までの毎回のセッションの積み重ねで、今回このような体験が出来た、ということですよね?(^^)

よく見る宣伝の怪しげなことをいうようで申し訳ないのですが(笑)、これは実際に体験してみないと凄さが分からないのだろうなあと思います。しかも、わたしも1〜6回目のセッションを受けてきて、ここでのいきなり体がひとつにまとまった感、世界が違う感覚を体験することになるとは予想していなかったので。

昨日ゆうたさんに興奮覚めやらぬで、学生時代のコンタクトをはめて視界がかわった時の感動に例えてメールしましたが、気持ちがほんと前向きになりますね!♪♪

(以下が送ってもらったメールです。)

「生まれちゃった」と感じた他に、今思いついたことがありました。

中二の時にすっごく視力が悪いのにメガネをかけるのが恥ずかしくて嫌で、周りが見えない生活を続けていたのですが、両親にコンタクトを買ってもらえることになり(笑)、初めてコンタクトをつけました。その時の久々に視界がひらけて、(小学生低学年くらいまでは2.0だったので)見える世界が変わる感じ!これに似てました。

なんか、しばらくにこにこしちゃいそうです笑

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Aさんが丁寧に、詳細に感想を書いてくださっているので、あまり解説はいらないかなとも思うのですが、Aさんの言うとおり、大分「息が合ったセッション」になってきているなと感じます。その「ギフト」として、なかなか得られないような感動的な体験もされたようでした。

セッション6ぐらいから、今まで細かく「分化」してきた身体を、一つにまとめるように「統合」していきます。そのおかげで、身体がまとまってきている感覚も、Aさんには出てきています。

僕の解説としては、身体とエネルギーの関係のことを、もう少し詳しく解説する程度にしたいと思います。


川の流れと、身体とエネルギー

セッション6に入ると、肉体的な調整もしますが、先に書いたように「電気的な」調整も入ってきますので、エネルギー的にも変化してきます。Aさんもそれを感じてくれたようです。

だからと言って、僕が気功師さんのように、エネルギーや気を入れたというわけではなく、Aさんも書いていますが、「今までセッションを受けてきた中で、特に今回の六回目に特別なことをしたというわけではなく、今までの毎回のセッションの積み重ねで、今回このような体験が出来た、ということですよね?(^^)」ということです。

いつものようにしただけですが、肉体的な構造が整ってきたので、自然にそこにエネルギーが流れるようになってきたのだと思います。

「物質とエネルギー」の関係を説明する時に、僕は「川と水の流れ」の例えをよく使います。

川にはいろいろな川があります。くねくねと曲がった川もあれば、細くて流れの速い川、太くて水がゆっくりと流れる川、岩がたくさんある川もあり、それぞれ違います。

川の「形、幅」は、身体の「構造」に似ています。大きく曲がった姿勢もあれば、細かなカーブがいくつもある姿勢もあります。セッション3の時に、横から見た姿勢が「薄い」という表現をしましたが、川の例えで言うと「細い」ということになります。

そして、その川に流れる「水」が、身体を流れる「エネルギー」になります。曲がった川であれば、カーブの内側か外側かで、水の流れの「スピード、量」が変わってくるでしょうし、太い川、細い川でも変わってきます。同じ川であっても、雨の日には水の量が多くなるでしょうし、カーブが大きすぎると、そこで氾濫してしまう可能性もあります。

川には「石、岩」もありますが、身体で言うと「制限、ブロック」になります。手術跡や、大きな怪我をしたところには、筋膜の癒着があるので、川の途中に大きな岩があるようなイメージです。岩がある影響で、川の水の流れが変わったり、滞ったりすることがあります。筋肉が緊張して張ったり、凝ったりしている場合も、流れを制限したり、ブロックしたりします。

では、気功などのエネルギー療法は、何をしているのかと言うと、「川の水の量」を変えてあげるイメージです。川の水の量が変わることで、川の形、幅が変化すること(身体の場合は、姿勢や構造の変化です。)もありますし、台風の後のように、川が水で洗い流されて「浄化」されること(「なんだか心身ともにすっきりとした」という感覚などです。)もあります。

それを行う施術者の力量が十分にあれば、扱えるエネルギーの量が増えるので、心身が大きく浄化されたり、姿勢や構造も大きく変えることも可能になるでしょうが、そうでなければ、身体の構造などの「物質面」がなかなか変わることはありません。(エネルギー療法を長年受けていても、身体の構造が大きく崩れている人はいます。)

ロルフィングの前半では、川の大きく曲がりくねった場所を、少しまっすぐにしたり、細すぎて流れが急な場所は、もうちょっと太くして余裕を持たせたり、岩がある場所は、それを小さくしたり、移動したり、「構造面」に主にアプローチをしていきます。そうすることで、自然に川の水の流れが変わったり、流れる量、流れる水の質など、「エネルギー面」も変化していくことになります。

そして後半に入ると、川はまっすぐになってきて、川幅も太くなってくるので、川の水の流れ自体を変えてあげます。そうすることで、川の太さがもっと太く安定して、カーブもさらにまっすぐになったりすることが起きてきます。

今回のAさんの変化は、今までのセッションで段階的に、川の形や幅、つまりは身体の構造を変化させてきたおかげで、流れるエネルギーの量が大きく変わったのだと思います。もしも前半から、エネルギー的な調整ばかりをしていたとすると、なかなか身体の構造の変化は感じにくく、効率も悪かったかと思います。物事が変わっていくには、スムーズにいく順番、流れがあるということです。

僕がロルフィングの素晴らしいと思う点が、物質とエネルギーのそれぞれを理解し、それぞれに対して適切にアプローチをして、全体的にバランスを取るというところです。

西洋医学をベースにした医療従事者の人は、「物質面」に偏り過ぎて、エネルギーなどと口にすると、アレルギー反応を見せる人が多く、逆にエネルギー療法などをする人は、あまりに「エネルギー面」を大切にし過ぎて、身体という具体的なものを疎かにしてしまうことがあるのではないかと感じています。(もちろん、バランスの取れている人もいます。)

僕も以前は整形外科勤務だったので、どっぷりと西洋医学の世界で働いていましたが、「人間には目には見えないものも影響しているのでは?」という直感はありました。でもその時には、具体的にそれがどんなもので、どうすればいいのかはわかりませんでしたが、ロルフィングを学んだことと、自分が親になったことが、「目には見えないもの(エネルギー)」の世界への扉を開いていってくれました。

もうすでに何回も書いていることですが、こどもが「立ち上がる」というの不思議で、きっかけはこどもが「足で地面を押したこと」によるとは思いますが、構造の準備ができてくると、ちょっとしたことで上向きの流れ、ラインに乗ることができます。そして一度立ち上がると、「何かに立たされているように」ゆらゆらと揺れながら、しばらく立っています。あれは本当に不思議で、そして感動的な瞬間です。

小さいこどもの身体の構造は未成熟ですが、それなのに重力に対してすっと立ちます。先ほどの川のイメージで言うと、上向きの川の流れに、身体が水草のようにゆらゆらと漂うようにも見えます。構造がまだ発達の途上であり、しなやかで自由に形を変えられるので、流れに構造が「揺られている」のが観察でき、そこに「立たせているエネルギーの存在」を感じることができます。

それが大人になり、構造もしっかりして、逆に可変性がなくなってくると、せっかくのエネルギーのラインに乗ることなく、自分の筋肉で自分を支え、そして筋肉が慢性的に疲労して、張ったり、凝ったりしてくるのです。

ロルフィングは、そんな自由度を失った身体の構造を、もう一度こどもの頃のように、「自由でしなやかな状態」を取り戻す過程でもあります。

アイダ・ロルフさんは、「重力がセラピストである。」だとか、「もしも身体が適切に働くと、重力の力はその身体を流れていくことができます。そして、身体は自らを癒やすでしょう。」などと言った言葉を残していますが、ここまでの説明とも合わせて、みなさんでこの言葉を味わってみてください。


「生まれちゃった」という感覚

Aさんらしいおもしろい表現です。笑

前々から、自分のお母さんのイメージが出てきて、そして以前のセッションでは、子宮に意識が集まって、それで「自分もいずれお母さんになる、命を宿す」というビジョンも見えてきたようでした。

そして、今回は「生まれちゃった」と感じたそうです。

これはEさんのセッション1の時にも書いたのですが、ロルフィングは、知らず知らずに自分の周りに作り上げていたもの、Eさんの表現をお借りすると「鎧」を、1つずつロルファーと協力して外していくものでもあります。そうすると、その人が「生まれたままの裸の状態」に近いものになってきます。(「自然体になる」とも言えるかもしれません。)

10シリーズはとてもパワフルなもので、具体的に身体の構造にアプローチしますが、その影響は、精神的なものにも、その人の人生にも及ぶことがあります。まるで「生まれ変わったように」、その人ががらりと変わることもめずらしくありません。

Aさんは「セッションを受ける前とは世界が違っていた」とも言っていますが、見え方が変わってきて、これからの生活も変わってくるのではないかなと思っています。

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次のセッション7は、全身のねじれのエネルギーが、とうとう追い詰められて、首、頭の辺りに集まってきます。首の位置が変わってくることで、全身がそれに対応しようとして、全身が変化します。

どんな変化が出てくるのか楽しみにしたいと思います。




Yuta

( Posted at:2017年2月22日 )

モニターAさんの感想(セッション5 | 20代 女性)

モニターAさんも10シリーズの半分のセッション5になりました。

まずはセッション5の概要を説明したいと思います。

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深層のセッションは4〜7になりますが、その中でもセッション4〜6の共通したテーマとして、「自由に解放された、水平な骨盤」というのがあり、前回は「内転筋群と骨盤底膜」をリリースさせていきました。それらの筋群は骨盤の「下側(底面)」に多く付着しているので、そこを自由にしたイメージです。

今回のセッション5では、「前側(腹側)」に付着している筋群を骨盤から解放してあげます。

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上の図が、今回のセッションの主人公の「大腰筋」になります。(図には腸骨筋も含まれています。)

大腰筋は、大腿骨の「小転子」と呼ばれるところ(股の付け根の辺り)に付着し、骨盤の内側の「へり」に沿うように上まで伸びていき、「腰椎の側面」に付着しています。とても簡単に言うと、「股の付け根」から「みぞおち」くらいまである、とても長い筋肉です。(とんかつでは「ヒレ肉」の部分に相当します。)

歩く時、走る時のように「脚を前に振り出す」ような動きを生み出す筋肉で、最近はここをトレーニングして脚を速くしましょうということを聞いことがあるかもしれません。実際に、ウサイン・ボルト選手などの大腰筋を調べてみると、他の人よりもかなり大きく太く発達しているようです。

でも、ここで間違えやすいポイントがあります。

「ボルト選手など、脚が速い選手を調べると、大腰筋が太かった」というのは事実ですが、「大腰筋をトレーニングなどにより太くすると、脚が速くなる」というのは、必ずしもそうであるとは言えないのです。

同じような感じで、「〇〇選手を調べると、コア、体幹が強かった」というのを知って、だったら「コア、体幹を鍛えると、〇〇選手のようになれる」と考えるのも、そう簡単にはいかないものです。(〇〇選手のすごさを支えているのは、コア、体幹という単独の要素によるものではなく、もっと様々な要素が重なり合った総合的なものだからです。)

ボルト選手は、必ずしも「大腰筋を鍛えよう」と思ってトレーニングをして、その結果太くなったわけではないと思います。ボルト選手が生まれ育った環境は坂が多く、小さい頃から友だちとかけっこで遊んでいたら、「自然にどんどん脚が速くなっていき、結果的に大腰筋が太くなった」というのが、どうも現状には合っていると思います。(これは直接ボルト選手に聞いたことではないですし、今は意図的に大腰筋をトレーニングしているかもしれません。)

つまりは、「大腰筋をトレーニングする」のではなく、「大腰筋が適切に働けるような状況にしてあげる」というのがポイントになります。いくらそれが太くなったとしても、実際の歩く、走る場面で「活躍」しなければ意味がないのです。

セッション5で大腰筋にアプローチすると、大腰筋が解放、活性化されます。そして、大腰筋が働きやすい脚の動かし方のコツも覚えると、立って歩く時にも大腰筋が自然に活動してくれて、歩きやすくなったり、走りやすくなります。そしてその状態を続けていくと、大腰筋が普段から使われるようになり、自然に大腰筋が発達していきます。(専門的に言うと、「筋」をトレーニングするのではなく、「動き」が変化する必要があります。)

さらに大腰筋の大切な働きがあります。大腰筋は腰椎に付着しているので、「体幹部の安定」につながります。いわゆる「コアが活性化」されます。図を見てもらうと、舟の「マスト」が腰椎で、左右の大腰筋が「ロープ」のようになっているのがわかると思います。左右のロープに「程よいテンションをかける」と、「マストが安定する」のがイメージできます。

大腰筋を触診しながら、微妙に脚を動かしてもらうと、脚を動かすのに「先立って」大腰筋が収縮し始めるのを感じます。つまりは、脚を動かす前に、まずは腰椎部分を安定させて(マストを安定させて)、それから脚が実際に動くのです。(これもとても大切なポイントです。)

大腰筋がどんなところに生息していて(解剖学的な位置)、どんな性格(機能)をしているのかを簡単に説明してみました。さらに周りの組織との関連も見ていってみましょう。

まず下の方を見てみると、「内転筋」の付着部と場所が近く、先にセッション4でその辺りにアプローチして、内転筋は内転筋として自分の仕事に専念できて、それに大腰筋が干渉して邪魔し合うことがないように、スペースを作っておきました。

次に上の方を見てみると、「横隔膜」との密接な関係があります。横隔膜には「脚」と呼ばれる部分がありますが、それは脊柱に付着して、腰椎の方まで伸びてきます。横隔膜の脚と大腰筋とは、「手をつなぐように」結びついています。(解剖学者に聞いてみると、これらを解剖で分離するのは、とても難しい場合があるそうです。それほどにしっかりとつながっているということです。)

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横隔膜の「脚」が腰椎に付着している図です。(右の方が長いです。)


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横隔膜と大腰筋の関係図です。

上の図は、かなり簡略されて描かれていますが、どんな位置関係なのかはわかってもらえると思います。セッション3の主人公であった「腰方形筋」も見えています。これらのことから、「大腰筋と呼吸」の深い関係も見えてきますね。つまり、セッション5で大腰筋をリリースすると、「呼吸の変化」が見られます。特に背中の方に呼吸が入る感覚が出やすいと思います。

さらにその上に目を向けると、横隔膜の上には「心臓」があります。解剖的なつながりは直接ないと思いますが、イメージとしては「心臓の少し下くらいから大腰筋が下に伸びている」という感じになります。「心臓の下から脚が生えているイメージ」と、大げさに言っても言い過ぎではないと思います。

スクリーンショット 2017-02-26 15.55.16.png

脚を動かす時に、「股関節から動かす」イメージをしている人がほとんどだと思いますが、上の図を見てもらうと、「脚が心臓の下くらいから生えている」イメージになると思います。そして、そういう感覚で歩いてもらうと、歩く感じがずいぶん変わってきます。

さらにセッションが進んでくると、首は見えているところだけが首ではなく、心臓から生えているイメージで、左右の腕も、心臓からスタートしている感覚になってきて、先ほどの大腰筋から脚がつながっているのも合わせると、「心臓から5つの線が出ていて、それらはつながり合って連動している」ようになってきます。

それを具体的に体現している人がいるので、その人の動画を下に載せます。


動画の男性が「フレッド・アステア(Fred Astaire)」さんです。俳優であり、歌手であり、ダンサーでもあった人で、あのマイケル・ジャクソンもかなり影響を受けた人なのです。

ロルフィングを始めたアイダ・ロルフさんに、「この世の中で、ロルフィングを受ける必要がない人がいますか?」と生徒が質問したところ、「それはフレッド・アステアよ。」と答えたというエピソードも残っています。そして、それがなぜかというと、「大腰筋がとても良く使えているから」ということだったそうです。

動画を見てもらえると、「脚がとても長く見える」と思います。これも大腰筋が働くようになると、誰でもそんな風に見えるようになってきます。体幹部に「埋もれてしまっていた」脚が伸びてくるからです。そして、先ほどの「心臓からの5本の線」が、新体操のリボンのように華麗に舞っているのがわかるかと思います。それにしても、伸びやかで、制限のない自由な動きをしていますね。見ているだけでも、なんだか身体が解きほぐれてきそうです。

さて、いろいろとセッション5の説明をしてきましたが、この前置きの長さを見てもらうだけでも、すごく重要なセッションであることが伝わるかと思います。笑 

まとめてみると、

セッション5では、4〜6のテーマである「自由で水平な骨盤」を達成するために、骨盤の前側(腹側)に付着している筋群をリリースしていく。そのメインとなる筋が「大腰筋」と呼ばれ、不安定な腰椎を安定させ、そこから脚を振り出して前に歩いたり、走ったりする動作をするものである。大腰筋は、呼吸を司る「横隔膜」ともつながっているので、「呼吸」にも影響がある。「心臓の下くらいから脚が始まっているイメージ」で歩くと、歩き方も変わってきて、それがその後の首、両腕との連動にもつながってくる。ダンスの神様とも呼ばれた「フレッド・アステア」のように、大腰筋が適切に活動するように、大腰筋にアプローチをして、それを解放し、自由にして、それが動きの中で自然に出てくるように引き出すのが、セッション5である。

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セッション5が終わると、コアの空間(上の図の右側)が「拡張」して見えるようにもなります。

さて、Aさんのセッション5はどんな感じになったのでしょうか。感想を見てみましょう。

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第五回目の感想です。

第五回目は、セッション前に胃もたれに似た、内臓がどんよりと重い感じがありましたが、脚のラインがまっすぐに変わったことや、骨盤の高さが整ってきた感じがあることを伝えてスタートしました。足(脚)の方にあった歪みが、まっすぐに整ってきた代わりにその歪みが、足(脚)から上の方にあがってきたことも、胃もたれに似た症状に関係あるんじゃないかと言ってもらいました。

特に印象的だったことを書きます。

一つ目は、頭を触ってもらっている時に、なぜか子宮に意識が集まり出して気持ちよかったことです。頭を触られている時に、ゆらゆら温かい、なにかの中で浮いているような感じがして、ふっと、自分が赤ちゃんだった時は、こんな感じでお母さんのお腹の中で浮いて遊んでいたのかなあ?と思い、それと同時に子宮が気持ちいいとも感じていたので、自分もこの体の中の子宮で命を育み、母になる日がくるのだろうなあ、という思いも感じました。自分のひとつの体の中で同時に起こったことですが、頭は自分が生まれる前の胎児頃のことを思い出していて、体の女性器では、母になることを考えていたのは、自分でも面白いなあと思いました。

次に右側の骨盤から生えている筋肉を剥がしてもらったこと。ロルフィングで行う、骨に癒着してしまっている固まっている筋肉?膜?を剥がす時って、普通の「痛み」とは違うのですが、独特な痛気持ちいいような刺激があります。なかなか他では体感することのない痛みだと思うのですが、剥がし終わった後は、不調が出るとか違和感を感じるとか、痛みが残ることってなくって、ただ体が楽になり、可動域が広がるのはスゴイ所だと思います。第五回目でが、ロルフィングに出会わなければ一生意識せずに、そのまま一生を終えていたのだろうなあ、という部分を触ってもらったり、はがしてもらって、すっきりしたというか、死ぬ前に経験できて良かった(笑)と自分では思ってます。

脚の生え始めって、せいぜい骨盤からだろうという意識でしたが、お腹の中から脚が生えている、と知ってしまうと、日常の1個1個の動作や、静止して立っているときであっても、たまに内側の構造が透けて見える気がします。意識するとしないだけでも、歩き方や、お腹の捉え方も、自然に変わってくるようです。

最近、無意識に鏡の前に立ち、自分の体のことを観察する時間が確実に増えた気がしています。肩が下がり、胴回りがどっしりしたことや、足(脚)がまっすぐ伸びて、きちんと地についている感じはあるか、等見ているように思います。

あとは、だんだんセッション中に自分が「なんだかここ、気になる」とぼんやり思っていたヶ所を触ってもらえることが多くなってきて、自分でも不調のある部分や、調整したほうがいい部分がポイントで分かるようになってきたのかもしれないです。

第五回目で、「体がひとつにまとまった」という感じを受けました。4回目以前までは、テーマごとの体の部分やそこだけの変化に注目して、枝木を見ていた感がありますが、全体がまとまって整ってきたなあ、という感じ。

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内臓空間にある違和感

Aさんはセッション4の後に、胃もたれのような感じが出てきて、内臓がどんよりと重かったようです。

Dさんのセッション2の時にも書きましたが、ロルフィングの10シリーズをしていると、今までなかった「違和感」が現れることがあります。すぐに消えることもあれば、少し続く場合があったりします。

身体の「ねじれ」というのは、そこが「ただねじれているという状態」なのではなく、「構造の中で弱いところ、脆いところに、身体をねじれさせるエネルギーが居着いてしまって、それがその部分をねじらせているという状態」なのです。

ということで、ねじれを力づくでまっすぐに戻したとしても、ねじれのエネルギーはまだそこに残っているので、放っておくとすぐにまたねじれてきてしまうのです。

ねじれている組織、関節などの「構造」を意識するのも大事なのですが、それをねじれさせている「エネルギー」にも意図を持っておくことも大事です。そこの空間にある組織たちが、それぞれの適切なあるべき位置に戻ってくるように手で誘導すると、そこにあったねじれのエネルギーはそこにいるのが「居心地が悪く」なってしまいます。そしてその場所から移動していくことになるのですが、元々ねじれていた場所は構造的にも整ったので、次に弱く、脆い構造のところ(Dさんのセッション2の時には、「全体の変化に追いつけないところ」と表現しました。)に動いて行って、そこにねじれを作り出します。

その移動を余儀なくされる時に、少しエネルギーを「発散」します。それが、「何か股関節がすーっと伸びていって、最後に『抜けた』感じがしました。」といった現象だったり、ブルブルと「身震い」を起こしたりします。

そうやってねじれを生み出しているエネルギーが、少しずつ身体を移動していき、移動する際には、エネルギーの量は少なくなっていき、最終的にはかなり少なくなるか、ほとんどなくなるようになるのです。

10シリーズはそのねじれのエネルギーを、効率的に身体から抜いていくように、適切に「デザイン」されています。それが、「次に扱うところに違和感などが現れる」という現象を引き起こします。

今回のAさんの場合は、内臓空間に違和感が出てきていますが、セッション5は、大腰筋をメインで扱うのですが、その大腰筋の前には内臓が位置していて、そこにももちろんアプローチしていくことになります。

ということで、セッション4の際には、「脚のシルエットがくねくねと曲がっている」状態だったのが、脚の構造が適切になり、それを生み出していたエネルギーは移動を余儀なくされ、今回は「胃もたれに似た、内臓の重さ」を引き起こしたのではないかなというのが、僕の中での推測でした。


自分の子宮が伝えたかったこと

内臓空間に違和感が出てきたAさんですが、セッション中に頭を触れる機会がありました。そうすると、「子宮」に意識が集まり始め、自分がお母さんのお腹にいたこと、そして自分がお母さんになることを想像したそうです。

これが痛み、違和感の緩和、除去を目指した「治療」とは、ロルフィングが違うところで、「セッション」と呼ばれる所以でもあるのかなと思います。そしてそれが、僕がロルフィングを今までもしてきて、これからもしていく理由でもあります。毎回のセッションで、何が生まれてくるのかは想像もつきません。

「頭を触れると子宮が反応しますよ」というのは、授業で教わったこともありませんし、僕自身も経験したことがありません。「はて、これは何なんだろう?」とも思っています。笑 身体との素直な「掛け合い」の結果、今回のような感覚が出てきました。

この起きたことを簡単に「解説」したくはないので、あまり深くは書きませんが、とても美しい体験をされたようで、それが僕は素直に嬉しく思います。

僕もロルフィングを受けている時に、少し似たような経験をしたことを思い出しました。頭を両手でホールドしてもらって、その心地良さに身体を完全に預けていると、なんだか自分が「川の流れに沿って、ゆったりと流れていく」ような感覚になりました。

その時に僕は「なつかしさ」を感じました。小さい頃に母親の実家によく遊びに行っていた頃の記憶です。母親の実家は、深く豊かな山々に囲まれた「桧木内」という場所にあって、隣の家までかなりの距離があるような田舎でした。昔は誰かが病気になると、隣の町まで集落の人たちが集まって、箱ぞりで運んでいったそうです。

そこにはマタギのおじいちゃんが住んでいて、とても大きな、ごつごつした手をした人で、僕を川に遊びに連れて行ってくれました。おじいちゃんが組んだ鮎の梁(やな)で鮎を手づかみしたり、おじいちゃんが作った舟に乗せてもらって魚を釣ったり、釣った魚はすぐに近くの山小屋の囲炉裏で焼いて食べさせてくれました。

僕は川が好きで、そこに仰向けで浮かび、そのまま川の流れに身を任せて流れていくのが大好きでした。目の前には夏の青い空が広がっていて、緑色の木々の葉の隙間からは、太陽の木漏れ日がきらきらと輝いていました。

まるで時間が止まったような感覚で、川の水にやさしく抱かれながら、ゆらゆらと僕はどこまでも漂っていくのでした。

そんなこどもの頃の忘れていた体験が、海を渡った地で、言葉も文化も違うロルファーのセッションを受けている時に、突然浮かんできたのです。それにはとても驚きました。

そして、「かつて、僕はひとつだったんだ」と直観しました。

これは井上雄彦さんの「バガボンド」にも同じような描写が出てきますし、宮﨑駿さんの「千と千尋の神隠し」にも似た光景が出てきます。(実際、千尋ちゃんがハクに助けられたことがあった過去があったように、僕も川に助けてもらった経験があります。)

母なる自然に抱かれ、一体になっているような感覚。

Aさんの場合は、頭を触れていると子宮に意識が集まり、子宮が気持ちよくなり、その時に、自分が母親のその場所ににいのちとして宿った時の記憶、そして自分もその流れの中にあって、いつかは同じようにその場所にいのちを宿すことがあることを直観したようでした。

「お母さん」のイメージは、前のセッション中に何回か出てきていました。簡単に判断、解釈をしたくなかったので、そのまま保留にしてきたのですが、このセッション5では、お母さんと子宮がリンクして、そこから「いのち」の感覚が出てきたのです。これからまた何か出てくるかもしれないので、そういうことがあったというくらいにしておきます。


母なる海としての子宮

子宮というのは、「すべてを受け入れる海」のような場所です。女性で子宮に何かしらの問題を抱えている人は、精神的なストレス、トラウマであったり、身体にとってはうれしくない化学薬品が、シャンプー、化粧水、ハンドクリームなどから身体に入ってきたものであったり、化学調味料の多く入った食事であったり、とにかく「その人にとって毒」になるものを、受け入れ、「無毒化」してくれる場所です。

海はすべてを受け入れ、そしてそれを「浄化」してくれます。水は何にでも入り込んでいける性質があるがゆえに、「何でも受け入れる」ことができます。けれども、浄化するのにも「限り」があります。それは、海が汚れている昨今の現状を想像してもらえるといいかと思います。毒になるものを受け入れるのが子宮ですが、子宮にも限界があり、それが子宮への症状として出る場合もあります。もしもそういった症状がある人は、身体にとっての毒がないかを確認した方がいいと思います。

子宮は「いのちを宿す」場所です。海もまさにそういう場所です。そんな子宮が汚れている状態であると、それがその「命を育むプロセス」に影響を与えないわけはありません。生まれてくる自分のこどもが、自分では処理しきれないこと(毒であったり、カルマであったりもします)を、「引き受けてくれる」ことがあります。

出産は、女性の人生の中でも「最も大きなリセット」になります。女性は元々「リセット上手」ですが、出産はその最たるものになります。自分は出産で、今までの毒を「排出」して浄化できたとしても、それがこどもにそのまま受け渡され、こどもの「発生、成長」に悪影響を与えることがあります。

願わくば、自分の子宮は「清らかに澄んでいる」状態で、こどもを受け入れ、「余計なものを引き渡さない」ことが大切です。

最近の若い女性は、何かしら婦人科系の疾患を持っている人が多いと思います。僕の少ない今までの経験でも、そう感じるほどです。母なる海は、多くを語りません。それが故に、症状が出てきてから気づく人がとても多いですし、症状が出ても気づかない人もいます。

その肌に触れたり、塗ったりしているものは、本当に安全なものなのでしょうか。おいしさだけを追い求め、身体が嫌がるものを食べてはいないでしょうか。一度振り返ってもらえるといいかなと思います。

「いのちがリレーされる場所」です。それが変わることはありません。そのおかげで今の私たちがここにいます。そんな場所は、なるべくなら、美しく豊かな海である方が、いのちも喜ぶと思います。

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Aさんは他にも、「脚がお腹から生えている」感覚が出てきていますし、身体の内側の構造が「透けて見える」こともあるそうです。コアのセッションで深いところを扱うと、本人も深いところに意識が入っていき、自分の身体を「内側から眺める」感覚にもなり、身体が「3D」で捉えられるようになります。とてもいい流れだなと思います。

「ここを触ってほしい」というところに、僕の手も集まってきているようで、大分セッション中の「お互いの呼吸」が合ってきている感覚も出てきています。そうやって「セッション」が深まっていくと、奏でる音楽が「うねり」を出してきます。今回の子宮の話などは、身体が語ってくれるストーリーが「予定調和で平坦なもの」ではなく、うねりが出てきて、思いもよらないところに二人を運んでいってくれました。次のセッション6では、さらにどううねってくるのか楽しみです。




Yuta

( Posted at:2017年2月22日 )

モニターCさんの感想(セッション3 | 40代 女性)

今回は、Cさんのセッション3の感想と、その説明、解説になります。

まずはCさんの感想を見ていただいて、気になるところを後で書きたいと思います。

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3回目を終えて

自分の体がロルフィングを素直に受け入れてすっかりリラックスしているような感じ

それでも前の晩は痛めていた右肩が痛みあまり熟睡できない状態でした

それが左の肋骨の辺りを触ってもらっていると何故か右肩がじーんじーんと痛みだして『痛い~』と思いつついつもの夜間痛と少し違う痛み方に不思議な感じ
左を触っているのに何故だろう?

何かが伝わってきているような?
反射的な?

痛みにも慣れて眠くなりなんだか終わるとすっかり痛みもとれ動かすのも楽です

そして夜も痛みませんでした

いままで自分の肋骨なんて意識して考えたことなかったなぁ
肋骨って大事ですね
少ししなやかに動かせてる感じです

そしていちばんびっくりしたのはいままでうつぶせで寝るときに左にしか顔を向けられなかったんです 
右の方に向けると首が辛くてとてもじゃないけど眠れない
それが右に向けても眠れそう!なくらい楽
それに気づいたのは昨日の夜です
なので大友さんに伝えるのも今日初めてです
ロルフィングから三日目

毎回何かしらのプレゼントをいただいております

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動物や赤ちゃんという、「純粋な命」に触れるように

Cさんのからだも、少しずつ僕のするロルフィングを受け入れてくれている感じがします。

ロルフィングは、その人の「あたま」にではなく、「からだ」に話しかけるので、動物だったり、赤ちゃんと仲良くなるのに似ています。

動物も赤ちゃんも、「言葉を使ってコミュニケーションしない」というのが共通で、雰囲気であったり、触れられる感触を通しておしゃべりをします。

そういうのがすごく自然にできて、どんな動物、赤ちゃんにでもすぐに好かれて、仲良くなれる人もいますが、反対にそういうのが苦手な人は、頭でいろいろと考えすぎてしまって、それが向こうに伝わって、泣いたり、逃げられたり、不快感を示されたりします。(よく犬にいきなり吠えられたり、赤ちゃんにギャン泣きされている人いますよね。笑)

アイダ・ロルフさんも、赤ちゃんにロルフィングするのが好きで、まだ生まれて間もない赤ちゃんにワークする写真は、アイダさんの写真の中で一番好きな写真です。

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何かおしゃべりをしていそうなアイダ・ロルフさん

「赤ちゃんにロルフィングする必要があるの?」と、疑問に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、お母さんのお腹の中に包まれていた時には、お母さんと赤ちゃんは、まさに「一体」です。それが、狭い産道をくぐり抜けてきて、お母さんから「分離」されてしまうのが、「出産」ということになります。

人間にとっての最初のトラウマは、「バーストラウマ(出生トラウマ)」だという考えもあります。

お母さんの羊水という海の中では、光は薄く、聞こえてくるのは、優しい母親の心音だったり、篭って響いてくる周りの音で、栄養も満たされています。もちろんお母さんの愛にも包まれています。そこには赤ちゃんに必要なすべてがあります。それがお腹から出てくると、まぶしい光、聞いたこともない音、自分の重さを感じさせる重力、空気など、一気に多くの刺激に晒されてしまいます。(大人ながらに「それは怖さを感じるよな」と思います。)

出産がスムーズにいけばいいのですが、産道に引っかかたり、へその緒が巻き付いていたり、逆子だったりすると、頭を吸引器で吸われたり、大きな力で引っ張り出されることもあります。それで「赤ちゃんには、何も影響はない」と考える方が、よほど無理があるように思います。

話が少し逸れましたが、そうやって生まれきた赤ちゃんの身体には、わずかながら「構造のいびつさ」がある場合があります。

そのことにアイダ・ロルフさんは気づいていて、そこに働きかけをしていたのです。まだまだ生まれたばかりで、身体は「ゆるゆる」としているので、そんな大きな圧、力は必要ないですし(どちらかと言うと、「意図」を使います。)、ワークする時間も短いものです。それくらいで、わずかないびつさは改善してしまいます。

僕自身も、自分のこどもが片方しか振り向かないクセがあったので、首の辺りを数分触ったら、どちらの方向にも振り向けるようになりました。わざかな働きかけでも、最初の内にしてあげると、その後が大きく違ってくると思います。

そんなアイダ・ロルフさんが、最初に育て上げたロルフィングのインストラクターは5人いて、その中の「ジム・アッシャー」さんが、同じく赤ちゃんにワークする動画を見たことがあります。その時に僕は感動してしまいました。

赤ちゃんは3ヶ月ほどで、まだ仰向けに寝て、もにょもにょと動いているだけです。

そこにジムさんが触れていくのですが、その手が「まるで別の生命のように」動くのです。伝わる人には伝わると思いますが、「風の谷のナウシカ」で、王蟲がナウシカを黄色い触角で治療するときのような感じで、「命と命とが響き合っているように」僕には見えました。とても印象的な映像でした。

赤ちゃんや動物に、簡単なワークをすることがありますが、「命と命が純粋にじゃれ合う」ような感じなります。僕が変に何かを考えてしまうと、途端に逃げられたり、嫌がられたりしてしまいます。(まるで「座禅」のようです。)

Cさんのからだとも、深いところでコミュニケーションして、そしていい変化が起きてきているので、この感じで進んでいけたらいいなと思います。


肋骨って大事ですね、少ししなやかに動かせてる感じです

昨年、理学療法士で有名な、山口光國さんのセミナーに何回か参加させてもらいました。山口さんの代名詞と言えば「肩、肘」なのですが、「明らかに肩(または肘)関節に、構造的な破綻がなければ、肩関節を触るのは最後です。」とおっしゃっていました。

肩、肘のゴッドハンドと呼ばれている方が、最後の最後にようやく肩、肘を触るといういうわけです。では、まずはどこを触れるのでしょうか。

それが「背骨と肋骨」だそうです。

竹のようにしなやかに動く背骨」と、「自由に形を変えることができる肋骨」を獲得することができれば、ほぼほぼ肩、肘は触らなくても、そこにある問題は解決することが多いのだそうです。

ロルファーの僕からすると、「そりゃ、肩だけで動くわけではないだろうから、その周りの柔軟性、可動性も大事だろうな。」と思ったのですが、それが西洋医学ベースの、理学療法士さんの口から出るとは思いませんでした。(てっきり、肩、肘のめちゃくちゃマニアックな触り方を教えるセミナーなんだろうなと思っていました。笑)

僕らは何気なく腕を上げて、肩を使う動作をしていますが、仮に背骨に針金を入れて「まっすぐな棒」のようにしてしまうと、腕は上がらなくなってしまいます。

同じように、コルセットのようなもので肋骨を「がちがちに固定」してしまうと、それでも腕は動きづらくなり、肩が回らなくなってしまうのです。

しなやかな背骨と形の変わる肋骨は、相補的な関係で、独立して起きることありません。(この身体の中に、独立で起きることはありません。すべてはつながり合っています。)


上の動画を見てみてください。まさに「竹のようにしなやかに動く背骨」と「自由に形を変えることができる肋骨」が表現されています。

タイトルにもありますが、「Intrinsic Movement(内在性の動き)」です。外側にある大きな筋肉ではなく、内側の奥にある小さく細かな筋肉によって生み出される、繊細で、流れるような動きです。

こういった背骨と肋骨があれば、肩、肘は自由に動くことができます。Cさんの肩の症状がましになってきたのも、そういった理由なのではないかなと想像します。

なかなか動画のように動くのは難しいかもしれませんが、どんな人でも10シリーズを受けると、それに近いクオリティの動作を自然に行えるようになります。(しっかりとロルファーがガイドするので安心してください。)

人間には「ミラーニューロン」というものが備わっているので、相手の動きを見ているだけでも、その動きを生み出す脳の部位が「鏡写し」のように反応してくれます。こどもはそうやって、大人の動きを見ながら、いろいろと学んでいきます。

上の動画を何回かただ眺めるだけでも、みなさんの背骨と肋骨には刺激が入ると思います。僕も見ているだけで、自分の背骨、肋骨がモニョモニョし始めました。

ぜひぜひ何回も繰り返して見てみてください。きっとみなさんの身体に変化が現れると思います。

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Cさんの第1章も終わりました。

身体を素直に明け渡してくださるので、とてもいい反応が出てきています。身体には自然の智慧が備わっているので、勝手に元のあるべき状態に戻っていってくれます。本当に賢いなと思います。

そんな素晴らしい身体の可能性を信じて、これからのセッション4〜7も楽しんでいけたらなと思います。




Yuta

( Posted at:2017年2月22日 )

モニターEさんの感想(セッション2 | 30代 女性)

元々ダンスをしていらっしゃったEさんの2回目です。

以下がEさんの感想になります。

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2回目は脚・足がテーマということで、脚・足に問題が多いと感じているだけに楽しみにしていました。

始め、特に固まっていた背中に手を当てて頂いたのですが、前回は「何してるんだろう?」というだけだったのに対し、今回は身体が反応しているのが感じられ、わくわくしました。

脚・足を調べて頂くと、左右全く違うクセがあって驚きました。これでよく踊っていたものです。

まずは右脚・足。しばらくすると指がぬーっと伸びていく感覚がありました。さらに脛やふくらはぎに触れられると、膝の中や内腿の中が動いている感覚が。筋肉が動いているのとは違う感覚で面白い。そのうち腰や脇腹がぬーっと伸びる感じがあって、何だか右側全体が長くなった気がしました。実際立ってみると左との差がはっきり分かりました。顔までリフトアップした気が(笑)。

次に左側。言われた通り右側とはキャラが違って、最初は反応が鈍かったのですが、動き出したら早かった!脚がぐーっと伸びて、腰、上半身も一気弛んで伸びて楽に。

立ってみると、今までにない重さを感じました。嫌な重さではなく、身体の中心軸だけにまっすぐ重力がかかっている感じなので、むしろ楽だし安定感があります。中心軸以外は開放されてとても軽い。今まではあちこちバラバラに重力がかかっていたことを実感しました。

立ったり歩いたりした時、特に右足の地面に接している所が今までと違うので不思議な感じがしますが、楽しみながら慣れていきたいと思います。

ここのところあれこれ考え過ぎていたのが、身体が弛んだらなんだかどうでも良くなり(笑)、精神的な効果も実感しました。これから気持ちや考え方の変化も観察していこうと思います。

次回もよろしくお願いします。

追記

ロルフィングって何?と聞かれると説明できないでいましたが、「よけいなことをしない身体になるメソッド」かなーと思います。今、精神的にも生き方も持ち物もそういう方向でいきたいと思っているので、今受けることができて良かったです。

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キャラの違う、右側と左側

Eさんの感想の中にありますが、同じその人の身体の中でも、右側と左側の「キャラが違う」ことがあります。(同じように、上側と下側のキャラが全く違う人もいます。)

ヨガやアーユルヴェーダなどでは、身体の右側が「男性性」で、左側が「女性性」を表しているということを、聞いたことがある方もいるかもしれません。少し調べてみると、西洋と東洋では左右が逆になっていたり、同じ東洋の中でも時代でそれが逆転することがあったりするようです。僕自身は、どっちがどっちというのは、そんなに重要視していません。

普段の生活で考えてみると、性別が男性でも、すごく女性的な人もいますし、最近は「LGBT」の問題などが、日本でも取り上げられるようになってきました。要は、単純な性別の話ではなくて、それが複雑に入り組んでいることがあるということです。僕はどんな方がいてもいいと思いますし、いかにも男性らしい男性でも、女性性は皆無ではないと思っています。(陰陽図にはそれが示されていますね。)

ということで、身体の右側と左側にアプローチする際に、同じようなことをしていても、まったく反応が違うということがよくあります。(同じ話をしていたとしても、聞く人が違うと、リアクションが違ってくるのと同じです。)

右側は「おしゃべりでいろいろと話してくれるけど、肝心の深いところにはなかなか入っていかない」というキャラクターを持っていて、左側は「無口であまり口を開かないけれど、その少ない言葉の中には、かなり心の深い領域が反映されている」という場合もあります。

今回のEさんだと、右側がどんどん反応していってくれて、触れているのは足だけでしたが、身体の中身から変化していってくれました。僕自身も「これは大分、股関節、脚が伸びて、スペースが広がっていくな」と感じていたら、Eさんも「脚が伸びていってる感じがあります」と伝えてくれました。最終的には、右の顔までリフトアップされていました。笑 でも、反対の左側は最初は口数が少ない感じで、なかなかこちらのタッチに反応してくれませんでしたが、反応し始めると一気に変化していくのがおもしろかったです。同じ人でも、なかなか違うのがおもしろいです。

ロルファーの僕が、身体のどの部分を、どんな感じで触るかも大切ですが、それは触れている身体が「どんな反応をするか」によって決めています。こちらが身体の「キャラをつかむ」のがうまければ、その分スムーズに反応が進んでいってくれると思います。

身体のキャラが違う感覚は、10シリーズの序盤の、まだ身体が整っていない時に感じられやすいのかなと思います。どんどんセッションを重ねていくと、それがだんだん薄くなってくる感じがあります。

もしもロルフィングを受けることがあったら、そういった右側と左側の反応の違いと感じてもらうのもおもしろいかもしれません。



大人な「あたま」と、こどもな「からだ」

Eさんの感想を全体的に見てみると、もうすでに身体の反応を「眺める」感覚が出てきていて、身体のコントロールを「明け渡す」ことができているかなと思います。さすがダンスを長いことされてきて、いろいろなボディワークを受けてこられた方だなという感じです。

僕の好きな神戸のヨガの先生がブログを書いていて、その中に「瞑想と犬」というタイトルのものがあります。「心」というとらえどころのない性質を、「犬」に例えた内容です。ぜひそちらもご覧になってください。

簡単に説明すると、心はあちらこちらに自由に動き回り、落ち着きがありません。そうかと思うとピタッと止まって、吠えたり、すやすやと眠ってしまったり、まるで気ままな犬のようだということです。瞑想などをしたことがある人は、「そうそう。笑」と共感してもらえると思います。

心というのを、「コントロールできるもの」と捉え、あっちに行ったり、こっちに行ったりするのを、「ダメでしょ」と叱りつけても、心はますます自由気ままに動き回ってしまいます。それはコントロールできる、思ったようにできるという、最初の前提を見直さなければいけないのかもしれません。

これは身体も同じで、「大人なあたま、こどもなからだ」という話を僕はよくします。

身体は気の向くままに、お腹が空いて、眠くなり、じっとしていなければいけないと苦しくなり、まるで「こども」のように活動するのが自然です。今どこにいて、誰が目の前にいて、時計の針がどこを指していようが、そんなことは身体というこどもには関係ありません。

それを、「人前でお腹が鳴るのは恥ずかしいから、お腹をぐっと締め付けよう」とか、「眠いけれど仕事だから、エネルギードリンクでも飲んで乗り切ろう」とか、「大事な会議中だから、姿勢をぴんとしておこう」などと、身体の自然に起こってくる反応を「頭という大人」が、しっかりとコントロールしようとします。

そうやって大人が意のまま(これは「大人にとって」都合の良いことが基本です。「こどもにとって」ではありません。そして多くの大人は、それに無自覚であるということも忘れてはいけません。)にこどもをコントロールしようとすると、こどもは大人の機嫌を取るために行動するようになり、自分の欲求を「我慢する」ことを覚えていき、それをずっと続けていくと、いずれこどもの自由な反応は「萎縮」するか、歪んだ形を取って「発散」されます。

自然に出てくる反応が押さえつけられると、まずは萎縮する前に、その反応が何か別の形に変わり、発散、表現されようとしますが、発散するエネルギーが外に向かう場合と、内に向かう場合とがあります。外に向かうと、他者に対して支配的だったり、破壊的になることがあります。それが内に向かうと、自分の皮膚、内臓などに症状が出てきて、自分自身の身体を「いじめる」ようになります。

頭の過剰なコントロール欲によって、身体の自然な反応が萎縮してしまった場合には、身体は生き生きとエネルギーに満ち溢れ、自分の自由な感覚に従ってしなやかに動き回り、環境や他者との活発で豊かなコミュニケーションを取ることが、できなくなってしまいます。身体自体に生命力を感じず、動きは硬く、ぎこちなくなり、自分の世界に閉じこもるようになります。


「自分を支配する」から、「自分を明け渡す」へ

あるスポーツメーカーのキャッチコピーが「自分を支配する」というのがありました。

こういったキャッチコピーは、「その時代の空気を映す」ものだと思いますが、まさに現代は、「過保護で教育熱心な大人(頭、思考が身体を支配する)」の時代だなと、そのポスターを見て感じました。

人間には意思の力があります。そして、その意思の力で、今までの動物では成し得なかったことを達成しています。それ自体は、僕は否定しませんし、現に僕も、意思の力によってロルフィングを海外で学び、今があると思っています。

意思の力で、小さな自然であるこの身体ですら、まるで思いのままに変化させることができるし、この身体による様々な制約も、テクノジーによって超えていくことさえもできます。

人間は自然、身体を征服して、コントロール下に置いたかのようにも見えます。

けど、それは本当にそうなのでしょうか?

ロルフィングを学んで一番良かったと思うのが、身体という自然に「畏敬の念」を抱くようになったということです。(と同時に、言葉が出ないほどの感動的な体験も、身体を通して得ることができるようになりました。)

熟練した素晴らしい山登りは、優れた意思の強さを持ち、そしてテクノロジーのかつてない発展による恩恵を上手に利用することができ、昔に比べると、どんな山でも、どんなルートでも自由に登っていくことができるようになったと思います。でも、そんな山登りは、登れば登るほどに、「自分がこの自然を制覇した、征服した」と思うのではなく、さらにその上に広がる空、そしてそこから見える大地を目の前にして、「自然の一部としての自分」に気づくのだと思います。山という自然に登る行為は、征服、コントロールしたい欲求を満たすものではなく、「かつて、それと一つであった時間があった」という、確かな感覚に触れるものなんだと思います。(そうでなければ、同じ山を何度も何度も繰り返し登ることはないはずです。)

だからこそ、自然に本当に近い人というのは、自然と共に生きて、そこに尊敬と感謝と、畏れも同時に持ち備えています。

僕はなるべくなら、身体という小さな自然に近い人でありたいと思っています。それは、身体の不思議さ、未知さに対してオープンであること。身体そのものに、知性よりも優れた「智慧」が備わっているということを信じていることです。(そのためには、真摯に身体のことを学び続けることも忘れてはいけません。)

世界中の尊敬できるセラピストは、みな身体に近い人でした。そして、それは触れられた瞬間にわかります。その瞬間から、「何をどうしているんだろう?」、「この反応はなぜ起こるんだろう?」などと、頭で何かを把握しようとすることはなく、ただただ自分の身体をその人に「明け渡す」という感じになりました。

情報化時代に生きている私たちは、油断するとすぐに頭が「働き過ぎて」しまいます。起きていることを、すべて頭で把握して、理解して、そして自分の意思によって、行動を選択しているということを、あまりにも無自覚に信じ過ぎています。(それは科学の分野でも、「錯覚である」ということが明らかになってきています。)

頭が身体をコントロールし過ぎてしまうのを、少し身体の可能性を信じて、手放してあげるということ。

そうすることで、自分の頭では想像し得なかったことを、その身体が見せてくれるようになるのです。

「あとはこの身体をよろしくお願いします。」

「わかりました。大切に扱わせていただきますが、あくまでそれを可能にするのは、この身体そのものであって、僕の力ではありません。私はそれに従って、するべきことを適切にするだけです。」

僕がセラピストに身体を触れてもらう時には、自分の身体をコントロールすることを明け渡し、セラピストに身体をゆだねます。そうすると、セラピストも大切に僕の身体を扱ってくれますが、そのセッション自体は、身体という自然そのものが持っている「智慧」によってガイドされていくものなのです。セラピスト側も、「治したい」という相手の身体をコントロールすることを明け渡しているのです。

セッションをする側とされる側とが、「同じ場所」に立ち、お互いにコントロールしたいという欲求を「明け渡す」ということ。

そうすることで、身体という小さな自然が、その二人に必要なことを引き起こしてくれて、それは時に感動的ですらあるのです。

先のキャッチコピーですが、それを突き詰めれば突き詰めるほどに、"Let yourself go." 、または "Get out of yourself." に至るような気がします。(それを踏まえての、このキャッチコピーだとしたら、僕は脱帽ですね。)

Eさんの感想の最後にあるロルフィングの説明ですが、「よけいなことをしなくなる身体」というのも、いい表現だなと思います。身体自体が「賢い」のですから、僕らはそれに「おまかせ」しているだけでいいのだと思います。

さて、次回は3回目のセッションになります。Eさんの身体はどんな変化を見せてくれるのでしょうか。僕はよけいなことをせず、身体が導いてくれるままにセッションできたらと思います。




Yuta

( Posted at:2017年2月22日 )

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