ロルフィングハウス フェスタ FESTA

何を想定して、こだわるのか。

青木 : 壊れないってことですかね(笑)。僕は結構早い段階で新しいものに変えるほうだと思います。グローブは使い込むと柔らかくなって、自分の手にも馴染んできます。その分動かしやすくなるものなんですが、それはあえて避けるというか、馴染まなくていいと思っているんですよ。

いまは「ONE FC」が主戦場ですが、去年の年末は「RIZIN」という日本のプロモーションでも試合をしました。団体が違えばグローブも違う。グローブを用意するのは団体側。基本的には毎試合新しいものを使うことになります。慣れたものを使い過ぎて試合のときに違和感があったら良くないというか、グローブなんか何でもいいよっていう状態じゃなきゃダメだと思っているんですよね。

ヘッドギアのメーカーにはこだわっても、オープンフィンガーグローブのメーカーにはこだわらないっていうのは、僕の中では理に適っているんですよ。


総合格闘技家に青木真也さんという人がいる。「バカサバイバー」と呼ばれている人だ。ちょうどこの前、東南アジアの国に仕事で行った時に、大学の同期のトレーナーが彼の話をしていた。上の文章は、同じ道具でも、ヘッドギアはこだわって、オープンフィンガーグローブにはこだわらないという話。なるほどなと思った。

こだわりを作ったり、作り込んだりすると、その周辺に「隙間」が生まれる。得意の近くには、不得意がある。最近、こだわる人が多くなったなと、思うことが多くなった。芸能人がよくトレーニングをしている。そして、そのワークアウトや、その成果の引き締まったカラダをSNSやメディアに公表していたりする。何かに対して準備をすることはとても大切だし、それに対して作り込んでいくことも大切だ。けど、自分ではコントロールできないことがあったり、何が起きても大丈夫なように、少し「余白」というか「遊び」をこしらえておくことも、とてもとても大切だ。そんな芸能人を見るたびに、僕は「なんとも隙間がなくてもろいなぁ」と、目を細くしてしまう。

こだわるべきところはどこか。また、コントロールできなくて、こだわりを作ることで命取りになるところはどこか。それを全体を見ながら、戦略を立てる。青木さんは賢い人だなと思う。自分よりも圧倒的に強い人に出会い、戦ってきたからこその、準備だと思う。アスリートとトレーニングする際に、「どんなことを想定して、準備ができるか」ということを常に考えている。作り込みがきゅうきゅうすぎて、周りを見失ったこだわりを突き詰めると、一見強そうに見えるが、案外もろいものだ。それは、本当に強い相手、本当に不利な状況を想定して準備していないからだ。


青木 : 睡眠と食事が大切だっていうはその通りだと思います。だからこそ、僕は気にしないし、何も持っていきません。寝ろって言われたところで寝ることができて、現地の食事をとって試合ができるヤツが一番強いと思っているから。なんでもこいよっていうヤツじゃないと格闘技は勝てない。枕とか飯とか気にした時点で、アウェーが本当にアウェーになるし、負けですよ。与えられた環境でやるしかない。気にしないから、僕は海外の試合で苦労したことないですもん。

どんな仕事でもそうですけど、環境を整えることばっかり考えてたら海外で働くことがストレスになっちゃうじゃないですか。何が来ても大丈夫っていうスタンスにしたほうが絶対強いですよ。


大切なのはわかっているから、気にしない。本当にそういう状況で、「なんとか勝てる状況はないのか」と考えてきた人だからこその言葉だ。普通は、自分の有利な状況を想定するから、睡眠も食事もコントロールしようとする。それで勝てる相手ならいいが、相手は必死に勝てないようにしようと考えてくる。こだわりを作ると、それさえ崩せば、勝負ありだ。東南アジアで仕事をした時には、「なんでもこい」と思っていた。そうしないと、何も事は進んでいかない。論理の中だけで、ゲームができたら苦労はしないが、往々にして、僕らが生きるこの生身の世界には、論理から外れること、コントロールできないもの、受け入れるしかないものがたくさんある。それをストレスに感じ、自分の能力を下げるのか。進むべきところに常に目線を置いて、様々な状況を受け入れ、楽しんでいけるのか。

この文章は、MLBテキサス・レンジャーズのダルビッシュ有選手のTwitterから見つけた。青木さんにしても、ダルビッシュさんにしても、想定している相手がものすごいものなんだろうなと思うし、僕はそういうアスリートの助けになりたいなと願っている。




Yuta

( Posted at:2016年10月13日 )

ひもトレ、ananでカラダにいいもの大賞に選ばれる。

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先日、うれしいことがありました。

ananなんて読むことはないのですが、
有名な雑誌だということは知っています。

コンビニで、
かっこいい男の人がベッドの上で、
上半身ハダカになってたりする表紙の雑誌だなと、
思ってるくらいでした。

そんなananが、
1年に1度「カラダにいいもの大賞」というのをしているらしく、
そのグランプリに知り合いの方のプロダクトが選ばれたのでした。

なんということでしょう。


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それがこちらのひも。

「ひもトレ」に使うひもです。

これを考案したのが、山形は米沢の小関勲さん。

まるみつ」という会社で、
様々なバランスにまつわる道具たちを生み出し、
それを使っていろいろな講習会をされています。

僕と小関さんの出会いも、そんな講習会でした。

まだ僕が大学を卒業して、
神戸の整形外科でトレーナーとして働いていた時、
何かおもしろいトレーニングはないかなと探していて、
小関さんのバランス講習会に出会いました。

バランス講習会の内容には、
「バランスを取らないことがバランス」
というようなことが書いてあり、
「意味はわからないけどおもしろそう」と、
リンク先の小関さんのブログも覗いてみました。

そこには、その頃ブームだった、
バランスボール、グニャグニャするバランスパッドを
使ってのバランストレーニングとはまるで違う、
「バランスの取れたバランス観」が書かれてあり、驚きました。

僕も、グニャグニャと形の変わる道具たちの
バランストレーニングには疑問を感じていて、
「この人は同じようなことを考えている人だ」と感じ、
講習会に参加することにしました。

実際にお会いした小関さんは、
とても柔らかく、
常にものごとの「全体」に眼差しがあり、
要素のそのものよりも、
要素のあいだに流れる運動、関係性に
注目されている方でした。

その時から、同じ東北出身ということで、
今に至るお付き合いがはじまりました。

何か試作品があると見せてくれて、
そこからミニ講習会がはじまることもありました。

とにかく、いつもアイディアが豊富で、
こどものあそびのように、「次はこれしよう」と、
ポンポンとおもしろそうなあそびが飛び出してきます。

そんなときに見せてくれたのが、
1本のひもでした。

当時はまだ、古新聞などをしばるビニールのひもで、
それを突然くるっと僕に巻いて、
いつものあの笑顔で、
「大友さん、これで腕を上げてみてください」
というのでした。

そこから改良を重ね、
「ひもトレ」というコンセプトを練り上げて、
今回のこのひもというプロダクトに至ったわけです。

僕の知り合いの日本代表のアスリートも愛用していて、
山形にロルフィングを受けに来てくれた時には、
「新幹線も飛行機も、長距離移動の時にはひも巻いてますよ」
と、にこにこと教えてくれました。

今では、日本のいろいろなところに広まり、
知り合いのトレーナーがFacebookなどで、
ひもトレを紹介するようになるまでになりました。

でも、小関さんに「すごいですね」などと言うと、
「他人任せですから」と、あの笑顔で返されてしまうのです。

たった1本のひもが、カラダに触れると、
そこのカラダの部分の感覚に光が当たり、
カラダ自身が、自分全体を
適切に把握する手がかりになります。

頭にくるりと巻いたり、
お腹にくるりと巻くことで、
カラダは、「おお、そこはそういう感じになっていたのか」
と、自分自身をよりよく知れるのです。

自分の全体像がくっきりと捉えられると、
カラダは自分自身で自分を整えます。

それが自然治癒力です。

自然治癒には、
「自分をよりよく知る」というのが大切で、
ひもトレはそのきっかけを簡単に与えてくれるものです。

昔からすごいこと考えるなと、
小関さんの考え、そしてそれが反映された道具たちに
触れるたびに思っていたのですが、
こうやっていろんな方々に届くようになったことは、
一ファン、一遊び仲間、一先生から学ぶ生徒として、
単純にとてもうれしいなと思います。

これが必要な人のところにもっともっと届くように、
僕は願っています。

そして、このひもの商品化に際して関わっていたのが、
このfestaのHPのデザインもしていただいた
デザイン事務所「アカオニ」さんです。

同じとんがりビルの住人として、
すごいなと思うとともに、
僕らfestaもがんばっていかないと、背筋が伸びます。

小関さんも、アカオニさんもおめでとうございます!




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2016年10月12日 )

(残り5枠です)11月に神戸出張します。

先日、東南アジアの国にトレーナーの仕事で行きました。

なかなか思うように仕事が進まなかったのですが、
諦めずに、何度も粘り強く、伝えたいことを伝えていくと、
現地の人たちが少しずつ変わってきました。

何事も情熱と根気が必要なんだと学びました。

山形でロルフィングを始めて2年が過ぎました。

神戸でロルフィングをしていた時には、
自然に必要な方のところに広がっていったのですが、
新しいものがなかなか根付いていかないもどかしさを感じています。

それでも、諦めずに地道に広げていきたいと思っています。

さて、少し期間が空きましたが、11月に1週間ほど
出張ロルフィングをしようと思っています。

今回は、施術場所を1ヶ所にしてやってみようと思っています。

場所は確定したらまた連絡しますが、
JR三ノ宮駅から徒歩10分以内の場所になるかと思います。

今年も気づくと冬の季節がもうすぐやってきます。

その前に、ロルフィングで身体の本来のバランスを取り戻し、
すっきりとリセットしてみるのはいかがでしょうか。

ご連絡お待ちしています。


(予約状況は10月27日現在です)


11月1日(火)

①16:00 - 18:00 ×
②18:00 - 20:00 ×


11月2日(水)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ○


11月4日(金)

①  9:00 - 11:00 ○
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ○
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


11月5日(土)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ○
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ○


11月6日(日)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com

【セッション料金】
 12,000円




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2016年10月 4日 )

バスを見つける目。

「バ(バス)!」
「トック(トラック)!」
「アンマン(アンパンマン)!」
「むち(虫)!」
「ピーコー(パトカー、救急車、消防車まとめて)!」

息子が突然指差して叫びます。
けど、差している方向には、叫んでいる対象物はありません。
それでもずっとその名前を呼び続けているのですが、
あとあと気づきます。
やはりそこにそれはあるのです。
交差点で止まっていても、動き始めると、
銀行のノボリの中に、小さなアンパンマンがいたり、
よくよく目を凝らしてみると、そこに小さな虫がいたり、
ビルに隠れて、鼻だけが飛び出していたバスがいたり、
いつも僕らが驚かされます。
「おとなでも見つけられないものを、こどもは見つけます。」
でも、本当にそうでしょうか。
そう考えているのが、
ちょっと違うのかもしれないなと思ってきました。
その感覚は、「大人の方がよく見えている」というのが、
前提にあります。
何か見たり、探したりするのは「大人の方が優れている」。
けど、本当にそうなんでしょうか。
こどもを育てていると、
「こどもはすでに完璧なんだ」と気づき、ハッとします。
こどもは、まだモノとモノとがあいまいな、
モノとコトとが未分化な、
硬く閉じられ、動きに乏しい、意識でできた世界ではなく、
自由に開かれ、さまざまなやりとり、交流がそこにある、
ファンタジーの世界に生きています。
そこには、バスが多くいます。
だから、バスがすぐに見つかるのです。
バスしかいないのですから。
そこに少しずつ、パトカーだったり、
アンパンマンだったりが増えてきます。
その世界には、それしかはっきりしたものはありません。
しかし、そんな世界にいられる時間は長くはなく、
気がつくと、多くのモノで溢れかえった、
僕らに馴染みのある世界になっていくのでしょう。
おとなの僕たちには、何が見えているんでしょうか。
たくさんの見えるモノの中からから、それが見えるというのは、
おとなの場合は、そこには「フィルター」があります。
たくさんのモノの中から、それを「選択的」に見ています。
それは今までの人生で、頭の中で重み付けが行われてきて、
それに応じたフィルターがつくられ、
それを通して世界を見ています。
自分の利益になるものしか見ない人もいますし、
女の人ばかり見える男性もいます。
けど、こどもの「バスを見つける目」とは違います。
「それしかない」のか、「それを選んでいる」のかは、
全然違います。
それを選んでいるということは、他を選ばずに、
見ないようにしているということです。
こどもは、見ないようにしているのではなく、
それしか見えないのです。
おとなの僕らは、いかに見えていないんでしょう。
いや、見ないようにしているんでしょうか。
多くのモノに囲まれすぎてしまって、
たくさんの意味に自分ががんじがらめになって、
自分を揺さぶる、魅了するものがそこにあったとしても、
向こうが見つけてくれるのを待っていたとしても、
「そこには何もないよ」と言ってしまいます。
こどもを育てることは、
もしもそれを育てるおとなが、わずかにでも幸運な場合は、
そんなこどもの世界に少しアクセスできる、
そんな機会なんだと思います。
「ああ、はじまりはこうだったんだ」
はじまりの景色がふと垣間見えて、
大切なことを思い出すような感じがあります。


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Yuta

( Posted at:2016年9月16日 )

遠いブラジルの地で行われたオリンピック。

日本の反対側のブラジルでの、夏のオリンピックが終わりました。

素晴らしい感動を与えてくれた選手はもちろん、監督、コーチなど、選手を可能な限りサポートしたスタッフのみなさん、そして僕のようにテレビを見ながら応援していた人も、世界中の人たちが、その結果に一喜一憂しました。日本では、連日メダル数が過剰にニュースになっていた印象もありますが、そこまでの日の当たらない、地道な、そして徹底した準備の時間を思うと、そこで勝利すること、負けること、自分の実力を出し切ること、その舞台にも上がれなかった人たちの思いなども想像すると、感動だけではない、なんとも言えない気持ちにもなります。

僕は幸運にも、アスリートにロルフィングをさせてもらう機会に恵まれています。中には、オリンピックに出場した人、今回のオリンピック目指していた人など、日本を代表するような人たちもいました。自分としては、アスリートにロルフィングをすることと、そうではない一般の方々にすることには、そんなに違いはないように思っています。人はそれぞれに何か課題を持っていて、それに日々向き合っています。その課題に優劣も、大小もないように思えるのです。それでも比較的、アスリートとのロルフィングのご縁をいただいているのは、僕が自分の意識の深いところで、それを望んでいるのかもしれません。

アスリートに共通して言えることは、身体の感覚がとてもいいことです。もう少し具体的に言うと、こちらがイメージしていることをすぐに理解して、それを自分の身体で表現する能力が高いのです。イメージを理解したとしても、それをうまく身体で表現できない人もいます。反対に、表現するのはうまいけど、こちらのイメージがなかなか伝わらない人もいます。

競技レベルの高いアスリートの多くは、僕が触れた瞬間に、こちらが何をしたいのかをすぐに感じ取ってくれます。そうして自然に「セッション、掛け合い」が始まって、流れが出てきます。どこで終わればいいのかも、とても明確です。何をしたいのかは、なかなか言葉で説明することが難しいことも多いのですが、そういった感覚的なものをすぐに捉えてくれるアスリートとのロルフィングセッションは、なんとも楽しい時間です。

けれども、ロルフィングで身体の構造が整い、機能が改善されれば、すぐにアスリートの望む結果が訪れるかというと、そんなに話は単純ではありません。今回のオリンピックでも、まさかの敗退がありました。こちらもこちらで、その時の最適なものをセッションの中でしますが、そんな時間も含め、圧倒的な準備の時間を、アスリートはただただ勝利するその日を夢見て、黙々と重ねています。その真摯に努力を重ねていく姿には、いつもこちらが学ぶものがあります。

それだけ準備をしても、ほとんど準備をしなかったとしても、勝負があれば、勝つものもいるし、負けるものもいます。勝負の世界は、本当に本当に厳しいものだなと、オリンピックを見ていて改めて感じました。そんな勝負の世界に身を置き、白か黒かでラベルを貼られ、それでも求めている結果を求めて、アスリートは日々戦っています。そんな世界に、それに必要な一つの条件として、ロルフィングがあれば幸せだなと思います。少しでも「これならいける」と思える準備になるように、そして流れをつかみ、勝利できるように、そんなサポートができるように精進をしていきたいと思います。

最後に、今回のリオオリンピックでは、地元ブラジルのメダリストの中に、ロルフィングを受けている選手もいたそうです。世界中にいるロルフィングの仲間が、そうやって求めたものに貢献できたことをとてもうれしく、誇りに思います。

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Yuta

( Posted at:2016年8月31日 )

仙台の「H-Field Sports Performance Center」に遊びに行ってきました。

先日、仙台の友人がトレーニングジムをオープンするので、

その内覧会に行ってきました。


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ジムの名前は「H-Field Sports Performance Center」です。

玄関のロゴがかっこいいですね。


名前に込められた思いですが、HPに書かれてあったので、

それをここに載せます。(※一部省略してます)


・Health(健康)からHigh Performance(競技力向上)まで
 一貫した運動指導を提供します。

・常にHospitarityを大切にお客様の運動をサポートします。

・叡智に溢れる人材の教育・育成。



「HealthからHigh Performanceまで一貫した」とありますが、

「トレーニングスペース」と「トリートメントスペース」があり、

会員になった方がパーソナルトレーニングを受けるところと、

接骨院のように治療を受けるところが一緒になっています。


既存の接骨院で、トレーニングスペースを設けているところは

もちろんあるのですが、パーソナルでの対応ができなかったり、

場所が狭い、器具が充実していないというところが多いと思います。


H-Fieldは、どちらのスペースもとても広々としていますし、

きちんと「個別に評価」をしてくれて、

それに基づいたトリートメントや、パーソナルトレーニングを

してくれるのが素晴らしいところです。




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バイクもシュッとしていてかっこいいです。




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これは珍しい自走式のトレッドミルです。


ベルト部分が電力で回るわけではないので、

ベルトは「自分の力で回す」ことになります。


少し走らせてもらいましたが、なかなかおもしろいマシンで、

いろんなトレーニングのアイディアが湧いてきました。




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基本的なフリーウェイトもしっかりできる施設ですが、

カイザーのファンクショナルトレーナーもあります。




H-Fieldがいいなと思うは、「バランスがいい」というところです。


地方だと、なかなか極端なところが多いのですが、

総合的にすごくバランスよくまとまっていると思います。


・痛みや不調がある人にも、競技力向上を目指すアスリートにも、
 幅広い人に対応できるスタッフがいる。

・ケガをしてから、治療、リハビリ、競技復帰、競技力向上まで、
 一貫してサポートしてもらえる。

・スタッフが、基本的で重要な資格も持っていて、
 さらに最新の方法も勉強している。

・施設の空間が、とても広々としていて、洗練されていて、
 駅からもアクセスがいい。

・お客さんへの治療、トレーニング指導はもちろんのこと、
 同業者へのセミナーなども企画している。


こういった視野が広く、バランスが取れた施設が、

東北に出てきてくれてうれしいなと思います。




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代表の兼平 智孝くんです。


スタッフの千葉くんと2人でH-Fieldをやっていくようです。


これからH-Fieldが、若い2人によって、

仙台、そして東北のトレーナー業界を盛り上げていく拠点に、

なっていってくれたらと思います。


もちろん身体に問題を抱えている方は、

H-Fieldを訪れてほしいのはもちろんなのですが、

トレーナー、治療家さんにも、一度足を運んでもらって、

その考え方、雰囲気に触れてほしいなと思います。


東北のトレーナー界も、おもしろくなってきそうですね。


グランドオープンは、8月22日(月)のようです。

http://www.h-fieldsendai.com/




Yuta

( Posted at:2016年8月18日 )

他人の中に、自分の問題を見る。

横尾忠則さんの「ぼくなりの遊び方、行き方」を読む。いろいろなことをした人だなと思う。僕もいろんなことをしてきたけど、横尾さんに比べたら大したことはない。とにかくいろんな人に出会っている。三島由紀夫、ジョンレノン、アンディウォーホルなど様々。その出会いで、横尾さんはたくさんの刺激を受けて、そして作品を作り続けていく。

この本では1960年から1984年までのことが書かれている。「芸術と生活が一体になる」ということを、横尾さんは本の中で言っている。そしてそれこそが「遊び」なんだと。

僕は自由になれているのか。枠の中にはまって、頭ばかり働かせてはいないのか。遊んでいるのか。そんなことを考えた。最近、こどもの頃の自分が、自分の中によく現れる。その自分の顔は、いつも笑顔だ。息子の顔も、笑っている。僕の中の僕は、何も知らない。だからこそ、大切にしてあげれるのは、僕だけだなと思う。僕の中の僕が、いつまでも笑顔で遊んでいられるように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結構前に、すらすらと書いた文章です。

「僕」とか、「自分」とか、とにかくたくさん出てきます。
よほど我に執着しているのか、その現れのような感じです。

そしてそれは今でも、さほど変わらずに、僕を取り巻いたり、
僕の中にいたりします。

またここでも、僕がたくさん出てきていますね。




Yuta

( Posted at:2016年8月 3日 )

高野山に行こう、そう思いました。

高野山に行った時に、ふと書いた文章です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
高野山に来ました。

途中、乗り換えで天下茶屋に降りましたが、34度くらいはあったと思います。暑すぎたので、喫茶店で涼みました。喫茶店はおじいちゃんがマスターなのですが、僕の隣の席でアイスコーヒーを飲みながら、タバコを吸っていました。最初は、あまりにも席でゆったりとしているので、マスターだとはわかりませんでしたが、そのお店のマスターでした。かなり高齢なので、今はおばちゃんを雇って、お店をしてるみたいでした。おじいちゃんの知り合いのお客さんが来て、粋のいい関西弁で二人で話していました。いつ終わるんだろうと思うほどの、なんとも言えない心地のいい間の、大きな声の会話が、店内に響き渡っていました。大阪に来たんだなと、感じました。

暑い天下茶屋から、ケーブルカーを乗り継いで、高野山までやってきました。ヨーロッパ系の英語を話す、大きなバックパックを背負った人たちがたくさんいました。どうやらフランスの方が多いようなのですが、高野山になぜフランスの方が惹かれるのかは、僕はわかりません。僕の今回の高野山に来た目的は、ただただゆっくりすることでした。山形でのんびりな生活をしているのですが、それでも高野山には何か惹かれるものが、僕にもあります。

大学4年の夏には、四国88ヶ所を「歩き遍路」しました。寄り道もしたので、1,600kmは超えていると思います。野宿しながら、45日間かかりました。自分でもよくやったなと思います。特に空海さんのことが好きだとか、真言宗だからというわけでもなく、「大学生のノリ」でやりました。そこから空海さんとのご縁がはじまりました。

神戸でロルフィングを始めると、高野山でロルフィングをする機会をいただくようになりました。なんと、この僕が、お坊さんたちにロルフィングをさせていただくのです。ロルフィングの10シリーズをしたので、10回ほど高野山に通いましたが、神戸からの片道3時間ほどの道のりも、全然苦にならず、むしろ自分が学び、癒やされていた、至福の時間になりました。

山形に帰ってからは、なかなか高野山には行く機会がありませんでしたが、今回ふと行ってみようと思い立ちました。きっと、空海さんがまた呼んでくれたのだと思います。高野山に来ると、なんだか「帰ってきた」感覚になります。ちょうど今の時期は、高野山でも珍しく30度を超える時期です。空気は澄んでいて、居るだけで落ち着く感じがします。夕暮れには涼しい風が吹き、ヒグラシが鳴いています。風が変わる感覚は、僕にはとても大切な感覚です。ちょっと風を感じに、散歩でもしに出かけようと思います。




Yuta

( Posted at:2016年8月 3日 )

お神輿を担ぐ、付いていく。

先日、住んでいるところの近くの神社のお祭りに参加しました。
神社の名前は、「歌懸稲荷神社」。
威勢のいいみなさんとお神輿を担ぎました。

僕自身、お祭りの多い秋田で育ったので、
お祭りは小さい頃からたくさん見てきました。
個人的に大好きなものもあります。
(角館の「山ぶつけ」といいます。)

実家は大曲なので、いわゆる「大曲の花火」を見て育ちました。
お祭りの日特有の、街の空気、大人の表情が、
僕はたまらなく好きです。
なので、必ず大曲の花火には帰省するのが、
我が家の数少ないルールの一つです。

今回は、「お神輿を担ぐ」ということで、
はじめて「参加」する立場になりました。
なんとなくはテレビなどで見たことがありますが、
秋田の見ていたお祭りにはお神輿はなかったので、
見よう見まねで担いでみました。

最初は、威勢のいい、体格のいい男の人たちに負けないように、
足をしっかりさせて、お神輿に力を伝えようとがんばりました。
ちなみに、みなさんはお神輿を担いだことはありますか?
あれは、痛いんですね。すぐに肩が痛くなりました。

でも、だんだん要領もつかんできて、
ベテランのおじさんに挟まれて担いだ時に、
おじさんたちがあまりがんばっていないことに気づきました。
最初は「サボってるんだな」と思いました。
もちろん声は出ているので、力は入っているのですが、
僕と入っているところが違うようでした。
手足はゆるゆるで、お腹の辺りに力が満ちているような感じでした。

そして、「俺がお神輿を動かしやる」という感じではなく、
「どうせ一人では持てないし、全体でなんとなく持っているのだから、
一人でがんばらず、お神輿の中心が行きたい方に付いていく」
というような感じでした。

もちろんがんがんに担いでる人もいるでしょうが、
一人よがりではなく、全体で持ち、流れを阻害せずに、
ただお神輿が行きたい方向に付いていく。
その感覚がわかると、肩の痛みはさほど感じなくなりました。
それよりも、全体の中の一部になるという、
心地よさがなんとも言えませんでした。

とはいえ、みなさん立派な「神輿だこ」があるので、
みなさんの肩にはしっかりと重さが伝わっているのです。
僕の肩にはあざが付いてました。
左右のあざの大きさ、場所、深さも違っていて、
まだまだ足りないところだらけなのでした。

どうしても自分の傾向としては、「自分が変えてやる」と、
意気がるところがあります。
それがうまく機能した時はいいのですが、
そうではない時には、全体の流れを止めてしまいます。

当たり前の事なのですが、お神輿は一人では持てません。
全員で持ちます。
そして、そんなにがんばらなくても、全体の流れに付いていくと、
そんなにお神輿と喧嘩せずに、気持よく持つことができます。

続けていかないと、もっとわからないことががあると思いますが、
身体を扱う仕事と似ているところがあるなと、
大汗かきながらふと思いました。

お神様を担がせてもらって、
また一つロルフィングの勉強になりました。

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Yuta

( Posted at:2016年7月20日 )

当たり前のことですが、隣に住んでいる人がいることについて。

今日、蔵王の山道を運転していたら、

イタチが道を横切りました。

さして急ぐ様子もなく、てくてくと歩いていました。

道の脇まで歩くと、イタチの道を、

どこかに向けて歩いていきました。

イタチの毛は、毛皮が歩いているかのようにふさふさしていました。

そういえば昨日、奥さんの実家にいた時に、

動物図鑑がありました。

とても楽しい本で、ふむふむと読んでいました。

特におもしろかったのが「イタチ」のなかまのページでした。

なので、さっきのイタチが現れた時には、

「おお、昨日はどうも」と思ったのでした。

頭では、イタチのなかまがたくさんいるんだなということ、

イタチがどんなものを食べて、どれくらいの大きさをしているのか、

わかったつもりになっていましたが、

実際に会った時の、「おお」という感動というか驚きは、

からだをずしんとざわざわゆさぶります。

当たり前なのですが、山形は山に囲まれています。

その山にはいろんな動物たちが生活しています。

今日会ったイタチももちろん、クマも、ウサギもいます。

今も、何かを食べたり、じゃれあって遊んだり、

寝ていたり、それぞれの生活をしているんだと思います。

それは一体どんなものなんでしょう。

気になります。

さて、僕らの身の回りにも誰かが住んでいます。

今日も何かして生活しています。

今はマンションに住んでいますが、隣には誰かが住んでいるし、

下の階にも、上の階にも、隣のマンションにも誰かが生活しています。

けど、それを気にせず、隣の人がどんな人かも知らず、

そして、そこに誰かがいることさえ忘れている時もあります。

これが前に住んでいた神戸だったら、もっとそうだろうし、

東京には住んだことがないですが、東京はもっともっとそうでしょう。

隣に誰かが、その人の人生を生きていることを忘れて、

自分の中にだけ生きている。

山形にいると、山を近くに感じますし、

山に住んでる人もいます。

昔なら、山に住む、お隣さんである動物たちは、

もっともっと身近だったろうし、

気配もつねに感じていたんだろうと思います。

動物の存在を忘れて生活している人なんていなかったでしょう。

人間は山を離れ、今日も頭をせっせせっせと働かせ、

お隣さんのことなど忘れて、自分の世界の中に生きている。

図鑑にはそんなこと書いていませんでしたが、

イタチになんだかそんなことを教えてもらった気分です。




Yuta

( Posted at:2016年6月15日 )

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