ロルフィングハウス フェスタ FESTA

イチゴが食べたい人。

「イチゴが今どうしても食べたい」という人がいたとして、「すぐに近くのスーパーで買ってきますね」と走っていく人もいるだろうし、「それなら、こんなウェブサイトがありますよ。そこだと、今一番おいしいイチゴの詰め合わせが、送料込みで3,000円くらいで、明日には送ってくれるみたいです」と、スマホ片手にささっと検索して、その人にそのリンクを送ってくれる人もいるかもしれない。

イチゴが今どうしても食べたいという人を目の前に、その課題を解決するために、いろいろとしてくれる人たちがいる。

僕は、イチゴを作る側の人間だ。

その人がもしもそう言ってきたとしたら、「わかりました。最高においしいイチゴを作るので、来年の春まで待ってください」と言うだろう。

イチゴができるのには、どうしてもまとまった時間が必要で、訪れるいくつもの困難な状況も、なんとかくぐり抜けていかなくてはいけない。

「いやいや、その人はイチゴが『今』どうしても食べたいのだから、売っているものがあるんだし、それを買ってあげるのがいい」という人もいるかもしれない。

それはその通りだと思う。おかしなことは何もない。

でも、「そうなんですか。それは今から春が来るのが楽しみです」と、その人がニコッと笑顔になってくれて、来年の春まで楽しみに待ってくれたらいいなと、本当に僕はそう思っていて、「もう少し待ってくれませんか」と伝える。

「それで、その人が笑顔にならずに、怒ってしまったらどうするんですか?」と聞く人もいるかもしれない。

それは、まだまだ僕はイチゴのことも、それを育んでくれる自然のことも、それをお願いしてきたその人のことも、または人間のそのもののことも、よくわかっていないだけのことだと思う。

そんな僕に、できることがあるとすれば、やはり丁寧にイチゴを育てて、その人にイチゴを届けることしかないのだ。

そんな人に、僕はなりたい。




Yuta

( Posted at:2018年8月21日 )

「さくらんぼ瞑想」という体験。

山形に4年ほど住んでいますが、未だに「さくらんぼもぎ(収穫)」はしたことがなく、自分には縁がないのかもなと思っていました。

ここ山形では、この時期になると、知り合いが「さくらんぼ収穫の手伝いしてきた」とか、「これよかったら食べて」と、ビニール袋にずっしりとさくらんぼをくれたりします。

山形の地元の人たちにとっては、さくらんぼはわざわざ「買うもの」ではなく、「もらうもの」という感覚なのです。

そんなさくらんぼ王国の山形なので、昨年、奥さんが知り合いの方に声をかけてもらって、「収穫したさくらんぼの箱詰め」のお手伝いを数日間したことがありました。(それだけ、周りに「さくらんぼ農家」さんが多いということです。)

朝早くに家を出かけて、毎日のように商品にはならないけれども、とてもおいしいさくらんぼをもらってきては、「今日もおばちゃんたちと話してて楽しかったよ。ほとんどが病気か墓の話だけどね。笑」と、楽しそうに僕に何があったかを話してくれました。

正直、さくらんぼを「もぐこと」も、それを丁寧に「詰めること」も、そんなに興味はなかったのですが、なんだか毎日楽しそうに話してくれるので、「来年くらいは、少し手伝ってもいいかもな」と思うようになりました。


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木いっぱいに実るさくらんぼたち


今月の中旬頃に、奥さんがお世話になった方に連絡をしてみると、「大友さんは、朝早くにもぐのを手伝ってください」ということで、早朝のさくらんぼの収穫(朝もぎ)を手伝うことになりました。

集合時間は朝の5時。まだ薄暗いのかなと思っていたのですが、季節が夏至の頃というのもあって、意外と外は明るく、頭はまだスリープ状態のままで、山登り用の汚れてもいいズボンを履いて、車で農園へと向かいました。

農園は天童というところにあるので、国道13号線をまっすぐと北上するのですが、この道路は秋田の実家に帰る時の定番の道のりで、村山を過ぎるくらいまでは車の交通量が多く、そんなに運転するのが楽しい道ではありませんでした。

それでも、さすがに朝の4時台の13号線は嘘のように空いていて、右手の東の空に朝日が上ってくるのを見ながら、気持ちよく運転することができます。少しの時間だけでも、他の車のことを全く気にせずに、自分の思いのままに運転することは、とても気分がいいものです。

ちょうど30分ぐらい車を走らせ、天童の農園に着くと、お世話になる農園の方が待っていてくれました。

何度もお会いしているのですが、いつもはスーツ姿でピシッとされているところしか見たことがなかったので、作業着姿には少し違和感を感じましたが、すぐにその手際の良さを見て、「ああ、農家さんなんだなぁ」と思いました。

手短に、さくらんぼの「もぎ方」や、「どんなさくらんぼは商品にならないのか」などのレクチャーを受けて、早速、まだひんやりとした朝の空気の中で、僕の「はじめてのさくらんぼもぎ」が始まりました。

「日がどんな風に当たっているか」や、「実がどんなところに生っているか」や、「雨に当たったかどうか」などで、さくらんぼの大きさや色や形がまるで変わってきます。

一個一個丁寧にもぎ取りながら、そのことに深く関心していました。

このおいしそうに赤く実ったさくらんぼがもぎ取られる状態になるまでは、それまでにかなりの準備と手間がかかっていると、農園の方が教えてくれました。

木自体が元気に健全に育ち、葉を十分に広げ、大きな実をつけるためには、雨がどうしても必要なのですが、実が大きくなった状態で雨に当たってしまうと、実がはじけてしまうそうで、その時期にはハウスで屋根をしてあげなければいけないのだそうです。

そして、おいしそうな実は鳥たちのごちそうでもあるので、ハウスの横の部分は風通しを確保しながら、鳥が入ってこれないようにするためにネットになっています。

さくらんぼの木の下に目をやると、銀色のシートを敷いてあって、それに陽の光が反射して、実全体がまんべんなく色をつけてくれます。

それ以外にも、さくらんぼをもぎ取りやすいように、ある程度の量の葉を剪定したり、とにかくたくさん手をかけなければいけないのです。

「さくらんぼは、たくさん愛情かかってる果物なんだよ」と、言ってらっしゃいましたが、本当にそうだなと実感します。


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早朝の上りたての太陽の光に輝く『佐藤錦』


作業中はラジオを流しているのですが、ラジオから流れてくるのは、キリスト教やら天理教のありがたいお言葉や、どこかの偉いお医者さんの病気の説明や治療法や、生島ヒロシさんの雑多なおしゃべりくらいのものですが、しばらく作業をしていると、おもしろいことが起こります。

それは、ひたすら目の前のさくらんぼを一個ずつもぎ続けていると、そのうちにそのラジオの音が遠くなってきて、完全な集中状態に入っていくのです。

「ああ、これは『さくらんぼ瞑想』なのだ」と、気づきました。

2時間ほどの収穫作業中で、その状態でいられるのは短くて15分ほどで、長ければ30分以上続くこともありますが、それがなんとも言えずに、心身ともにすっきりとします。

「さくらんぼもぎ」がシンプルに楽しいのもそうなのですが、それから「没入(瞑想)状態」に入るというプロセスがおもしろく、結局、10日間ほどお手伝いを続けさせてもらいました。

だいぶもぎ方も慣れてくると、すっとその状態に入ることができる時もありますし、そうでなくても一緒に作業しているベテランのおじいさんたちと話していると、毎日の朝の2時間はあっという間に過ぎてしまいます。


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もうすぐ4歳になる息子もお手伝い


ロルフィングを仕事でしていますし、自分で一から農業をするのはハードルが高いのですが、収穫だけではなく、早朝の数時間や、午前中だけなど、これから農家さんのお手伝いができたらなと思うようになりました。(「兼業農家」というよりも、「部分農家」とでもいうか。)

そして、そのさくらんぼ収穫の作業を実際に体験できたからこそ、今年のさくらんぼがとてもおいしく感じます。

山形のさくらんぼ、やっぱりおいしいですね。

ぜひみなさんも、この旬の味を楽しんでみてください。


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お世話になった農園の方と仕事の合間の一杯




Yuta

( Posted at:2018年6月26日 )

息子との日々(2017年冬)

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昨年の冬はよく雪遊びをしました。

その前のシーズンは、「雪」という存在がまだよくわかっていないようで、「冷たい」であったり、「歩きにくい(すぐに転ぶ)」というのが先にきてしまって、なかなか「(一緒に)遊ぶ」という関係にはなっていなかったと思います。

今でも、シーズン最初にたくさん雪が降り積もった時に、雪玉を丸めて投げたり、雪の中を走り回ったり、転げ回ったりした日を覚えています。

ようやく雪と遊べるようになってきて、二人で夢中になっていたら、息子が雪の上に仰向けで横になっていました。

近寄ってみたら、空から落ちてくる雪をじーっと静かに見ていました。

僕もそう言えば、よくそうやって雪の上に寝っ転がって、空を眺めているのが好きでした。

その頃の僕には、「雪」というものがどういうものか、「知識」としてわかってはいましたが、それでもその「体験」は、僕個人にとっては「不思議なもの」に思えて、「なんで上からこんな白くて冷たいものが、ひらひらと落ちてくるんだろう」と考えていました。

息子は空から落ちてくる雪を見て、何を考えていたんでしょうか。

そしてその一瞬の静寂が終わると、息子はペロペロと口の周りをなめて、「お父さん、雪おいしいね」と言っていました。

また来年も雪と一緒にたくさん遊びたいなと思います。




Yuta

( Posted at:2018年4月20日 )

息子との日々(2017年秋)

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3歳になると、「わざと」何かをすることが増えてきました。

「冷たいってわかっているのに、手を川に入れてみる」
「おもちゃを入れる箱なのに、頭にかぶってみる」
「前が見えないのに、ニット帽を深くかぶってみる」

などなど、「それをすると、周りの大人がどんな反応をするんだろう?」という、「他人のリアクションへの興味」から、「きっと笑うだろう」という、「他人のリアクションへの期待(予測)」が生まれてきています。

これ自体は、「直接的に、生きることとは関係のないこと」なのですが、「よりよく生きる(楽しむ)こと」に結びついています。人間はある時点から、「生きること(生存すること)」を最優先にしなくてもいいほどに、「余裕」が出てきたのです。

他人というのは「不確定な動き」をしますが、「何かそれには法則があるのかも(つまりは、〈心〉を持っているのかも)」と「予想(推論)」することで、それによって「嘘をつく」こともできるようにもなりました。

そうやって「他人に〈心〉があるのかも」と思うようになり、それを「(あたかも自分が)制御」していると錯覚しているので、その裏をかいて、「嘘 をつく」ことをしたり、相手を「笑わせる(または困らせる)」ことをして、「他人とのコミュニケーションを楽しむ」ようにもなってきています。

そして、それをやりすぎて、お父さんによく怒られるようにもなりました。

すくすく成長しています。




Yuta

( Posted at:2018年4月12日 )

息子との日々(2017年夏)

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昨年の夏は、外でよく遊びました。

これからもっと大きくなると、ほとんど外で過ごすと思います。

山形にはいろいろな公園があるので、気分に合わせて行く公園を変えます。

息子はストライダー、僕が自転車ですぐに遊びに行ける家の近くの公園は、小学生のお兄ちゃんお姉ちゃんたちがよく遊んでいて、昊もルールがわからないなりにも、混ぜて遊んでくれます。

小学生でも、もう社会ができているので、ルールを決めるリーダーがいたり、それをすぐにやぶる子がいたり、それを怒る子がいたり。

そんな男の子たちを見ながら、女の子たちは、砂場で何か役割を決めながらままごとをしています。

子どもたちの遊びは流動的で、とても自由です。

ルールも、遊んでいる子どもの構成も、そして遊び自体も、ころころと移り変わっていきます。

見ていてとても楽しくて、思わず笑ってしまうことも多いです。

他の公園にも行きますが、思いっきりボールを裸足で蹴ったり、バットでボールを打ったりできる公園もあれば、いつものコーヒー屋さんの隣の公園も、景色が気持ちがいい公園も、水遊びがたくさんできるところもいろいろあります。

今年の夏も、なるべく子どもたちの自由さを邪魔をせず、一緒に夢中になって遊べたらいいなと思います。

早く夏来ないかな。




Yuta

( Posted at:2018年2月13日 )

息子との日々(2017年春)

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息子の成長はあっという間で、この写真は昨年の春のものです。

黄色のニューバランスがかわいくて、よく似合っていましたが、今履いてるのは、灰色のニューバランスを経由しての、イフミーの黒と赤の靴です。

それでも、今は冬なので、同じく黒と赤の長靴がメインで、今年の春にはまた違う靴を買わなくてはいけないかもしれません。

festaは、今のとんがりビルの3階が3番目の場所ですが、山形に移り住んでからの2番目の場所は、竜山川のほとりの静かなところにありました。

もうそこにfestaはないのですが、やはりその辺りの空気感が好きなので、今でもたまに息子を連れて遊びに行きます。

魚が泳いでいたり、カモが仲良く並んで浮いていたり、いろんなことを忘れてのんびりできます。

そういうところに車ですぐに行けるのが、山形の素晴らしいところです。

まるで、ロルフィングを勉強していたボルダーみたいです。

2番目のfestaに関しては、「2つの山。」や、「3番目のfestaまでの、楽しい5年間。」などもご覧になってください。

子どもを育てるには、とてもいい環境です。




Yuta

( Posted at:2018年2月11日 )

小豆島旅行の写真。

昨年の9月の終わり頃に、大学の友人の結婚式で小豆島に行ってきました。

四国は大学4年生の夏にお遍路さんをしたこともあって、「心の故郷」という感じがしていて、この旅をとても楽しみにしていました。


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まずは神戸まで飛行機で行って、そこからフェリーに乗り換えて小豆島に向かいました。


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天気はあいにくの雨模様でしたが、あまり山形にいると海を見る機会もないので、フェリーの甲板に立って、雨に当たりながら海を眺めていました。


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フェリーの時間というのは、忙しい現代からは「切り離れた」ようにゆっくりと流れていて、少し前の時代に紛れ込んだような気分にもなります。

缶ビールを飲んで、少しばかり昼寝をしました。

目を覚ますと、キャッチーな音楽が流れていて、どうやら「もうすぐ小豆島に着きますからね」というものらしく、今でも耳に残っています。

島に着くと、友人が迎えに来てくれました。

この友人は、大学の時から特に仲がよく、学年は彼が1つ下なのですが、1浪しているので同い年です。

男同士なのに、3日間家に泊まったり(車で5分くらいの距離なのですが)、キャンプ道具を一式買い揃え、授業をサボって川辺でバーベキューをしたり、浮き輪でプカプカ浮かんだり、とにかくよく一緒に遊んでました。

大学を卒業してからは、大阪の会社で働いた後、和歌山で運動指導者としての修行を数年間して、地元の小豆島に帰ります。

そこで、フリーの運動指導者となって、子どもから大人までを対象に、いつも健康であることの大切さと、自分で身体を動かすことの楽しさを伝えています。


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その友人と奥さんを家の前で。

とても素敵な一軒家に住んでいて、海も歩いて1分もかからない距離というか、目の前が海です。僕も山形で家を探しているので、とても羨ましく思いました。

住むところって大切ですね。


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結婚式は、地域の公民館のようなところ借りて、ほぼほぼ島の知り合いの手のみで作られた、手作り結婚式でした。

倉庫からテーブル、椅子、高砂席を運び出し、シーツをかけたり、食器を並べたり、当日の写真撮影も、軽快な司会も、種類豊富なドリンクも、みんな知り合い。そして、料理はなんと山形出身のシェフによるもの。

集まる人はみんな愉快な人たちばかりの、とても温かい結婚式でした。


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結婚式の翌日は、車でいろんなところに連れていってもらいましたが、至るところで知り合いに遭遇していました。

なんというか、島というか。


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山形という地方に住んではいますが、街中に家と仕事場があるので、時間の流れ方や人との距離が違うのを実感しました。

宮古島でも感じましたが、やはり島の感覚が僕には合うようです。


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島をぐるっと周ってきて、友人の家の前の海で、夕日を見ながらの乾杯。

昨日結婚式を挙げたばかりとは思えない、いい感じの夫婦です。

これからも素敵な時間をたくさん過ごしていくんでしょうね。


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山形にいて、山は近いなと思うのですが、たまに海が恋しくなります。

今までの人生でも、要所要所で海の近くにいたことがありました。

山がどうだとか、海がどうだとかの話ではなく、どっちも必要なんだなと思います。

今度は家族で行ってみたいなと思います。


いつまでもお幸せに。




Yuta

( Posted at:2018年2月 4日 )

OCEANSの「偏愛ご当地グルメ」のこと。

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とんがりビルのご近所さんとご飯を食べていたら、「OCEANSって知ってますか?」と聞かれました。

僕が「ああ、あのかっこいいおじさんが読む雑誌ですよね?」と答えたら、「そうです」とのこと。

そこからどんな展開があるのかなと思っていたら、「その雑誌の企画で、47都道府県の『偏愛ご当地グルメ』を紹介してほしいって頼まれたんですよね」とのこと。

そんなこと頼まれたりすることあるんですね。

話を聞くと、OCEANSの編集部の中に知り合いがいたという話の流れではなく、たまたまその企画担当者の人が、ご近所さんの彼のことをネットか何かで知って、それでお願いしてきたとのこと。(つまり面識のない人からのオファーということです。)

そんな流れで頼まれることもあるんですね。

ご近所さんはデザイナーで、とても気が合って、ああでもないこうでもない、というかなんでもない話をよくする仲です。

そんな彼が選んだ「山形偏愛グルメ」は、とんがりビル隣で売ってる「大福まんじゅう(渋谷食品店)」で、僕もよくよく買って食べてます。

僕は「コーヒーとあんこ」の組み合わせが好きなので、熱々の大福まんじゅうを買って、そのままfesta(とんがりビルの3階)までかけ上がり、オーロラコーヒーのグァテマラの豆をがりがりと挽いて、ささっとドリップして、一緒にいただくのが至福のひとときです。

とんがりビルにお越しの際には、ぜひ「大福まんじゅう」食べてみてください。おいしいですよ。

他の県の「偏愛ご当地グルメ」は、「OCEANS(2018年3月号)」で詳しく見れますので、今コンビニ並んでいると思うので購入してみてください。

ちなみに、僕の生まれの秋田の偏愛グルメは、「やまとしずくの大吟醸(秋田清酒株式会社)」でした。これ、僕の父親がずっと勤めていた会社で、僕はここのお酒で育てられたと言っていいです。これもおいしいですよ。




Yuta

( Posted at:2018年1月29日 )

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