モニターEさんの感想(セッション6 | 30代 女性)

モニターEさんのセッション6になります。

セッション4の後に腰の痛みが再燃してきて、前回のセッション5でそれが少し改善されたようでした。

古傷が再び出てくるというのは、古傷が「時間の経過と共に、ただ忘れられる」のではなく、「きちんと解決されること」を望んでいるのではないかと、僕は考えています。

何か問題が起きた時に、「時間が解決してくれる」という言葉をかけることがありますが、多くの場合は「忘れてしまう」だけで、その問題の中身が「解決される」わけではありません。(災害や事故などで、突然に人の心が傷つけられた時などは、特にそう思います。)

身体に「怪我」を負った時もそうで、時間が経つと、組織はどんどん修復されていって、一旦「傷口はふさがれます」が、それは「元の状態に戻る」ということではなく、「余分なものが片付けられずに残っていたり」、「何かが足りなくて補われていなかったり」することがほとんどです。

それが本当の意味で「癒える(解決される)」という時には、どうしても「人の手」が必要になってきます。

せっかく「解決されること」を望んで、また現れてきてくれた古傷なので、きちんと向き合って、「癒える」方向に向かっていってくれればといいなと思いながら、今回のセッション6をしました。

では、Eさんの感想を見てみましょう。

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今回初めて一週間おきに通いましたが、職場の引っ越しでバタバタしたのもあり、変化をちゃんと味わう余裕がなかったので、自分には二週間おきがちょうどいいのかなあと思いました。

この一週間のバタバタで、どうも私は精神的に煮詰まると、首や肩だけじゃなく腰を緊張させて縮めてしまっていると感じました。左肩甲骨に手を当てて頂くと、腰を含め全身ゆるみましたが、こういうのを放っておいたらそりゃ身体が歪むよなあと思います。「自己治癒力は現在の状態を把握することから」というお話の通り、まずは緊張して縮こまっていることに気づくようにしたいと思いました。

6回目はうつ伏せでの施術がメイン。特にお尻は、ダンスで脚を後ろに上げる時など、腰にブロックがあるせいでお尻の筋肉に頼っていたので、かなり固まっていたように感じました。

また、脚はコンプレックスが多く、なんとなく存在を見て見ぬふりをしていたのが祟って(笑)、微妙な動きが思うようにできなかったり、他の部分に比べて身体の中の動きが感じにくかったりしました。

終わって鏡を見ると、O脚のたわみがかなり目立たなくなりびっくりしました。股関節に違和感があったのですが、すぐ修正して頂けました。一見ほんとにちょっとしたことをしただけなのに、どうして修正できるのか、とても不思議です。

腰にまだ痛みが残っていますが、いよいよ「歪みのエネルギー」が追い詰められている感じなのかな、と思っています。帰りのバスで、今までのセッションにはなかったくらいの眠気があったので、今日のセッションは身体にとってかなりのインパクトだったんじゃないかと思います。施術中ダイレクトな実感がなくても別にいいんだ、ということも今日学べました。

次回まで、その時々身体の状態に自覚的になり、腰がどう変化するか観察したいと思います。

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自然治癒力(自己調整力)が適切に働く条件

車には「カーナビゲーションシステム(通称、カーナビ)」があって、行きたい目的地まで、正確に私たちを導いてくれますが、身体にも同じような「自然治癒力(または自己調整力)」という「働き」があります。

そのおかげで、自然に病気や怪我が治っていったり(身体の「システムの機能異常」であったり、「構造自体の破綻」に対して、それを元の状態に戻してくれる働き)、身体の構造が、重力空間の中で最適な状態になるようにしてくれています(身体の各部分の「位置関係」を、適切に保ってくれる働き)。

その身体の「総合的な調整システム」である、「自然治癒力」が適切に働いてくれるためには条件があって、「自分の身体の現在の状態(現在地)がわかること」が大切なポイントになります。それがどういうことなのか、少し説明していきたいと思います。

このシステムの「中枢」はどこかというと、頭の中にある「脳」になります。脳は、身体各地に分布された「センサー」から集まってくる「情報」を元に、それを「情報処理」して、どうしていけばいいのかを「判断、指示」してくれています。

脳は常に、「身体全体の状態を把握していたい」という欲求があるので、全身からの「新鮮で、バランスの良い情報」が必要になります。仮に、目を覆われて視覚情報が遮断されたり、耳をふさがれて聴覚情報が極端に少なくなったりして、「情報が制限」さると、「自分という存在(自我)」がぐらぐらと揺さぶられるようになり、身体的にも、精神的にもとても不安定な状態になります。(量も範囲も適度で、質も良い情報があると、自我も安定的に保たれるし、身体の姿勢や、健康も良い状態になります。)

その脳は「完璧」ではないので、自分では「身体全体の情報を集められている」という気持ちがあったとしても、実際には「いくつか抜け落ちている」ことも多く、そのために「身体の現在の状態」の把握が正確ではなくなり、そのせいで「総合的な調整システム」自体も、うまく働かなくなってしまいます。

自然治癒力や、自己調整力があるのにも関わらず、痛みが長引いたり、不自然な姿勢になってしまうのは、脳は情報を受けるだけの「受け身」な存在であって、もしもその情報に「偏り」があったり、情報の「質」が悪かったり、情報の「量」が少なかったりすると、「情報の精度」が落ちてしまって、「身体の現在地」の予測がずれてしまい、ちぐはぐだったり、見当違いな調整をしてしまうからなのです。(車のカーナビの「現在地」がずれているとしたら、正確には「道案内」されません。曲がり角もないところを曲がらされたり、道のないところを走ることを要求されるかもしれません。)

脳は、「集まった情報を、整理、解釈して、判断を下し、それを実行するための命令をする」のが仕事であって、「自分で情報を集めることはできない」のです。つまり、身体の各部分にあるセンサーが働いていなかったり、精度が低いと、バランスの良い、正確な情報を集めることができなくなり、身体全体を、最適な状態に調整することは困難になってしまいます。

そのために、ロルファーがする仕事というのは、「身体に触れる」ことで、「うまく働いていないセンサー(主に固有受容器)」を刺激して、脳に新たな情報が送られていくのを「サポート」することです。それによって脳は、「身体の現在の状態(現在地)」がより「詳細に、正確に」わかって、後は脳がどうすればいいのかを「判断、指示」してくれて、「自然治癒力」のシステムがうまく働いてくれるようになります。

身体の痛みや違和感がある場所というのは、筋肉の張りがあったり、血管や神経が何かに挟まれていたり、関節が適切な位置になかったりして、うまくセンサーが働くことができず、脳としては、そこで起きていることが見えてこなくて、「適切な指示」を出せない状況なのです。

ということで、身体に「手を使って施術」するというのは、「脳が欲しがっている(足りていない)情報」を、「タッチの刺激」によって、脳にきちんと届くように「サポート」しているということであって、「硬くなっているもの(例えば筋肉)を、物理的な圧によって、揉む(こねる)ことによって、それが柔らかくなる」ということではないのです。

必要なのは、「正確な位置に、適切な圧で触れることのできる技術によって与えられる刺激」なのであって、「物理的な力」ではないのです。(「刺激」によって脳に必要な情報が届き、それによって自然治癒力、自己調整力が働いてくれればいいのです。)

熟練した治療家、施術者が、「力が抜けている」ように見えたり、「短時間」でセッションを終えることができるのは、長年の経験によって「必要な刺激」がわかっているから、とも考ることができます。


適切な質問が、身体を変化させ、自然に整えていく

今まで説明してきたことを、少し違う角度からも見てみたいと思います。

ロルファーのしていることというのは、「触れること(タッチ)」と「言葉」によって、身体に「適切な質問」をして、身体が「自分の現在の状況(または問題点)」に「自ら気づき」、それを「自らで解決する」ことを「導いている」とも言えるかもしれません。

「タッチによる質問」というのは、すでに上に書いてきたことで、身体のある部分に触れることで、「脳さん、この辺りはどんな感じですか?」と質問しているようなイメージです。脳の気持ちとしては、「ああ、ちょうど身体のそこの部分が暗がりで、うまく状況がつかめなかったところだったんだよ。触れてもらうことで、そこに明かりが灯された感じで、やっと状況が見えてきた。ありがとう」という感じなのかなと、勝手に想像しています。

その質問自体は、むやみやたらとランダムな質問ではなく(意図もなく、適当に触らない)、こちらが返ってくる答えをもうすでに決めつけている質問でもなく(自分の意見やエゴに従って、無理矢理な圧によって、変化を無理強いさせない)、「適切である」必要があります。

実際に、「ちょうどいい感じ(適切に)」で触れることができると、身体は「勝手に反応し始めて、自ら大きくダイナミックに変化する」ようになります。(力はそんなに必要ありません。)

その他に、「言葉による質問(問いかけ)」というのもあって、立っている姿勢や、歩いているところをチェックしながら、「左右の足にかかっている重さは同じですか?それとも違いますか?」と聞いたり、「歩いている時に、腕の振りは左右均等ですか?」などと尋ねたりします。

そうすると、身体のそこの部分に、その人の「意識が向く」ので、そこに「明かりが灯された」ような感じになって、「言われてみてわかったのですが、左の足の方に体重が乗っている感じがします。」と、今まで気づかなかったことが明らかになります。(「言葉による質問」によって、「身体の現在地」がより詳細にわかってきたということです。)

上手なヨガの先生は、この「問いかけ」の仕方が絶妙で、いろいろな「気づき」を導いてくれます。「意識が向いて、そこに明かりが灯される」ということでは、「言葉によって触れられている」と感じる瞬間もあります。先生は部屋の反対側にいるのに、まるですぐ後ろにいて、そっと手で触れてくれている感覚があるのです。

「触れること(タッチ)」でも、「言葉」であったしても、うまく「質問(問いかけ)」ができると、その人自身が、今まで意識しなかったところに意識が向いて、いろいろな「気づき」がもたらされます。そしてその気づきとは、その人が「より自分のことを知ること」であって、それが自分の姿勢であったり、身体の健康の状態を、自然に調整してくれる「自然治癒力(自己調整力)を駆動させるもの」になるのです。

実際のロルフィングセッションでも、僕のしていることは「質問」です。

ベッドに横になってもらって、身体の主な関節の可動域をチェックすることがありますが、僕が身体の一つ一つ関節を動かすことで、順番に身体に「質問」をしているような感じになります。

「あ、左の脚が重くて上がらないですね。」であったり、「右肩はここで動きが止まりますね。」と、触れている方の僕も、触れられている人も、質問を重ねていった結果、「身体の現在の状況」が「同時に」把握することができてきます。

「うまい施術者は、評価が即施術になる」ということを聞いたことがありますが、それは「評価」によって、「身体の現在の状況」が明らかになることで、その瞬間に、脳から指令が出て「自己調整」が始まって、すぐに関節の動きを制限していたものが外れて、可動域が大きくなるということが起こっているのだと考えられます。

確かに、伝説的なPTの方の評価を見たことがありますが、評価しているだけなのに、すでに身体が反応して、どんどん可動域が出てきて、痛みが改善していきました。「(身体の現在の状況、問題点が)わかった」瞬間には、もう「解決」が始まっているということです。

僕は「10シリーズ」のことを、「その人(クライアントさん)を知るプロセス」だと説明することがありますが、各セッション毎のテーマに沿った「適切な質問」を重ねていくと、「その人も気づかなかった自分」が少しずつ見えてきます。そうすることで、「自然治癒力(自己調整力)がセラピスト」になっていってくれます。

傾いたり、いびつに歪んだ自分を整えて、痛みや病を癒やしていってくれるのは、ロルファーではなく、「自分自身」なのです。そして、そのために必要なことは、「自分自身をよく知ること」であって、ロルファーはその「ガイド(サポート)役」なのです。

Eさんも、自分の中にある素晴らしい力に支えられ、自由で健康な身体でいられるように、残りのロルフィングセッションもしていけたらと思います。次も楽しみにしています。




Yuta

( Posted at:2017年5月19日 )

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