モニターAさんの感想(セッション9 | 20代 女性)

少し間が空きましたが、モニターAさんのセッション9になります。

Aさんの感想の際には、毎回そのセッションの「概要」を説明してから、感想についての解説をしていますので、今回もその流れでいきたいと思います。

今回は、「シンボルとロルフィング」について説明をしてみます。


心を震わせる「アート」のような、そんなロルフィングができたら

僕がロルフィングを受けたきっかけは、神戸の整形外科でトレーナーとして働いていた時に、アメリカでATC(アメリカのトレーナー資格で、準医療資格)として活動されていて、そこからロルファーになられた佐藤博紀さん(ヒロさん)との出会いでした。

その頃の僕は、ヨガを定期的に受けていたので、「人に触れられて、身体を整えられる」よりは、「自分で動いて整える」ことに重きを置いていて、マッサージなどを受けるという機会はありませんでした。

むしろ、「変な触られ方をして、それで身体が崩れてしまったらどうしよう」という不安の方が大きく、よっぽどのことがない限り、知り合いのトレーナー、治療家、理学療法士にも触ってもらうことは避けていたほどでした。

それでも、なぜかヒロさんのロルフィングセッションは、すぐに「受けてみようかな」と思ったのが不思議でした。(今考えると、何か大きな流れに導かれていたような感じがします。)

実際に受けてみると、ベッドに横になり、手で触れられているだけなのに、なぜかヨガをしている時のように、身体が「内側から変化」してきているのがわかったり、ヨガの先生の動きを見て、「あんな動きができたら気持ちいいだろうな」と思っていた動きが、「あ、今ならできるかも」と、なぜかベッドに寝ている状態でもそう感じました。

セッションが終わって、ベッドから降りて立つと、「とても質の高いヨガを受けた後」のような身体になっていて、足の裏は地面に開かれていて、軸がすーっと上に伸びていくような感覚があり、すごく感動しました。

それからロルフィングを学ぼうと、アメリカのボルダーに渡ったのですが、その授業の中で、素晴らしい先生たちのデモンストレーションを見たり、世界中から集まったクラスメイトと、実技の量をたくさんこなしながら、身体の奥深さを学んでいったり、有名なロルファーのセッションを受けていく中で、「ロルフィングはアートだな」と感じるようになっていきました。

だからといって、自分自身は「アーティスト」だと思ったことはないのですが、痛みや不調を取り除いてくれる「治療家」でもないですし、ましてや「ゴッドハンド」でもありません。

けれども、5年間ロルファーとして、人の身体という「小さな自然(宇宙)」と向き合い続けていると、セッションの中で「自然の神秘、宇宙の叡智」に直接触れているような体験をすることがあって、そういう時に「アートってこういうことなのかもな」と直感することがあります。


芸術におけるすべての回答は、
偉大なる自然の中にすべて出ています。
ただ私たちは、その偉大な教科書を、紐解いていくだけなのです。

 - アントニ・ガウディ(Antoni Gaudí, 1852-1926)


ロルフィングは教科書があるわけではなく、アイダ・ロルフさんが身体を通して見ていた世界(身体という偉大なる自然を紐解いて、そこから掬い上げてきた回答)を、「口伝」で伝えていて、アイダさんから指名を受けた先生たちから、手取り足取り手ほどきを受けて、それを自分の身体に馴染ませていきます。(それはまるで、日本の伝統芸能のようなものでもあります。)

「アート」というのは、ガウディさんの言葉のように、「偉大な自然という教科書を紐解く行為」と考えると、ロルフィングをすることというのは、「身体という自然を注意深く観察し、そこから何かを立ち上がらせる行為」でもあり、そんなロルフィングを受けると、ただ「気持ちがいい(リラックス、癒やし)」というものでもなく、ただ「痛みという問題が、なくなって解決しました(納得)」というものでもなく、「何なんだこれは」と「感動」を呼び起こすものだと、僕は信じています。(まだまだ「感動」を与えるほどのロルファーではありませんが、自分がそう感じたように、他の人にも感じてももらえるように、日々努力しています。)


「シンボルが顕れるようにセッションしましょう」という実技の授業

「ロルフィングはアートだな」と感じた具体的なこととして、「シンボルが顕れる」ことを一つの目標としてセッションをすることがあります。

ロルフィングの授業では、まずは10シリーズの各セッションの「概要」を座学で説明を受けて、それに沿って先生が「デモンストレーション」を見せてくれて、そこで出てきた疑問、質問を「ディスカッション」して、では実際にやってみましょうと「実技」をしていくというのが基本的な流れになります。

そんな中で、今回の「シンボル」の説明もあったのですが、「うまくプロセスが進むと、このシンボルがセッション中に観察できるようになるので、それをデモンストレーションします」と、先生が実際に外部のクライアントさんにロルフィングのワークをしてくれました。

最初の内は、「『身体の構造の中に、シンボルが顕れる』って、何を言ってるんだろう?」と思っていたのですが、先生のデモンストレーションを見ていると、確かに少しずつその「シンボルらしきもの」が目に見えるようになってきたのです。

先に書きましたが、僕は元々、整形外科に勤務していたので、そういった「メディカルな」場所で働くということは、「自分のすること」に、「科学的根拠」があることが大切になります。「なんとなく」であったり、「直感で」というプロセスから導き出されたものではなく、ものすごく「論理的(左脳的)」な視点、コンセプト、アプローチで、人の身体に向き合っていきます。

それでも、自分自身は「完全な左脳タイプの人間」ではなかったので、ロルフィングの先生が説明してくれる、「シンボルが身体に顕れる」というのも、徐々に理解、認識できるようになりました。

「さあ、それでは実際にクライアントさんの身体に、求めているシンボルが顕れてくるようにロルフィングしましょう」と、先生が実技の際に言うのですが、「メディカルな」人にとっては、「え、それってどういうこと?具体的に、何をどうするの?」と、困り果ててしまうと思います。


「シンボル」の効用

「では、『シンボル』とはどういうものか?」というと、運動やスポーツを教わっている時の、「〇〇のイメージで動いてみましょう」の「イメージ」に少し近いかなと思います。みなさんも、そう指導された(または指導した)経験があるかと思います。

「自分がその通りにできている」と、他の人の動きを見ても、それがその人の中で「再現されているかどうか」が、見てわかるようになります。

いくつかそういった「運動イメージ」を載せてみますので、「はいはい、なんとなくそのイメージわかる」なのか、「ん、何をしているのか全然わかんない」なのか感じてみてください。(これらの図は、「フランクリンメソッド」というボディワークの団体が作っているイメージです。すごくよく表現されていて、今回使わせてもらいました。)


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この図は、「ペルビックリフト」をしているもので、「足の裏は地面に開かれていて、地面の奥の方に、足の裏を押していきます。そうすると、膝が磁石に引っ張られるように、自分から遠くなる方向に伸びていって、仙骨は下から雲に押し上げられるように、地面から離れていきます。骨盤にはひもがくっついていて、天井の方向にゆっくりと引き上げられていきます。」という「動き」を、「導き出すためのイメージ」になります。


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これはシンプルに「前屈」ですが、「上半身の力を抜いて、骨盤から、お水が入っているチューブがぶら下がっているのをイメージして、そのチューブがどこかで縮んだりせずに、気持ち良く、中のお水が頭の方に流れていくようにしましょう。そうすると、坐骨についている風船が、軽くふわふわと空に浮かんでいって、足の裏が地面から離れていくように、脚全体が伸びていきます。」という「動きの誘導」になるかなと思います。

これらはロルフィングで扱う「シンボル」ではないのですが、これらを「視覚化」できることで、「(内側からの繊細な)動き」を「導き出す」ことができるようになります。

「何も考えずに、ただ前屈する」のと、「これらをイメージしながら前屈する」だと、「動きの質(クオリティ)」が変わってくるのは、そんなに想像に難しくないと思います。

「シンボルが顕れる」ということは、「動き(または身体そのもの)の質が、高いレベルで変容している」ということになり、セッション8、9の「統合のセッション」くらいまで「10シリーズというプロセス」が進んでくると、そういう「抽象的な(右脳的な、全体的な)」アプローチをしていくことの方が大切になっていきます。

スポーツの競技レベルが、高くなればなるほど、その指導方法は「より抽象的」になることがありますが、それに似ているのかなと、個人的には感じています。(だからこそ、一流選手の「動きのイメージ」は、一般人には「何だそれ?」というものが多かったりするのです。)


2つの「補完し合う」シンボル

では、実際にロルフィングの「シンボル」の説明もしていきたいと思います。(前述の通り、抽象度が高くなってくるので、普段からあまり身体を扱っていない方は、少し想像しにくいかもしれません。その場合は、Aさんの感想に進んでください。)

これから紹介する「シンボル」は、厳密にはロルフィングの授業で教えてもらったものに、僕の考えも含めたものです。

◯5つのライン(5 Lines

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これは、「心臓」を中心に、両脚、両腕、首の「5つのライン」が伸びていて、それらはすべて「つながり合って」います。「どこかで動きが生じると、それがすべてのラインに影響して、波及していく」ということを意味しています。

・骨盤帯、肩甲帯は「ない」
・動きの「はじまり」、または「切り替え」は、
 胸椎、腰椎の移行部である「LDH」で行われる
・「動き」が生まれ、それが「つながり」、「流れて」いく
・「頭」は5本のラインの関係性に支えられている
・「何か自分でする(doing)」という「自己主張」と、
 「男性性」を象徴している

下の「5つの眼」が、「場(フィールド)」を生み出すのに対して、そこを行き交う「動き」を表しているのが「5つのライン」です。

右脚の動きが、「Lumbodorsal Hinge(LDH)」を経由して、左腕の動きにつながったり、両脚のサポートによって、首が伸びやかになり、頭が軽く支えられるようなイメージを表現しています。

ヨガのポーズをする時などは、このシンボルをイメージすることで、「一本芯が通ったような、伸びやかな」動きをすることを助けてくれるかと思います。


◯5つの眼(5 Eyes

スクリーンショット 2017-05-02 12.24.22.png

このシンボルは、両足の裏、両手の平、第三の眼に「5つの眼」があって、それらがすべて「調和、共鳴し合って」います。それらは「同時に反応して、そこに何か現象が起こる場を作り出す」ことを意味しています。

・骨盤帯、肩甲帯が「ある」
・「水平」、「垂直」があり、それらは「直角」に交わる
・すべての眼が調和するので、「秩序」がある
・「すべてと調和します(being)」という「受動性、協調性」と、
 「女性性」を象徴している

上の「5つのライン」が、「行き交う動き」だとして、それを可能にする「場(フィールド)」を提供するのが、このシンボルになります。

「動き」ではなく、「調和、共鳴」を象徴しているので、「立つ」、「寝る」などの際に、これらのシンボルをイメージすると、「身体が一つにまとまってくる感覚」がつかみやすいかと思います。


男の中に女に気づくこと、女の中に男が在ること


上の動画は、以前も紹介した「フレッド・アステア(Fred Astaire)」さんと、今回初めて登場する「ジーン・ケリー(Gene Kelly)」さんが一緒に踊っているシーンです。

二人共とても素晴らしいダンサーなのですが、「動きの質感」が全く違うのがわかるかと思います。

この動画は、「地面(グラウンド)」と「空(スカイ)」に対して、どちらに「つながり」を求めるのか(英語では、"Orientation"と言います)を説明する時によく使われることがあります。

アイダ・ロルフさんが「ロルフィングを受ける必要がない(ほどに統合された身体、動きを備えている)」と評した、フレッド・アステアさんは「スカイタイプ」に、ジーン・ケリーさんは「グラウンドタイプ」に分類されます。

確かに動画を見てみると、フレッド・アステアさんは、空(空間)に向かって、「伸びやかに、軽やかに」踊っていて、ジーン・ケリーさんは、地面を「踏みしめて」、「どっしりと、力強く」動いているように見えます。

今回の「シンボル」の説明でも、この動画はとてもわかりやすく、フレッド・アステアさんは「5つのライン」のように見えて、ジーン・ケリーは「5つの眼」のようにも見えます。

先ほどの、「グラウンド/スカイ」の分類だと、「グラウンド→男性性、スカイ→女性性」とも考えられますが、「5つのライン/5つの眼」の分類だと、「ライン→男性性、眼→女性性」という考えもあり、これだとフレッド・アステアさんは、「スカイ(女性性)、ライン(男性性)」ということになり、少し矛盾したようにも思えます。


よく統合された個人は、
彼らの人格の男性側と女性側の両方に
アクセスできなければならない。

そして、それは性別(Sexuality)や
両性性(Bi-Sexuality)とは無関係です。

 - アイダ・ロルフ


アイダさんのとても興味深い言葉ですが、ロルフィングを受けて「統合」されてくると、「男性は、自分の中に受容する心、つまりは女性性があることに気づき、女性は、力強さや意思の貫く心、つまりは男性性が芽生えてくる」ということを言っています。

これは世の中で活躍している人を見ても、そう感じるところがあって、一見、すごく男性らしい社長さんでも、実は、女性のようの細やかさ、気配りができていたり、とてもきれいで魅力的な女優さんが、実は、負けん気の強さは男性以上という方がいらっしゃったり、自然に「個人の中に、両方の性が高いレベルで統合された状態」になっているのだろうと思います。

そういう意味では、この動画のお二人が「完全に分類できない」のは、「どちらもバランスよく含んでいる」からであって、だからこそ「後世に語り継がれるほど」に評価をされているのだと、僕は考えています。

実際に、「男性性/女性性」だけでなく、「グラウンド/スカイ」のタイプも、「5つのライン/5つの眼」のシンボルに関しても、どちらが優れているかという「優劣」の問題ではありません。

これに関しては、アイダ・ロルフさんの考えのように、「どちらも含まれている」というのが、ロルフィングで目指している「よく統合された個人」なのだと思います。(トップアスリートの身体、動きを見ても、そのレベルが上がれば上がるほどに、「グラウンド/スカイ」にしても、「5つのライン/5つの眼」も、どちらの要素も含まれているようになります。)

そういうことで、「2つのシンボル」の説明をしてきましたが、「どちらかをセッション8で、もう一方をセッション9で」という形ではなく、「上半身、下半身に分けて、下半身の中に2つのシンボルが顕れるように、そして次のセッションでその反対をするように」していくのが、セッション8、9のもう一つの目標になります。

大分長くなりましたが、ここまでをまとめてみると、「統合のセッション」のセッション8、9では、「(2つの)シンボルが顕れる」のを一つの目標にしていて、それらを「上半身、下半身に分けて」セッションしていきます。統合のセッションまで入ってくると、大分、身体の統合も進んできて、「さらなる身体の構造、動きの質的変化」を引き出すためには、「より抽象的な」アプローチが必要になってきて、それが「シンボルを用いた」ものだということです。

それでは、Aさんの実際の感想見てみましょう。

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ロルフィング9回目。1ヶ月ほど間が空き、久しぶりの感じ。久しぶりのフェスタは、なんだかとっても落ち着くし、心地いい空間だなぁと再確認します。

ロルフィングも久々で、なんとなく感覚が戻るまで時間がかかってしまいました。ゆうたさんにロルフィングでタッチしてもらうのは気持ちが良いと感じるので、前半〜中盤までは身体がほぐれて、可動域が広がっていくとともに、うとうと眠りに入ってしまいました。

あとは、身体的なことではないのですが、ロルフィングも残り2回ということもあってか、後半からロルフィングのことやロルフィングを始めたゆうたさんに聞きたいことが思いついて、沢山質問してしまいましたね。自分の中では、ロルフィングの可能性や、ロルフィングが、生きていく上でなにかとても大切なものにつながるのではないかと潜在的に感じます。

第9回目のロルフィングが終わってみての、1番の変化、それは、視界の広がり、見える世界の横幅が広がったことかと思います。同じところを見ていても、前まで45度くらいしか見えていなかったけれど、9回目が終わった後は90度くらい見えていたような、そんな感じがしました。
今までも同じ景色を見ていたのに、ある一部分しか自分は見ていなかったのだなぁ、と感じた、そんな9回目でした。

また、特に今でも心に残っていることを書きます。それは、私はどこかでずっと自分がこの人生で何を目的としているのか知りたいとどこかでずっとぼんやり思っていたのですね。

そして、ゆうたさんとはやっていることも考えや経験も、全く同じではないとは思いますが、ゆうたさんがおっしゃっていた、人間を知りたいという、ゆうたさんの人生のテーマ...私のテーマもこれだと思います。生きている間は、人間というものに一緒興味を持ってそれを知るために、自分なりにいろいろ動いていくのだと思います。

※内容が変わらない程度に、少しだけ修正しています。

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水平方向への広がりと垂直方向への貫き

10シリーズも終盤になってくると、今回のAさんの感想のように、「視界の広がり、見える世界の横幅が広がった」感覚が、自然に出てくるようになります。

ロルフィングでは、特に「地面から上向きの反重力的なラインの力が、身体が支えてくれるように」と、「垂直のライン」を大切にしていて、それがアイダ・ロルフさんが目指した「より高いレベルで統合された人間」のあるべき状態だと言われています。

そんな「天と地をつなぐ(貫く)、垂直のライン」を立ち上がらせるために、まずは身体の構造を「水平」にしていくことが大切になります。

セッション4〜7は「深層のセッション」と呼ばれていますが、その中のセッション4〜6は「骨盤帯の水平化」を確立して、セッション7では「肩甲帯の水平化」が目標とされます。

そうやって身体の構造が、どんどん水平になってくると、自然に「垂直のライン」が現れてきます。

リングとライン(修正版).png

上の図がそれを示したもので、身体の各構造を「リングの重なり(図の黄色の円)」と考えた場合、「それを貫く縦の線(赤色の矢印)」が「垂直のライン」になります。

図の左側のAは、「理想的なリングとラインの関係」を表していて、ロルフィングの10シリーズが進んでくると、このような状態になっていきます。

リングの大きさも、位置も、傾きも、すべてが「平行に」揃っていると、それを通り抜けるラインは、「はっきり、力強く」なります。

リングの「大きさが小さい」というのは、「内股に閉じられた膝」であったり、「浅い呼吸のせいで、潰れて動きの少ない胸郭」であったり、「硬く、広がりに欠けるコア(体幹)」のように、「内側に向かって硬くなり、外に拡張していくことができない状態」を意味しています。

Aさんのセッション3で、「ボリューム(厚み)」の説明をしましたが、それが「リングの大きさ」と対応しています。身体の構造に自然なボリュームが出てくると、そこを「容易にラインが通りやすく」なります。

次のリングの「位置」というのは、身体を「セグメント」に分けて、それらの「位置関係」になります。イメージとしては、身体を「ダルマ落とし」のように分けて、それがずれたり、揃ったりしている感じです。

この位置がずれてしまうと、リングが通り抜けることができる「面積」が小さくなり、ラインが「通りにくく」なるのは、想像しやすいと思います。

最後に、リングの「傾き」ですが、これは「骨盤の前傾、後傾」であったり、「体幹の側屈」、「頭の傾き」などを意味しています。

いくら大きさが十分で、位置が揃っていたとしても、リングの傾きがずれてしまうと、それでも面積は小さくなり、ラインは「通りにくく」なってしまうので、身体が「(ラインの働きによって)上向きにリフトされる」感覚というのも、薄くなってしまいます。

そうすると、身体は「重く」感じられ、様々なところに「凝り、張り」を感じるようにもなります。

LittleBoyLogo.jpg

上はロルフィングの「公式ロゴ」ですが、これは「ボックスとラインの関係性」を示していて、上で説明した「リングとラインの関係性」と同じようなことを表しています。(ボックスは「大きさ」、「位置」まではリングと同じですが、「傾き」ではなく「回旋」になるところが違っています。)

このように、ロルフィングは「垂直のライン」が現れてくることを、最終的には目指しているのですが、「身体の各構造を、それぞれ水平に整える」ことを通して、それを達成しようとします。

そして、身体の「垂直方向への貫き」が出てくると、自然に「視線が水平方向に広がる」ことが起きてきます。

大切なポイントは、あくまで「水平方向への広がり」というのは、「垂直方向への貫き」が出てくることの「結果」であって、さらに「垂直方向への貫き」というのは、「身体の各構造を、それぞれ水平に整える」ことから生じてくる「結果」であるということです。

「垂直方向への貫き」と「水平方向への広がり」という「結果」は、「いじること(何か手を加えること)」はできません。

「身体の各構造を、それぞれ水平に整える」という「条件」は、「整える」ことはできます。

そしてそれらを丁寧に、慎重に整えて、あとは「待つ」だけです。

この「結果と条件」に関しては、Aさんのセッション10で、もう少し踏み込んで説明したいと思います。


開かれた視野が安心・安全を生み、身体はよりゆるみやすくなる

身体の中に「垂直方向への貫き」が現れてきた「結果」、感じられるようになる「水平方向への広がり」というのは、とても大切な意味を含んでいます。

それは、「(外敵から身を守るために)危険を察知しやすい」という、「生物として基本的な能力」が高い状態ということになります。

現在では、なかなか敵に襲われることは想定する機会も少なくなりましたが、その「危険を察知するための広い視野」は、「周囲の状況を広範囲に把握する能力」に転用され、それが「安心・安全」を感じる大前提になっています。

「安心・安全」というのは、動物が「社会性」を持ち始めた基礎の部分で、集団でいることで安心・安全が、「安定して確保」されるようになり、そのおかげで「知性」も発達させる余裕も出てきて、さらには「芸術」も生まれるようになります。

そして「人が人が癒やすこと(医療)」も起きてくるのです。

つまり、何か「知性的なこと」をしたり、「芸術が生まれる」ことであったり、「人が人を癒やし、慰め、労る」には、「(ある程度の)安心・安全」が必須条件になります。(それが著しく脅かされると、そんなことをする余裕はありません。)

身体がボディワークを受けて、「ゆるむ」ということが起きるためには、その前提に「安心・安全」を感じていなければいけなくて、施術を受ける部屋がとても汚かったり、外の音がうるさかったり、誰かに簡単に部屋の中の様子を見られたり、聞かれたりする可能性があったり、施術者自身の言動が攻撃的だったり、触れ方が乱暴だったりすると、身体を「ゆるませる」という状態は起こりようがないのです。

「身体を支えてくれる上向きの垂直のライン」が自然に現れてきて、それに「乗る」ことができると、「水平方向への広がり」を感じるようになります。

そのおかげで、「周囲の状況を、より楽に広範囲で把握できる」→「(より高いレベルでの)安心・安全を感じる」→「施術者に身体をゆだねられる」→「(さらに高い、深いレベルで)身体がゆるむ」→「身体の構造の統合のレベルが上がる」→「垂直のラインがよりはっきりと感じられるようになる」→(以下、繰り返し)という、いいサイクルに入っていくことができます。

さらに「水平方向の視野の広がり」は、「想像力の豊かさ」にもつながります。

広い範囲を「(視覚的に)捉える」ことができるので、「ものごとの関連が見えやすくなる」ようになり、「相対的、全体的にものごとを考えること」が可能になってきます。

もしも視野が狭いと、「ものごとを一面だけで捉える」ことにもつながりやすく、「限られた情報だけで決めつける」ようにもなってしまいます。

ロルフィングを受けていくと、「〇〇と△△は、実はつながっていたんですね」や、「痛みというのは、悪いものなのではなくて、自分をより心地よい方向へと導いてくれるきっかけなんですね」という気づきが出てきたり、「いろいろな要素がつながり(関連)を持ち始める」ようになり、「点ではなく、線(さらには立体)で捉える」思考方法にシフトしていきます。

そのことは、Aさんはもちろん、他のモニターの方々の感想を辿ってみると、その変化がわかりやすいかと思います。

今回のAさんの感想でも、「身体が痛い/痛くない、苦しい/心地よい」というだけでなく、「人間をより知りたい」という「人生のテーマ」にも気づけてきたようです。

僕自身が、Aさんの人生相談を受けて、それに対して具体的なアドバイスをしたわけでもないですし、ロルフィングを受けたら、人生のテーマを見つけることができますよということを言いたいわけでもないのですが、ロルフィングのロゴが表すように、「身体の構造が水平に整えられ、それによって垂直のラインが現れる」ということをしていくと、「視野が広がり」、「ものごとを多視的(相対的、全体的)に捉える」ことができるようになり、それが「人生のテーマに気づくこと」にもつながってくるということがあるということです。

この「広がり」が、僕がロルフィングに感じている「魅力」であり、「一人として同じ10シリーズのプロセスは存在しない」ので、「人の数の分だけ、その人に必要な変化のプロセスが起きてくる」のです。

でも、大切なところは「直接的に、この『広がり』は求めない」というところです。

いきなり広げてしまうと、ただただ「とっ散らかる」というのがオチです。

きちんと「その人らしい軸(ライン)が、自然に現れる」と、自然に「広がり」が出てくるということです。

世の中の天才的な仕事をした人たちをよく観察してみると、「自分の好きなことを、深く(垂直に)掘り進めた」ことによって、それが「人類に普遍的な(水平に広がる)発見、アイディア」につながってくるというのがよくわかります。

先ほども書きましたが、「結果はいじることができない。整えられるのは条件で、そして待つことが大切である」ということなのですが、それは次のセッション10で詳しく説明してみたいと思います。

「触れることのできる」身体を、丁寧に、慎重に、本質的なところから整えていくと、「思ってもいない素晴らしいこと」が起きてくることもあるということです。

今回のAさんの感想にあるような、素晴らしい発見、体験に、少しでもロルフィングが役に立てていたら、ロルファーとしてうれしい限りです。

次のセッション10も楽しみにしています。




Yuta

( Posted at:2017年7月12日 )

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