街場のセラピスト。

3ヶ月いたブラジルから戻って来た日、

僕の世界から色彩が消えた。

それはあまりにも突然で、驚くこともできなかった。

ブラジルのサルバドールのホステルを出て、

そして自分の家のドアを開けるまでに、

2日以上の時間が経っていた。

僕はもう、今が何時で、どこにいて、

そしてどこに向かっているのかもわからないほどに、

疲れ切っていた。

成田空港に着き、そこから秋田まで戻らなくてはいけない。

その乗り継ぎのために、羽田空港に向かうことにした。

なんとなく電車に乗る気分ではなかったので、

両空港間の連絡バスに乗った。

そして、僕の世界から色が抜け落ちてしまった。

バスは定時に到着し、バス停に静かに停車した。

わざわざ運転手が外まで出てきて、

乗車のキップを受け取り、深々と礼をしてくれた。

バスはとてもきれいで、ゴミやイタズラ書きもなく、

10人ほど乗っているが、エンジン音以外は何も聞こえない。

「この人たちは本当に人間なのだろうか」

僕は本気でそう思った。

バスは羽田空港に到着し、また静かに停車した。

「うまく見えないな」

なんだか、目の前の景色がうまく見えなくて、

それは長い移動時間による疲れと、

夕暮れで少し薄暗くなってきたせいだと思っていた。

その日は、秋田へのコネクションフライトがなく、

しかたなくホテルに泊まることにした。

「ふーっ」

僕は、ブラジルと日本の空気を、

自分のからだの中で入れ替えるように、

深く一息ついた。

少し日本語が恋しかったので、テレビを点けた。

テレビでは、みんな楽しそうに何かしているが、

何を話しているのかうまくわからず、

映像もスーッと自分を通り過ぎていく。

とにかくその日は、早めに寝ることにした。

いよいよ秋田に帰る。

テンションは上がってくるが、未だに長旅の疲れは残っている。

飛行機が着陸するとき、下に秋田の大地が見えた。

「うまく見えない」

雪が降っていたので、視界が悪いのだと思った。

到着し、大きなTHE NORTH FACEのスーツケースをピックアップし、

家族が迎える到着ロビーに向かった。

みんなうれしそうに、けどどこか恥ずかしそうにしている。

それは僕も同じだった。

何か胸に引っかかっているような気がした。

それから、何もしない日々を何日か過ごした。

やはり実家のご飯はおいしくて、

夜もよく眠れている。

疲れはもう、どこかに行ってしまったようだ。

何か息苦しい。

そして、ここ何日か、風景がパサパサしている。

からだは特に疲れはないが、何かが胸に引っかかり、

そして眼の前に何かが被せられているように、

うまく前が見えにくい。

帰ってきてから2週間ほどして、

年に一度のトレーナーの集まりが大阪であった。

僕は大学生の頃から欠かさず参加していて、

久しぶりの参加に心は踊っていた。

会場には懐かしい顔が多くあり、

たくさんの熱意あるトレーナーが集まっていた。

昔と何ら変わらない。

ただ、僕の視界には色がなくなっていた。

いろいろな人と話した。

話も弾んだ。

でも、なぜかその人が白黒に見える。

それは、一人ではなく、ほとんどの人がそう見えた。

僕は混乱した。

「一体、何が起こっているんだろう」

色彩のなさと、胸のつっかえは同時に起きることに気づいた。

色彩のない人たちと話すとき、僕は胸が苦しくなって、

そして言葉がうまく出てこなかった。

みんなが盛り上がっている中、僕は少し座って休むことにした。

考えられる理由を、考えられるだけ丁寧に思い浮かべたが、

その症状を和らげる助けにはならなかった。

僕は遠くから、みんなの姿を眺めていた。

そのとき、色を持つ人を見つけた。

よく見ると、何人かいる。

僕は何度もまばたきをして、目をこすったが、

それは何人か確かにいた。

立ち上がって、その人に近寄って、

話しかけてみる。

「お久しぶりです」

気づいたら、僕は胸のつっかえが取れ、

にこにこと笑顔をしながら話していた。

半ばオートマチックに話している。

なんだか、全身に血が巡り始めたような気がした。

からだがじんわり熱くなっていた。

集まりは2日あったが、この症状は次の日も変わらず、

そして、秋田に帰ってきてからも続いた。

「色のない人がいる」

僕は悩んだ。

「僕は、ロルフィングを学んでおかしくなってしまったのだろうか」

来る日も来る日も、同じ問いを考え続けた。

そして、秋田の冬は、そういった問いを考えるには、

ちょうどいい環境を与えてくれる。

少しずつ、僕の中で見えてきているものがあった。

それをうまく手に取って、それが何であるのかを

説明にするには、もう少し時間がかかりそうだった。

でも、ちょっとずつ僕は前に進んでいるらしい。

僕は、色のある人たちの顔を思い浮かべた。

やはり、想像の中でも、その人たちには色があった。

柔らかくて優しい色だ。

ブラジルに行って、僕はロルファーになった。

ロルフィングを学んでいく中で、

「人が人が癒やすというのは、どういうことだろう」

「セラピーとは、ロルフィングとは、いかにして可能だろうか」

深く、簡単には明かりが見えてこない問いを、

ブラジルで考えた。

ふと、周りの景色を見渡すと、そこには色があった。

それははっきりとしていて、鮮やかだ。

人はそこでは、ただただ笑って砂浜を歩いている。

休日には、家族みんなでビーチに来て、

お父さんとお母さんは、ちょっと薄いライトビールを飲み、

お姉ちゃんは本を読み、妹たちは波と戯れている。

少し街に入ると、レンガを並べた家があって、

すぐに中で生活している様子を覗くことができた。

犬は寝ていたり、屋根に登っていたり、

ケガをしていたり、死んでいたりする。

それは人も例外ではなく、

寝ているのか、死んでいるのかもわからない。

バスはバス停では停まってくれず、

車道に出て停めないといけない。

毎回そんなもんだから、停車の度に、中の人は飛ばされそうになる。

バスは落書きだらけで、窓は高速道路でも開けっ放しで、

みんな携帯で大声で話している。

バスの中には、喧嘩している人も、

頼んでもないのにものを売りつけてくる人もいる。

でも、そんな毎日の中で、僕は見たことのない美しさと、

聞いたことのない静けさを、からだを通して感じることができた。

僕はなんだか幸せだった。

そんな毎日から、僕は日本に戻った。

ブラジルでの3ヶ月間は、僕のシステムを大きく変えるには、

十分な時間だった。

目に見えるものは、全て味気なく、

色彩に欠いて、おもしろみがない。

全て作り物のようにさえ見えた。

そして、そんな景色の中に表れた色を持つ人たちは、

ブラジルの鮮やかで、賑やかな色ではなく、

優しく、全てを包み込むような色だった。

そして、僕はかつてそれを見ていたことを思い出した。

それは、ロルフィングの先生たちだった。

彼らはみな、色を持っていて、

それは温かみのある色だった。

だから僕は、その手に自分を委ねることができて、

深いところで僕のからだはゆるんでいった。

でも、日本で出会った人たちは、

全員ロルファーというわけでもないし、

ましてやセラピストでも、ボディワーカーでもない。

ブラジルでのカラフルな日々から、

日本の静かで落ち着いた日々へのギャップにより、

僕は一時的に色彩を失った。

そんな風景に色を添えてくれたのは、

職業としてではなく、

ご飯を食べたり、歯を磨いたり、布団に寝たりするのと同じくらい、

自然に「セラピー」をしている人たちだったのかもしれない。

今、街を歩いても、ネットを見ていても、

「セラピー」という単語を見かけることは多い。

でも、本当にその人たちは「セラピー」をしているのだろうか。

僕は、いつも通っている喫茶店の店員さんや、

好きなお酒を飲ませてくれるマスターや、

何気なく隣に座ったおじいちゃんの中に、

「街場のセラピスト」がいるように思うようになった。

さり気なく、お金をいただくわけでもなく、

ただ普通の毎日として、その人たちは人を癒している。

そして、何気ない日常に、優しい色を加えてくれている。

今はもう、僕の日常は、あいかわらずな色で溢れている。

でも、「街場のセラピスト」はなんとなくわかる。

あの、大阪の会場で遠くから色を見つけたときみたいに、

色ではなく、感覚としてわかるようになった。

僕も、偉ぶらず、驕らず、

ただ日常を暮らしていくようにロルフィングをして、

いろんな人の風景に色を加えられたらと思う。

それが、その人にとって優しい色でありますように。




Yuta

( Posted at:2013年10月 1日 )

falcon×festa×madness.

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festaにTシャツが届きました。




よくよくバックプリントを見てみると、

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festaのロゴが。




スクリーンショット 2013-08-27 10.23.55 AM.png

大野陽介という、大学の友達がいるのですが、

彼はいつもおもしろいことを考える男で、

今回のfesta_Tの仕掛け人です。


そんな彼の友達が、"madness"という、

フットボールのアパレルブランドを持っていて、

そこがfesta_Tを作ってくれました。


さらにこのTシャツのすごいところが、

大学の同期で、僕の数少ないトレーナーの戦友である、

磯谷貴之の"falcon"とのコラボTシャツなのです。


貴之は、「沖縄でトレーニングジムを開く」と、

ただそれだけの目的のために、なんのツテもない沖縄に移り住み、

今ではその下地を作るために、パーソナルトレーナーとして、

毎日沖縄を駆けまわっています。


中京大学で、大野と貴之に出会ったのですが、

自分の見たい景色を見るために、まだまだ歩き続けている3人が、

こうやってTシャツでつながれたことは、

僕にとってとてもうれしいことです。


どうしても僕らは、言いたいことも言えずに、

我慢することと、型にはまっていくことを、

「大人」と呼ぶ、そんな世界に生きていますが、

そんな中で「遊び」は忘れずに、自分の好きなことをしていけたらと、

このfesta_Tをもらって感じました。




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falconとfesta


それぞれ背負っていくものは違いますが、

覚悟を決めて、自分の好きなことを好きなだけして、

精一杯遊んでいけたらなといいなと思います。




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このfesta_Tは、madnessさんのHPで購入できます。

かなりのバリエーションでカスタムできるようです。


もしよかったら買ってみてください。

なんだかワクワクしてくるかもしれません。


madness!!




Yuta

( Posted at:2013年8月23日 )

9月のチラシ作り。

ちょっと時間もあったので、9月のイベントのチラシを作ってみました。

このチラシは、ミドリカフェさんに置こうかと思っています。

確実に、「何やるんだろう、これ?」ってなるかと思いますが、

あえて説明は淡い感じでしてみました。

たくさんの方に来てもらえたらと思います。


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Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2013年8月21日 )

9月16日(月・祝)にイベントします。at ミドリカフェ

岡本はカフェがとても多い街なのですが、

festaから一番近いのが、ミドリカフェさんです。


岡本に住み始めてから、すごく仲良くしていただいて、

僕と奥さんの実家から、野菜や果物が届くと、

おすそ分けしに行ったり、物々交換をしたりしています。


コーヒーを飲みに行くと、とても長くいさせてくださるので、

心置きなく本を読んだり、勉強や考え事もできます。


本当にありがたい場所です。


そんなミドリカフェさんで、先日の夏合宿でご一緒した、

アーツセラピストの森すみれさんと、

シンガーソングライターのダリエさんの3人で、

トークとミュージックセッションをさせていただくことになりました。


Boulderにいた頃は、カフェでいろいろなイベントがあって、

どれもそれほど堅苦しいものではなく、

ただ良い音を、みんなで楽しむような雰囲気がありました。


僕はそれが好きで、適当なものを見つけては、

その時間を楽しんでいました。


今回のイベントも、みんなでその場を共有して、

いつのまにか、聞くだけでなく、

自分もその音を作り出す側に回っていたり、

気づいたら、からだを気持ちよく揺らしていたり、

そんな空間になればいいなと思っています。


下に詳細を載せますので、ぜひ暑さが和らいだ9月に、

ミドリカフェさんでの時間を楽しみにいらしてください。




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トークとミュージックセッション「アートするからだ」


ロルファー、アーツセラピスト、シンガーソングライターの3人で、

表現することを、からだを通して考えて、

最後にそれを音にしてみたいと思います。


前半は、3人でのトークセッション

後半は、楽器を使いながらのミュージックセッション

最後は参加者同士の交流の時間もあります。


日時:2013年9月16日(月・祝) 19:00−21:00

   19:00−20:00 トークセッション
   20:00−20:20 ミュージックセッション
   20:20−21:00 交流会

場所:ミドリカフェ http://midoricafe.jp/
   〒658-0003 神戸市東灘区本山北町2−6−24 1F

料金:1,500円(ワンドリンク付き)

登場人物:大友 勇太 https://www.rolfing-festa.com/
     森 すみれ http://a-c-lab.com/
     ダリエ http://www.darie.com/      

対象:からだのことに興味がある人、音楽が好きな人
   新しく出会う人との交流が楽しい人
   ミドリカフェが気になっている人
   どんな人でも大丈夫です

申込み:info@rolfing-festa.com(Rolfing House festa 大友)




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2013年8月21日 )

山のシューレと考える。

二日目は雨が降っていました。


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雨が、前日の衝撃を、静かに鎮めてくれているようで、

雨が、僕の代わりに、昨日起きたことを

考えてくれているような気もしました。


僕らは共に考えています。


昔から雨の日は、考えが普段よりも進むような、

けど、ふと気づくと雨だけ見ていることもありました。


考えが走っているときには、

もちろん思考している実感はありましたが、

でも、ただ雨を眺めているときにも、

何かを考えている感覚はありました。


今思うと、そのときの僕は、

雨と自分とがゆるやかに結びつきながら、

雨と自分の間を行ったり来たりしながら、

場全体で思考していたんだろうと思います。


二日目はまさに、自然と共に、場と共に思考する、

"com-putare"を感じた日になりました。




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二日目の雨のマルシェ。




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ガラスづくり体験。




最初の講座は、伊藤俊治さんと石上純也さんの

「建築のあたらしいかたち」でした。


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石上純也さんの記事 http://bit.ly/17J6UKC




上に石上さんの建築と紹介記事を載せましたが、

建築のコンセプトが、一日目の内容と非常にリンクしていて、

「具現化したかたち」を見ているようでした。


写真の建築は、建物が透明なガラスによって囲まれていて、

まわりの風景となめらかに接続されています。


「シェルターとして、自然から切り離す建築ではなく、

 建築の中に自然を、風景を作りたい」

と、石上さんは話していました。


建物に中には、大きな柱はなく、部屋を区切る壁もありません。

あるのは、たくさんの細く、そしてランダムに置かれた柱です。


そのランダムさに、ある数のまとまり、

ここではそこに暮らす複数の人間ですが、

それが出会うと、自然に流れが生まれ、

秩序らしいものが見えてきます。


決められて固定化された部屋はなく、

なんとなく、エントランスらしいスペース、

大人数で話す時に適した空間、一人になりやすい位置などが、

自然にかたち、まとまりを作りかけては、またほどけて、

次の違うかたちに移行していきます。


それはまるで、海の中を泳ぐ小さな魚の群れや、

空を飛ぶ鳥の群れのようなふるまいです。


今日までよく食事をしていたスペースが、

そこに流れる人間が変わると、何ヶ月後かには、

全く違う場所に移動したりすることもあるのです。


前のブログにも書きましたが、

ちょうど最近、自分でも考えていたテーマだったので、

それを具現化していることに、とても純粋に驚きました。


石上さんは、建築でそれを表現していましたが、

僕ならロルフィングでどうするのか、

今後もゆっくりと考えてみたいと思います。




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午後は、向井周太郎さんの講座から始まりました。




人間とは、
自らの潜在能力が拓くことにより、生活世界を創造する存在である。

デザインとは、
その実現のために、自己と世界を生成/制作していく行為である。

そのためには、
大自然の生成リズムとの動的な共振・共鳴が欠かせない。



向井さんが、講座の始めにお話しされたことです。

向井さんの言葉と、前日までに感じたことを絡め合いながら、

僕はこんなことを考えました。




人間は、世界に対して、自分の潜在能力を拓くために、

自分を越えていくために、自分を延長していくために、

創造という行為を行なっていく。


創造された物の中で、

より身体に近いものは、道具と呼ばれ、

より環境に近いものは、建築と呼ばれる。


そうやって、環境という外部を書き換えながら、

自分自身をも書き換えていく。


それをデザインと呼ぶ。


デザインという行為をするためには、

自分よりも大きな自然の流れを感じようと、肌を開き、

自らのからだをそれと接続して、後は委ねてしまう。


そうすると、分けられたものであった自分と世界とが、

共振し、共鳴し合って、お互いの境界はあいまいに滲んでいく。


そのとき、自分が世界に抱かれ、世界が私を感じさせてくれる。




講座中、とても静かに、向井さんは話されます。


時折、何かと会話しているような感じにも見えました。

そのときに、向井さんは、山のシューレという場と、

共振、共鳴をしながら、お話をされていたのだと思います。


「デザインという行為」を、見せてもらった気がしました。




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最後は、原研哉さんの講座でした。


原さんの「」という本を持っています。


うまくは言えないのですが、僕の読書との生活が始まったのは、

この本と大学時代に出会ったからだと思っています。

それほどまでに、美しく激しい本です。


原さんにはずっとお会いしたいと思っていて、

ご縁が巡ってくるを待っていました。


そんな原さんの師匠が、向井さんだと知ったのは、

原さんが話し始めてからでした。


師匠との思い出を語る原さんは、その話の内容よりも、

その語り口から、師匠への尊敬と愛情が伝わってきました。


そこから原さんは、「白」について話し始めました。


大学生だった僕が、トレーナーを目指しているのに、

すごく衝撃を受けた本が、「白」でした。


「衝撃を受けた」という事実だけが大きくて、

「なぜ衝撃を受けたのか」は、あまり定かではなかったのですが、

原さんのお話を聞いているうちに、少しずつわかってきました。


原さんがお話されたことそのものについては、

前日にお話をした森田真生くんが、

Twitter上に、あまりに的確で、素晴らしい文章を書いているので、

それを載せたいと思います。


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何を残し、何を払い去るのか。

自然と自分との対話の中で、それは選択され続ける。


からだという自然との対話である、ロルフィング。

何に触れ、そこで何を感じ、

残すものと、残されぬものを選択していく。

掃除、デザイン。




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山のシューレの最後に、向井さんとお話をする時間がありました。


向井さんは、素敵な奥様と一緒に、

熱心に僕の話を聞いてくださいました。


いつもなら、「この人は、僕の話を分かってくれるのだろうか」

という思いが、僕に制限をかけてしまうのですが、

たまに、「なぜか話が始まってしまう人」に出会うことがあります。


気がつくと、僕の話を理解してくれるのかどうかなど関係なく、

全てを開放して、夢中で話をしている自分が、そこにいるのです。


向井ご夫妻が、まさにそうでした。


「貴方様のところにいらっしゃる方は幸せですね。その笑顔が。」


最後にいただいた奥様の一言が、とても印象的でした。


なんだかとても大きなものをいただいた気がします。


それを、長い時間をかけて、ロルフィングのセッションの中で、

丁寧に暮らしていく生活の中で、深めていけたらと思います。


「自然と共に生活し、自然と共に考える」




Yuta

( Posted at:2013年8月 7日 )

「山のシューレ」との出会い。

先月末の2日間、那須塩原に行ってきました。

「山のシューレ」というイベントに参加するためです。


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山のシューレのHP http://www.schuleimberg.com/


山のシューレのHPには、このイベントの説明を

こう書いてあります。


山のシューレとは、栃木県那須高原山麓・横沢地区で毎年夏に開催される山の学校です。シューレとはドイツ語で、「学校」を意味します。この森、山の中で、自然に耳を傾け、いま一度、哲学、経済学、生物学、文学、デザイン、建築学、音楽、日本学など、これまで人々がつくり上げてきた様々な物ごとについて学び、領域を超えて交差し語り合い、思想を深めあう夏の日です。

職業や国境をも超え、共に集い、交感し未来にむけて大切なことをそれぞれが感じ、深めていくことができる場所であることを、そして毎年この横沢の地で、未来への様々な物語が生まれてゆくことを願っています。


「学校」


まだまだ僕は学びたいことがあって、

それはこれからもずっと続いていくのだろうと思います。

ロルフィングをする中で、本当に多くのことを学んでいますが、

同時に、わからないことも見つかります。

そしてそれらは、解剖学や医学の本を開いたとしても、

納得のいく答えと出会えることは稀です。

人間を深く理解するには、様々な領域を学ぶことが必要です。

だから僕は、この「山の学校」に誘われたのだと思います。




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歴代の山のシューレのフラッグ。

様々な分野の講師の方々の名前がありました。




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会場の二期倶楽部の周りの自然。

川の表情が良くて、しばらく橋の上から眺めていました。




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講座と講座の間はゆとりが十分にあったので、

自然の中をただただ歩きました。




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都市の中で生活をしていると、思考は洗練されすぎて、

つかみやすく、捉えやすい言葉ばかりを使うようになります。




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でも、自然の中を歩いていると、

もっと形が曖昧で、ふくよかな、からだを通した思考に

なっていくことに気が付きました。




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自然は次々と姿を変えて、一歩一歩と違った情報が、

僕のからだを通して入ってきます。




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印象的で、示唆に富む情景が多々あり、

しばし立ち止まっては、とめどないことを考えました。




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自然の中では、すべてのものがいのちを共有していて、

自分というエゴは、簡単にほどけていきます。




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久しぶりに、いい森に出会いました。




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しばらく歩いていると、雨が降り出してきたので、

最初の講座を聴きにいくことにしました。




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最初の講座は、能勢伊勢雄さんのお話でした。


「ゲーテ色彩論・形態学と相似象の科学」というテーマで、

とても印象に残る部分がありました。


粘土で何か造形をつくるときに、

僕らはからだで「内圧」を感じている。

その内なる動き、粘土の声に耳を澄まし、手で反応していく。

そうすると、自律的なかたちをもったものが生まれてくる。

僕らは、粘土の中に潜んでいるかたちを感覚し、

それを手によって取り出す。


講座の後に、能勢さんに内圧のことを聞いみると、

「内圧は、外圧があるから存在する」という話になりました。

こちらから、思考、感情、意志を持った手で働きかけをすると、

その外圧に対応するように内圧が感じられ、

そこにかたちが見えてくる。


能勢さんとは、バックミンスター・フラーのテンセグリティという

コンセプトの話にも広がりました。

「からだの中に潜む、美しいパターンを僕たちロルファーは取り出す」

ということを話すと、とても嬉しそうに話を聞いてくれました。


手を使った作品をつくられるアーティストの方とは、

何度かお話をさせてもらうことがあり、

とても似た世界を、からだで感じているのだなといつも思います。


能勢さんとは立ち話だけでしたが、

とても有意義な時間を過ごせました。




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お昼は、マルシェのフードエリアがあり、

そこで食べることにしました。




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みなさんこだわったお店ばかりで、注文したものが

手元に届くまでの時間ですら、貴重な対話の場になりました。

どこにでも、確かな人たちはいて、そこから学ぶことは多いです。




次の講座は、能楽師であり、そしてロルファーでもある安田登さんと、

何度も関西での講座に参加している、独立研究者の森田真生くんと、

なめらかな社会とその敵」の著者の鈴木健さんの対談でした。


僕としては、この講座が一番の楽しみで、那須塩原まで来ました。

個人的には、夢の共演といった感じです。


スクリーンショット 2013-08-07 6.41.28 AM.png

「私的所有の生物学的起源 〜細胞から国家まで〜」(動画)
 http://origin.sargasso.jp/


鈴木健さんの本は衝撃的で、からだに携わる人なら、

必ず読んでほしいなと思いますし、そうでない人にも、

上の動画は観てほしいなと思います。


社会は人のまとまり、関係性でできていて、

それは人の中の細胞と同じはたらきである。

そして、これはメタファーではないと、鈴木健さんは言っています。


対談では、山のシューレという自然に抱かれた素晴らしい場に、

森田くんが全身で反応し、ドライブされ、

今まで見たことのない素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。

(森田くんに関しては、雑誌「考える人」8月号をご覧ください)


森田くんは、偉大な数学者である岡潔さんの言葉である、

「数学は情緒である」ということに言及し、

論理と計算を支える風景の話をしてくれました。


数学というと、閉ざされた、無味乾燥な世界観をイメージしますが、

そこに森田くんは、色鮮やかな風景を見せてくれます。

その風景は、初めて見るのに、なぜか懐かしく感じるものです。


僕たちロルファーは、重力の中にあるからだのジオメトリを考えます。

重力空間の中に、からだの各点をどう置いていき、

そして、同時にからだという全体をどう感覚するか。


姿勢はその簡単なものですが、ただ姿勢がまっすぐになればいいのか。

お腹を引き込み、肩甲骨を寄せ、胸を開き、顎を引いた

一本のまっすぐな線をつくればいいのか。

僕はそれでは不十分で、重力という場のことが

考慮されていない気がします。


からだの各関節が、xyzの各面に対してニュートラルであり、

その状態で重力の中に立つと、まるで「立たされる」ように、

地面からの垂直な力を感じ、からだが一つにまとまります。

下から風が吹き込んできたような感じです。


きれいな姿勢をつくる人はたくさんいますが、

風が抜けるように、重力がからだの中を通っている人と出会うことは、

ほとんどありません。


ただの言葉、論理ではなく、そこに立ち上がってくる風景。


まっすぐに自分のからだを制すのではなく、

中立な場所に自分を委ねたとき、

そこに抜けていく風を感じられるからだ。


人は自然の中を歩き、一歩一歩新しい自分に出会う。

見たことのない場所、そして出会ったことのない自分の中に、

戻るべき場所が感じられる。

その感覚は、自分と自然とのあわい境界の中に現れる。


三人の対談というより、パフォーマンスは、

「何かとんでもないものを目撃してしまったな」

と直感してしまうほどに見事なものでした。


会場からホテルまでのバスの中、その余韻の波に揺られて、

心地良い疲労感を僕のからだは感じていました。


二日目につづきます。




Yuta

( Posted at:2013年8月 6日 )

8月22日、「ロルフィングとからだの話」。

ポラリティセラピーというがあります。

ロルフィングと同じように、

タッチを使ってワークするボディワークです。

身体という具体的なものに触れながら、

エネルギーという目には見えてこないものにアクセスします。


スクリーンショット 2013-08-02 6.23.02 PM.png




Boulderに自分の好きなボディワーカーさんがいます。

John Chittyさんです。


Johnさんのタッチはとてもやさしくて、

触れているか触れていないかの淡いところに手を置きます。

でも、自分のからだで起きることはとてもダイナミックで深く、

示唆に富むものでした。


ヨガを何年もしていながら、「瞑想」からは距離を置いていた僕が、

「瞑想は自分に欠かせないものだ」と直感するほどに、

初めて瞑想状態に導いてくれたのがJohnさんでした。




動画はJohnさんがポラリティセラピーを説明しているところです。

JohnさんはColorado School of Energy Studiesという学校で

先生もしています。




そんなポラリティセラピーをされる方は日本にもいて、

それがお知り合いの寺嶋康浩さんです。


今回、寺嶋さんにお声をかけていただいて、

8月22日(木)に大阪で、ロルフィングの話を

させていただくことになりました。


テーマは、

「ロルフィングとからだの話」 −間(あいだ)に見えてくるもの−

となりました。


ロルフィングの簡単な説明と、

ロルフィングを介したからだという自然の眺め方を、

1時間だけですがお話できればと思っています。


お申し込みは寺嶋さんのHPからできます。

こちらからお願いします。


どんな話になるのか、僕自身も楽しみにしています。

お時間がありましたら、どうぞ遊びに来てください。

お待ちしています。




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2013年8月 2日 )

僕の周りのできごとと、岡本の写真。

写真はちょこちょこ撮っていたのですが、

現像はしてなかったので、

久しぶりに時間があったときに現像してみました。


結構前のものもあります。




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関西では話題のグランフロント。

人が多かったです。




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Belgian Beer Weekend(BBW)に行ってきました。

友達が司会をしてるので、VIPタグでした。




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手持ちのコインで、90種類ほどのベルギービールと交換します。

僕は苦くて、アルコール度数の高いのが好きです。




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みんなで乾杯。

今年もおいしかったです。




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実家にも帰省しました。

今回は初めてpeachを利用しました。




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エド・モーピンのWSに参加しました。

とてもいいクラスで、多くのことを学びました。

エドがメンターしてくれるみたいなので、

ちょっとサンディエゴ行きも考え中です。




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ご近所のKameli apartmentさんで、蚤の市がありました。




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その売り物たち。




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カメリさんは、アパートのお部屋を借りて雑貨屋さんをされてます。




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遊びに行くといつも長居してしまいます。




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チャイの師匠の神原さんにも、久しぶりに会えました。

師匠のチャイはやっぱりおいしかったな。

今度はラムチャイを試してみます。




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カメリさんの人柄、空間のおかげで、

多くの人がふらっと訪れ、素敵な人とものに出会って、

またそれぞれの生活に帰っていく、

そんな循環のあるイベントでした。

いいですね。




最後に、ランダムな岡本の風景写真です。

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夕暮れ。




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オレンジ色の花。




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最近の夕焼け。




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これはピンク。




また写真撮ったら載せてみます。




Yuta

( Posted at:2013年7月22日 )

Contact Improvisationとみんなで共有するからだ。

昨日は、神戸のKIITOで「Body Tuning 〜KIITOからだゼミ〜」

に参加してきました。

全部で10回のゼミなのですが、昨日はその初日でした。


このゼミで行われる内容は、最初はストレッチ、ヨガを通して、

自分自身のからだをチューニングしていき、

そして、他者のからだや、その場の環境と触れ合い、響き合い、

動きを介しての会話をしていく、

コンタクト・インプロヴィゼーションへとつながっていきます。


Boulderにいた時に、知り合いにコンタクト・インプロヴィゼーションの

クラスがあるよと誘われていて、それで興味があったのと、

僕は、ロルフィングは「からだを通してのコミュニケーション」だと

思っていて、より豊かで深いセッションのための、何かヒントになれば

いいなと思ったので参加することにしました。


会場のKIITOは昔の神戸の税関近くにあり、

ギャラリースペースは天井も高くて、広々としていて、

20人ほどが動きまわってもとても快適な空間でした。


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「KIITOの外観」




とてもユニークなゼミで、自己紹介をみんなでしたのですが、

隣に座った人の足をマッサージしながらしました。

最初は、自由気ままに足を触っているのですが、

隣の人のタッチの感覚が移ってきて、

最終的にはみんなシンクロしてきたりして、

「ホタルの点滅みたいだな」と思っていました。



「ホタルの同期現象」




自己紹介の後は、ヨガだったり、フェルデンクライスの要素が入った、

自分で動くムーブメントをして、そこからパートナーとの

コンタクトを交えながらのムーブメントをしていきました。



「フェルデンクライス」




次に、全員で部屋の中を歩き回りました。

歩くスピードやリズムを変えたり、足の裏の接地する場所を変えたり、

ポカンと開いたスペースを見つけ、そこに自分を持っていったり、

逆に人の密集したところに動いていったり、

そんなことして動いていると、まるで物質の分子の動きのような、

魚や鳥の群れのような動きなってきて、

自分のからだを動かしているのですが、

もっと大きなからだをみんなで共有しているような、

不思議な感じになりました。



「鳥の群れ」




目を閉じて、皮膚の触覚を頼りに、周りの人たちに触れながら、

全員で部屋を歩き回っているときには、

目は開いていないのですが、僕ら全体の集まりは、

何かを見ているような気さえしてきました。


最近、オートポイエーシスや、複雑系の本を読み漁っていたので、

「ふむふむ、なるほどなぁ」と頷くことばかりでした。

やはり、いくら頭で理解したとしても、

からだを通してそれを実感しないと、わかってこないものもありますね。



終わった後は、なんだか思考のつまりや、

考え方の偏りが解けたようで、すっきりしました。


まだまだ9回ありますが、今度は何が起こるのか楽しみです。


自分のからだを動かすのはいいものですね。




最後に、コンタクト・インプロヴィゼーションの動画を載せておきます。

参考になったら幸いです。



こんな風に動けたら気持ちよさそうですね。

がんばってみよ。




Yuta


( Posted at:2013年6月27日 )

ぼくの家論。

僕の実家は、風通しがいい。

風通しがいいというよりは、どこかが開いている。

気密性とは程遠い。

夏になると、玄関は開いてるし、窓も開いてるし、

いろいろ開いている。

ちょっと出かける用事があっても、

「開いてるほうが、中に人がいると思って誰も来ない」

なんて母親は言う。

換気をするって感覚が、なかなか分からなかった。

だって、常に筒抜けなのだから。

風が抜けているのが普通で、こもるなんてことはありえない。

畳の部屋が多くて、時間帯によって、

太陽の光の差し込み方が変わってくるから、

それに合わせて場所を移して、僕は大体寝ていた。

そういうときにも、風は常に通っていた。

人もよく通る家で、よくいろんな人がいた。

盆や、祭りの時期になると、知らない子と遊んでるし、

知らないおじさんが酔っ払って家で寝ていたりした。

入ってくるのは、何も人間だけではない。

この時期になると、蚊も、蛾も、トンボも、

ヘビやカエルも、犬まで、何でも入ってくる。

そしてまた出ていく。

家族も多かったから、プライベートなんてないし、

いろいろとごちゃごちゃしていて、

それでもいい思い出が多い。

気密性は、確かにエアコンの効率を上げるし、

泥棒も、虫も入りにくいのかもしれないけれど、

どうも息苦しくなる。

自分が家を建てるなら、やはり隙間は開いていてほしい。

いろんな人が訪れ、そしてまた帰っていき、

そこを風が抜けていく。

いつになるのかわからないけど、家はそういうのがいいなと思う。

からだも、そんな風通しのいい、開かれたからだがいいなとも思う。




Yuta

( Posted at:2013年6月10日 )

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