文章を書くのは好きで、このブログの前に
6年半ほど文章を書き続けてきました。
最初は思いつきで始めたのですが、
書いているうちに、僕が僕であることを知るために、
みなさんが見てくれるという場を使わせてもらいながら、
文章を書き続けてきたのだなと思うようになりました。
場がなければ、そんなにも続かなかったでしょうし、
日記のようにだけ書いたのであったら、
それでも飽きて続かなかったと思います。
読んでいただける方の中には、
「今の自分の気持ちを代弁してくれた」
「あなたの文章を見て、あなたからロルフィングを
受けようと思いました。」
などと、自分としては思ってもいなかったことを
言っていただけることもありました。
これからもこちらのブログに書き続けていこうと思いますし、
もしもよかったら、前のブログもたまに覗いてみてください。
まだ28歳の若造ですが、さらに若いときの
僕も感じてもらえたらうれしいです。
僕もたまに見返したりしますが、
そのときの風が吹いてくるような気がしています。
Yuta
( Posted at:2012年11月 6日 )
クライアントさんに80歳を超える方がいらっしゃいます。
立ち上がることは問題なくできるのですが、
歩行器がないと歩くことができません。
「なんとか杖だけで歩けるようになりたい」とのことでした。
セッションの前にはいろいろと質問をさせていただいて、
いろいろな話をしました。
前の整形外科にトレーナーとして働いていたときには、
あまりの忙しさに、お話をする時間がなかなか持てませんでした。
たくさんの方々とお仕事をさせてもらうのはうれしかったのですが、
「肩が痛い人」
「この前手術した人」
といった感じで、痛みだけでその人を見て、その人がどんな人で、
どんなことを楽しいと思っていて、どんな家族と暮らしているのか、
そんなことも知らないままに、痛みがなくなると会うことがなくなって、
目の前をただ人が流れていくような感じになりました。
どうもそれが苦しくて、僕は自分でfestaをやり始めたように思います。
そのクライアントさんは、からだの中がとても元気で、
僕のタッチにすごくいい反応をしてくれました。
セッション中は、戦後は住んでいる場所に恵まれて、
東京に運ぶはずの高級食材が運べないときには、
それを食べることができたので食べ物には困っていなかった話や、
お父さんが昔はバックがなかったので、お腹にお金を巻きつけて、
それで商売に行っていた話などをたくさん聞けました。
からだもだいぶ整って、10シリーズを続けてくだされば、
目標は意外に向こうからやってきてくれるように
達成できるのではと思っています。
基本的に、治っていったり、良くなっていくのは、
クライアントさんに起きるのもので、
そんな貴重な過程を、僕らはご一緒させてもらうのだなと
改めて思いました。
"Not doing, but being."
僕の大切にしている言葉です。
Yuta
( Posted at:2012年11月 4日 )
住む場所にもなっています。
昔から、仕事をする場所と住む場所は
一緒にしたいなと思っていました。
いつかは、緑に囲まれて、
きれいな川が流れるような場所で、
ロルフィングをする部屋と、
ヨガをするスタジオがあるような家を建てたい
と思っています。
たまに、「festaは、生活感がないですね」
と言われることがありますが、
日々、生活しています。
セッションが午後にあるときには、
ゆっくりと掃除をして、
気になるところは拭き掃除して、
緑たちに水をやったりしています。
セッションが終わったら、
洗濯物を丁寧にたたんで、
きれいに乾いた食器を棚に戻します。
そういう生活の中の小さな仕事が好きなので、
festaをきれいに保つことができて、
生活感がないと言われているのかもしれません。
生活を丁寧にしていくこと、
それがRolfing Houseであるfestaを作っていて、
そこでロルフィングをしています。
そういったことも、伝わったらうれしいなと思って、
僕らは暮らしながら、ここで働いています。
Yuta
( Posted at:2012年9月26日 )
このHPを作っていたときに、
Rolfingを紹介する文を書きました。
ちょっとさらっとした文章なので、
Rolfingをすでに知っている人ならいいかもしれませんが、
知らない人にはピンとこないかもしれないということで、
HPには載せないことになりました。
でも、個人的には好きな文章なので、
HPのRolfingのページも見つつ、
これも読んでもらえるといいかもしれません。
風通しのよいからだ、ここちよいからだ
永く付き合えるからだ、しぜんなからだ
風が家の中を心地よく通り抜けるとき、そこには風の通り道があります。からだに不調が起きているとき、足の不安定な支えが、腕のしなかやかな自由な動きを妨げていたり、骨盤が自由に動けないことで、頭が窮屈な位置にいなければいけなかったり、そこには、からだという自然が本来持っていたつながり、通り道を失っていたりします。
忙しく過ごしているとき、これから起きることや、もう起きてしまったことを頭で考えすぎて、からだを忘れてしまっているかもしれません。からだの中で起きていることを、一息ついてゆっくり見つめてみると、こんがらがっているところに気づき、それが自然に整理されてきます。からだにとって、ここちのよい場所、感覚を思い出させてくれたりします。
誰でもみな、自分のからだと共に、自分の人生を歩いていきます。好きなところも、嫌いなところもあるとは思いますが、それを一手間かけて手入れをしていくと、少しずつ自分のからだに愛着が出てきます。好きも嫌いも含めて、永く一緒に付き合っていける関係になっていきます。
ロルフィングは、ロルファーとの10回のセッションの中で、ロルファーのタッチの助けを借りながら、自分のからだを、今までよりも少し深く、そしていろんな角度から見つめていきます。そして自分にとってのしぜんなからだを見つけていきます。
どうですかね。
何か伝わったのならうれしいです。
Yuta
( Posted at:2012年9月22日 )
僕は、ロルフィングのことが好きで、
セッションしてるときは、とにかく楽しい。
まだまだ1年目で、緊張することが多いけど、
一生懸命ロルフィングをさせてもらっている。
人は、もっとその人らしい、自然なからだと、
一緒に生活していけると思っているので、
セッションの中で、それをクライアントさんと
一緒に探していく。
セッションは、ぱっとその人を見たときの、
「なんでなんだろう?」という素朴な疑問から始まる。
なんで、頭をそんなにも前に出すんだろう?
なんで、右足ばかりに体重を乗せるんだろう?
そこから始まり、その人のからだに表れてきている
考えをじっくり観察する。
その考えを否定することなく、
「ああ、なるほど」
と心から納得できたときに、
セッションはうまくいくような気がする。
でも、最初から決めつけて、修正しにいくと、
たいがいうまくはいかない。
「頭がそんなにも前に出るのはおかしい、
ここにあるべきだ」
素直な疑問から、時間をかけて観察をして、
そこからの納得ではなく、
手間を惜しんで、安易に僕の先入観から始めてしまうと、
それはセッションではなく、ただの僕の考えの
押しつけになってしまう。
そこに、来てくれているクライアンさんの考えはない。
そういう自分の考えを押しつけるだけのものにはしたくはないし、
ロルフィングはそんなものではないとも思う。
一緒に歩いてみる。
それが大切なロルフィングの考えだと思っています。
Yuta
( Posted at:2012年9月22日 )
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