散歩の写真。

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撮った写真を現像していると、

看板ばかり撮っているなと気づく。


そういえば、海外で撮った写真を思い出すと、

看板とか文字が多いです。


看板から伝わってくる「メッセージ」を、

あれこれ想像しながら撮るのが楽しいです。




Yuta

( Posted at:2014年8月27日 )

かたく閉じられた手、かたく編み込まれた思い。

自分のこどものことを眺めていたら、

手と口について考えていました。

ヨガの先生のDavidが、

ボディマインドセンタリングの考えでは、

「こどもは内臓の動き、感覚に従う」

「内蔵の動きが、脊柱の動きをつくっていく」

と教えてくれたことがあります。

こどもは、何か動くときに、

意志があって、それから動いているのではなく、

環境から入ってくる刺激に対して、

すごく単純なルールの反応を繰り返しています。

こどもは生後3日ほどすると、

母親の乳首のにおいを嗅ぎ分けて、

そこに口を運びます。

「おなかが空いたから、お母さんのお乳を吸おう」

などという意志はありません。

ただただ自動的に反応しています。

その乳首の触覚刺激により、母親の母乳づくりは促進され、

少しずつ適切な量の母乳が出てくるようになります。

さらに、他人の信頼に関わるホルモンの「オキシトシン」は、

この肌の接触刺激によって分泌が促進されます。

つまり、こどもは意志もなく、自動的に乳首に口を運び、

それに吸い付き、母乳を自分の体内へと入れます。

そのこどもの自動的なはたらきをきっかけにして、

母乳が今のその子に必要な分つくられるようになり、

母親は腕の中の自分のこどもを信頼して、

その子を守って育てていこうと思うようになります。

こどもが、わたしを母親にしていってくれているのです。

けど、そんな意志はこどもにはありません。

ただ単純な反応を繰り返しているだけです。

生まれたばかりのこどもは、母親とは分かれていません。

こどもが母乳を飲むということは、

他者である母親から母乳が流れこむのではなく、

自分の中で起きるできごとなのです。

もっと正確に言うと、

その頃は「自分」という存在はなく、

世界も存在していません。

自分も世界も何も分けられていなくて、

あいまいにゆらいでいるだけです。

そこから、はじめての他者としての「母親」、

何かをして、同時に何かを受ける「自分」との

分離がはじまります。

母乳を自動反応でからだの中に入れ、

それが管を通って、自分に必要なものは留め、

不必要なものはこう門から排泄します。

ただ口の中から入り、管を通り、おしりから出ていきます。

その一連の内臓の管の動きに、こどもは従います。

うんちをする直前などは、腸のぜん動運動に従い、

全身をくねくねと動かします。

(こどもの動きには、こういった予兆が見られます。)

そうやって、一本の管に入っては出ての流れを繰り返し、

それに伴ったくねくね、うねうねした動きをし続けるこどもは、

まるで海の中の原始的な生物のようです。

水の中は浮力があるので、空気中にいるよりも

重力の影響を受けにくいのですが、

ぼくらは魚たちとは違って、

重力の影響を受けながら生活しています。

なので、自分のからだを内臓の動きに合わせて動かしていると、

からだを支える骨格、とくに脊柱に刺激が入ります。

そうやって少しずつ魚たちが、陸に上がっていったように、

からだを支える骨格がしっかりとしてきます。

重力にからだが適応していっているのです。

今のぼくのこどもは、ちょうど魚のようです。

こどもも魚も、動きのはじまりは、口です。

世界と最初に出会う場所、世界を感覚するところは、

手ではなく口です。

手(足も含みますが)は、内臓の動きに反応して、

背骨がくねくね動いたときに、たまたまそれに付随して動きます。

でんでん太鼓のひものようです。

なので、手の動きはとにかくランダムです。

顔にできものができてかゆくても、

手を使って器用に掻くことはできません。

たまたまランダムに手が動いていて、

自分の顔のあたりに当たると、それを不器用に動かし、

掻いている「ように」動かします。

たまたま手が口元に行くと、母親の乳首だと思いしゃぶります。

しかし、舌への母乳の刺激がないので、

それは「求めているものではない」と判断して、

すぐにしゃぶるのをやめます。

今は、口から世界をむかえにいって、

そこで出会ったものをしゃぶり、

母乳が出るとそれを継続し、出なければそれをやめます。

とても単純なルールの反応です。

そうやって、他者、自分、世界がゆるやかに分離していきます。

手がランダムに動き、自分のからだを叩いて痛かったり、

掻いたら気持ちよかったり、しゃぶったら何も出てこなかったり、

とにかくたくさんの環境との関わりの中で、

様々なフィードバックをもらいながら、

自分のからだの輪郭がわかってきます。

自分と自分ではないものの「境界」がはっきりしてきます。

自分のからだのアウトラインが縁取られていき、

「自分という感覚」が立ち上がってくるのです。

何も分離していなかったところから、

自分というかたちが浮かび上がってきます。

それに伴って、「意志」も芽生えるようになってきます。

「自分」という認識と、「意志」は同じ頃に現れてきます。

意志が芽生えると、意志と関連する「手」が自由に動き、

手で口にものを運び、それをしゃぶります。

口に入れる動きが「洗練」されていきます。

なぜ「意志」と「手」が関連するかというと、

動きは口からはじまりますが、

口は、自分のこと全てをしゃぶることはできません。

腕を口でなめることは可能でしょうが、

足は難しいですし、顔、背中となると不可能です。

眼、耳、鼻は、口に何かを入れるための補助です。

手もその補助なのですが、手は空間を移動できます。

動き回って、自分をなでます。

「なでた自分」と、「なでられた皮膚感覚」が一致して、

自分のからだの輪郭がなぞられたことによって、

そこに自分が現れてきます。

先に書きましたが、意志は自分がなければありません。

そうでなければ、ただ反応しているだけです。

意志には自分が必要で、

自分を感じるためには手が必要です。

そういうことで、意志と手は関連しています。

口に何かを入れるために、手は使われはじめますが、

それが今度は視覚と結ぶついていきます。

眼でとらえた視覚情報と、口の中でしゃぶった皮膚感覚を対応させ、

「かたち」を学んでいきます。

実際に、脳の中では、視覚と触覚は相補的な関係になっています。

どうしても僕らは、手が重要だと信じていて、

すぐに手に頼ってしまいます。

スポーツ初心者の、手の力の入れ具合、

手だけに頼りきったからだの動きを見ると、

それはわかりやすいと思います。

それは「〇〇したい」という意志が強く出すぎて、

(例えば、「バットでボールを遠くに打ち返したい」など)

それとつながっている手が主役になってしまいます。

漫画家の井上雄彦さんのバガボンドの最新巻に、

「手がないものと思って剣を振る」というシーンが出てきます。

意志が出すぎると、動きは読まれやすくなり、

からだの動きもかたくなります。

手と意志はつながっているので、

それを忘れて動きなさい、と。

今、眺めている自分のこどもは、

意志を伴った手の動きはほとんどありません。

最近ようやく、「にぎる」ことをよくします。

自分の姿勢、もっと言うと自分という存在を、

安定、保持するためににぎりはじめています。

そのうちに、もっと手が主役になって、

意志ができあがってくるんだと思います。

ぼくの手を眺めてみると、なんだかがちがちになっていました。

きっと考えすぎて、意志、意味、意図で

がんじがらめになっているんでしょう。

気が付くとぼくらは、手を使いすぎてしまいます。

それには、「〇〇してあげたい」とか、

「必ず〇〇しなくてはいけない」など、

意志が込められているからしょうがないのですが、

手をかたくかたく、そしてあたまをかたくかたく、

そしてからだもかたくかたくしています。

たまには自分の手をじっくりと眺めてみると、

かたくしている自分を見つけられるかと思います。

もっと自分のこどものように、意志に縛られず、

やわらかな手で、ロルフィングできたらいいなと思いました。




Yuta

( Posted at:2014年8月23日 )

服を選ぶ楽しさと、自分に似合ったからだについて。

ロルフィングでしていることと、

スタイリストさんがしていることを、

近くに並べて眺めていると、

なんだか見えてくるものがあります。


ある人がスタイリストさんに相談に来ました。

「ファッションのことがよくわからなくて、

 どういう服が自分に似合うのかわからないんです。」

スタイリストさんは、

「必ずその人に似合う服があるので、

 一緒に探していきましょうね。」

と、やさしく答えてくれました。


まずスタイリストさんは、いろいろなスタイルの

服を着てもらうことにしました。

そうすることで、スタイリストさんも

どんなスタイルが似合うのかが、

おおまかに把握できます。


そうして、だいたいの方向性が決まってくると、

もっと個別のパートを掘り下げていきます。

パンツよりもスカートが似合うとわかったとしても、

スカートにもいろんな形や色の種類があります。

何回も何回も試してみます。

それに合わせてトップスもいろいろと試行錯誤をします。

靴も決めないといけません。

小物もセンスがいいのが必要です。


だいたいまとまってきましたが、

まだ足りないものがあります。

それに似合う髪型や、メイクです。

顔周りの雰囲気が変わると、

全体的な印象も変わります。


スタイリストさんと相談をしながら、

その人の好み、意見を聞きながら服を決めてきましたが、

「なんとなく自分に似合った服」がわかってきたようです。

一方的に、スタイリストさんが決めたわけじゃなく、

対話をしながら、いろいろ試してきたおかげでしょう。


さて、似合う服も決まり、それに合わせて髪型も、

メイクもそろえてきました。

でも、まだまだ足りないのがあります。

「全体的な雰囲気」です。


服も似合うものを選んだ。

小物もばっちり、髪型もメイクも大丈夫。

でも、それを実際に全部着てみると、

「かなりいいんだけど、あとちょっとなぁ」

という印象になりました。


そこで「全体を見ながらの微調整」です。

すこしだけスカートの丈を短くしたり、

トップスのボタンを開けてみたり、

メイクをほんのすこし明るくしたりすると、

「おお」というポイントがあります。

それが大事なところです。


どんなに高価な服を買っても、

どれだけ有名な美容師さんに髪を整えてもらっても、

思い入れのある小物を使ってみても、

「全体のバランス」がとても大事になります。

そこがきちんと取れていれば、

例え安い服だけを選んだとしても、

「その人に似合った、その人をうきうきさせ、

 その人をより明るくする」ファッションになります。


ぼくのしているロルフィングもそれに似ています。


ロルフィングでからだを整えていくときに、

1番大事にしていることは「統合」です。


施術をする人が、

いくら素晴らしいテクニックを持っていても、

どれだけ最新の知識を持っていたとしても、

「似合っていない、無理のある」姿勢になったり、

「あとちょっとなぁ」となっては、すこし残念です。


ロルフィングは、時間をかけながら、

来ていただいた方と相談をしながら、

「その人に似合うからだ」を試行錯誤していきます。

そして、10回のセッションをしていくと、

なんとなく自分のからだがわかってきます。

「ぼくたちロルファーがいないと、何もできない」

とはなりません。


すこし自分のからだがわかってくると、

楽しくなってきます。

そうすると、自分でいろんなことを試すようになります。

立つときの重心を変えてみたり、

座るときの頭の位置を微調整してみたりして、

「おお、今の感覚は、かなり楽だなぁ」

と、自分のからだがよろこぶ、よりよい状態を探求しはじめます。

そうなると、さらにどんどん心地のよい、

気分もわくわくしてくるからだになってきます。


「ファッションのことはわからない」

と、服に全く関心を持たない人もいますが、

「自分に似合う服」がわかってくると、

違う世界がひらいていく感覚を持つと思います。


ロルフィングもそんな風に、

「痛いけど、どうしていいかわからないから放っておく」

と、自分のからだに無関心だった人が、

からだと向き合っていく楽しさを知ってもらえる

入り口のドアになれたらいいなと思います。




Yuta

( Posted at:2014年8月22日 )

好きとシンプルの関係。

最近、「小さな差異がわかる」ことについて考えます。

ぼくの周りには、感性が豊かな人がとても多いので、

いろんな分野の小さな差異がわかる人がいます。

コーヒーを飲んだだけで、コーヒーの豆の種類がわかったり、

お酒を飲んだだけで、どこの蔵のものか教えてくれたり、

少し頚椎を触っただけで、腰の辺りの変化を感じたり。

その感性はどこから来ていてるのでしょうか。

ぼくとしては、それは「好き」と関係しているように思います。

コーヒーならコーヒー、お酒ならお酒、

そして頚椎なら頚椎のことが「どれほど好き」なのか。

ひとは好きなことには、時間を忘れて夢中になります。

そうやって1つの分野を浴びるほど探求していくと、

そのうちに「差異」がきめ細やかになっていきます。

夢中の世界の中で、感性が浮かび上がってくる。

感性は、生まれつきじゃなくて、

育てていくもの。

そのきっかけは、好きかどうか。

30歳になって、どれだけ自分の周りに好きなものが

あるのか考えました。

ただ好きなものを、好きなだけする。

シンプルなのですが、どうもそれが遠回りする。

生まれたばかりの自分のこどもを眺めていると、

ときにはっと気づくことが多いです。

大人になっても、シンプルでいられたらいいのですが、

複雑さが複雑さを呼んできます。

好きなものを、好きなだけする。

そうすると、差異があいまいに滲むのではなく、

なめらかに感覚されてくる。

そのためにはシンプルな自分。

こどもからまた1つ教えてもらいました。




Yuta

( Posted at:2014年8月12日 )

空の写真。

カメラを新しいものにしたのですが、

それが楽しくて毎日写真を撮っています。

あんまり神戸にいるときには空の写真を撮らなかったのですが、

山形にいると空の写真が多くなります。

元々は、空の写真はよく撮る方です。




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高校生の頃は、よく空を見ていた記憶があります。

何か悩むと、外に出て空を見ていました。

そのときに、空が何かを教えてくれたのかどうかはわかりませんが、

ただ、「空を見ていてよかったな」と、

今思い返すと、そう思います。

山形に来て、空の写真が多くなりました。

これからも多そうです。




Yuta

( Posted at:2014年8月12日 )

festaの山形ワークショップ vol.1 9月14日(日)ヨガワークショップ

こどもを産んでから1ヶ月くらい経とうとしています。

おかげさまで、わたしもこどもも元気に山形で過ごしています。


出産前に「出産前後で女性のからだは大きな変化をする」と

聞いていたのですが、それを今自分のからだで実感しています。


ヨガを10年ほどしているので、自分のからだのことは

自分ではよく知っているつもりでしたが、

まるで自分のからだではないような感覚があります。


からだのまとまりの中の弱い部分に痛みが出てきたり、

こども中心の生活で、なかなか自分のからだの軸を感じられず、

知らず知らずに呼吸が浅くなったり、

精神的にもゆらぎ、うつろいやすくなっています。


そろそろ自分のからだを整えたいなと考えていたときに、

神戸でお世話になったヨガの中井まゆみ先生が、

山形でワークショップをしてくれることになりました。


わたしが神戸で暮らし始めて出会った先生で、

妊娠する前から、そしておなかがかなり大きくなってからも

定期的にレッスンに通っていました。


まゆみ先生のヨガは、からだを無理矢理は動かさず、

けど、からだが自然に内側から伸びていく能力を、

一人ひとりに合わせながらうまく引き出してくれます。

そうやってからだをのびのびと動かせたおかげもあって、

元気に出産を迎えられたと思います。


festaでは、全国からわたしたちが出会ったすばらしい方々を

山形にお招きして、ワークショップをしていきたいと思っています。

その1回目として、ヨガのまゆみ先生に来てもらえるのは、

わたしとしてもとてもうれしいです。


からだを動かす楽しさはもちろんですが、

関西人のまゆみ先生の軽快なトークもとてもおもしろいです。笑


ヨガがはじめてという方から経験者の方、

またはスポーツを日常的に楽しまれている方から

競技力向上を目指すアスリートの方まで、

からだを動かすのが好きな方ならどなたでも参加できます。


ワークショップの詳しい内容に関しては、

下をご覧になってください。




- festaの山形ワークショップ vol.1
     中井まゆみ先生の筋調整ヨガ -

日時:9月14日(日)10:00〜12:00

場所山形市総合スポーツセンター 軽運動場(2F)
   〒990-0075 山形県山形市落合町1

参加費:3,000円

持ち物:ヨガマット(レンタル可)
    お水、タオル、動きやすい格好

講師:中井 まゆみ 
   ・ヴィヴェカナンダヨガ(シンガポール)TTC修了  
   ・RYT200修了
   ・地元淡路島でwasabi yoga主宰

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内容:筋調整ヨガ
   ヨガ=「体を伸ばす・柔軟性」と思い込んではいませんか?
   筋調整ヨガでは、「伸ばす」ことよりも「縮める」ことに
   フォーカスします。伸ばすことを意識しすぎないことで、
   体を緊張させずに動かすことができます。
   まず最初に筋を緩め、関節周りの可動域を広げ、
   骨にアプローチしていきます。
   今まで我慢してやっていたポーズ、
   無理をしながらやっていたポーズはないですか?
   これまでと違ったやり方でポーズをとることで、
   今までつらかったポーズも心地よく感じられるかもしれません。
   あのポーズが苦手!このポーズがつらい!
   そんな悩みのある方、大歓迎です!

予約方法:電話での予約  090-2954-8207(大友)
     メールでの予約 info@rolfing-festa.com




山形には、まだまだヨガが広まっていませんが、

まゆみ先生のヨガは、誰でも楽しみながらからだを動かせます。


なかなかない機会ですので、ぜひ参加してみてください。

お待ちしています。




Ryoko


( Posted at:2014年8月10日 )

神戸での出張ロルフィングについて。

神戸では2年半ほどロルフィングをしてきましたが、

山形に拠点を移してからも、2ヶ月に1度ほどのペースで

出張のロルフィングをしていこうと思います。


自分のロルフィングを必要としてくださる方のためも

もちろんなのですが、僕自信が神戸の街が好きで、

たまには帰りたいという理由もあります。笑


基本的には、10シリーズを受けていただいた方の

「メンテナンス」セッションがメインです。


下にはその詳細を載せましたので、ご覧になってください。

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現在の予約の状況です。(8月9日現在)


5日(金) 西本クリニック(場所

①  9:00-11:00 ○
②11:00-13:00 ×
③13:00-15:00 ×
④15:00-17:00 ○

6日(土) 旧 Rolfing House festa

①  9:00-11:00 ×
②11:00-13:00 ×
③14:00-16:00 ×
④16:00-18:00 ○
⑤18:00-20:00 ×

7日(日) 旧 Rolfing House festa

①  9:00-11:00 ×
②11:00-13:00 ×
③14:00-16:00 ×
④16:00-18:00 ×
⑤18:00-20:00 ×


予約可能な枠は、残り3枠です。


予約をされる方は、日にちと場所を確認していただいて

ご連絡ください。


神戸でまたロルフィングできることを楽しみにしています。




Yuta

( Posted at:2014年8月 9日 )

天童で歩く。

東京からお知り合いの方が来ていたので、

天童を歩いてみました。




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なんだかいろいろなものがあって、

もう少しゆっくりと歩いてみたいなと思いました。

また今度行ってみます。




Yuta

( Posted at:2014年8月 4日 )

新庄で乗り換え。

大曲に帰るときは、車ではなく電車で帰ります。

13号線を車でずっと北上したら、大曲に着くのですが、

僕は電車を使います。


何ででしょう。

本を読みたいからかな。




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途中、新庄で乗り換えます。

10分くらいの乗り換えもあれば、

1時間以上待つこともあります。


時間があったので食堂に行きました。




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とりもつラーメンが有名で、テレビに数回出たみたいですが、

僕は焼肉定食を食べました。

おいしかったです。


大学1年生の時に、友だちが大曲の花火を観に来て、

その後に新庄まつりに行ったことを思い出しました。

あれからもう10年以上も経ったんだな。


10年経って、また新庄で乗り換えました。




Yuta

( Posted at:2014年8月 4日 )

山に聞いてみる。

アカオニデザインの小板橋さんと、そのお友だちと、

山伏さんに案内してもらって、山を登ったり、探検したりしました。




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登ったのは「湯殿山」。




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こういうところを歩くの好きです。

うまくは言えないですが、「元にもどっていく」感じがあります。




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小板橋さんと山伏さん。




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法螺貝を吹いてくれる山伏さん。




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「御沢駆け(おさわがけ)」という山伏の修行。




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岩に神を感じる。




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さすが山伏さんは、手を使わずに

ひょいひょいと駆け上がっていきます。




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2つの滝。




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滝の前が1番滑ります。




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この後、滝修行もしました。

からだのラインに滝の流れを抜いていくと

これがまたなんとも心地がいい。




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「出羽三山神社」の入り口。

明治政府の「神仏習合」のために、「権現」の字が消されています。

※権現:仏が神の姿で現れたもの




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階段。




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国宝の五重塔。




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途中で「荒澤寺」にも寄りました。




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まっすぐな道。




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案内してくれた山伏さんに感謝。




山と近くにいれて、山とお話をすることもできて、

山形に来て、よかったなと思いました。




Yuta

( Posted at:2014年8月 3日 )

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