好きとシンプルの関係。

最近、「小さな差異がわかる」ことについて考えます。

ぼくの周りには、感性が豊かな人がとても多いので、

いろんな分野の小さな差異がわかる人がいます。

コーヒーを飲んだだけで、コーヒーの豆の種類がわかったり、

お酒を飲んだだけで、どこの蔵のものか教えてくれたり、

少し頚椎を触っただけで、腰の辺りの変化を感じたり。

その感性はどこから来ていてるのでしょうか。

ぼくとしては、それは「好き」と関係しているように思います。

コーヒーならコーヒー、お酒ならお酒、

そして頚椎なら頚椎のことが「どれほど好き」なのか。

ひとは好きなことには、時間を忘れて夢中になります。

そうやって1つの分野を浴びるほど探求していくと、

そのうちに「差異」がきめ細やかになっていきます。

夢中の世界の中で、感性が浮かび上がってくる。

感性は、生まれつきじゃなくて、

育てていくもの。

そのきっかけは、好きかどうか。

30歳になって、どれだけ自分の周りに好きなものが

あるのか考えました。

ただ好きなものを、好きなだけする。

シンプルなのですが、どうもそれが遠回りする。

生まれたばかりの自分のこどもを眺めていると、

ときにはっと気づくことが多いです。

大人になっても、シンプルでいられたらいいのですが、

複雑さが複雑さを呼んできます。

好きなものを、好きなだけする。

そうすると、差異があいまいに滲むのではなく、

なめらかに感覚されてくる。

そのためにはシンプルな自分。

こどもからまた1つ教えてもらいました。




Yuta

( Posted at:2014年8月12日 )

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