ロルフィングハウス フェスタ FESTA

モニターBさんの感想(セッション8 | 40代 女性)

モニターBさんのセッション8の感想です。

「深層のセッション(4-7回目)」が終わって、今回からが「統合のセッション(8-10回目)」に入っていくのですが、この頃には、だいぶロルファーとクライアントさんの「関係性ラポール)」もできてくるので、セッション前にいろいろな話をすることがあります。

今回のセッションは、たまたまその日が「花笠祭り」の期間に重なっていたこともあって、festaがある山形市七日町の大通りは、多くの人で賑わっていて、街全体が「お祭りの日特有の雰囲気」になっていました。

その影響もあったのか、Bさんの感想にもありますが、お祭りの話から始まって、それぞれの出身地の話、その土地が持つ雰囲気や住む人の気質などの話にもなりました。

僕は、セッション前のこの「インタビュー問診)」とも言われる、クライアントさんとお話する時間を大事にしていて、多めに時間を取っています。(長い時には、1時間以上も話していることも。笑)

なぜそれを大事にしているのか、Bさんの感想の後に書いていこうかと思います。

それでは、セッション8の感想をどうぞ。

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昨日、第8回目の施術を受けてきました。

ここまでくると、身体が整っているのか、痛みがあったり、違和感があるところもなく。

落ち着いてはいるものの、肩こりや、古傷が多少あるせいか、なんだか重ダルな感じでおりました。

夏疲れのような、暑さについていけないような。

ちょうど花笠祭りも開催されるため、お祭りの話からずいぶん楽しいお話もできました(8回目、8ヶ月もたちながら、私が鹿児島の出身であること、本日発表。笑)

土地柄や気質のお話にもなり、ふと思ったのが、食文化も違いがあるため、作られる骨格や、筋肉の質も少し違いがでるのかなぁと。


右の股関節の硬さや、少し突っ張る感じを中心に、首、肩、腰、大腰筋、丁寧に1つずつ施術していただきました。

全て終了後、下半身は重くと言っても、辛い感じではなく安定と安心を感じる重さで。

肩から上はスッキリと軽い感じで、変な表現方法ですが、お腹のあたりの存在がない感じというか。

上下にスーッと伸びてく感じで、不思議な感覚の身体の軽さでした。

また1ヶ月、身軽に過ごせそうです。

ありがとうございました。

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まずは「情報」を集めていく

今回のセッションでは、Bさんといろいろな話をしました。

最初にも書きましたが、僕のロルフィングセッションは、「セッション前のクライアントさんとお話をする時間を、ゆっくりと持つタイプ」だと思います。

その時間をロルフィングでは「インタビュー」と言って、「今、クライアントさんがどんな課題を抱えていて、このセッションでは何を望んでいて、ロルファーとしてセッションを通して何ができるのか」ということをクリアにするために、しっかりと時間を取ることにしています。

例えば、「腰が痛い」とクライアントさんが伝えてくださっても、「いつから痛いのか?(昨日から、仕事で座り仕事が多くなってから、など)」や、「どんな時に痛くなるのか?(前に屈んだ時、朝起きた直後、仕事終わり、など)」や、「何か痛くなるきっかけがあったのか?(重い荷物を持ち上げた時、特に何もない、など)」など、他にも聞いてみたいことはたくさんあります。

そうやって、「腰が痛い」というクライアントさんの言葉の「意味するところ(起源背景事情)」が、「立体的に浮かび上がってくる」ようになるまで、丁寧にインタビューをしていきます。

時間をかけて話を聞いていくと、「腰が痛い」というのが、「無理な姿勢を取り続けていたこと(例:家の電球をすべてLEDに取り替えた)」ということと、どうも関係していそうだなということがわかってきます。

それでも、同じような姿勢をしていたとしても、すべての人が腰が痛くなるわけではないので、「なぜ、その人にとっては、その姿勢を取り続けることが、無理な状態になるのか」ということも気になってきます。

インタビューによって「大まかな情報」が集まってきたら、そこから「姿勢、動作のチェック(視診)」をしたり、「身体を触った時の質感やトーン、可動域のチェック(触診)」などをしていくという流れになります。

そうやって様々に集まってきた情報を、「テーブルの上に並べるように、俯瞰的に全体を眺めてみる」と、そこから「多分、こういうことなのではないだろうか」という「推測仮設)」が、自然に見えてくることがあります。

ここで大切なことが、「不十分な情報で、勝手に解釈、ジャッジをしない」ということです。

集まったどんな情報にも、勝手に「重み付け重要度を振り分ける)」をしません。

「反った姿勢をした時に、腰が痛い」という情報だけで、「これは、電球を交換するために、身体を反らせて背中の筋肉をたくさん使ったから、背中の筋肉の疲労が原因だな」などと「早合点」をしないのです。

一見すると関係なさそうな、日常会話の部分の情報(今回の「お祭り」の会話など)も、「まずはすべて等価に並べてみる」ことが大切で、「判断をなるべく先送りする」ようにするのです。

そうすると、思わぬところで「情報同士が勝手に結びつくまとまる)」ようなことが起こり、「何か意味がありそうなもの推測)」が見えてくるというようなことが起こってきます。


「まとまりたがる」情報たち

『体力温存のために隊列を組んで飛ぶ渡り鳥や、自己防衛のために群泳する小魚。実はこれらの行動は、特定のリーダーの指示によるものではありません。個々が何らかの単純なルールに基づいて行動することで、群れの中に自然に秩序が生まれるこの現象は、「自己組織化」と呼ばれます。』


上の動画は、羊の群れを撮影したものですが、「指示をする特定のリーダー」が存在しないのに、「何か大きな秩序のようなもの」に従って、全体が動いているように見えます。

つまり、「こういう風に動きなさい」という、「リーダーの指示」や「事前に決められた計画」があるわけではなく、個々の1匹の羊は、「ぶつかりそうになったら避ける」程度の「単純なローカルなルール」に従っているだけで、それでいて、全体は「秩序のようなもの」が、自然に顕れてきているのが見てわかります。

こういう現象は「自己組織化」と呼ばれていて、自然界ではよくよく観察されることで、私たちのこの「身体」にも、自己組織化が今も起こり続けています。

動画をよく見てみると、バラバラの羊が、「グッと密度が高いかたまりになる」瞬間があったり、「グルグルと円を描くようにまとまる」ようなこともあります。


この動画も、「自己組織化」を表したものですが、12,288個のバラバラな点が、それぞれ、近くの点同士で引きつけ合ったり、はねのけ合ったりするという単純なルールに従っていて動いているのですが、時間が経過すると、いくつかの「まとまりChunk)」が自然に生じてきて、「自ら秩序のようなものを作り出している」ようにも見えます。

話を元に戻しますが、クライアントさんから得られた、「一見するとバラバラに見える、個々の情報」が、「ある程度のかさ)」が集まってくると、自然に「自己組織化」のようなものが起こり始め、「何か意味(秩序)のありそうなもの」が浮かび上がってきたりすることがあるのではないかと、僕は考えています。

だから、視診、触診だけではなく、十分な時間を取ってインタビューをして、丁寧に情報を集めていって、「情報同士の自己組織化」が起こってくるまで、「判断、解釈を焦らない」ことを大切にしています。

そしてさらに、「どの情報が、どのようにまとまるかは、予想ができない」ので、「テーブルの上に、まずは全部を並べてみる」ことも大切にしています。

そうすると、「転勤をして仕事が変わって、パソコンを使った作業を一日中していることが多くなり、その姿勢をずっと続けていたことで、気づかないうちに、両肩の可動域がかなり低くなってしまっていた。転勤する前には、ジムに通って、運動を日課にしていたので、自分の身体の歪みや不具合にも気づきやすかったけど、まだ新しい場所ではジムに行って運動はできていない。そのままの身体の状態で、電球を取り替えようとしたが、十分には腕が上がらないので、それを代償するために、腰を過剰に反らせていた」という「背景」が、「推測」されてきます。

そうやって見えてきた推測が、「妥当かどうか本当に意味があるものなのかどうか)」は、実際にセッションをしてみて、両肩の可動域が改善されたことが確認できたら、また痛みが出るポジション(電球を取り替えるような姿勢)を取ってもらって、痛みや違和感があるかどうかで「検証」していきます。

それで何も変わらなければ、先ほどの「推測(腰が痛いのは、腰そのものに問題があるのではなく、両肩の可動域の制限が影響している)」は「見当違い」ということになり、また違う「推測」を探していくことになります。

このように、クライアントさんが言った「腰が痛い」という情報から、それだけで「腰のみの施術」だけを行うのではなく、その「起源、背景、事情」が「自然に浮かび上がってくる」まで、時間をかけてインタビューを行うように心がけています。


シャーロック・ホームズの「問診」

世界で最も読まれているものは聖書であるが、二番目に良く読まれているものはシャーロック・ホームズ物語である

「シャーロック・ホームズ」という名前は、みなさんご存知だと思います。

このシャーロック・ホームズは、世界的に有名な小説の主人公の「探偵」さんですが、これには「実在したモデル」が存在します。

それが、「エディンバラ大学医学部のジョセフ・ベル博士(専門は神経内科)」という人で、そのことは多くの人に知られてはいないかと思います。

シャーロック・ホームズの物語は、実在していたお医者さんの「問診」を題材にしていたのです。

『諸君、おわかりの通り、この人が「おはようございます」と言った時、ファイフ州のアクセントに気がついたかね。靴底の隅に赤い粘土がついているのに気がついたかね。エディンバラ周辺20マイル以内でこのような粘土があるのはこの植物園だけだ......。この人は右手の指が皮膚炎にかかっているが、これはリノリウム工場に特有のものだ。』
(古谷博和 著、『神経内科医としてのシャーロック・ホームズ - 神経内科医の視点から見たホームズ物語 - その1』)

このように、シャーロック・ホームズのモデルになったベル博士は、患者さんが診察室のドアを開けて、そして診察するための椅子に座るまでの間で、これほどの「情報」を読み取っていたのです。

そこから最低限の「質問」をして、身体の少しの検査(視診、触診など)をすると、どんな「症状」かはもちろん、「出身地」や「年齢」、そして「職業」や「家族構成」までもを把握しているほど、「人を見る目」に秀でていた人なのです。

そのことを、シャーロック・ホームズ自身が説明している部分があるので、それもここに紹介したいと思います。

『「君にはもう説明したはずだが、うまく説明できないもの(what is out of the common)はたいていの場合、障害物ではなく、手がかりなのだ。この種の問題を解くときにたいせつなことは、遡及的に推理するということだ。(the grand thing is to be able to reason backward)このやり方はきわめて有用な実績を上げているし、簡単なものでもあるのだが、人々はこれを試みようとしない。日常生活の出来事については、たしかに【前進的に推理する】(reason forward)の 方が役に立つので、逆のやり方があることを人々は忘れてしまう。統合的に推理する人と分析的に推理する人の比率は50対1というところだろう。」

「正直言って」と私は言った。「君の言っていることがよく理解できないのだが」

「君が理解できるとはさほど期待していなかったが、まあもう少しわかりやすく話してみよう。仮に君が一連の出来事を物語ったとすると、多くの人はそれはどのような結果をもたらすだろうと考える。それらの出来事を心の中で配列して、そこから次に何が起こるかを推理する。けれども中に少数ではあるが、ある出来事があったことを教えると、そこから出発して、その結果に至るまでにどのようなさまざまな前段(steps)があったのかを、独特の精神のはたらきを通じて案出する(evolve)ことのできる者がいる。この力のことを私は【遡及的に推理する】とか、【分析的に推理する】というふうに君に言ったのだよ。』
(コナン・ドイル著、『緋色の研究』)

僕自身は、シャーロック・ホームズが「実在したお医者さん」だったことは、内田樹先生の著書の中で知りました。(上の文章も、内田先生のブログから見つけたものです。)

少し難解かもしれませんが、ある「症状(歯がものすごく痛い、など)」があった時に、ほとんどの人は「そこからどんなことが起こるであろうか?」と考えることが多いかと思います。

つまり、「寝れば治るだろう」であったり、「明日は仕事に行くのが厳しいかもしれないから、まずは上司にそのことを連絡して、明日の朝一で病院に行こう。そこからどうするかは、お医者さんに指示を仰ごう」というのは、上の文章中の「前進的に推理する(reason forward)」の考え方になります。

でも、お医者さんであったり、治療家さんであったり、もちろんロルファーなどのボディワーカーたちは、どんな風に考えるかと言うと、「どんな出来事が起こってきたことで、この症状が出てくることになったんだろうか?」という感じで、その症状を生み出すきっかけになったであろう「起源」であったり、「背景」を見ようとするのです。

これが、「遡及的に推理する(reason backward)」ということになります。

ある「症状」がある時に、そこから「思考が向かう方向性」が、「これから(未来、前進的)」なのか、「これまで(起源、遡及的)」なのかが、身体の専門家と一般の人とでは違ってきて、それが探偵でも同じようなことが言えるのです。

それでも、上の文章では、こういう考えをする人はあまりいないと、シャーロック・ホームズは言っていますが、「分析の時代」になってきている現代では、「なぜこの商品がヒットしたのか?」であったり、「なぜこの曲は多くの人を涙させるのか?」というような「種明かし」をする構成の番組が人気になってきている印象が、個人的にはあります。

いずれにしても、身体に携わる職業の人たちは、多かれ少なかれ、このように「遡及的に推理する」ために、「問診」であったり、様々な「評価」をしていくのです。


「名探偵」としてのゴッドハンド

いわゆる「ゴッドハンド」と呼ばれている人たちがいらっしゃいますが、そういう方々には、こういった「探偵の推理のような」エピソードが多く、野球の清原和博選手、水泳の北島康介選手などを治療されてきた伝説の鍼灸師である「白石宏」さんなどは、「治療室にある椅子に座るまでに、身体のどこが痛いかがわかる」などという話があります。

以下に載せるのが、白石さんが「さりとて」というウェブマガジンでのインタビューの一部です。

[編集者]
やりにくいタイプとかありますか?

[白石さん]
心を開いていない人。元メジャーリーガーで、これがもう唯我独尊の暴君で、金本くん(阪神選手)からも「大変ですよ」と聞かされてたんですよ。でも行けばなんとかなるだろうと行ってみたら、いきなり完全無視(笑)。コーディネイトをした友人は「こないだ話したすごい人が日本から来てくれたんだよ」と必死でかけ合ってくれるんだけど、向こうはまったく取り合う気がなく、その友人も困り果ててた。で、どうしたもんかと、ふっとその選手の歩き方を見て「腰が悪いのは、身体がねじれているからですよ」って言ってやったんですよ。そしたらぎょっとした顔で「なんでオレが腰が悪いの知っているんだ?俺はヒザが悪いとしか言ってないのに」って。するとさっきの友人が勝ち誇ったように「that's why I told you!(だから言ったじゃないか)」って。この言葉が僕いちばん好きなんです(笑)

[編集者]
それで心を開いてもらえたんですか?

[白石]
一気にね(笑)。僕のことを素直に受け入れてくれました。でも、心を開いてくれないケースももちろんある。それはもう、タイミングが合わなかったんだとそう思うことにしてるんです。

白石さんが、気難しいアスリートに対して、触ったりすることはなく、ただその歩き方を眺めていただけで、そのアスリートの「核心」を「名探偵のように」言い当てたというエピソードです。

他にも、数々のスポーツ選手の奇跡的な復活を影で支えられてきて、最も「ゴッドハンド」という形容にふさわしい理学療法士だと思うのが、「山口光國」さんという方なのですが、セミナーに参加して実際に施術をしている様子を見学してみると、言葉による問診はもちろん、身体に触れながら「身体と会話」しているように情報を集めていって、「探偵の推理のように」問題を解決してしまいます。

山口先生がおっしゃっていたことで印象的な言葉が、「つじつまが合わない」というもので、今までに読まれてこられた膨大な専門書や文献などによる知識と、圧倒的な臨床での経験の蓄積によって、「本来であれば、こうなっていていいはずなのに、そうではないもの」への「」が構築されていて、先程のシャーロック・ホームズの言葉で言う、「うまく説明できないもの」を瞬時に察知してしまうのです。

結局、「探偵の推理」というのは、何を導き出しているのかというと、先ほどの内田先生のブログの文章をお借りすると、「あるはずのないものがある」か、「あるはずのものがない」ということになると書かれてあります。

白石さん、山口先生のエピソードでも紹介したように、これはそのまま身体に携わる職業の人たちにも求められる能力で、専門的な教育、訓練と、その後の臨床での経験を積み重ねていくことで、それを高めていく必要があります。

そしてそれは、インタビューなどの言葉を通しての「問診」と、姿勢や動きを観察する「視診」と、身体を直接触れることによる「触診」などから得られる情報を、意味あるものとして「読み取る能力」を高めていると言えます。

僕はロルファーになって丸7年が経過しましたが、少しずつですが、身体を触った瞬間に「ん、何か違う」という違和感や、何気なくインタビューの中で話していたことが、クライアントさんの課題を解決する上での重要なヒントになったり、何気ない動作から「うまく説明できないもの」を「読み取る能力」が向上してきているように思います。

中には、あまり「インタビュー」をしない人や、「姿勢、動作の評価」に時間を取らない人もいて、「触ってなんぼでしょう」というタイプの人もいますが、僕としては「バランスよく」情報を集めていって、「痛みの原因症状を生み出している犯人)」だけではなく、「(痛みも含めたその人全体の理解」に重きを置いていきたいなと感じていて、そのためにロルファーになったのかなとも思います。

ぜひfestaのロルフィングを受けていただく方には、前後の会話も含めて、セッションを楽しんでもらえたらうれしいです。


ロルフィングがある日は、なんだか「お祭り」のよう

最後に、少し余談にはなってしまいますが、「festa」というお店の名前のことも書きたいと思います。

festaには、ポルトガル語で「休日」という意味の他にも、「お祭り」という意味もあります。

このHPの「ABOUT」には、こんな風に書いています。

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しぜんなからだを見つける場所

festaとは「休日」「お祭り」などの意味を持つポルトガル語です

アメリカで生まれた、ロルフィングというボディワークと
自分と向きあう時間を大切にするヨガ、A-Yogaによって

からだが一息つけるところを見つけ
こころもからだもゆっくりと休まる
そんな「休日」を過ごせる場所であり

自分のからだが少しずつ変わっていくのがうれしくて
普段の何気ない日常や、生活の中の小さなできごとが
なんだか「お祭り」の日のように
特別なことのように感じられる場所でもあり

からだという自然を大切にする人たちが集まる
みんなの「家」のような場所

そんな思いを込めて

Rolfing House festaと名づけました

ロルファーのタッチを使ったセッションと
気づきを与えてくれるA-Yogaのレッスンを通して
今の自分に合った「しぜんなからだ」をfestaで見つけてください

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僕の経験でもあるのですが、ロルフィングのセッションが終わると、身体もすっきりと軽くなり、「いつもと景色が違って見える」ことがあります。

行きも通った道のりが、さっきとは明るさの感じや、木々の緑の見え方や、周りから聞こえてくる音も、何か違っているように感じたりのするのです。

神戸にあったfestaは、駅から徒歩10分以上かかるところにあったのですが、駅から「ゆっくりと時間をかけて歩いてみる」ということをしてもらいたくて、わざわざ少し距離があるところにしました。

普段から、仕事であったり、家事、介護、子育てなどに追われて、「自分の身体と向き合う時間」を取ることができない人が、とても多いのではないかと思います。

そんな時に、身体を整えたいと思っても、多くの人が行き交う駅をくぐり抜け、駅からすぐの店舗に入り込み、あまり問診の時間などはなく、すぐにベッドに横になり、何をしてもらっているのかを味わうこともなく眠りについて、目が覚めて施術が終わると、またすぐに駅に向かい「いつもの日常」に戻っていくというのは、僕にとっては、もう少し「間、余白、すき間」がほしいなと、個人的には感じてしまいます。

そういうことで、ロルフィングを受けに来てもらう時には、駅から10分ほどかけて、ゆっくりと周りの景色を眺めて、自然の中の季節の移り変わりや、歩きながら自分の身体の中で、何か不自然や違和感のあるところはないかと感じてもらう時間を取ることで、セッションを始める前に、「ロルファーに伝えておくべきこと」が思いつくかもしれません。

そうやって「身体の感度が良好になった状態」で、ロルフィングのセッションを受けると、その効果に大きな違いが出てきます。(詳しくは、モニターDさんのセッション10をご覧になってください。)

さらに、セッションが終わった後に、その「余韻を味わう」こともとても大切で、さっき眺めてきた景色の印象が変化していたり、自分の身体の動きや感覚が、より微細になっていることに気づくかもしれません。

あくまで個人の感覚なのですが、セッションを受けると「いつもと景色が違って見える」というこの感覚と、夏の日に街全体が「お祭りの日特有の雰囲気」になることとが、全く同じではなくても、どこか「リンク共鳴)」しているように感じます。

お祭りになると、いつもの歩き慣れた通学路も、近所の大人たちの顔つきも、街全体の空気までもがどこか違う感じがして、何気ないことにも「(いつもとは違う特別感、高揚感」を子どもの頃には感じていました。

いつもの日常」が、その日ばかりは「特別な日」に変わるということで、僕は「お祭り」が大好きなので、そんな風に、ロルフィングのセッションが、みなさんにとっての「特別な時間」になれたらいいなという思いも込めて、「festa」という名前にしました。


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「余談ばかりが長くて、Bさんの感想が触れられてないじゃないか」というツッコミも聞こえてきそうですが、それほど、Bさんの身体の構造は「統合」されてきていると思います。

感想の中に、「お腹のあたりの存在がない感じ」という表現がありますが、身体が「制限がなく、自由で自然な状態」になると、「存在がない」ように感じることがあります。

逆の例を考えるとわかりやすいと思うのですが、「腰が痛い」時には、「腰という存在」が常にあって、それがいつも存在を主張し続けているような感じで、それが意識から逃れることが難しくなります。「腰に囚われている縛られている)」ような状態です。

それが「解放された状態」になると、軽く、自由になり、「存在がないような感じ」がするようになるのです。

これはセッション4などでは、「脚がないように軽い感じがします」という感覚がしたり、セッション7では、「頭が空っぽの感じで、邪魔するものがなく、地面からの軸が上にスーッと伸びていきます」というような感覚になったりもします。

Bさんも今回のセッションで、それを感じてきていたようで、とても順調に進んでいます。

あと2回のセッションになりますが、また気軽にいろいろな話をして、Bさんにとってロルフィングを受けることが、「お祭りの日のような特別感」として楽しんでもらえたらうれしいです。

次回のセッションも楽しみにしています。




Yuta

( Posted at:2018年12月 1日 )

A-Yogaレッスン 12月のスケジュール

「平成最後の年」と言われた2018年も、残り1ヶ月になりました。

私個人としては、今年の初めから山形市旅篭町に新しくできた、複合施設の「gura」でマネージャーとして働くことになり、festaでのヨガのレッスンが不定期で、回数も少なくなってしまいました。

guraでの仕事は、ありがたいことに新しい人たちとの出会いも多く、楽しく充実しています。

レッスンに通っていただいている方々には、ご不便をおかけしていますが、これからもできる範囲で続けていけたらと思っています。

来年からは、少し違う形でのヨガのレッスンも企画していますので、そちらも楽しみにしていてください。

それでは、今年最後の1ヶ月もよろしくお願いします。

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◯A-Yoga定期レッスン

少し不定期なのですが、上のスケジュール表のピンク色のアンダーラインのところが、とんがりビルでのA-Yogaの定期レッスンになります。(クリックすると拡大して見ることができます。)

回数券を購入していただくと、お得にレッスンを受けられます。

ヨガに関しては、「細く長くつづけること」が大切だと思っていますので、一度購入していただいたものは「期限なし」でご利用できます。ご都合の合う時にご予約ください。
    
回数券:2,500円/1回
    6,500円/3回
         10,000円/5回
    15,000円/10回
 (どの曜日でも使用可、期限なし)


◯maaruでつながるYoga

12月12日(水)11:30 - 13:00(ヨガ60分+ランチタイム)
※今月は1回のみの開催になります。

場所:ドーナツ小屋 maaru

料金:2,500円/1回


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ヨガがはじめての方でも大丈夫です。


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ヨガタイムの後は、ドーナツランチがあります。
毎回違うスペシャルドーナツが登場します。


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参加者みんながつながる楽しいレッスンです。




以上のヨガレッスンは全て「要予約」となっています。


ご予約、またはお問合わせは、

電話:090-4476-6395(大友)

までご連絡をお願いします。


みなさまの参加を楽しみにお待ちしています。

 


Ryoko

( Posted at:2018年11月29日 )

モニターDさんの感想(セッション10 | 40代 女性)

モニターDさんも、最後のセッション10が終わりました。

最初に来ていただいた頃、Dさんの身体がどういう状況だったかは、こちらをご覧になってみてください。

ロルフィングに縁を感じて、10シリーズのモニターを申し込み、セッションが進んでいくにつれて、悩まされていた身体の症状は気にならなくなってきたようで、前よりも自分の身体がどうなっているのかを、自分自身で感じられるようになったと感想にはあります。

このように、「自分の身体を感じる(気づく)」ということが、ロルフィングを受ける際にはとても大切で、ただベッドに横になっているだけで、「ロルファーに治してもらおう」と「受け身」の気持ちでセッションを受けた場合とでは、その効果にも大きな差が出てきます。

ロルフィングのセッションの最中には、ロルファーは優しく手を触れているだけなのに、触れているところにはもちろん、直接触れてはいない身体の別の場所にも、様々な反応が表れてくることがあり、とても不思議な感覚を経験することがあります。

その時に、「何が起こっているんだろう」と、自分の身体の内側に「意識」を向けて、ただそれを「観察」をしているだけでも、「セッションに主体的に参加する」ことになっています。

そして、その「(わずかにも見える)態度の違い」が、ガイド役のロルファーと「セッションを一緒につくる」という関係性を生み出すことになり、お互いに予想もしていなかったような、深く、本質的な変化が起こることを可能にさせるのです。

それでは、Dさんのセッション10の感想をどうぞ。

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ついに10回終わりました。

先日、証明写真を撮ったら、自分では正面をちゃんと向いてるつもりだったのに、出来上がった写真はちょっと左に首が傾いていました。

あと、ずっと左脚の付け根に痛みがあり、左脚が悪いんだと思っていたのですが、どうも立っている時、右脚にうまく体重が乗っていないということに気がつきました。

そのことを伝えてセッションを受けたのですが、どうも首も右脚と関係がありそうとのことでした。

終わった後は右脚にちゃんとまっすぐ体重が乗っているように感じられるようになりました。

首もスッキリしたので、また写真を撮ってみたいのですが、残念ながら曲がった首の写真のまま、パスポートはできてしまいました...。

でも、写真を撮っていなければ自分では気がつかなかったと思います。最後に直してもらってよかったです。


ロルフィングをやってみようと思ったきっかけというか原因だった、腰の痛み、肩や首の凝り、脚の付け根の痛みはほとんどなくなりました。時々腰が重く感じたりすることはありますが、何日かすると気にならなくなります。

マッサージや整体の場合は、実際に施術をしてもらわないと改善するということはなかったのですが、ロルフィングを受けてからは、様子を見ているうちに痛みが治まるようになりました。

なんとなく自分の身体の状態に敏感になったような気がします。


山形に引っ越ししてきて、調子が悪いからどこかマッサージでも行こうかと思って、いろいろ調べていたら、こちらのモニター募集を見つけました。

ロルフィングってなんだろう?全然聞いたことないし。ちょっと怪しい?

一応ちょっと調べてみようとたまたま見た本に、私の知っている方がロルフィングの体験談を書いていました。

これはきっと自分に縁のあるものだと思って、思い切って応募してみました。

結果、やってみて本当に良かったと思っています。

10回を受けた後は、受ける前の状態に戻ることはない、と最後に聞いたので、とても安心しました。

これからは自分で自分の調子をちゃんと観察していきたいと思います。

大友さん、お世話になりました。ありがとうございました。

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近いようで遠い、私のこの「身体」

Dさんがセッション1を受け始めた頃は、まだまだ「自分の身体に目を向けて、そこで何が起こっているのかを観察する」ということに慣れていなかったと思います。

ロルフィングを受けに来ていただく方も、ほとんどがそうだと思います。

「今、身体はどんな感じがしますか?」

それをロルファーは、なんのためらいも見せずに、コンビニの店員さんが「お弁当は温めますか?」と聞くかのように質問してきます。

「『どう感じますか?』って言われても...」

僕が受けた時にも、もちろんそう感じました。

それでも、僕は数年間ヨガをしていた経験があって、「自分の身体に何が起こっているのかを見つめる(内観)」ことが、習慣になっていたので、少しずつそれを言葉にして伝えられるようになっていきました。

おもしろいもので、とにかく「(特に、オチやおもしろみもなく、特別な意味があるものとも思えない)パッと思いついたもの」を口に出してみると、それを「きっかけ」にして、するすると言葉が出てくることがあります。

もちろん、本当に「何も感じない」という場合もあるでしょうし、「なんとも言葉にしにくい」こともあるかと思いますが、それでも、「自分で言葉にしてみる(外に表現してみる)」ということは、身体が内側の深いところから変わっていくための、とても大切なポイントにもなるので、ゆっくりとコツをつかんでいくのがいいかなと思います。

そうしているうちに、だんだんそれに慣れてきて、

「足の裏の地面に接している形が違っていて、右の方が面積が広い感じがします。右脚全体が、少し短く感じて、左脚よりも輪郭がぼやっとしている印象です。あまり背骨の辺りは感覚はないのですが、呼吸は右の方がふくらんでいる感覚があります。そういえば、左の脇腹の辺りが最近痛くて、自分では座っている姿勢が関係しているのかなと考えていたのを思い出しました。頭は少し重くて、右に傾いている感じがあります。」

という感じで、自分の身体を「(下から上まで、外から内まで)スキャンする」ように観察できて、言葉にできるようになる人もいます。

ここまで、「自分の身体を繊細に感じる」ことができると、「その時点から」身体は変化し始めています。

自分を感じることで、何かに気づき、そしてそれを言葉にしてみると、それがまたさらに違う気づきを運んできてくれます。

そして、その気づきを重ねていくことが、実は身体そのものが変わっていくことにもつながっていくのです。

そのことをもう少し詳しく考えていきたいと思います。


「感じる」ことが、身体を大きく変えていく

僕がヨガをしていることは先に書きましたが、ヨガの最後には「シャバーサナ(屍、死体のポーズ)」という、仰向けに寝転ぶことをします。

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ヨガを始めて最初の頃は、「最後に昼寝ができるんだ」とだけ考えていたのですが、ヨガをやればやるほど、この最後のシャバーサナをすることの大切さがわかってくるようになりました。

それまでに行ういくつものポーズを、丁寧に積み上げていくと、最後のシャバーサナで寝転んだ時に、「一番の変化」を感じられることがあります。

「ヨガをしていて『一番の変化』が、いろいろな難しそうなポーズとか、いかにも身体を伸ばしていますというポーズじゃなくて、『寝ているだけ』のように見えるシャバーサナということ?」と、疑問に思う人も多いかもしれません。

もちろん、身体の硬くなっていた部分が、様々なポーズを行うことで、気持ちよく伸ばされたり、全身に血液が循環するようになり、身体もしなやかにゆるんでくるのですが、そこから床に静かに寝転んでみると、余計な思考は静かになり、身体の内側で起こっていることに、自然に集中するようになります。

さらにその時に、上手な先生が誘導してくれることがあるのですが、先生は「身体のどこに集中すればいいのか」を、ゆっくりと問いかけてくれます。

・身体と床がどのように接しているか。
 どの部分が一番圧を感じるか。
(→皮膚の感覚、重さの感覚)

・呼吸はどこに一番広がりを感じるか。
 左右で広がりの違いはあるか。
(→呼吸の感覚、左右の感覚)

・身体を線で結んだ時に、つながりが悪いところがあるか。
(→アライメントの感覚、骨格の感覚)

・一番遠くの音はどんな音か。
 自分の身体の中ではどんな音がしているか。
(→の感覚)

というように、五感の感覚や、身体の様々な感覚についての「問いかけ」を通して、そこで「何を感じるか」ということに、自然に意識を向けるようにしてくれます。(瞑想では、「誘導瞑想」と呼ばれたりします。)

その中で、「あ、下半身は地面によく沈み込んでいっている感覚があるのに、頭は地面になじんでいない感じがするな」であったり、「左脚だけ置いてけぼりな感じで、そこがつながってない感じがする。そういえば、歩いていても、左脚がもたもたする感じがしてたんだよな」と、「自分で気づく」ことができると、「それと同時に」身体は変化を始めます。

たったそれだけなのに、身体は確実に変わっていくのです。

身体の余計な緊張や、無意識に力が入っていた部分が、「(ガイドをしてもらいながら)自分の身体を深く繊細に感じる」ことで、少しずつ「解放」されていって、身体全体が一つに「統合」されていくような感覚を体験できます。

このヨガのシャバーサナの時間のように、「自分を感じる(そして、気づく)」ことと、「身体が変わる」ことというのは、別々の違ったものではなく、「(同じコインの表と裏のように)同じものの違う側面であって、互いに影響し合っている」と考えてもらってもいいと、僕は考えています。

ロルフィングで起こる「変化(変容)」というのも、この「感じる(感覚)」ことが大きなポイントになっています。


いつまでも変わり続ける、「感覚」と「身体」

「自分の身体で何が起こっているのか」を「感じる」というシンプルなことで、「身体そのものが大きく変わっていく可能性」が高まっていくのですが、その身体の「感覚」というのは、どんどん「変化(進化、成長)」させていくことができます。

感覚を養うことは過敏になることとは違います。ゆっくり育てるものです。』

この言葉は、東京で活動している友人のボディワーカーの竹野健太郎くんが、自身のブログの中で紹介していたものです。

竹野くんの言うとおりに、「感覚を養う(育てる、豊かになる)」ことというのは、「時間がかかる」ことです。1回のセッションで、すべてが変わるというようなものではありません。

僕も、長年ヨガをいろいろな先生から学んだり、ロルフィングのセッションを自分で受けたり、その他の様々なボディワークを体験してみたりしながら、ゆっくりと自分の感覚を「育む」ようにしてきました。

そうやって、時間をかけて、より「深く、繊細に、豊かに」感じられるようになってきたので、それに「呼応」するように、身体も「内側から、ダイナミックに、本質的に」変化をし続けているように思います。

そして、それには「限界はない」と考えています。

つまり、自分が何歳であっても、身体がどのような状態であったとしても、人は「感覚」を深めて、豊かにしていくことができますし、そしてそれは、いつまでも身体が大きく「変化」していけることを意味しています。

その身体の「感覚」が育っていくプロセスには、2つの「段階」があのではないかと僕は考えていて、そのことを順に説明していきたいと思います。


「安全・安心」から、感覚は「開かれて」いく

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まずは、感覚が「開かれる」段階があります。

そこでは、眠っていた全身に分布している「センサー(熱さ、冷たさ、圧、痛み、身体の位置、五感などの様々な刺激を感知する)」が目を覚まし、まるで「窓が開かれる」ような状態になります。

それによって、身体を通して得られる「情報」が、「量」も「質」も変化していきます。

その情報というのは、どんなものでもいいわけではなく、「身体にとって害がなく、ノイズも少なく、適度な量である」であるものが好ましく、そうでないものだと、身体が「安全・安心」を感じられず、逆に感覚は「閉じられる」ようになってしまいます。

僕の尊敬している内田樹先生は、そのことを以下の文章の中で、「毛穴が開く」と表現されています。

『僕だけの印象かもしれないけれど、四年間、朝から晩まで、この岡田山(注:内田先生が教鞭を執っていらっしゃった大学がある)の緑の中で暮らしていると、輪郭がうっすらにじんできて、周りの背景に溶け込んじゃうみたいな感じがするんです。変な話ですけどね。学生の中には、きっぱりクリアカットな輪郭の子もいます。そういう子たちは、大阪や三宮などの都市部を通過して通学してくる。だから、シャキッとしてるわけですね。ディフェンスががっちり固めてある。でも、寮生たちは、そういうガードが甘い。もう毛穴まで広々と開いていて、そこから岡田山の空気が出入りしている

都会だと、目に入るものは刺激が強いし、耳から入ってくる音はうるさいし、臭気も気分のよいものではないし、身体に触れる刺激もとげとげしいものばかりでしょう。それなら自己防衛上、視覚情報も聴覚情報も遮断して、五感の感度を下げるのは当然なわけですよ。身体感度を下げて、プロテクションを固めて、都会の不快な感覚情報の入力を遮っている。そうやってきりきりと引き締まった状態で学校や職場にたどり着く。目的地に着いてちょっとホッとして、ようやく鎧を解くといっても、なかなかすぐには解き切れない。

だけど、岡田山で暮らしている寮生たちは、ここで暮らしている限り、目障りなものは目に入らない。聞こえるのも鳥のさえずりと音楽学部からのピアノの音が聞こえてくるくらい。そこで四季折々の草花の香りに包まれている。こういう低刺激環境にいると、身体感度をかなり上げても、それによって不快な入力を浴びるリスクがない。だから、いつのまにか感覚の回路が全開してしまう。』
 - 内田樹、「現代霊性論」より引用

まさにこの文章のように、「身体にとって心地が良い環境の中に身を置く」ことで、身体は「安全・安心」を感じることができて、それが「センサーが目を覚ます(窓が開かれる、毛穴が開く)」ための、大切な「前提条件」になります。

そして、その目を覚ましたセンサーによって、「(適度な量と質の)新しい情報」が入ってくることになるのですが、それを「自分の身体を通して体験する」ことが重要になります。(情報を「知識」としてだけ、「頭に貯め込む」のとは違います。)

そうやって身体の感覚は、少しずつ「開かれる」ようになるのです。

ロルフィングでは、「強すぎる圧」であったり、「一方的に操作される感覚」を、なるべく身体に与えないように気をつけます。

それは、そのような刺激を、身体が「安全・安心」とは感じずに、感覚を「閉じたまま」にしてしまうことを避けるためです。

そのために、「透明な手によるタッチ(施術者のエゴがなく、クリアな意図を持っている)」を心がけているのですが、そうすると、身体がその「微細な刺激」を受け入れるために、「感覚を開く(感度を上げる)」ようになり、それによって何らかの「反応」が身体の内側から自然に引き起こされてきて、それが次第に連鎖していき、身体全体が「健全な状態」へと「統合」されていくようになります。

ロルフィングは、継続してセッションを受けることによって、受け手の方の「感覚が開かれる」ようになり、その経験を重ねていくことで、その感覚は自然に次のレベルへと移行していきます。


感覚の「塩梅」を教えてくれる「ガイド」の存在

その次の段階が、感覚を「養う(豊かになる)」というプロセスです。

「窓が開かれる」のはいいのですが、雨が降っている日も、風が強い日もあるかと思います。窓を開けたままだと、虫や鳥などが入ってくるかもしれません。

自分にとって必要のないもの(情報)」は、「制限」してあげた方がいい場合もあります。

その場合、「いつ窓を開けたらいいのか」ということや、「どれくらいの間、開けていたらいいのか」などの、「塩梅を養う」必要が出てきます。

それは「情報の取捨選択」をどうするかという問題です。

「塩梅」という言葉を使いましたが、それぞれの家庭の梅干しの漬け方が、おばあちゃんからお母さんへと伝わり、それがまた娘へと伝わっていくように、感覚をどう養っていくのかも、「ガイド(メンター、先達)」の存在が必要になってきます。

例えば、感覚が「開かれる」ことで、感覚入力はどんどん繊細になっていくのですが、「足の荷重がわずかに左右で違っていて、それが気になってしょうがない」といういう人も出てきます。

身体が「健全な状態」に向かっていくためにボディワークを受け始めたのに、今まで気にならなかったことが気になり過ぎてしまって、求めていたこととは逆の状態になってしまっているのです。

これが「過敏」な状態です。

それを別の言葉で言い換えると、「(感覚が開かれることによって得られた)情報を自分で取捨選択できていない」ということにもなりますし、「全体観を失っている」とも言えるかもしれません。

そんな時に、「その気になる感覚はそれで見守っておいていてください。そして、呼吸の動きは今どんな感じがしますか」と、「焦点を変える」ようにしてあげたりすることで、「全体観の回復」をガイドしていく必要があります。

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僕には4歳の息子がいますが、今は「虫採り」に夢中になっています。

特に大好きなのが、「モンシロチョウ」なのですが、あまりにも夢中になりすぎてしまって、周りの状況が見えずに、他の子どもとぶつかったり、道路などの危険なところに飛び出そうになったり、山の近くで虫採りをする時には、どんどん奥の方に入り込んでいってしまいそうになることがあります。

もちろん、このような子どもの「夢中(没入、忘我)」の状態というのは、そこでかけがえのないことを学んだり、自分を成長させていくためには不可欠なものなのですが、そこには「(ガイド役としての)大人」の存在がどうしても必要になります。

「大人」の役割としては、「あと10分くらい探してみよっか」と、「時間の制限」をかけてあげたり、「あと3匹捕まえたら帰ろっか」と、「具体的なゴールを設定」してあげることもあります。さらに、先ほどのように、「小さな虫が多いところには、他にはどんな虫や植物があるかな」などと、「焦点の合わせ方を変更」してあげたりするようなことも考えられます。

それらを総合的に組み合わせながら、「虫採りへの情熱を尊重しつつ、適切に制限を与えることで、森の知恵を授かる援助をして、最終的には安全に家に帰る」ということをしていかなければいけません。

この考えが、ロルフィングによって感覚を「養う」という時にも大切になります。

ロルフィングのセッションで、次第に感覚が「開かれて」いって、身体の奥深さ、豊かさに夢中になってもらえることはいいのですが、そこで注意をしないと、感覚を「養う」方向ではなく、感覚が「過敏」な状態に向かっていってしまうので、そこでロルファーが適切に「ガイド」をする必要があります。

ガイド役のロルファーが、広い視野で「全体観のバランス」を保ちながら、適切に「制限」を与えることで、受け手の方が「迷子」になることなく、「身体という森」から、様々な「知恵(叡智)」を学んでいくことができるのです。

そうやって、身体の感覚を「養う」ことができてきます。

そして最終的には、ガイドは、「必要な時にだけ、適切なガイドをしてくれるだけで、必要がなくなれば離れていく存在」です。

身体の感覚の「塩梅」は、そのように受け継がれていくのです。



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この記事も長くなってきたので、最後に簡単にまとめてみます。

自分を感じる」ことと、「身体が変わる」ことというのは、それぞれに影響し合っていて、「自分の身体で何が起こっているのか」を繊細に感じられるようになってくると、それだけで「身体が変化する可能性」が高まっていきます。(例:ヨガの「シャバーサナ」の時間)

その「感覚」というのは、いつまでも変化、成長させていくことが可能なので、身体が変わっていくことにも限界はありません。

「感覚」が変化していくのには、2つの段階があります。

①感覚が「開かれる
安全・安心」な環境で、「適切な量と質の新しい情報」を身体で感じる
例:「ロルフィングのセッションを受ける」ということ

②感覚を「養う
ガイド」が必要で、「情報の取捨選択」ができるようになる
例:「10シリーズなどで、ロルフィングのセッションを継続的に受けて、ロルファーとも様々にディスカッションをする」ということ

感度が良好」な身体には、「最小限の介入(なるべく何もしない、透明な手によるタッチ)」でも、「最大限の効果(本人も予想していなかったような大きな変化)」を得ることができます。

ロルフィングのセッションを重ねていくことで、感覚は「養う」ように成長していくのですが、そのためには「セッションに主体的に参加する」ことがとても大切です。「受け身」の状態でロルフィングを受けた場合とでは、「セッションの効果」がまるで違ってきます。(「虫採り」を無理やりさせられている子どもと、それしか頭にないほどに「夢中」でそれに取り組む子どもとでは、そこで「得られる体験」というのは、かなり大きな違いがあります。)

その「セッションに主体的に参加する」ために、まず受け手の方がすぐにできることが、「自分の身体を感じる」ということなのです。

Dさんは、最初の頃には、あまり自分の身体の感覚には自信がなかったようにも見えたのですが、少しずつ自信をつけられてきたように思います。

「身体という森」を、Dさんのペースで一緒に探検して、時間をかけながら感覚を「育んで」こられた実感がある10シリーズでした。

これからもDさんが、身体の不調や不和から解放されて、少しずつわかってきた自分の身体から、いろいろなことを学んでいってもらえたらと思います。

Dさん、10シリーズを受けていただき本当にありがとうございました。




Yuta

( Posted at:2018年11月14日 )

(残り2枠です)2018年12月の神戸出張ロルフィングのお知らせ。

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山形は僕の住んでいる街の中にも紅葉の波がやってきて、木々がきれいに色づいています。

同じ1本の木の中にも、よく日が当たっているところは、赤くきれいに染まっていて、それがオレンジのグラーデーションになり、下の方は緑色をしています。同じ木であることは変わらないのですが、環境(日光)との関わり合いによって、葉の色はきれいな移ろいを見せてくれます。

誰かがこうした方がきれいだからといって、葉の色をグラデーションにしているわけでもなく、自然の中では、互いに影響し合っていて、それが垣間見せる「美しさ」に、同じく自然の中で生きている僕たち人間が、はっと息を飲みます。

忘れがちですが、私たちもその1本の木のように、自然からの影響を受けています。葉の色が変わるように、目に見える変化はなさそうにも思えますが、気分や心は、いろいろと移り変わったりもしますし、もちろん、身体も季節によって変化しています。

みなさんの身体が、季節の自然の流れに沿って、よどみなく変化していけるように、ロルフィングがお役に立てればうれしいなと思います。

身体の不調や、不和、歪みなどでお困りの場合は、どうぞ気軽にご予約ください。


(予約状況は11月17日現在です)


12月7日(金)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


12月8日(土)

①  8:00 - 10:00 ○
②10:00 - 12:00 ○
③12:00 - 14:00 ×
④14:00 - 16:00 ×
⑤16:00 - 18:00 ×


12月9日(日)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×


【場所】
2ヶ所でのセッションになりますが、どちらも「三ノ宮駅から徒歩10分以内」の場所になります。ご予約いただいた方には場所の詳細をお知らせします。

【セッション料金】
 12,000円

【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2018年11月 5日 )

僕とホカとのいい関係。


ちょっと前に、新しい靴を買いました。

ホカオネオネ(HOKA ONE ONE)」というメーカーのもので、フランスのアルプス生まれの「厚底」が特徴の靴です。

上の動画を観ていただくとわかりますが、「下り坂を快適に、効率よく走るため」に、自分たちで靴を作り始めたところ、それが他の人にも口コミで広がり、フランスのアルプスの過酷なトレイルに対応できるように試行錯誤を繰り返した結果、「あらゆる人に対応できる靴」が誕生したということです。

今回のこの記事では、「僕の個人的な靴の好み」を紹介して、そこから「ランニンシューズの発展を支えた日本人職人の存在」と、最近のトレンドである「厚底ランニングシューズの登場」との関係性を考えてみようと思います。

そしてそれは、「僕が最近買った靴」にもつながっていきます。

「革新的な道具の誕生」には、その「背景」があります。

それを「踏まえて」道具を使うことができると、より道具が「扱いやすく」なったり、「愛着」が持てたり、「道具との健全な関係性を保つヒント」にもなります。

みなさんも毎日必ず履いているであろう「靴」という「道具」、その「関係性」を見つめ直すきっかけになればうれしいです。


本気なら「アシックス」


僕は、普段は「アシックス(asics)」を好んで履いています。

「アシックス」の靴は、「寡黙な職人タイプ」が多く、「余計なことをせずに、プロとしてサポートに徹してくれる」靴が多いなと感じています。

基本的には「主役=履く人」であって、「その人の実現したい動きの邪魔をせずに、さり気なく、そして確実にサポートしてくれる」という感じです。

特に愛用しているのは、「ソーティ(SORTIE)」というシリーズと、「スカイセンサー(SKYSENSOR)」というもので、「マラソンシューズ」に分類されるものなのですが、「ソールはフラットで、なるべく薄くて、軽い」のが特徴です。

「ソーティ」はその最たるもので、まるで「裸足で走っている」ような感覚になります。

立っている時には、重心はつま先にも踵にも寄らずに「フラット」な感覚で、歩行の際、足裏の体重移動の軌跡は、とても「自然」なものになります。

「ターサー(TARTHER)」シリーズになると、その体重移動を「アシスト」するような感じで、前にグイッと押し出されるようになりますが、基本的に前に進んでいく陸上競技ならそれでいいのですが、僕は「どんな動きにも対応してくれる万能タイプ」を求めているので、「ソーティ」の方が合っています。

「スカイセンサー」になると、少しソールが「厚く」なり、その分だけ「クッション性」が増して、名前の通りに「空を飛ぶように走る」感覚になります。

さらに、ソールに「余計な細工をしていない」ので、「センサー」のように「地面を繊細に感じる」こともできます。


「どんな動きにも対応できる靴」を探して

今は「ロルフィング」を仕事にしていて、ベッドでのマンツーマンでの「施術」が中心ですが、以前は「トレーニング指導者」をしていました。

高重量のウェイトトレーニングはもちろん、それを爆発的に行うリフティング系のトレーニング、そして、ジャンプやダッシュ、切り返しなどの多様なトレーニングに対応できる靴が必須でした。

各シューズメーカーのマーケティング戦力上、しょうがないかなとも思うのですが、店頭に並んでいる靴というのは、「バスケットボールシューズ」というように、「何かに特化している」ものが多く、「(その一足があれば)何にでも対応できるもの」というのは、実はそんなに多くはありません。

あまり「クッション性」がありすぎても、ソールに「いろいろなものが付加」されていても、重いウェイトを担いだ時に、地面に伝える力が「逃げる」可能性が出てきてしまいます。

そのために、「ソールはフラットで、なるべく薄くて、軽い」方がいいのですが、さらにはそこから「走る」、「止まる」、「飛ぶ」などの動作も行わなければいけないので、それらも満たしてくれる靴となると、僕としては「アシックスのマラソンシューズ」が、「どんな動きにも対応できる、最もバランスがいい靴」になるのです。


店員さん泣かせの困った客

靴屋さんに行くと、デザインなどよりも、まずは「ソールの表情」を眺めます。

それを見るだけで、大体「どんな風に履いてほしいのか」という「作り手の意図」がわかります。

じっと靴の裏底を見ては、少し触ったり、ソールをねじったり曲げたりして、いろいろな靴を手に取ります。

店員さんは、「この人はどんなものをほしがっているんだろう?」と、手に取る靴などをヒントにそれを推測しようとしたりしますが、「エリートマラソンランナー用」の靴を見ていたと思ったら、「投擲選手の練習用」のものを見たり、「フットサル」や、「バレーボール」、「バスケットボール」のものまで見ていたりします。

僕としては、先に書いたように「どんな動きにも対応してくれる万能タイプ」を探しているので、特に「競技という括り」はありません。

店員さんは困ったように、「何かお探しですか?」と聞いてきてくれるのですが、「ランニングシューズの選び方は、まずはキロ何分くらいで走りたいかの目標を聞いて、それに合わせて大まかなモデルを選んで、そこからは、軽いのが好きだったり、クッション性がほしかったり、個人の好みで判断していく」という、「定型パターン」でしか話せない人が多いので、「ソールはフラットで、立った時に体重が前後に寄ったりせずに、なるべく軽くて、薄くて、地面を踏んだ時にズレがない感じで、競技はこだわらない」などという、「わがままな要望」にはなかなか応えてくれません。

こういった「競技、用途などの括りにこだわらず、自分が求める機能をサポートしてくれる靴選び」に関しては、知り合いの「日本一重いベンチプレスを挙げる男(体重別)」の記事も読んでいただけるとおもしろいかと思います。

【参考記事】「シューズ選びの重要性(木下進人)


一人の職人の存在


少し前のテレビドラマに、「陸王」という、元々は「足袋屋」をしていた店が、経営不振で伸び悩んでいた時に、「足袋型のランニングシューズ」を開発して、お店を立て直していくものがありました。

その中で、「シューフィッター」と呼ばれる人が登場して、足袋屋さんに靴作りの「ノウハウ」を教えていくストーリーがあるのですが、それには「実際のモデル」が存在していました。

それが「三村仁司」さんという方で、「アシックス」に在籍していた当時、高橋尚子さんや、野口みずきさんなどの、日本人女子マラソン選手の輝かしい活躍を影で支えられてきました。その功績として、「アシックス」には、先ほど僕が挙げたような優れた靴がとても多いのです。

その三村さんは、次の活躍の場として「アディダス(adidas)」を選びました。

僕が大学を卒業してすぐの頃だったので、10年くらい前に、「アディゼロ タクミ(adizero takumi)」と呼ばれるシリーズが、三村さんが開発に関わったことで誕生してきました。

これも素晴らしい「名作」で、トップ選手でも、一般の市民ランナーの方でも、「アディダス」を選ぶ人がとても多くなってきています。

その三村さんが、今度は「ニューバランス(New Balance)」と契約されました。

これから、ニューバランスの「ランニングシューズ」の性能が、どんどん上がってくると予想されています。

そのことが書かれているのが、下の記事です。

【参考記事】「ナイキにニューバランスが果たし状

記事の中では、箱根駅伝ランナーのシューズの「メーカー分布」のことが書かれてありますが、三村さんの磨いてきた「薄底」の職人の技術と、昨今のランニングシューズ業界を席巻しつつある「厚底」との対比が書かれてあります。

三村さんの意見も載っているので、興味のある方はぜひご覧になってみてください。


「厚底」とは何か


三村さんの仕事のおかげで、先に挙げた「アシックス」のシューズのような「薄底」が、特に長距離トップ選手向けの「マラソンシューズ」では主流になっていたのですが、そこに彗星のごとく登場してきたのが、「ナイキ(NIKE)」の「ヴェイパーフライ4%」という、上の写真の靴です。

見ての通り、かなり「厚底」なのがわかります。

今までの「マラソンシューズ」の「定説」を、見事に「ひっくり返すコンセプト」を持った靴です。


日本では、「大迫傑」選手がこの「厚底」シューズを履いて、主要なマラソン大会で好成績を収めたことで、一気に「火がついた」ようにこの靴が「トレンド」になりました。

この前行われた「東京マラソン」でも、テレビ中継を観ていると、かなりの人数の市民ランナーの方々が、この靴を履いているのが確認できました。

【参考記事】「3万円で2時間切り"ナイキ新厚底"の威力

上の記事には、このナイキの靴の「最新バージョン」に関しての情報が詳細に書かれてありますが、海外のトップ選手からの要望で、「クッション性がほしい」という声が多かったので、「厚底」になったという部分があります。

さらっと読むと、「厚底の誕生は、クッション性のため」と読むこともできますが、僕個人としては、それよりはむしろ、その「厚底」の間にある「カーボンファイバープレート」の存在が大きいのでないかと考えています。

どういうことかと言うと、「カーボンファイバープレート」という素材は、「軽くて、よくしなる」性質を持っています。

その素材を、「クッション性があって、厚い素材」によって「(上下から)挟む」ことによって、「積極的にカーボンファイバープレートをしならせる」ことができるようになります。

そして、それが「しなり返る」時に、「グイッと前に押し出される推進力を生む」ことが可能になるのです。

履いている人にとっては、「厚いソール」の中に埋め込まれている「カーボンファイバープレート」に、「いかに仕事をさせるか(いかにきれいに、効率よくしならせるか)」がポイントになります。(そのためには、「前足部接地」が必要になります。)

先ほどの「ターサー」にも、同じような機能ががあると書きましたが、それよりも圧倒的に「グイッと前に押し出される推進力」が大きく、それを仮に「薄底」に「搭載」したとしても、しっかりと「しならせる」ことは難しいかと思います。

ソールが「厚底」になった理由は、「クッション性」のためというのももちろんだと思いますが、それよりも、「カーボンファイバープレート」という「走りを加速させるエンジン」のような素材を、「より効率よくしならせるためのスペーサーとしての役割」の方が大きいのではないかというのが、僕の考えです。

大迫選手や、今では多くの市民ランナーの方々も使用しているこの「厚底」シューズは、「厚底の中にエンジンを搭載しているような靴」とも言えるかもしれません。

そうなってくると、三村さんに代表される「余計なものをなるべく削ぎ落とした」ことによって生まれてきた「薄底」のシューズと、「走りを加速させるエンジンを積んでいる」ような「厚底」のシューズというのは、ただの「ソールの厚さの違い」という、「単純な構図の比較」ではなくなってくるのではないかと思います。


「道具に仕事をさせる」という感覚

このことを書いていて思い出したのが、日本代表の「アルペンスノーボード」選手の遠征に帯同させてもらった時の経験でした。


アルペンスノーボードは、日々「道具の進化、イノベーション」が起きていて、「ある道具の登場」を境にして、「パフォーマンス」に明らかな差が生まれ、そのために「乗り方(身体と道具の操作の仕方)」までもが、まるで変わってしまうことがあるそうです。

極端な話ですが、その道具の存在を自分だけが知っていて、他の人には教えずにいると、自分だけが勝つことも可能になるということです。

それを聞いて、それほどまでに、「道具の性能がパフォーマンスに与える影響が大きいスポーツ」だと思い知らされたと同時に、「道具にいかに仕事をさせられる身体であるかどうか(ただ、身体を大きくしたり、強くすればいいということではない)」という「視点」が、僕に加わりました。

「スポーツ」と一括りに言っても、「F1」などのような「モータースポーツ」では、「マシンの性能」がものすごく重要になってきますが、その反対に、「水泳」のように「身体能力」で勝負が決まるものもあります。

そういう意味では、「陸上」というのは、かなり「身体能力(走力、跳力など)」に焦点が置かれがちだと思いますが、この「厚底」シューズの登場のおかげで、「積極的に、靴(道具)の性能を引き出せるように身体を使える能力」というのも考えなければいけなくなってくるのではないかと想像します。


「厚底」と言えば、「ホカ」

そんな、ランニングシューズ界に突如として現れた「厚底」シューズにも、「きっかけ」が存在しています。

それは、「僕が最近買った靴」のメーカーである、「ホカ」から始まっていきました。

すでに最初に書いたように、元々は「トレイル(山道)を下る際の、快適な靴作り」から、この「ホカ」は誕生してきたのですが、それが人づてに、いろいろな人や、シチュエーションへと広がっていって、山道などの「オフロード」から、マラソンなどの「オンロード」にも使われるようになります。

実際に「ホカ」には、「マラソンシューズ」のような「オンロード」用の靴もたくさんあって、そこから世界のシューズメーカーである「ナイキ」がそれに目をつけて、先ほどのシューズを開発して、それを各メーカーも追随していっている状況です。

今でこそ、世界中の有名ランナーが履いていることで「ナイキの厚底」が有名になりましたが、元々は「厚底と言えば、ホカ」だったのです。


写真の真ん中が、今回購入したものです。

これは「ランニングシューズ」ではなく、街での「タウンユース」から「ハイキング」などにも対応しているものなので、今までに紹介してきたような「スピードを競う」目的の靴ではありません。

ソールは「ビブラム(Vibram)」のものを使っていて、「ビブラム」は、「ファイブフィンガーズ(5本指の靴)」が有名ですが、今では様々なシューズメーカーが、ソールの「アウトソーシング(外注)」をしていて、「ホカ」の「オフロード」用のものにも、多く採用されています。

山道などのトレイルが得意なので、デコボコしている路面をしっかりと「グリップ」できるように、ソールには「様々な機能が付加」されていて、「にぎやか」なのが特徴です。

僕はほとんどが、アスファルトなどの「静かな」路面を歩いているので、「ビブラム」のソールだと、少し「騒がしいな」と感じました。

さらにそこに、「ホカ」の代名詞でもある「厚底」も加わるので、かなり「歩き方の調整」をする必要がありました。


「バネ」の存在感


上の動画が、「ホカ」のソールの機能である「PROFLY」の説明なのですが、つま先に「バネ」があるのがわかるかと思います。

今回買った靴で、一番慣れなかったのが、この「バネの扱い方」です。

よく履いている「アシックス」の靴だと、「プロとしてサポートに徹してくれる」感覚なので、僕自身は「何も考える必要がない」状態で、歩いたり、走ったり、様々な動きを行うことができます。

そのおかげで、「地面の声を聴く」といったことや、「足裏の重心移動の軌跡を感じる」というような、「身体の微細な感覚」に「意識を集中する」ことができます。

僕は、より「受動的な歩き方」ができて、「主役=履く人、サポート役=靴」というイメージです。

今回の「ホカ」の靴は、「バネをいかに上手に使うか」がポイントになるので、そのためには、履いているこちら側が、一歩一歩「踏み込む」感じで歩いていかないと、「バネに負ける」ような感覚になってしまいます。

欧米の人のように、体格ががっちりしていて、筋力も十分にあって、歩く際に「ズンズンと踏み込んでいくタイプ」の人であれば、「(何も考える必要もなく、自然に)バネを使える」のではないかと思います。

先ほどの「アシックス」と比較すると、「能動的な歩き方」する人には合っているかもしれませんが、「主役=靴、サポート役=履く人」になってしまう可能性もあるかもしれません。

さらに、この靴が生まれてきた環境は、「フランスのアルプスで、デコボコした岩があるトレイルを下っていく」というものなので、その状況だと、「つま先方向に体重移動しやすく」なります。それによっても「(自然と)バネを使える」感覚になります。

つまり、「(デコボコもしていない)平坦な道」を、「(自分から踏み込んでいく、能動的な歩き方ではなく)受動的な歩き」をする僕にとっては、「歩き方」だけでなく、「意識」も変えなければいけませんでした。

「道具に仕事をさせる」という「コツ」をつかむことができてからは、逆に「下り坂をタイヤが転がる」ように、スイスイと歩いていくことができるようになりましたが、それに気づくまでは少し時間がかかりました。


「補完」か「拡張」か

「道具」には大きく分けると、「人の身体の能力」を、「補完するもの」と「拡張するもの」とがあります。

それぞれの例を出してみると、「サングラス」というのは、「紫外線に弱い眼」を「(レンズで)補完」することで、眼を「保護」してくれたり、「眩しさを和らげる」ことで、作業に集中することができます。

「サングラス」があることで、「刺激、ストレスを和らげ、その人が持っている能力を存分に引き出す」ことができるのです。それが「補完する道具」です。

それに対して「双眼鏡」は、眼の「遠くのものを見る能力」を「拡張」することができます。

「双眼鏡」のおかげで、「眼が元々持っている能力そのものを延長する」ことができるので、「拡張する道具」になります。

そういう意味で言うと、「アシックス」の靴というのは、僕が「裸足で走っている」と感じるように、「裸足そのもので走ると、石などを踏んでしまって、痛くて能力を発揮することができないけれど、そこに最低限の膜、バリアがあるような感じで、足を保護してくれることで、裸足のように軽やかに走っていくことができる」ようにしてくれているので、「(足の能力を)補完する道具」になるのではないかと思います。

今回の「ホカ」や、「ナイキ」の靴に関しては、「走る際の足の蹴る力を後押ししてくれて、楽にストライドを伸ばすことができる」ので、「(足の能力を)拡張する道具」に当てはまると考えられます。

最近では、「義足」で走るパラアスリートの方が、「健常者が出した世界記録を超えるのではないか」と言われていたりしますが、それもこの問題に類似するものだと思います。

以前の「義足」は、まさに「亡くなった足を補完する道具」という意味合いが強かったと思うのですが、「テクノロジーの進化」によって、「そもそもの足の能力を拡張する道具」というものに「移行」してきているようにも思います。



道具を通して、自分を眺める

「その靴は、そもそも道具として、自分に何をしてくれるものなのか?」

今回、「ホカ」の「厚底」の靴を履いてみて、改めてそんなことを考えました。

「最近流行っている厚底は、どんな感じなんだろう」という感じで、「道具ありき」で靴を買ったのですが、東京マラソンで「厚底」シューズを履いていた市民ランナーの方の中にも、「大迫選手が履いてるから」というだけの理由の人もいたかと思います。

「道具」というのは、「選び方」を間違えてしまうと、自分の「主体性を損なう」可能性も出てきてしまいます。

道具はどんどん「進化」していて、「厚底」のような「革新的」なものも登場してきて、今後はさらに「多様化」が進むかと思います。

それを「選ぶ側」である僕たちが、よくそれを考えて「選択」しなければ、「道具とケンカしてしまう」ことがあったり、「道具に支配される」ということも起きるかもしれません。

今回の記事では、「靴」という「道具」を巡って、様々なことを書いてきましたが、道具のことを考えれば考えるほど、「自分のことをまずはよく知らなければいけない」と思うようになりました。

ついつい、スマホなどで「道具をいろいろと検索すること」に時間をかけてしまいがちですが、まずは「自分自身をよく知ること(自分の身体はどういう状態か、どんな走りをしたいのか)」も、とても大切なことだと思います。

そして、その上で「道具とゆっくりと会話すること」によって、少しずつ「(自分なりの)道具との健全な関係性」を探っていくのがいいかと思います。

言うまでもありませんが、「完璧な道具」などこの世の中にはありません。

「道具の評価(レビュー)」に「振り回される」よりも、「どんな道具とでも、仲良くやっていける自分でありたいな」と思います。

「ホカ」も、最初は少し戸惑いましたが、今ではだいぶ「会話が弾む」ようになってきました。

これはこれで「僕とホカとのいい関係」だなと思っています。




Yuta

( Posted at:2018年10月 7日 )

10月の3連休に東京でロルフィングします。

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10月6日(土)〜8日(月・祝)の3連休に、東京で出張ロルフィングをします。

東京にはたくさんの認定ロルファーさんがいらっしゃるので、ロルフィングの特徴である「10シリーズ」は提供せずに、「単発」でのセッションをすることにしています。

だいぶ東京出張にも慣れてきて、セッションしている近くにいい感じのカフェを見つけて、少しずつ東京に行くのも楽しみになってきました。

東京出張では、普段の山形ではあまりセッションする機会がないような、多種多様な方々にロルフィングすることができて、いつもロルファーの僕の方が学びの多い時間になっています。

今回はどんな出会いがあるか楽しみです。

下に出張ロルフィングの案内を載せておきます。

興味のある方は、ぜひ気軽にご連絡ください。


(予約状況は9月27日現在です)


10月6日(土)

①10:30 - 12:30 ×
②13:00 - 15:00 ○
③15:00 - 17:00 ○
④17:00 - 19:00 ×
⑤19:00 - 21:00 ○


10月7日(日)

①  9:00 - 11:00 ○
②11:00 - 13:00 ○
③13:00 - 15:00 ○
④15:00 - 17:00 ○
⑤17:00 - 19:00 ○
⑥19:00 - 21:00 ×


10月8日(月・祝)

①  9:00 - 11:00 ○
②11:00 - 13:00 ×
③13:00 - 15:00 ×
④15:00 - 17:00 ×
⑤17:00 - 19:00 ×


・時間には、説明、問診、着替えの時間も含まれます。
・待合室はありませんので、予約時間にお越し下さい。

【場所】東急田園都市線「桜新町」駅 徒歩10分程度
        ※住所の詳細は予約された方にお伝えします。

【料金】13,000円

【服装】襟付きのシャツ、伸びないジーンズ、スカートなどは避け、
    身体を締め付けない楽な服装

【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com




Rolfing House festa
Yuta
( Posted at:2018年9月 6日 )

(残り3枠です)2018年9月の神戸出張ロルフィングのお知らせ。

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最近の山形はめっきりと涼しくなり、朝晩は寒いくらいです。

なんだか季節感というか、四季の移ろいというものは、今後、感じる暇もないのでしょうかね。

それほどに季節の変化が急です。

人間の身体というのは、基本的には「急激な変化」が苦手です。

「ゆるやかに、気づいたら移ろっていく」くらいがちょうどいいのです。

まだまだ神戸は暑いと思いますが、山形の僕の身体は、この変化に驚いています。

こうもパッと変化する環境に、柔軟に対応していくには、「しなやかで自由な身体」が必要になってきます。

その反対に「硬く、流動性が低い身体」だと、その変化の振り幅についていけずに、大きく体調を崩すことで、そのバランスを取ろうとしたりします。

そうやって身体が「極端な対処法」を選ばないように、この時期にロルフィングで身体をニュートラルにしておくのがおすすめです。

関西方面のみなさんのご予約お待ちしています。


(予約状況は9月14日現在です)


9月21日(金)

①14:00 - 16:00 ○
②16:00 - 18:00 ×
③18:00 - 20:00 ○


9月22日(土)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ○
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


9月23日(日)

①  9:00 - 11:00 ×
②11:00 - 13:00 ×
③14:00 - 16:00 ×
④16:00 - 18:00 ×
⑤18:00 - 20:00 ×


【場所】
2ヶ所でのセッションになりますが、どちらも「三ノ宮駅から徒歩10分以内」の場所になります。ご予約いただいた方には場所の詳細をお知らせします。

【セッション料金】
 12,000円

【予約方法】
 ①電話     090-2954-8207
 ②メール info@rolfing-festa.com




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2018年8月30日 )

イチゴが食べたい人。

「イチゴが今どうしても食べたい」という人がいたとして、「すぐに近くのスーパーで買ってきますね」と走っていく人もいるだろうし、「それなら、こんなウェブサイトがありますよ。そこだと、今一番おいしいイチゴの詰め合わせが、送料込みで3,000円くらいで、明日には送ってくれるみたいです」と、スマホ片手にささっと検索して、その人にそのリンクを送ってくれる人もいるかもしれない。

イチゴが今どうしても食べたいという人を目の前に、その課題を解決するために、いろいろとしてくれる人たちがいる。

僕は、イチゴを作る側の人間だ。

その人がもしもそう言ってきたとしたら、「わかりました。最高においしいイチゴを作るので、来年の春まで待ってください」と言うだろう。

イチゴができるのには、どうしてもまとまった時間が必要で、訪れるいくつもの困難な状況も、なんとかくぐり抜けていかなくてはいけない。

「いやいや、その人はイチゴが『今』どうしても食べたいのだから、売っているものがあるんだし、それを買ってあげるのがいい」という人もいるかもしれない。

それはその通りだと思う。おかしなことは何もない。

でも、「そうなんですか。それは今から春が来るのが楽しみです」と、その人がニコッと笑顔になってくれて、来年の春まで楽しみに待ってくれたらいいなと、本当に僕はそう思っていて、「もう少し待ってくれませんか」と伝える。

「それで、その人が笑顔にならずに、怒ってしまったらどうするんですか?」と聞く人もいるかもしれない。

それは、まだまだ僕はイチゴのことも、それを育んでくれる自然のことも、それをお願いしてきたその人のことも、または人間のそのもののことも、よくわかっていないだけのことだと思う。

そんな僕に、できることがあるとすれば、やはり丁寧にイチゴを育てて、その人にイチゴを届けることしかないのだ。

そんな人に、僕はなりたい。




Yuta

( Posted at:2018年8月21日 )

モニターBさんの感想(セッション7 | 40代 女性)

今回は、モニターBさんのセッション7の感想です。

セッション7に関しての基本的な解説は、Aさんのセッション7で書いていますので、そちらもご覧になってみてください。

以下が感想です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

7回目の施術を受けてきてから約2週間が経ちました。

肩や首、頭といった、身体の上の部分の施術でした。

腰が苦しく、腰が治ればとの思いで通い始めて半年が過ぎ、現在腰の痛みに悩まされることが無くなり、とても感謝の気持ちでいっぱいでおりました。

下半身の歪みを治していくことで、歪みが移動して上に上がり、頭や首の辺りに違和感が出ることがあったり、実は頭蓋骨や背骨の歪みが原因で、腰の痛みを発症することもあるとの説明を受け施術していただきました。

特別痛い訳でもなく、心地よく施術が終わりました。

通い始める前の辛さを忘れるくらい、今は快適な毎日を過ごしております。

高校生の時からあった肩凝りもほぼありません。

どんどん身体の痛みが酷くなるということから解放され、身体は動きやすくなり、常に痛みがあるというストレスから解放される日が来るとは思ってもいなかったため、感謝の気持ちでいっぱいです。

あと3回、また一回一回を楽しみに、身体と向き合っていきたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


しなやかで柔軟な首

人間の頭というのは、「ボーリングの球」くらいの重さがあり、その重い頭を「どのように身体に置くか(頭の位置関係、ポジショニング)」というのが、このセッションでのテーマになります。

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身体の構造を支える上向きの力に、頭を「置く」イメージ

上の図のように、セッション6まで終わった身体というのは、身体の構造を支える上向きの力(ロルフィングでは、「ライン」と呼びます)が現れるようになり、全身の力は抜けているのに、その構造は下に倒壊せずに、上の方向に伸びていくようになります。

ロルフィングを受けた人が、上に抜けていくような垂直性の力に支えられながら、肩の力が抜けている「自然体」に見えるのはそのおかげです。

その際に、重い頭がきちんと「ライン上」に位置していると、上向きの力のサポートのおかげで、「頭がないように軽いです」というような、セッション7の後によく聞かれるような状態になります。

しかし、それとは逆に、「ラインから外れる」状態になってしまうと、頭は「下に落ちようとする」ようになります。

それでも、私たちの頭が下に落ちてこないのは、「頭に付いているたくさんの首の筋肉たちが、緊張して硬直すること」で、それを支えてくれているからです。

そしてそれが、「(緩んでもすぐに元に戻ってしまう)慢性的な肩こり」を生み出す「背景(土壌)」にもなってしまいます。

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上の写真は、アレクサンダーテクニークというボディワークを始めた、F.M. アレクサンダー (Frederick Matthias Alexander, 1869-1955)さんが、座っている女性に対してワークをしている様子です。

アレクサンダーさんが、どういう経緯で自身のメソッドを確立していったのかを下に引用してみます。

"オーストラリアで若い俳優として有望なスタートをしましたが, しばらくすると舞台上で声がかすれたり, 出なくなりました。医者も治療のしようがなく, アレクサンダーは自分で原因の解明にのりだし, 三面鏡の前にたってセリフをしゃべる瞬間の自分自身を観察しはじめました。その結果わかったことは, 「やるぞー」とおもった瞬間に, 首の後ろを縮めていたのです。そのため頭が重たくのしかかり, 声帯に圧迫を加えていました。その反対に, 首がらくになっていて, 頭が前と上へ行き, ふわっと脊椎のうえでバランスをとっていれば, 声がらくに出ます。首の緊張がなければ, わたしたちに生来そなわっている能力を発揮できることがわかりました。"
              (日本アレクサンダーテクニーク協会HPからの引用)

読んでいただいてもわかるように、アレクサンダーさんは、「頭を脊柱に対してどうバランスするか(頭とそれ以外の身体との関係性)」に着目していたことがわかります。

それが一つのボディワークとして成り立つほどに、ロルフィングのセッション7で扱う「頭の位置関係」はとても大切なポイントになります。

もう少し踏み込んで書くと、このセッションの課題は、先に書いたように「構造がある程度整ってきた身体に、どう頭を置くか(頭の位置をどう調整するか)」とも考えられますし、または、「頭の位置が変わることに対して、それ以下の身体がきちんと対応できるのか(頭の位置変化に対応できる柔軟さが、頭以下の構造にはあるのか)」とも考えられます。

後者が少しわかりにくいので、下に参考になる動画を紹介します。



どんなに(頭以下の)身体の位置が変化しても、ニワトリの頭の位置は「一定」になっていることがわかります。

それは、「身体の位置変化」に、「頭が柔軟に対応している」とも言うことができます。

そしてそれを支えているのは、「どんな動きにも対応できる、可動性のある首」の存在があります。

先ほどの、頭が「ライン上」に位置することなく、頭を前に突き出しているような身体では、頭が下に落ちないように、「首」が「ガチガチに硬く」なっています。

そのような身体の状態では、この動画のニワトリたちのような動きはできそうにもありません。

さすがにここまでの動きはできなくても、セッション7で「固定されてしまった首の解放」が適切にできると、頭のポジションが少し変化するだけで、それ以外の身体の位置関係や構造そのものにまでも変化が起こるようになります。

単純な例で言うと、頭の位置を微調整するだけで、なかなか改善しなかった腰のこわばりが緩んだりすることも起こるようになるということです。

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この写真もアレクサンダーさんの写真ですが、「身体のどの位置に頭を置くか」を調整しながら、「頭をどこか違うポジションに持っていったとしても、それに身体が対応してくるか」も確認しているように見えます。

そして、それらができるためには「しなやかで柔軟な首」が達成されていなければいけません。

写真を見る限りですが、この少年の首は、とても「しなやか」そうに見えます。

アレクサンダーさんは、主に「頭のポジショニング」の「微細な変化」によって、「固定されてしまった首」をいかに「解放」するかに焦点を当てていたのではないのかなと、個人的には思っているのですが、「頭の構造」そのものの「微細な変化」が、首だけでなく全身の構造にも変化を促していくと考えているボディワークもあります。

それについては、Aさんのセッション7で少し触れていますので、興味のある方はそちらも参照してみてください。

「頭」というのは、私たちの身体の構造の「一番上」に位置していますので、それだけに身体に与える影響というのも大きくなります。

それを深く探求していくのが、このセッション7での課題になります。


「単発」セッションと「10シリーズ」

ロルフィングでは、テーマの異なる10回のセッションを受ける「10シリーズ(通称:レシピ)」というのがありますが、もちろん「単発」でのセッションもします。

例えて言うなれば、10シリーズというのは、「今日は『高校の部活の思い出』について話してみましょう」というような「テーマトーク」で、単発でのセッションは「フリートーク」というようなイメージです。

それぞれには一長一短があるのですが、festaのロルフィングは、基本的には「10シリーズ」をおすすめしています。

遠方で通うのが難しかったり、そこまでの金銭的な余裕がなかったり、とにかく痛みが強すぎてなんとかしてほしいというような場合には、「単発」でのセッションをすることになりますが、それもあくまで例外という感じです。

理由としては、「身体の『土壌(土台、根本)』からの変容を引き出す」ということを目指すべきゴールと考えると、10回のそれぞれのテーマで、身体を「無理なく段階的」に、そしても「もれなく全体的」にアプローチする「10シリーズ」の方が、確実にそれを達成できるからです。

その時に合わせた「単発」セッションも、すぐに痛みがなくなったり、驚くような「変化」が出るようなこともあるのですが、あくまでそれは「変化」であって、「(土壌そのものが変わってしまうほどの)変容」と呼べるものではないかと思います。

今回のモニターBさんが、10シリーズを始める前にどういう状態だったかは、セッション1のブログを見ていただけたらと思うのですが、もしもBさんに単発セッションをしていたとしたら、現在のような状況にはならなかったかもしれません。

身体という自然が、元々そうであった健全な状態に還る」ということ。

身体の自然の秩序が崩れていくのには、様々な要素が複雑に絡み合っているのですが、それを時間を味方につけながら、10シリーズをじっくりと進めていくと、多くの身体を悩ませる症状は、その役目を終えて、大きく軽減したり、消失していくことが多いと感じています。

あと3回セッションがありますが、一つずつ丁寧に身体と向き合っていって、少しでもBさんの身体の自然が元々の健全さを取り戻すお手伝いができたらいいなと思います。

次のセッションも楽しみです。




Yuta

( Posted at:2018年7月20日 )

カードによるお支払いが可能です。

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ロルフィングのセッション料金のお支払いの際に、「クレジットカード」がご利用できます。(ヨガはご利用できません。)

主要なクレジットカードに対応していますので、ご希望の方はお申し付けください。

なお、クレジットカードでのお支払いの場合には、「カード決済手数料(3.25%)」がかかりますことをご了承ください。

対応可能なクレジットカードは以下の通りです。

・VISA
・Mastercard
・American Express
・Diners Club
・Discover
・JCB(※手数料は3.95%になります)




Rolfing House festa
Yuta

( Posted at:2018年7月18日 )

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