先日、少し暖かくなってきたので、息子と近くの公園で遊んでいたら、「木の枝の形」が目に留まりました。
青空の中に、きれいな「フラクタル構造」が広がっていました。
息子が生まれ、外で一緒に遊ぶようになってから、自然の中に何かを見つけることが多くなりました。
アリの行列をしゃがんで見つめてみたり、落ちたどんぐりの実から芽が出ているのをじっと観察してみたり。
なんだか小さい頃に戻ったような感覚です。
小さい頃の僕は、しいたけが原木から芽を出してきているところを見て、「しいたけが歌ってる」とずっとそれを眺めていたり、真冬の寒い夜に外に出かけて、星の輝きを寒さも時間も忘れて見ているような少年でした。
自然は、それを「熱心に見つめる人」に対して、たまに「秘密」を教えてくれることがあります。
ロルフィングをしている時にも、「人の身体(一番身近な自然)」が、いろいろなことを教えてくれます。
それには、少しコツがあるような気がしていて、「秘密を教えてくれ」と願う時には、それはなかなか起こらないのです。
ただ、「きれいなので、ずっと見つめていた」というような時にだけ、自然はそっとその「秘密」を明かしてくれます。
「お父さん、なんで木を見てるの?」と、息子が聞いてきました。
「おもしろい形してるね、この木」と、僕は答えました。
息子も、外で遊んでいて急に静かになったと思ったら、地面にしゃがみ込み、手のひらの小さな虫を不思議そうに眺めていたりします。
きっと、「大切な何か」を教えてもらっているのでしょう。
そういう体験が、彼の中の深いところに蓄積されていって、彼の進むこれからの道をやさしく照らしていってくれればいいなと思います。
Yuta