いよいよモニターBさんの10回目のセッションが終わりました。
「痛みだらけの身体の悲鳴が聞こえてくるようでした」
最初にロルフィングを受け始めた時には、上のような言葉が感想にあったほど、過去のケガや手術などによって、身体は「
痛みに縛られて」いて、自由で快適である「
健全な状態」からは、かなり距離のあるところからのスタートでした。(詳しくは、「
Bさんのセッション1」をご覧になってみてください。)
それでも、ロルフィングの目的は、「痛みや不調を治療する」ことではなく、「身体が元々の秩序、調和、統合された健全なバランスを取り戻していくようにサポートする」ものなので、「痛みだけに焦点を当て過ぎない」ようにしていました。
「痛み」を「取り除くべき悪しきもの」と捉えるのではなく、その人が「自分の全体性を回復するために、必要があって出てきたもの」、または「身体が何かを訴えようとしているメッセージ」と捉えるのとでは、とても大きな差があります。
この「痛みに対する態度」の方向性は、前者であれば、意識は「自分の外側(腕のいいお医者さん、よく効く薬、話題の健康グッズなど)」に向かっていきやすくなりますが、後者は「自分の内側(身体の感覚、気づいていない自分の気持ち、精神状態など)」に向いていきます。
施術者であるロルファーが「痛みという課題」と直面した時には、まさにそのタイトルのように、「(全部知っている)身体からのメッセージ」としてそれを捉え、受け手の方の身体は「(痛みを通して)何を伝えようとしているのか」を、時間をかけて丁寧に「翻訳」していくように努めます。
身体は、本来はとても「素直」なので、その人を「苦しめよう」などとは思っていません。
例えば、「小さな子ども」が、大声を出したり、いじわるなことをして、「母親を困らせている」ように見えることがありますが、それは「(母親に)関心を向けてほしい」だけというのがほとんどで、その「メッセージが確かに伝わった」と感じると、すぐにその態度は変化していきます。
中には、すごくたくさんの「メッセージ」がありすぎて、「結局、何を伝えたいのか」というのが、「混乱していてわかっていない」子どももいます。(小さい子どもは、よくそういうことがあります。)
そういう時には、親が「今していること(料理を作っている、スマホを見ている、友達との話に夢中になっているなど)を一旦やめて、きちんと子どもに向き合って、ゆっくりと話を聞いてあげる」ようにすると、子どもは「自然と落ち着いてくる」ようになります。
これはロルフィングでも同じで、身体が「(痛みによって)何かを訴えたい」とその人に対して思っているのに、それを「聞こうともせず」に、「(薬や治療などで)すぐに取り除こう」としてしまうと、身体は「無視された」と思ってしまうかもしれません。
そうなると、「もっと痛みを強くしよう(強化された反応)」となったり、「違う場所、形で痛みを出そう(反応の転化)」などとなっていくことがあります。
これは、「身体」と「頭(その人の都合、考え)」との「意思疎通(コミュニケーション)」が、うまくいっていない状態です。
そういう時に、ロルファーが「間に入る」ようにして、「10回の身体へのインタビュー」を行うことで、そのメッセージを通して「何を本当に伝えたいのか」ということを、一緒に明らかにしていこうとするのが、ロルフィングの「10シリーズ」になります。
その「10シリーズ」を、Bさんは他のモニターの方よりもゆっくりの「1ヶ月に1回」ペースで受けてきました。
「セッションの間隔はどれくらいにしたらいいですか?」と、よく聞かれることがありますが、通常は「1〜2週間に1回」くらいのペースが推奨されていて、長くても「1ヶ月に1回」とお答えしています。
身体が「元々の健全な状態に還っていく」のにも、人それぞれの「プロセス」があるので、それに適した「頻度」も当然あります。
仕事が忙しく、なかなか自由にできる時間がなかったり、1週間に1回だと金銭的に厳しかったり、受ける方の個人の生活、仕事の状況、そしてもちろん身体の状態などのお話を聞いていくことで、「この方なら2週間に1回がいいかな」と、なんとなく「ロルファーにとっても、クライアントの方にっても、双方にとって」いいところに収まっていきます。
他のモニターの方のブログをご覧になっていただいた方はわかるかと思いますが、ロルフィングのセッションでは本当にいろいろなことが起こります。
起こることの中には、僕の頭で理解できるものもあれば、そうではないものもあります。
今回のBさんの場合も、最初の頃の、痛みや違和感がかなりあった苦しい状態から、今回の10回目の最後の感想のように、「痛み、苦しみから解放された状態」になっていくまでを今まで書いてきましたが、「そこで起こったことのすべてを理解しているか」と言われると、すべてではありません。
けど、どんな状態の人であれ、「10シリーズを受けます」と決めた方との「変容の旅」は、「必ずしや、いい方向に導かれていくであろう」という「根拠のない自信」は持っています。
「自然の叡智が具現化(エンボディメント)した存在である、身体」と、「(それに向き合う方法としての)ロルフィング」のことを、僕はとても信頼しているのです。
ロルフィングを受け始める方の多くは、「ロルフィングって何かよくわからなかったんですけど、なぜか受けようって思ったんですよね」という人がほとんどです。(僕もその1人です。)
その方々は、ロルフィングに「何か惹かれるもの」を感じ、そこに「希望のようなもの」を見出してくれているのかもしれません。
今回は、「それが何であるのか」を、禅の「十牛図」との関連を含めて考えていけたらと思います。
最初に書いておきますが、「ロルフィングと十牛図が関連している」と考えているのは、あくまで「僕個人の見解」で、すべてのロルファーが考えていることではありません。
そして、「十牛図」の解釈も様々あって、そしてとても「哲学的」です。禅の修行を気の遠くなるほどの時間されてきたような方が、ようやく少しずつ見えてくるものがあるような世界だと思います。
ロルフィングは、「(重力空間の中で)身体の構造のバランスを整える」ことを目的にしていて、「身体の構造をどう捉えて、どう観察して、どんなことをしていくのか」ということに関しては、Bさんの10シリーズの前半にも、他のモニターの方の記事にもいろいろと書いてあります。
あくまでそこが「(ロルフィングの)基本、土台」であって、今回のこの考察は、「ロルフィングは身体の構造のバランスを整えるが、それだけではなく、その過程の中で様々なことが起こる」ということを、僕個人の考え、体験を踏まえて、あえて「踏み込んで」書いてみようと思ったものです。
「ロルフィングの中にある『何か』を掬いとる」ための「言葉の旅」とも考えられるかもしれません。
長さもかなりあるので、「序編」「破編」「急編」と「三部作」として、「はっきりとした、明確な答えを得ること」は目的としていません。
他のモニターの方のブログの記事をいろいろと読んで、「さらに深い世界がありそうで興味がある」という方は、この先の「身体というどこまでも深く、広い自然への永い旅」にお付き合いいただけたらと思います。
それでは、Bさんのセッション10の感想をどうぞ。
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先日は最後の施術、ありがとうございました。
本当に身体が軽くなって、通い始めた10ヶ月前の痛みや不調が嘘の様でした。
またあの頃の様に戻ってしまわないかお聞きしましたが、よほどの生活の変化や身体への負担が大きくならない限り、5〜6年は何もしなくても大丈夫との事。
身体の基本を整えたから大丈夫だと説明していただき、基本の背骨、大切なんだなぁと改めて実感です。
ロルフィングの素晴らしさを身体をもって体験でき、感謝しております。
ぜひ、一人でも多くの人にこの身体の心地よさを感じていただける様に、話していけたらと思っています。
大丈夫と言われたものの、先の事は不安が消せない為、気になり始めたらまたぜひ相談させていただきたいと思っております。
長い間ありがとうございました。
本当に感謝でいっぱいです。
※全体の内容が変わらない程度に、加筆、修正しています。
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「フォード」と「ジャガー」
僕自身がロルフィングを受け始めた時、最初に思った疑問が、「どうして10回なんだろう?」ということでした。
「身体が良くなるんだったら、もっと短くてもいいと思うんだけど」とも思っていましたが、10回のセッションにはそれぞれに「テーマ」があって、達成したい「ゴール」があります。
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"Rolfing is permanent. after you're Rolfed you're like a Jaguar. No matter how long you drive a Jaguar, it's not going to turn into a Ford. " - Ida P. Rolf, Ph.D.
「ロルフィングの効果は永久に続きます。 ロルフィングを受けた後、あなたはジャガーのようになっているでしょう。 どれだけ長く運転したとしても、ジャガーがフォードに戻ることはありません。」
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ロルフィングを受けると、フォードという「大衆車」が、ジャガーのような「高級車」になって、またフォードに「戻ることはない(身体の変化は継続する)」という、ロルフィングを始めた「アイダ・ロルフ」さんの有名な言葉です。
つまり、ロルフィングでしているのは、「フォードの修理」ではなくて、「フォードがジャガーになるほどの変容が起こり、それが持続する」ということで、10シリーズを受けている時には、僕自身もそんな感覚がありました。
セッションを受けた後に、「あれ、これが自分の身体か?」と驚くほどに、身体の性能が「アップグレード」されている感じです。
そして、身体の性能が向上するだけではなく、10シリーズの後半になってくると、身体の「感覚が開く(知覚が広がる)」ようにもなってきて、より「微細なタッチ」にも反応できるようにもなってきます。
さらには、意識が「瞑想」状態にもスッと入りやすくなってきて、そこで昔の思い出が蘇ってきて、「深い気づき」を得たり、ふとアイディアや言葉が「降りてくる」ような体験もしました。
そこまでの体験をすると、ロルフィングの10シリーズは、ただ「身体の痛みや不調を取り除く」というものでも、「疲れた身体のリラクゼーション」を目的にしているものでもなく、「10回」というのには意味があって、「なるべく回数は少ない方がいいのではないか」とも思わなくなりました。
ロルファーになって「13年」ほどになりますが、10シリーズをやればやるほどに、「不必要なセッション」というのはなくて、「順番」もよくできているなと思います。
日本には「型を継承する」文化がありますが、「これって意味なさそうだから、省略してもよさそう」と思うものでも、その型を「稽古すればするほど」に、その「型」に「自分という存在が馴染んでくる(自分が書き換えられていく)」ようになり、そこで初めて得られる「境地」があるのだと思います。
ロルフィングというのも、アイダさんは「口伝による継承」にこだわり、「教科書を作らない」ようにしたもので、ある種の「型」だと考えることができます。
「技術の伝承」としての「10シリーズ」
その「型(10シリーズ)」の中に、僕たちロルファーは「アイダさんの見ていた世界」を想像します。
もちろん、これには「1つだけの正解」というの存在しません。
ロルフィングの優れた先生は、世界中にたくさんいますが、その先生「それぞれの見解、解釈」があります。
先ほど、アイダ・ロルフさんは「教科書を作らなかった」と書きましたが、そのために、アイダさんに直接教えてもらった先生に学ぶ機会がある時には、「アイダさんはどう考えていたんですか?」などと聞いてみたり、それに関するエピソードを誰かに教えてもらったりしながら、ロルファーは「自分なりの解釈」をこしらえていきます。
僕の「10シリーズの理解」を深めてくれた先生は2人いるのですが、1人目は「エメット・ハッチンス(Emmett Hutchins)」さんという方で、残念ながら数年前に亡くなってしまいました。
下段中央の「ハートがオープン」な方が、エメットさん
エメットさんは、ロルフィングの創始者のアイダ・ロルフさんから、「最初にロルフィングを教えるインストラクーとして指名された人」で、アイダさんのスタイルに一番「忠実」で、まるでアイダさんの「生き写し」のような人ではないかと、僕は感じています。
ハワイのカウアイ島で行われた、1週間ほどのワークショップに参加して、そこで学んだだけですが、エメットさんの「佇まい(ハートが開かれていて、大きな愛で包まれるような感覚)」に大きな影響を受けました。僕は、アイダさんには会いたくても会えないので、エメットさんの「存在」を通して、「アイダさんが見ていた世界」に少し触れられたような気がした、とても貴重な体験でした。
2人目は「エドワード・モーピン(Edward Maupin)」さんという方です。アメリカで初めて、「禅」に関しての論文を書かかれたほどの、とても聡明な方で、実際のロルフィングの「スタイル」も、とても僕は参考にしています。
下段ちょうど真ん中の方が、エドさん
アイダさんが「
教科書を作らなかった」のは事実なのですが、実は、アイダさんはエドさんに「
本を書くこと」を勧めていて、下の2つの本『
重力とのダイナミックな関係性』をエドさんは書き上げました。公式ではないのですが、多くのロルファーに「
教科書のように」読まれている素晴らしい本です。