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陸上選手と生物学者が話した「体(自然)」のこと。

為末大さん(左)、福岡伸一さん(右) ジャガーHPより

上の写真の左側の男性は「為末大」さんという方で、元陸上競技400mハードルの日本記録保持者で、世界陸上選手権では2001年エドモントン大会、そして2005年ヘルシンキ大会で銅メダルを獲得した、日本を代表するランナーだった方です。

現在では、テレビでコメンテーターなどもされています。

僕は元々、ロルフィングでハンズオンの施術をする前には、オリンピックを目指すようなアスリートから、学生スポーツ、一般、高齢者の方までを対象にした「トレーニング指導者」をしていました。

大学卒業後、Washington Nationalsのルーキーリーグでインターンしていた時

まだ中京大学の学生だった頃、大学のトレーニングセンターに毎日のように通い詰めて、トレーニング指導の教科書を真面目に勉強することよりも、様々なスポーツのトレーニング風景を観察していたことがありました。

スポーツの競技によって、それぞれが行っているトレーニングはまるで違います。目の前で行われているトレーニングの多くは、「教科書には載っていないもの」であったり、「教科書に書いてあるやり方とは違っているもの」でした。

中でも、特に僕のトレーニング指導に大きな影響を与えたのが、「陸上競技」のトレーニングで、中京大学は全国的にも陸上競技の名門大学で、多くのオリンピック選手、メダリストを輩出しています。

そんな世界レベルの陸上競技のトレーニングを観察して、「何を目的にしてやっているんだろう」といろいろと想像して、自分の身体で試してみて、それを何度も何度も繰り返すことで、とても多くのことを学び、吸収していきました。

さらに、陸上競技経験者しか読まないであろう『陸上マガジン』を大学の図書館で読み漁るようにもなり、そこで、その当時陸上短距離界のエースであった「末續慎吾」さんや、まだ現役選手だった「為末大」さんのことを知りました。

その頃から、走りの美しさはもちろんなのですが、「言葉をすごく大切にしている人」ということと、「自分の頭で深く考えている人」というのが、為末さんに対しての印象でした。

陸上競技を引退されてからも、ご自身のウェブサイトで、「陸上競技」のみならず、「スポーツ」に関して、さらには「人間」そのもの、そしてそれが作り出す「社会」についてなどの多様なテーマに関して、幅広い想像力と、深い洞察に基づいたコラムを書かれています。

今回はそのコラムではないのですが、「福岡伸一」さんという『動的平衡』、『生物と無生物のあいだ』など、多数の著書も執筆されている生物学者の方との、とても興味深い対談が「ジャガー」のウェブサイトに載っていたので、その一部を紹介したいと思います。

普段、僕がロルフィングをする上で、とても大切にしている「観点」が、お二人の対談の中でも登場してきます。

以下が対談を抜粋したものです。


・・・・・

為末:ふと思い出したのですが、現役時代に、左のアキレス腱の痛みが取れないことがあったんです。いろいろと試しても、なかなか治らない。でもあるとき、自分のフォームをビデオで観たところ、右肩が回転しているのに気づいたんです。こういう動作は対角線上のパーツに負担をかけるので、右肩の回転を止めてみたら、アキレス腱の痛みが引いて驚きました。

ここから連想したのですが、いま私たちは人間社会の様々な問題を解消しようとして、部分最適化の罠に陥っているように感じます。個別の問題に対処しようとするばかりで、社会全体をどうしていくかの議論ができていない。どうすればこの行き詰まりを打破できますか。

福岡:為末さんの例で言えば、物理的に離れて見えるパーツであっても、生命の中では全体が相互に作用していると考えた方がいいと思いますね。人間はついつい、分節的にものを考えやすい。まず、この傾向に自覚的になるのがスタートです。

我々の体は、アキレス腱や半月板といった部品が、ロボットみたいに合体してできているわけではない。もしアキレス腱が痛んだときに新しいものと取り替えられるとして、それで治るかというと、おそらく根本的な原因を特定しない限り、また新しいアキレス腱が痛みだしますよね。

人間の営みである以上、社会についても同様だと私は思います。複雑なシステムゆえに、シンプルだったり部分的だったり、わかりやすいモデルに飛びつきやすい。一旦そこを我慢して、全体像に向き合わなければいけないでしょう。

為末:そのためには何が必要だと思われますか。

福岡自然はいつでも参考になりますよ。それは何も、山に行ったり海に行ったりすることだけではない。我々はこういう人工的な都市に住み、あらゆる人工物に囲まれています。だから「たまには自然が必要だ」なんて言うことがありますけど、私はちゃんちゃらおかしいと思っているんです。私たちは、常に自然ともっとも身近に接している。それが何か、おわかりですね。

為末自分の体、ですね。

福岡:はい。こんなに貴重な自然はないわけです。だから自然、身近なところでは自分の体について考えを巡らすことで、きっとヒントを得られると思います。

「遊びやゆらぎ」を許容する生物は淘汰されない、生物学者・福岡伸一×為末大対談、ジャガーHPより)

※文章中の太字は、僕自身の判断で付けています。

・・・・・


「複雑なものを複雑なまま受け入れる」ために

今、社会全体が「部分最適化の罠」に陥っていて、シンプルだったり部分的だったり、「わかりやすいモデルに飛びつきやすい」と、二人の対談にはあります。

ロルフィングをしていて、今までたくさんのクライアントさんに関わらせてもらってきましたが、「どうすれば〇〇はすぐに治りますか?」という質問であったり、「肩こりには肩甲骨を動かすのがいいって聞いたので、それをしているのですが合ってますか?」と聞かれることがよくあります。

私たちの「」というのは、まさに福岡さんが指摘しているように、「常にもっとも身近に接している自然」であって、それがゆえに「複雑なシステム」なのです。

ロルフィングというボディワークは、その「体という自然の複雑さ」に対して、「複雑なまま向き合う」という方法を取っていると、僕個人としては考えています。

複雑である」ということは、「豊かである」ということです。

その「体の豊穣さ」を、安易に「縮減」することなく、そのまま「享受」するにはどうすればいいのか。

そのためにロルフィングでは、「10回のセッション」を行うことで、十分に「時間」をかけ、「クリアに開かれた知覚」と「エゴのない透明なタッチ」を使い、「一方通行の治療」ではなく、「受け手の主体性」を大切にして、「身体を介したコミュニケーション」を丁寧にしていきます。

僕がロルフィングを学んだ「Dr. Ida Rolf Institute®」の動画です。

インスタントな答え」を求めていた人でも、「体のガイド役」のロルファーと一緒にセッションを重ねることで、体の「不必要な制限からの解放(筋の緊張の軽減、関節の可動域の向上、循環機能の改善など)」を体験して、「自由でひらかれた体」になっていきます。

そうすると興味深いことに、「最初は、この痛みをすぐに取り除こうと、それに執着というか、縛られれていたことに気づきました。それが次第になくなってくるにつれ、その痛みが、自分に何かを伝えようとしていることがわかってきて、体がいろんなことを教えてくれるような気がします」というような、「その人自身の存在そのものの変容」とでも言えるような「過程」を通過することがあります。

もうこの頃になると、すっかり「自分の体について考えを巡らすこと」にも慣れてきて、「腰痛にいいストレッチはありますか?」というような「問い」は変化していきます。

「(ロボットのように)修理したい」と思っていた体は、「発見や気づきを促すリソース」として機能して、そこからたくさんのことを学んでいけるようにもなるのです。

繰り返しますが、「複雑である」ということは、「豊か」であるということです。

複雑なものを複雑なまま受け入れる」には、少し「時間労力コスト)」が必要ですが、「適切なガイドメンター)」がいると、それは「どんな人にでも可能」になります。

世界でメダリストになった「陸上選手」と、日本を代表するような「生物学者」の対談が、ジャガーという「車メーカー」のウェブサイトでされていて、その結びが、「社会の諸問題は、人間の営みである以上、人間の存在に根ざしている自分の体に向き合うことで、そのヒントが見えてくるかもしれない」というのが、とても印象的だなと思います。

自分の体」は、思っているよりもずっと豊かで、眺めたり話しかけたりすると、「今のあなたに必要なこと」を教えてくれることもあります。

もしかしたら、その悩みの「ヒント」は、すでに「体が知っている」のかもしれません。




Yuta

( Posted at:2019年9月11日 )