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足と地面とのとめどないおしゃべり。

大きさや形もさまざまな28個の骨から、私たちの足は作られています。

それほど多くの積み木がとても精密に、機能的に、美しく重なって、この身体を日々支えてくれています。片方だけでもその数ですから、両方合わせると50個以上の骨があるわけです。これは実に、人体の骨の1/4は足に存在しているということです。


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レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた、美しい足の構造。


それではなぜ、それほどの数の骨が必要なのでしょう。

ただ支えるだけなら、もっと大きな骨が1個あれば十分な気もします。

それは「自由に移動するため」です。

ただそこにいて、自分に必要なものを取り込み、それを栄養にして生きていくだけならいいのですが(それが「植物」です。)、私たちの先祖の動物たちは次第に数が増えていき、餌を「より効率的に、安定的に」確保する必要性が出てきました。そうして、ごく自然な要求から「移動」を始めたのだと思います。

移動するためには、末端が動き、自分の大きく重い身体を運んでいく必要があり、それに適した末端というのは「軽くて、自由に」動く必要があります。そういうことで、アシモのような大きく重い足では、立つことは安定してできたとしても、移動には効率が悪く、小さな骨を多数組み合わせ、軽く、自由に動けるようにしたのです。(ほとんど多くの動物達は、とても小さな軽い足をしています。)


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アシモは、まずは「立つこと」が第一目標で、そこから「地面が平ら」という
条件の中で、「歩くこと」ができるようにデザインされている。


そして、その移動していく自然というのは、「平らで均一」な地面が存在しません。つまり、移動の一歩一歩は、「常に違う一歩」になるわけです。

ごつごつした岩場、つるつるした川べりの石、土もあれば、砂もあります。雨の日もあれば、雪が降る日もあるでしょう。その刻々と変わる地面の状況の中で、安定した移動を確保するために、私たちの足は「常に考え(計算し)」、柔軟に形を変えながら対応しています。そのために、足にはこれほどたくさんの骨があるのです。


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地面には表情があり、足は地面とコミュニケーションをしていた。


でも最近、私たちの足と地面の関係は大きく変わりました。

まずは、地面が変わりました。地面は平らに均され、アスファルトで蓋がされてしまいました。地面側が「のっぺりと平ら」になりました。今私達が生活していて、地面にいきなり出っ張りがあったり、穴があることは、まずありません。大体同じような地面が延々と続いています。地面が無表情なのです。

そして、裸足や草鞋などを通して地面に接していたのが、高性能な靴が登場してきました。その素晴らしい機能を持ったソールのおかげで、地面の多少の変化を気にしなくてもよくなりました。足は守られ、足はもうそんなに考えなくてもよくなったのです。

そうした環境の劇的な変化により、足自体も変化してきて、「扁平足」「外反母趾」「浮き指」などが出てきました。

これらの足に起きてきた「変化」の多くは、私たちの足が「地面から離れすぎてしまった」ためだと考える人たちも現れ、裸足で走る「ベアフットラン」、または裸足に近い状態の「靴」、ないしは「地下足袋」のようなものも目にする機会が増えてきました。


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海外に行くと、たまに見かけるベアフットラン。
コツがいりますが、おもしろいアイディアだと思います。


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言わずと知れたVibram Five Fingers。僕も持ってます。


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SKINNERSというメーカーの地下足袋式ソックス。これで外を走ります。
個人的にはかなり使えそうな印象。


そんな離れすぎてしまった足と地面との関係を、もう一度適切に結び直す必要があると、僕は感じています。

そのための簡単な方法を、2つ紹介したいと思います。


1つは、足の骨たちの存在を感じるということです。

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やり方は簡単で、片方の足を両手で持ち、いろいろな方向に曲げたり広げたりして動かします。子どもが新しいおもちゃを手にしたように、「どんな風に動くのかな」という興味したがって自由に動かします。大きく動くところもあれば、小さな動きだったり、動く質感も違ったりします。意外な場所が動いたりして、新鮮な驚きがあるはずです。

まずは片方だけを5分ほどやってみて、それから立ってみましょう。足が地面についている感覚が違うと思います。自分で触ってみた方の足は、地面に「ペタッと吸い付くような」感覚や、「足の裏が、木の根っこのように地面とつながっている」感じがするかもしれません。そのまま前屈すると、左右の太ももの裏のストレッチの感覚が違う人もいるかもしれません。影響は全身に広がります。左右の差を味わったら、もう片方もやってみましょう。


もう1つの方法は、裸足でさまざまな地面を歩くということです。

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外に出かけることがあったら、少しだけ裸足になってみるだけです。最初は、痛いこともありますが、もちろん無理せずにやってみてください。ただ、足にいろいろな経験をさせてあげるということが大切です。

身体に慢性的な痛みを抱えている人は、「身体を固めている」傾向があります。その一方で、赤ちゃんや動物たちの身体は、とても「しなやかで、流れるような」動きをします。身体が、しなやかさや流動性を失ってしまうと、いろいろなものが「滞る」ようになります。そうして、滞ったところに負荷が蓄積したり、一気に負荷がかかった時に、痛みとして出てきたりします。

身体を固めている人は、なかなか裸足で歩くことができません。ぐっと無意識に身体を固めて、負荷を適切に全身に分散させることができず、足の裏に負荷が集中しすぎて痛いのです。しかし、無理のない範囲で、いろいろな地面を歩いていくと、少しずつ痛みなく歩けるようになってきます。そしてその頃には、元々あった身体の痛みが減少していることがあります。

最初は、さまざまに変わる地面の状況に、「柔軟に自分を変えて」対応できなかったのですが、歩くことで地面とコミュニケーションを取り、自分の身体の構造を、しなやかに、流れるように変えていくことができるようになったのです。

もちろん安全が第一なのですが、たまには靴を脱いで「いろいろな地面に出会う」のも、大事なことかなと思います。

表情豊かな地面との、懐かしいおしゃべりは、私たちの身体に眠っている大切な何かを、思い出すきっかけになるかもしれません。




Yuta

( Posted at:2017年2月 1日 )